入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』(瀬川貴次)
54.『風神秘帖』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『曽呂利!』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『大江戸剣聖一心斎』(高橋三千綱)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
87.『警視庁草紙』(山田風太郎)
88.『西郷盗撮』(風野真知雄)
89.『明治剣狼伝』(新美健)
90.『箱館売ります』(富樫倫太郎)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『源平の風』(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『風の王国』(平谷美樹)



| | トラックバック (0)

2017.04.27

『変身忍者嵐』 第10話「死をよぶ! 吸血ムカデ!!」

 血を吸った相手を操る能力で藤沢を我がものにした吸血ムカデ。血を吸われた飛脚と出会ったハヤテたちは、ムカデの企みを調べるためタツマキを江戸に走らせるが、藤枝で罠にはまり、住人たちの襲撃を受けてしまう。捕らえられ絶体絶命のカスミとタツマキを救うため、ハヤテは駆ける。

 旅を続けるハヤテ一行と街道ですれ違った一人の飛脚。お堂の傍らで休憩を取る際、土産の独楽を取り出して、自分を待つ子供に思いを馳せるのですが……
 その独楽が独りでに宙を飛び、お堂の中へ。追いかけて入り込んでみれば、堂の天井の隅にへばりついているというかなりイヤな感じで待ち受けていたのは化身忍者・吸血ムカデであります。名前のとおり血を吸われた飛脚は、青い隈に赤い唇、デカい牙と、今となっては非常に懐かしい吸血鬼メイクに――

 さて、再び自分たちの前を通ったと思えば独楽を落としたので、呼び止めて渡そうとしたカスミに襲いかかる飛脚。もちろんハヤテたちに取り押さえられるのですが、わかりやすく怪しい姿に不審を抱いて調べてみれば、首筋にこれまた怪しい噛み跡があります。
 青く変質しているらしいその血を調べるため、江戸のバンブツ(万物?)先生に聞いてみるというタツマキを見送り、ハヤテたちは飛脚を連れて藤沢で宿を取るのでした。

 と、飛脚の姿を見て、近くの村に住んでいることを教えてくれる宿の主人。しかし主人にも、ツムジとカスミを残してハヤテが向かった先の飛脚の家族も、皆首筋には噛み跡が……。既に藤沢を押さえていた血車党、今回は手強い!
 何とか飛脚の妻と子供の攻撃をかわして宿に戻った嵐ですが、その頃カスミとツムジは吸血ムカデ、そして操られた町の住人に取り囲まれて大ピンチ。大八車まで出してくる下忍相手に豪快な立ち回りを見せる嵐ですが、吸血ムカデが吐いた炎に巻かれる間に見失い、駆けつけた彼が見たものは、倒れ伏した町の住人たちとツムジの姿。カスミは吸血ムカデに襲われ、さらわれてしまったのであります。そして江戸でバンブツ先生に分析してもらった結果、特効薬を持って帰ってきたタツマキも、骸骨丸の待ち伏せを受け、今回も捕らわれの身に――

 タツマキとカスミの目の前で、特効薬の竹筒を海に投げ捨てようとする吸血ムカデ。素直にその場で中身を流してしまえばいいのに……と思っていたら、最後の力でカスミが笛を吹いたことで、嵐が見参、投げられた竹筒をがっちりキャッチ! ツムジによって二人も助け出され、逆光も美しい浜辺の対決で、吸血ムカデも粉砕されるのでした。
 そして特効薬の力か、元に戻った飛脚一家に見送られて、新たな旅に出るハヤテたちでありました。


 悪事を企んでいる or 実験しているところで偶然ハヤテたちに見つかるという毎度毎度のパターンながら、今回は既に一つの宿場町を押さえ、その力で江戸に攻め上ろうとしていた血車党。もうちょっと操った町人をうまく使えば、その物量と、ヘタに攻撃できないことで、ハヤテは相当苦しんだかと思いますが……伝染性はなさそうだし、一人一人吸血ムカデが噛んでいたとしたら仕方ないところでしょうか。
 その吸血ムカデ、微妙に声が強そうではないのですが、思ったよりもスマートな姿も格好良く、この辺りの化身忍者としては良い造形でありました。


今回の化身忍者
吸血ムカデ

 その名のとおり相手の血を吸い、操る力を持つムカデの化身忍者。口から炎も吹く。藤沢の町で仲間を増やして江戸に攻め上ろうとしていたが、一騎打ちでは嵐に勝てなかった。


『変身忍者嵐』第1巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.1 [DVD]


関連記事
 「変身忍者嵐」 放映リストほか

| | トラックバック (0)

2017.04.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

 信長の天下布武もいよいよ佳境、ついに始まった宿敵・本願寺との天王寺合戦。しかしその背後では、三人の現代人たちの思惑が絡み合っています。打倒信長のため、毛利を動かして歴史を変えようとする果心居士=松田に対し、その毛利対策を信長からただ一人任されたケンの策とは――

 自分を認めなかった信長を滅ぼすため、松永久秀と手を組んだ松田。自分が歴史を動かすと豪語する彼は、明智光秀に接近し、本願寺攻めの中で彼に信長を討たせんと暗躍します。
 それも全ては本願寺顕如と久秀の手の上で踊らされているだけだと知り、同じ現代人、いやかつての同僚を見殺しにはできないと、ケンにメッセージを送るようこ。しかし既に本願寺と毛利は手を組み、そして光秀も天王寺砦に追いつめられることに――


 これまで信長を襲った数々の危機を、料理の腕と知識、そして機転で乗り越え、信長を支えてきたケン。しかしそれらの危機は、いずれも史実の上のものであり、あるいは彼の存在がなくとも、信長はその危機を乗り越えることができたのかもしれません。
 しかし今回信長を襲うのは、その歴史にはなかった危機なのであります。

 この巻で描かれる天王寺砦の合戦は、確かに信長が敵よりも劣る戦力で、しかも自らが陣頭に立った数少ない戦いですが、この戦いの相手は本願寺のみでありました。
 しかしこの戦いに毛利が――この後の木津川口の合戦で一度は織田軍に大勝を収めたほどの毛利が参戦していれば、大きく歴史は変わったことでしょう。

 松田が狙うのは、大げさに言えばまさにこの毛利参戦による歴史改変。
 なるほど、タイムスリップした現代人が歴史改変を目論むというのは、タイムスリップ時代劇ではある意味定番ですが、本作においてはこれまでケンがある意味歴史そのものに興味がなかったために、この展開はかなり新鮮に感じられます。

 さて、イレギュラーにはイレギュラーと言うべきか、その毛利にはケンが当たることになるのですが……しかし信長を待ち受けるのは、松田によって巧妙に暗示にかけられた光秀が籠もる天王寺砦に仕掛けた罠。
 史実では自ら砦を囲む敵軍を突破した信長が光秀と合流、すぐさまとって返したことで大勝利を収めるのですが、上に述べたとおり、これも信長にとっては異例の、薄氷を踏む勝利であることは間違いありません。そこで何か一つ歯車が狂えば――

 そんなわけで、この巻で描かれるのは、ケンと信長それぞれが立ち向かう戦いであります。その結果がどうなるか……それをここで述べるのは野暮というものですが、しかし、その過程と結果は、本作をこれまで読んできた者にとっては納得の、そして当然のものであると言うことはできるでしょう。

 物語がある意味二分化されることもあり、これまで以上にケンの料理の出番は少ないこの巻。しかしそれでもここで描かれたものは、『信長のシェフ』という物語が紡ぎ、築いてきたものを踏まえたものであり、例え料理シーンが少なくとも、その味は変わらない……そう再確認させられた次第です。


 しかし一つの戦いが終わり、また浮かぶのはケンと歴史の関係に対する疑問であります。
 果たしてケンの存在は、本当に歴史を変えていないのか。今は結果として歴史は変わっていないだけで、やがては大きく歴史は変わるのではないか。そしてもう一つ、この先、ケンが自らの意志で歴史を変えようとすることはないのか……と。

 しかし信長にとって大きな危機が去った今、その答えが示されるのは、まだまだ先のことかと思いきや……この後ケンを待ち受けているのは、おそらくは小さくとも歴史を変えかねない決断であります。
 そこでまず何が示されるのか。思わぬところで描かれたケンの過去の記憶も含めて、まだまだ気になることは尽きない作品であります。


『信長のシェフ』第18巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 18 (芳文社コミックス)


関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い

| | トラックバック (0)

2017.04.25

劇団ヘロヘロQカムパニー『犬神家の一族』 関智一の金田一だからこそできたもの

 先週末、劇団ヘロヘロQカムパニーの『犬神家の一族』を観劇してきました。言うまでもなく横溝正史の金田一耕助もの、かつて市川崑の映画版が大ヒットした、あるいは最も有名な金田一耕助もの……その原作を見事に舞台化した作品であります。

 これまで座長の関智一を金田一耕助役として、『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』『獄門島』と上演してきた劇団ヘロヘロQカムパニー(以下、「ヘロQ」)。残念ながら私はこれらの作品は観ていない……というよりヘロQ自体これが二度目の観劇なのですが、以前観た『魔界転生』がかなりの完成度だっただけに、期待を寄せていました。

 そしてまず結論を申し上げれば、これがかなりの完成度。決して短くはない原作を、3時間弱という上演時間の中でテンポよく消化し、過不足なく再現して見せてくれた快作であります。

 犬神佐兵衛翁の臨終の場面と、金田一のもとに依頼が届く場面を同じ舞台上で見せるという、いかにも演劇的な演出で始まる本作。
 その後のヒロイン珠世受難に代表されるような映像の投影を多用したケレン味たっぷりの演出も楽しいのですが、金田一役の関智一をはじめとする出演陣の演技もいい。

 私でも知っているようなメジャー声優の方々がメインを固めている舞台でしたが、声の演技とはまた異なる演技というものを、堪能させていただきました。
(特に三石琴乃は、登場してもしばらく気付かず驚かされました)

 その中でも関智一の金田一は、飄々とした浮き世離れした面と、明るい人懐っこさを感じさせる面がうまく同居しており、はまり役という印象。
 基本的にラストまで謎に振り回される(舞台の構造としては謎の整理役というべき)役どころながら、いるだけで不思議な安心感と好感を感じさせるのは、さすがは座長と言うべきでしょうか。


 それ以上に感心させられたのは、市川崑の映画版では省略された原作の要素の多くを、きっちりと再現している点です。
 その最たるものは、犬神家での第二の殺人のトリック(経緯)を省略せずに描いている点と、第三の殺人の犯行手段と見立ての説明でしょう。その他にも、クライマックスのある人物の逃走劇や、その人物が正体を隠していた理由なども、丹念に拾って再現しているのには、大いに好感が持てます。

 その一方で面白いのは、本作が映画版を思わせる演出を随所に取り込んでいる点でしょう。
 音楽や、特に佐清のマスクと喋りに代表されるキャラクターのビジュアルや芝居、さらにはとにかく走り回る金田一(目の前の通路を使うというのでそんな場面があったかな、と思いきや……)など、原作の展開と併存させる形で、使用しているのであります。

 原作への拘りからすると、この辺りは一見奇妙に見えるかもしれません。しかし『犬神家の一族』という物語のパブリックイメージの大半を形作っている映画版のそれに寄せることで、それしか知らない、あるいはパロディ等でしか本作を知らない方も入り込みやすい舞台を目指しているのではないか……という印象を私は受けました。
(この辺りは、『魔界転生』でも感じたところです)


 そして何よりも印象に残るのが、ラストシーンであります。本作のラストにおいては、やはり映画版を踏まえつつも、金田一と珠世の会話を通じ、物語の構造を――物語の中心となるある人物の想いを浮かび上がらせつつも、そこからの解放と未来への希望を明確に描き出すのです。

 金田一が、固陋な因習の、閉鎖的な共同体の破壊者であるというのは、しばしば言われるところではあります。

 本作はその構造を踏まえつつも、ラストシーンにおいてそれらを生み出したものの存在を浮き彫りにし、そしてそこからの解放を支える者としての金田一を描き出すことで、原作の描いていたものを、より明確に描いてみせたと言えるでしょう。
 そしてそれは、関智一の金田一だからこそできたもの……というように感じられます。


 さすがにラストの推理シーンは(事件の構造のためでもあるのですが)そこまでの快調なテンポが落ちる点、章立てながら休憩なしという点など、引っかかる部分が皆無ではないのですが――
 しかしそれを補ってあまりある舞台であった本作。これまでの作品も、そしてこれからの金田一ものも観てみたいと感じさせられた作品であります。


関連サイト
 公式ブログ

関連記事
 舞台「魔界転生」 おいしいとこ取りの魔界転生

| | トラックバック (0)

2017.04.24

霜月かいり『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』 丹翡の目から見た懐かしき好漢・悪党たち

 本編第二期に外伝の映像化と、この先の展開も楽しみな『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。本作にはそれらの映像作品だけでなく、周辺作品にも気になるものが幾つも存在します。その一つがこの『乙女幻遊奇』……霜月かいりの美麗な絵により、「乙女」の視点から描かれた物語です。

 大悪人・蔑天骸により兄を討たれ、先祖代々守護してきた天刑劍を奪われた少女・丹翡。彼女が謎多き美青年・朱鳥こと凜雪鴉、そして西の果てから来た風来坊・殤不患と出会ったことから、この東離劍遊紀という物語は始まります。
 そして本作はその丹翡……すなわち乙女の視点から再構成された物語なのです。

 本来であれば、聖地から外の世界に出ることなく、天刑劍を守って暮らしたであろう丹翡。その彼女のお人好しぶり、世間知らずぶりは、本編でもしばしば描写されていました。
 そんな彼女の目に、海千山千の好漢・悪党が、彼らと共に繰り広げてきた冒険の数々がどのように映るものか……それはなかなか興味深いものであります。

 もちろん、こうした構造ゆえ、基本的な内容は本編のそれをなぞる以上のものはないわけですが(尤も、後半にはオリジナル妖魔も登場する本作独自のエピソードもあるのですが)、それはファンにとってはむしろ望むところでしょう。
 凜雪鴉が、殤不患が、捲殘雲が、あるいは殺無生や刑亥が、丹翡の目から見ることによって、おなじみの、それでいてこれまでとは少しだけ違う姿で見えてくるのですから――
(狩雲霄のみほとんど登場しないのは、凜雪鴉を除けば彼のみ真の顔を隠していたからでしょうか)

 そしてそれを描くのが霜月かいりとくれば、これはもう言うことなし。いや、個人的な趣味を言えば、殤不患はもう少しむさく……いや男臭く描いて欲しかったところですが、それはさておき、原作の賑やかですらある美形キャラの群舞を描くのに、これほど適任はおりますまい。
 そして、決して強くはない者が、傷つきながらも強くあろうとする姿、そしてその傍らに在る者が不器用に手をさしのべる姿は、実に作者の作品らしいと感じるのです。

 ただし、原作に強烈に漂っていた武侠ものの香り――己の腕と剣のみを頼りに江湖を渡り、冒険に命を燃やす連中の心意気とでも言うべきものが、やはりほとんど感じられないのは、これもまた本作の構造上全く仕方ないところですが、やはり少々残念ではあります。


 こうした点を踏まえて考えれば、やはり一種のファンアイテムであることは否めませんが……しかし本編終了から半年が過ぎ、少々寂しくなってきた頃に、またあの連中に会えるというのはやはり嬉しいもの。
 新作までの飢えを和らげる作品として、気軽に楽しめる一冊ではあります。

 そしてこの世界のビジュアルとは相性抜群の作者とは、新作の時にも何らかの形で関わって欲しいとも、強く感じた次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』(霜月かいり&Thunderbolt Fantasy Project 秋田書店プリンセス・コミックスDX) Amazon
Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀 乙女幻遊奇 (プリンセス・コミックスDX)


関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第1話「雨傘の義理」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

| | トラックバック (0)

2017.04.23

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

 公儀隠密の総帥の娘である少女・小桜を主人公とした『くのいち小桜忍法帖』……つい先日、完結巻の第4巻が刊行されたシリーズの第3巻であります。江戸の町で起きる小さな事件を追うことになった小桜。しかしその果てに彼女は、自分の家も関わった、思いも寄らぬからくりの存在を知ることになるのです。

 あと数ヶ月で桜が咲こうという中、その次の季節の花をあしらった着物を求めて江戸の町を行く小桜。その途中に出会った顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から彼女が聞かされたのは、またもや怪事件の噂であります。

 江戸の町から姿を消した幾人もの職人。周囲に気付かれないように巧妙に消え、そしていつの間にか戻っている彼らに共通するのは、いずれも金座で小判づくりに携わる職人であることでした。
 なるほど、周囲から隔離された金座であれば、一時期職人が消えていたとしてもすぐに気付かれることはありません。しかしそうだとしても、誰が、何のために……

 探索を始めた小桜たちが掴んだのは、事件の背後にとある外様藩の存在があること。だとすればこれはまさに彼女の、いや彼女の家である外様大名の探索担当の公儀隠密・橘北家の役目であります。
 遠国に出ていた彼女の二番目の兄も加わり、事件の背後で密かに進行していた陰謀を押さえるべく動く橘北家の面々なのですが――


 江戸で次々と起きる怪事件に、小桜が挑むというスタイルで展開してきた本シリーズ。本作も基本的にはそのフォーマットを踏まえたものですが、しかしそこからいささか踏み出した形を見せることになります。

 実は本作においては、事件の謎は比較的早い段階で判明し、その後はその陰謀を明るみに出さんとする橘北家の作戦が描かれることとなります。
 しかし物語の中心となるのは、むしろその作戦が終わってから。中心となるのは、作戦の(小桜にとっては)思いもよらぬ結末であり、そしてそれを目の当たりにした彼女の心の動きなのです。

 思えば、開幕当初より、事件とそれに対する小桜の活躍と同じかそれ以上に、彼女の内面を描いてきた本シリーズ。
 それはまだ未熟ながらも公儀隠密の一員としての彼女の姿を描くと同時に、一人の年頃の少女としての彼女の内面を描くものでもありました。

 これまで彼女の持つこの二つの側面は、矛盾することなく存在してきました。自分は公儀隠密の家に生まれ、当然公儀隠密になる。そしてその任は常に正しい(と言わないまでも道理に叶ったものである)という思いの下に。

 しかし本作の事件の結末において、そしてそれと同時に進行していたある任務の結果(それが史上に残るあの大事件に繋がることに……!)を知ることによって、彼女の中に一つの疑問が生じることになります。
 自分たちのしていることは本当に正しいのか。公儀隠密の任とは何なのか、というような。

 それは大人の目から見れば――そして一般の時代小説は基本的にそのスタンスなのですが――青臭い感傷に過ぎないと断じられるものなのでしょう。
 しかし、そんな感傷を抱くことができるのも、大人の世の中の「当然」に対して異議申し立てするのも、子供の特権でしょう。そしてそんな子供たちが読む物語においてそれが描かれることも、また必要なことであります。

 もちろん、そんな異議申し立ては容易いことではありません。公儀隠密のような立場であればなおさら。
 そんな小桜の小さな反抗が、本作の、いや本シリーズの冒頭から描かれてきた彼女のキャラクターの一端を通じて描かれるのは、これはもうベテランの技だと、大いに感嘆させられた次第です。


 果たして小桜が抱いた想いはどこに向かうのか。本作で描かれた大きな大きな事件に、彼女は今後どのように関わっていくことになるのか。シリーズ最終巻も近日中に紹介いたします。

 ちなみにこの最終巻では、驚くべき(予想はしていましたが……)クロスオーバーの存在が明らかになるのですが、よく読んでみればその痕跡はこの巻から既に存在していたことに驚かされます。
 知っていて読まなければわからない部分ではありますが――


『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
3風さそう弥生の夜桜 (くのいち小桜忍法帖)


関連記事
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 1 月夜に見参!』 美少女忍者の活躍と生きる価値と
 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 2 火の降る夜に桜舞う』 二重生活と江戸の忍びのリアル

| | トラックバック (0)

2017.04.22

細谷正充『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』 

 他のジャンルに比べると意外なほど少ない印象がありますが、それでもコンスタントに発売されている時代小説の紹介本。しかしその中でも本書ほど個性的な本はないでしょう。時代小説を中心に八面六臂の活躍を続ける著者による本書は、類書ではまずお目にかかれないような切り口の一冊なのですから――

 そのマニアックなまでの知識の深さと、リーダビリティの高い語り口で、文庫解説の点数が減少する中でも、一人気を吐いている著者。私も、面白そうだと思って手に取った文庫の解説が、かなりの確率で著者のものであったりするのですが……それはさておき。
 そんな著者が時代小説の解説本を書くとすれば、通り一遍のものにはなるまいと思いきや、その予感は的中。何しろそのチョイスが、実にユニークなものなのです。

 タイトルのとおり、歴史・時代小説を100作品紹介している本書。その中で本書は11のサブジャンルに分けて作品を取り上げるのですが……そのチョイスは以下の通りです。

 歴史・時代小説名作選
 剣豪・忍者時代小説
 伝奇
 捕物帖・ミステリー
 SF・ホラー
 エロ
 大陸
 海外
 ライトノベル
 短篇
 偏愛

 最初の4つはわかります。というより当然です。SF・ホラーも。しかしエロとは!? いや、あまり表立って取り上げられることはありませんが、確かに今でも時代小説の中で、隠然たる勢力を誇っている(?)サブジャンルではありますが……
 そして続くサブジャンルも、やはり解説本の類では、なかなか見かけないものばかり。あるとしても、ジャンルで数作品分まとめての記載で、作品が一つ一つ取り上げられることは滅多にない、という印象があります。

 そうした作品もきっちり一つ一つ取り上げていくのですから、それだけで本書のユニークさが、そして価値がわかろうというものではありませんか。


 さて、ここで恥を忍んで打ち上げれば、本書で紹介されている100作品中、私が存在すら知らなかった作品が20ありました(その約半数がエロでしたが)。
 そんな人間が言っても説得力がないかもしれませんが、本書において「こんな作品があったとは!?」と驚かされることがあっても、「こんな作品が載っているなんて……」と思わされるものはほぼなかった、というのが正直な印象であります。

 それは紛れもなく、著者の目の確かさと、それと同時に、カバーする範囲の広さによるものでしょう。
 ある意味その広さ故に、人によっては合わない作品があるかもしれませんが……しかしここで紹介されている作品は確実に面白い(のだろう)と感じます。

 まずは本書を助けに、存在を知らなかった作品を探しにいくとしましょう。


『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド

| | トラックバック (0)

«久保田香里『緑瑠璃の鞠』 鬼と人を分かつもの、人が人として生きる意味