「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2017.01.19

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかった冬休みもあっという間に終わってしまった……と思うと悲しくなりますが、それでも時は流れて2月は目の前。2月は日数が少ないだけに色々と慌ただしいところですが、せめて楽しい本を読んで過ごしたい、というわけで2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、日数が少ないから、というわけではないと思いますが、残念ながら気になるアイテムの数はかなり少ない2月。
 文庫小説の方では、新作は上田秀人『表御番医師診療禄 9 秘薬』のみという状況であります。

 また、文庫化も、与謝蕪村を主人公とした連作を中心とした折口真喜子『踊る猫』と北方謙三『岳飛伝 4 日暈の章』くらい。
 細谷正充編のアンソロジー『井伊の赤備え』は気になるところですが……


 一方、漫画の方はそれなりの点数。新登場はコーエーテクモのゲームの漫画化である片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻くらいですが、荻野真『孔雀王 戦国転生』第4巻、せがわまさき『十 忍法魔界転生』第10巻、武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻、戸土野正内郎『どらくま』第5巻、重野なおき『信長の忍び』第11巻、木原敏江白妖の娘』第2巻と、かなり充実のラインナップであります。

 また、長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻と横山仁『幕末ゾンビ』第3巻は、残念ながらともにこれで完結。特に後者は、あの状況からどうやってあと1巻で終わらせるのか大いに気になるところ。
 その他、沙村広明の新装版『無限の住人』は来月発売の第14巻・第15巻で完結となるほか、ずいぶん久しぶりな気もする大羽快『殿といっしょ』第11巻なども要チェックです。


 ……が、やはり発行点数が少ない2月。新作のチェックももちろんですが、これまで積んだ作品の消化も考えた方がよいかもしれません。



| | トラックバック (0)

2017.01.18

菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの

 中山道の霧深き宿場町に飄然と現れた美貌の男。彼は恐るべき剣技を持ちながら、全ての記憶と、人としての感情を失っていた。元用心棒・清源の家に預けられて「無名」と名付けられ、清源や娘の小夜との触れ合いの中で徐々に人間味を取り戻していく男。しかし彼を追う刺客たちの影が――

 「エンターテインメント界の巨匠が挑む初の本格時代活劇!」という本作の謳い文句に、若干驚きと違和感を覚えた作者のファンは少なくないでしょう。
 作者のルーツの一つに時代劇があることは、最初期の『魔界都市〈新宿〉』『吸血鬼ハンターD』の両主人公がいずれも剣術使いであることにも明らかですし、何よりも十指に余る時代小説を発表しているのですから。

 しかしこの謳い文句に誤りはありません。何しろ本作は(ほとんど)「超伝奇」抜きの時代小説。ほぼ純粋な時代小説とも言うべき作品なのですから――


 本作の主人公となるのは、「無名」と呼ばれる記憶喪失の男。何処かも知らぬ地から現れた美貌の男にして、無敵な剣技の持ち主……とくれば、菊地ヒーローの素質十分であります。

 しかし本作ではほとんど唯一の伝奇的な要素である彼の強さの由来を除けば、どこまでも地に足のついた物語が展開していくこととなります。
 妖魔も幽霊も無ければ、妖術も超科学もない。登場するのは全て血の通った人間たちであり、繰り出される技も「超人的」ではあれど、あくまでもこの世の則に従ったものである……そんな物語を。

 もちろん、これだけで「本格的」と呼ぶのはいささか即物的に過ぎるかもしれません。しかし本作は、無名と謎の敵たちの戦いを描きつつも同時に、いやそれ以上に、彼を取り巻く宿場の人々、宿場を訪れる人々の人間模様を丹念に描き出すのです。
 引退した用心棒と男勝りのその娘、切れ者だがどこか人の良い宿場町の顔役、用心棒となりながらも武芸者としての魂を失わぬ剣客、落命した用心棒に連れられてきた江戸の女、兄を斬り義姉を連れて駆け落ち中の武士等々……

 そんな「普通の人々」だけではありません。無明に対して放たれる刺客たち、彼に負けず劣らずの腕を持つ「人間兵器」たちもまた、どこか不思議な人間臭さを持っているのです。

 そう、本作は、ただ一人超人的な存在である無明の存在を通じて描かれる、一種の人間絵巻と呼ぶべき物語。
 それだからこそ、物語の中心となる彼は名も記憶も、感情も持たぬ、一種無色透明な存在として設定されるのではないか……そう感じるのです。


 そうはいっても、超伝奇もホラーもなしの菊地作品が面白いのだろうか、と思われる方もいるかもしません。
 しかし、作者の愛読者であれば、菊地作品が決してそれだけではない――もちろんその要素は大きく、そして魅力的であることは間違いありませんが――ことを良く知っています。

 作者の作品に通底するもの……どれほど無情で殺伐とした、暴力と悪意が支配する世界においても決して喪われぬ心。人間性の善き部分とも言うべきもの。
 これまでも作者の作品において陰に日に描かれたそれ――本作においては戦う者たちが持つ一種の「矜持」とも言うべき形で最も良く表れるその姿は、超伝奇といったデコレーションを省かれたことにより、よりストレートな形でこちらの胸に響くのであります。

 このようなブログを主催する人間の言葉としては問題かとは思いますが、しかし長年の作者のファン、そして時代小説ファンとして申し上げれば、こんな作者の時代小説を読みたかった……そんな気持ちが間違いなくあるのです。


 本作においてその正体の一端が明かされ、そしてその記憶と人間性にも回復の兆しも現れた無名。しかしまだまだ周囲の人間たちにとって、彼は得体の知れぬ超人的な存在であり続けます。
 その彼の前で、人々はいかなる想いを抱き、いかに振る舞うのか……そんな人間たちの物語が、この先も紡がれていくことを期待しているところです。


『宿場鬼』(菊地秀行 角川文庫) Amazon
宿場鬼 (角川文庫)

| | トラックバック (0)

2017.01.17

『コミック乱ツインズ』 2017年2月号

 リイド社の『コミック乱ツインズ』誌の2月号は、新連載が池田邦彦『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』、連続企画の池波正太郎時代劇スペシャルは原秀則『恋文』という、なかなか意外性のある内容。今回も、印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきたいと思います。

池波正太郎 時代劇スペシャル『恋文』(原秀則&篁千夏&池波正太郎)
 というわけで毎回作品と、それ以上に作画者のチョイスに驚かされる企画ですが、今回はその中でも最大クラスの驚きでしょう。ラブコメ・恋愛ものを得意としてきた原秀則が初めて時代漫画を描くのですから。

 ある日、想いを寄せていた足袋問屋の娘・おそのから付け文を受け取った丁子屋奉公人の音松。親の縁談を嫌がり、自分を連れて逃げて欲しいという内容に、待ち合わせ場所に向かった音松ですが、しかしいつまでも彼女はこない。
 それもそのはず、その付け文は、店の同僚とその仲間が音松をからかうために書いた偽物。しかし、真に受けた音松が店の掛取り金を持ち逃げしていたことから、思わぬ惨劇が……

 という前半から、後半のおそのの復讐劇と大きく動いていく物語を、作画者はこれが初時代漫画とは思えぬ達者な筆致で描写。特にキャラクター一人ひとりのデザイン、そして浮かべる表情が実に「らしい」のに感心させられます。
 特に絶品なのは、後半の主人公となるおそのの描写。思わぬ運命の変転に巻き込まれた彼女、無口な箱入り娘に過ぎなかった彼女が見せる思わぬ強さ、怖さ、逞しさを、浮かべる表情一つ一つの変化で浮かび上がらせるのには、お見事としか言いようがありません。


『エイトドッグス  忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 トーナメントバトルの華ともいうべき敵味方のリスト(死亡者に×印がつく)が表紙でいよいよテンションがあがる忍法合戦。そのリストから里見方・服部方二名づつが消え、八玉も二つまでが村雨姫の手に戻ったものの、まだまだ圧倒的に不利な状況。
 追い詰められた村雨姫の前に現れたのは、胡散臭い香具師の男と、娘姿の美青年で――

 というわけで登場した当代の犬山道節と犬塚信乃ですが、他の八犬士同様、この二人もお家に対する忠義心は薬にしたくともない奴らですが……いや、彼らにないのはあくまでも「お家に対する」忠義心。再び村雨姫を追い詰める服部忍軍の外縛陣に対し、道節が立ち上がることとなります。

 ここで驚かされるのは原作では無名だった道節の忍法に名前が付いた点で……というのはさておき、これは原作どおりの名セリフとともに道節が必死の働きを見せるシーンは、彼がなんともすっとぼけた表情だけに、大いにインパクトがあったところです。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 武士として仇討をするため、不破刀と別れを告げた末、ついに怨敵・多々羅玄地の潜む巌鬼山神社に到着した怨ノ介。その前に現れたのは、不破刀とは瓜二つの少女――当代の玄地の娘でありました。
 父に代わり仇討ちを受けて立つという娘とは戦うことができず逃げ出した怨ノ介の前に現れたのは、以前出会った無頼漢・倦雲で……

 というわけでクライマックスも目前となった本作、前回描かれた日本刀そもそもの由来にまつわる物語……伝説の刀鍛冶・鬼王丸の物語が再び思わぬ形でクローズアップされ、怨ノ介と多々羅玄地の因縁に繋がっていくのには驚かされますが、しかし真に驚かされるのはその先にある、玄地の真実。
 何故彼が怨ノ介の家を滅ぼしたのか……一見通俗的な時代劇めいた御家騒動に見えたその背後にあった真実の無常さ、異常さを何と評すべきでしょうか。

 というわけでここに来て一気に物語の構図が逆転したのにはただただ絶句させられますが、それだけに最後に描かれる当代玄地の姿はちょっと残念なところ。……いや、それもこの異常な「機関」が生み出したものというべきでしょうか。この永久継続の地獄にいかに怨ノ介が挑むのか。結末が楽しみです。
(そして今回もさらりと深いことを呟く倦雲がまたイイのです)

 その他、新連載の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)は、鉄道黎明期の私鉄という非常にユニークな題材の物語ですが、個人的にはちょっと登場人物の思考についていけないものがあった……という印象。
 また『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治)は、原作の「後は知らない」の漫画化。依頼の金額の大きさから標的の強さを悟り、闘志を燃やす梅安というのは、この作画者ならではのビジュアルだなあ……と感心いたしました。


『コミック乱ツインズ』2017年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 02 月号 [雑誌]


関連記事
 『コミック乱ツインズ』2016年11月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2016年11月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2016年12月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2016年12月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)

| | トラックバック (0)

2017.01.16

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第11巻 残酷な史実とその影の「真実」

 もう表紙を見た時点で「やめてくれよ……」と呟きたくなってしまう(正直なところ、気後れして発売から紹介まで間が空いてしまいました)絶望しかない物語、『PEACE MAKER鐡』の第11巻であります。甲州勝沼の戦いに敗れ、江戸に戻った新撰組の面々を待つ運命は――

 新撰組から甲陽鎮撫隊と名を改めつつも、なおも戦いを止めない男たち。しかし甲府城を目指した彼らが見たものは、既に新政府軍に占領された城の姿でありました。援兵を請うべく江戸城に向かった鉄之助ですが、勝海舟は彼を軟禁して――

 という意外な展開で終わった前巻ですが、この巻の冒頭で描かれるのは、鉄之助に対する勝の意外な言葉。
 鉄之助の父がピースメーカー――調停者として活動していたことを語った勝は、鉄之助にまつわる秘密、それも二つもの秘密の存在をほのめかし、それと引き替えに新撰組を抜けるように求めるのであります。

 果たして勝の真意は、そして二つの秘密とは……いきなり引き込まれる展開ですが、しかしそれが運命というべきか、鉄之助がそれを受け入れようとした瞬間、近藤たちが江戸に帰還したことで、勝の言葉は聞けず仕舞いに――


 というところで物語は史実に戻り(?)この巻では慶応4年3月の出来事が語られることとなります。新撰組ファンであればよくご存じであろう、新撰組の一つの終わりを告げる事件を中心に。
 その事件とは、永倉新八と原田左之助の新撰組離脱……これまでも近藤のやり方に折に触れて反発してきた永倉ですが、ここにきて完全に決裂し、ついに袂を分かつことになったのであります。

 多摩時代、試衛館時代からの同志であった永倉と原田の離脱――それも死別ではなく意見の衝突、記録では近藤の無礼な態度が原因になったという――は、新撰組ファンにとっては泣き面に蜂と言うべき出来事でしょう。
 特に本作においては賑やかなムードメーカーであり、鉄之助のよき兄貴分であった彼らの離脱は、ただでさえ暗くなる雰囲気に駄目押しするような展開ですが……しかし、本作におけるその「真実」がまた泣かせます。

 この辺りの展開は、他の作品でも同様の趣向を読んだ記憶がありますが、しかしそれはファンにとっても一つの願望と言うべきでしょうか。そうあって欲しいという想いがにじみ出るその「真実」は、暗く重い展開が続く本作において、一筋の光と感じられます。
 ……その直後に描かれる、「新撰組」の絆とともに。


 そして4月初め、再起を期して流山へ向かう一行。それぞれ大久保大和、内藤隼人と変名を使って新政府軍の目を欺いたかに見えた近藤と土方ですが、しかし運命の時は容赦なくせまります。

 彼らが元・新撰組と睨んだ薩摩の猛将・伊地知正治(ここで出てきたか、という印象であります)に包囲を受け、絶体絶命の窮地に陥った一行。
 ここで伊地知に武士の情け、すなわち切腹の時間を与えられた近藤と、それを知った土方が、それぞれどのような行動を取ったか……それはもう、史実が示すとおりなのですが、しかし本作はそれをこれでもか! とエモーショナルに活写いたします。

 近藤を救う一縷の望みに賭ける土方と、その土方をある言葉とともに送り出す近藤……土方あっての近藤、土方あっての新撰組とはよく言われることではありますが、しかし同時に近藤あっての土方であったことを、そんな二人の絆を何よりも強く描き出すこのくだりは、ファンの紅涙をしぼる名シーンと評するしかありません。

 だからこそ、その先の残酷すぎる史実と、それを受けて本作が何を描き出すのかを考えるだけで、胸が塞がるのですが……それはもう少し先に取っておきましょう。

 近藤除名の条件として勝が出した、旧幕軍の江戸周辺からの退去を達成するため、国府台の伝習隊を訪れる土方。そこで彼を待っていたのは、またとんでもない姿にアレンジされたあの人物で――
 と、またもや気になる展開で引きとなった本作。本当に先を読むのが辛い、しかし読まないわけにはいかない……何とも恐ろしい作品であります。


 しかし鈴はもういいんじゃないかなあ……と、悲劇の連続に疲れた身としては思ったり思わなかったり。


『PEACE MAKER鐵』第11巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 11 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


関連記事
 「PEACE MAKER鐵」第6巻 歴史への絶望と希望
 「PEACE MAKER鐵」第7巻 北上編開始 絶望の中に残るものは
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第8巻 史実の悲劇と虚構の悲劇と
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第9巻 数々の新事実、そして去りゆくあの男
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち

| | トラックバック (0)

2017.01.15

物集高音『大東京三十五区 冥都七事件』 縁側探偵が解く「過去」と「現在」

 日本の首都である東京都区部=二十三区。その二十三区が現状とほぼ同じ範囲となったのは、昭和7年……当時は三十五区という形でした。本作はその前年から始まる連作短編集、下宿の大家と不良書生という異色のコンビが、「過去」と「現在」に渡り東京を騒がせる怪事件に挑むユニークなミステリです。

 本作の主人公の一人は、早稲田大学の学生・阿閉万。学生とは名ばかりで、落語や探偵小説など、様々なことにちょろっと手をつけてはすぐに投げ出すことからついたあだ名が「ちょろ万」という、まずうだつのあがらない青年であります。
 その阿閉青年が目下血道を上げているのは、明治時代の奇談の蒐集。明治の新聞記事から奇妙な事件を取り上げて一冊にまとめようという目論見なのです。

 そんな彼が今回見つけたのは、明治13年に起きたという品川東海寺での怪事件を記した記事。東海寺の七不思議の一つ、切れば血が出るという血出の松が台風で倒れて暫く経ったある晩、警邏の巡査が、按摩がその松を何かに憑かれたように揉み療治していたのを見つけたというのであります。

 さて、阿閉青年がこの記事のことを語って聞かせた相手というのが、彼の下宿「玄虚館」の大家・玄翁先生こと間直瀬玄蕃老人。
 真っ白い総髪に長い山羊髭と仙人めいた風体で博覧強記、こうした奇聞珍聞も大好物の玄翁先生は、阿閉青年を相手にこの事件の謎解きを始めるのですが――

 というのが第一話「老松ヲ揉ムル按摩」の物語。阿閉青年が仕入れてきた様々な奇談怪談に対し、玄翁先生が屋敷の縁側に座り、青年をこき使って手に入れた情報を元に真相を推理してみせる……という、安楽椅子探偵ならぬ縁側探偵というべきスタイルであります。

 しかしこの縁側探偵、単純に空間的な距離のみならず、物語の時点から数十年前という時間的な距離まであるという状況からの推理なのが実に面白い。
 しかもこの第一話の題材となっているのが(本作においてはアレンジした形で描かれていますが)吉村昭や葉室麟の作品の題材ともなったあの事件というのにも唸らされるところであります(しかも……)。


 本作はそんな二人が挑む全七話を収録。
 荏原郡の医師の家にバラバラと石が降り、窓を破って中にまで飛び込んできたという「天狗礫、雨リ来ル」
 三ノ輪で産婆の家の前の夜泣き石が咽び泣いたことを探る中で思わぬ事件が露呈する「暗夜ニ咽ブ祟リ石」
 明治34年、花見で賑やかな向島に作られた迷路の中から二人の花魁が忽然と消えた「花ノ堤ノ迷途ニテ」
 根岸の小川で、見知らぬ子供が橋が落ちると騒いだ直後、川の水が増量し橋が流された「橋ヲ墜セル小サ子」
 明治末、開業したばかりの王子電車が飛鳥山近くで花電車の幽霊電車に幾度も目撃された「偽電車、イザ参ル」
 東京三十五区の誕生記念式典の最中、天に「凶」の字が浮かんだ騒動の背後に、思わぬ犯人の姿が浮かぶ「天ニ凶、寿グベシ」

 第一話のように明治時代の事件もあれば、物語の時点でリアルタイムともいえる昭和初期の事件もありと様々ですが、共通するのは、超常現象としか思えないような事件の数々に対し、きっちりと合理的な解決がつけてみせるミステリとしての面白さであります。

 特に「花ノ堤ノ迷途ニテ」は、人体消失トリックをフェアな形で解き明かす同時に、背後にその時代ならではの事情を織り交ぜるのが見事で、本作で個人的に最も好きな一編。
 また「橋ヲ墜セル小サ子」も、到底人間の手では不可能としか思えない怪事に対して鮮やかな解決が提示されつつも、しかし……と不気味な後味が残るのも面白く、こちらも本作を代表する作品と言えるでしょう。

 もっとも中には少々強引と思えるものもあるのですが、衒学趣味の強い玄翁先生と「現代っ子」の阿閉青年という全く毛色の違う主人公二人のやり取りの面白さと、地の文の講談風の独特の語りによって、それも物語の一部として何となく受け入れられる……
 というのは少々強引かもしれませんが、本作ならではの魅力というものが、確かにあることは間違いありません。


 そして……本作にはもう一つの仕掛けがあります。その内容をここで語ること自体がルール違反となりかねませんが、ここで描かれるのは、「過去」と「現在」が入り乱れる本作だからこそできる、意味がある大仕掛と言うことは許されるでしょう。個人的には直球ストライクの趣向であります。

 しかし気になるのは結末のその先ですが……本作はあと二冊続編が刊行されているのでご安心を。そちらも近々紹介の予定です。


『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

| | トラックバック (0)

2017.01.14

輪渡颯介『溝猫長屋 祠之怪』 四人の子供、幽霊を「感じる」!?

 『古道具屋皆塵堂』シリーズも完結し、寂しい気持ちでいた輪渡ファンに嬉しいプレゼント……言うまでもなくユニークな新たの怪談が登場しました。長屋を舞台に、おかしな習いのおかげで幽霊と出くわすようになってしまった四人の子供たちが引き起こす騒動を描く快作であります。

 その名のとおり、何匹もの猫たちが溝の中までゴロゴロしている溝猫長屋。一見、どこにでもあるようなこの長屋ですが、一つだけ余所とは違う点があります。
 それは長屋の奥にある祠を、長屋に住んでいる男の子でその年に一番の年長が毎朝お参りすること――

 何年にも渡り行われてきたこの行事(?)に今年当たったのは、十二歳の忠次、銀太、新七、留吉の四人。何やら曰くありげな周囲の大人たちの態度に不審を抱きつつ、毎日を過ごす四人ですが、やがて彼らの周囲で奇怪な、いや怪奇な事件が起きます。
 人死にがあったという近所の空き家から、新七は鼻の曲がるような悪臭を嗅ぎ、留吉は子供の声を聞いたことから、家の中に忍び込んだ四人。そこで忠次は、見るも無惨な姿の子供の幽霊と出くわしてしまったのです。

 実はかつてある事件で殺されたお多恵という女の子を祀る長屋の祠は、拝んだ子供たちが、皆「幽霊がわかる」ようになってしまうという曰くつきのものだったのです。それも「嗅ぐ」「聞く」「見る」と一人ひとり別々の形で。
 かくて、次々と妙な形で幽霊に遭遇することになってしまった四人ですが、その幽霊たちには奇妙な共通点が――


 というわけで、本作においても、かなり怖い怪談と、ユーモラスで人情味が効いたちょっとイイ話、そして隠し味のミステリ趣向という輪渡ワールドの魅力は健在……というより絶好調であります。

 思わぬことから幽霊騒動に巻き込まれるようになってしまった個性豊かな四人の子供――主人公格の忠次、悪ガキ……というよりア○の銀太、優等生の新七に弟妹の世話に追われる留吉――を中心に、子供目線で展開する物語は、何とも賑やかで微笑ましく、それでいて容赦なくコワい展開の連続で、まさに「これこれ」とニンマリしたくなるほど。

 何よりも怖楽しいのは、彼らが幽霊を感じるのが、毎回視覚・嗅覚・聴覚と一人ずつバラバラであることであります。
 それもある感覚で経験すれば、同じ感覚には連続で当たらず、次は別の感覚で幽霊を感じるというルール(?)が何ともユニークで、幽霊の出現にバリエーションを付ける面白さはもちろんのこと、それを知った子供たちのリアクションもまた愉快なのです。

 しかし、感覚は三つ、子供は四人……ということは毎回一人余ることになるのですが、その辺りがどうなるかがまた非常に楽しい。
 この辺り、作者の別の作品を連想させるところもありますが、奇妙な設定が生む悲喜こもごものシチュエーションが、また一層可笑しさを生むのが、いかにも作者らしいところでしょう。

 そして作者が得意とするといえばデビュー作から一貫する、怪談の中のミステリ味。
 本作の最初のエピソードで語られるのは、かつて押し込み強盗に殺された子供の存在なのですが、以降、様々な形でその悲劇は後を引き、実は……という形で、大きな物語に繋がっていくのも、実に好みの趣向です。


 そして本作には、もう一つ魅力があります。それは、元気な子供たちを見守る周囲の大人たちの存在であります。

 口うるさく説教ばかりながら、子供たちを深く愛する大家さん。長屋のOBで元は相当やんちゃをしながら、今は「泣く子も黙る」弥之助親分。子供たちにナメられがちな寺子屋の師匠にして、とんでもないもう一つの顔を持つ蓮十郎先生。
 これまた個性的な面子ですが、共通するのは、子供たちに振り回されつつも、時に厳しく、しかし暖かく彼らを見守ること――

 どれだけ幽霊が、悪人が恐ろしくとも、どれだけ子供たちが騒動を起こそうとも……それを受け止め、子供たちを守り導く大人たちの存在が、大人がきちんと「大人」していることが、幽霊が跋扈する本作において、地に足の着いた安定感を与えているのです。


 こうした長屋の面々に、大店の娘でトラブルメーカーの美少女・お紺も加わって、まさに役者は揃ったというこの溝猫長屋の物語、この一作で終わるということはまさかありますまい。
 コワくておかしくて、そして優しい……そんな物語がこの先も描かれていくことを期待しております。


『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
溝猫長屋 祠之怪

| | トラックバック (0)

«『風雲ライオン丸』 第1話「飛び出せ弾丸変身!」