入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『曽呂利!』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『大江戸剣聖一心斎』(高橋三千綱)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
87.『警視庁草紙』(山田風太郎)
88.『西郷盗撮』(風野真知雄)
89.『明治剣狼伝』(新美健)
90.『箱館売ります』(富樫倫太郎)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『源平の風』(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と運命の書』(渡辺仙州)



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2017.07.26

物集高音『大東京三十五区 夭都七事件』 古今の帝都を騒がす怪事件ふたたび

 昭和初期を舞台に、お調子者の書生が持ち込む奇っ怪な事件を、居ながらにして解決してしまう「縁側探偵」のご隠居の名推理を描く連作短編シリーズの第2弾であります。今回も、今昔の帝都を騒がす七つの奇怪な事件が描かれることに……

 時は東京都区部が三十五区となった昭和7年、早稲田大学に席を置きながら、怪しげな事件を嗅ぎつけてはそれを扇情的な記事に仕立てては小銭を稼ぐ不良書生の阿閉万、通称「ちょろ万」が本シリーズの狂言回し。
 そしてそんな彼がかき集めてくる怪事件の数々を――起きた場所はおろか、起きた時代も全く異なるものも含めて――縁側に居ながらにして解き明かしてしまうのが、彼の下宿の家主であるご隠居・玄翁先生こと間直瀬玄蕃であります。

 今日も今日とて、明治の浅草で起きた無惨かつ不可解な事件の存在を嗅ぎつけてきたちょろ万に対し、玄翁先生はこともなげにその謎を解き明かして……


 と、ここでシリーズ第1弾たる『冥都七事件』の読者であれば首を傾げることでしょう。同作のラストにおいてご隠居は何処かへ姿を消したのでは――と。
 しかし本作の第1話であっさりとご隠居は帰還。あまりにあっけらかんとした展開にはさすがに驚かされましたが、それはそれで本シリーズらしい……と言えるかもしれません。

 そして登場人物の方も、ちょろ万と玄翁先生のほか、前作にも登場した鋼鉄の女性記者・諸井レステエフ尚子に加え、もとは箱根の温泉宿の女中、今はご隠居の店子の少女・臼井はなといった新キャラが登場、シリーズものとしては順調にパワーアップしている感があります。


 さて、そんな本作で描かれるのは、前作同様、東京の各地で起きる事件の数々であります。

 明治10年の浅草で模型の富士の上に観音様が現れた直後に、見世物小屋に首無し死体が降る「死骸、天ヨリ雨ル」
 芝高輪の天神坂を騒がす、夜ごと髑髏が跳び回る怪異「坂ヲ跳ネ往クサレコウベ」
 麻布の新婚家庭で結婚祝いに送られた夫人の肖像が、日に日に醜く年老いていく「画美人、老ユルノ怪」
 若かりし日の間直瀬玄蕃の眼前で、雛人形を奪って逃走した男が日本橋の上で消える「橋ヨリ消エタル男」
 内藤新宿の閻魔堂で一人の少年が妹の眼前から姿を消し、脱衣婆に喰われたと騒ぎになる「子ヲ喰ラフ脱衣婆」
 大正11年の上野に展示された平和塔に、一夜にして奇怪な血塗れの記号が描かれる「血塗ラレシ平和ノ塔」
 駒込の青果市場に自転車で通う老農夫の後を、荒縄が執拗に追いかけては消える「追ヒ縋ル妖ノ荒縄」

 いずれもミステリというより怪談話めいたな事件ですが、それを現場に足を運ばず――それどころか、既に述べたように過去に起きた事件もあるわけで――解決してみせる縁側探偵の推理には、今回も痺れさせられます。
 そしてまた、謎が解けたと思いきや……という、良い意味の(?)後味の悪さが残るエピソードが多いのも、実に好みであります。

 そんな本作の中で個人的にベストを挙げれば、「画美人、老ユルノ怪」でしょうか。
 扱われているのが老いていく絵という、直球の絵画怪談的現象を描いた上で、考えられる解を一つ一つ潰しつつも、たった一つの手がかりから、見事に合理的な解を導いてみせるが、何とも痺れるのです。

 そしてその上で、事件の背後に人間の心の中の黒々とした部分を描き、さらに追い打ちをかけるようにゾッとする結末を用意しているのは、お見事と言うほかありません。
(実はこの作品のみ、探偵役がご隠居ではなく、ちょろ万の恩師である大学教授というのも面白い)


 こうしたミステリとしての魅力に加えて、今回もポンポンとテンポのよい擬古的な文体といい、その中で描かれる当時の風俗描写の巧みさといい、実に楽しい作品なのですが……
 一点だけ不満点を挙げれば、本作には前作にあったような、巨大な仕掛けが存在しないことでしょうか。

 もちろんそれはあくまでもおまけの仕掛けであったのかもしれませんが、人間、一度贅沢に慣れてしまうと、今度はそれがないと不満に感じてしまうのは仕方のないところでもあるでしょう。

 厳しい言い方をすれば、普通の続編になってしまった――という印象は残ってしまったところではあります。


『大東京三十五区 夭都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)


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2017.07.25

芦辺拓『地底獣国の殺人』 秘境冒険小説にして本格ミステリ、そして

 本格ミステリの枠を守りつつも、書けないものはないのではないか、と言いたくなるアクロバティックな作品を次々と発表してきた芦辺拓。そのシリーズ探偵・森江春策が、なんと恐竜が徘徊する人外魔境を巡る事件――それも彼の祖父にまつわる事件に挑む、極めつきの異色作にして快作であります。

 またもや一つの難事件を解決した森江春策の前に現れた謎の老人が語る、奇怪な物語。それは戦前に彼の祖父・春之介も参加したという、ある冒険の真実でした。

 昭和11年、ライバル社に対抗せんとする新聞社の驚くべき企画――それは、飛行船により、トルコのアララト山に眠ると言われるノアの方舟を探索するという冒険でした。
 その企画への参加することとなったのは、高天原アルメニア説を唱える異端の老学者・鷲尾とその美人助手・浅桐、飛行船を操る日本軍人コンビ、地質学者、通訳、トルコ軍人に謎の外国人、そして春之介を含む三人の新聞記者という面々であります。

 出発前から不穏な空気の漂う中、旅立った一行がアララト山上空で見たものは、記録に残っていない巨大な亀裂。そして原因不明の機器の異常により亀裂の中に不時着した一行を待っていたのは、鬱蒼たる密林と、そこにうごめく恐竜たち――そう、そこは時に忘れられた世界だったのであります。

 何とか脱出の機会を探る中、不審な動きを見せる鷲尾を追った折竹記者(有名な探検家とは無関係)と浅桐は、祭祀場のような遺跡から、彼が何かを掘り出すのを目撃。しかしその直後に彼らは恐竜の襲撃を受け、折竹たちは深手を負った鷲尾を連れ、原始の森林をさまようことになります。
 そして必死の思いで飛行船に帰還した彼らを待っていたのは、何者かに破壊され、もぬけの空となった飛行船。さらに折竹の前には、あまりに意外な人物が……


 既に現在ではほとんど滅んだジャンルである秘境冒険小説。『失われた世界』『地底旅行』『ソロモン王の宝窟』、そして『人外魔境』に『地底獣国』――地球上から秘境と呼ばれる地と、それを信じる人が消えると共に失われたその作品世界を、本作は見事に復活させています。
 奇想天外な秘境と、そこに潜む恐竜などの怪生物、そして原住民たちと秘められた宝物――そんな胸躍る世界を、本作は戦前というギリギリの虚実の境目の次代を舞台に、丹念に、巧みに描き出しているのです。

 ――いや、確かに面白そうではあるけれども、しかし本作はどう考えてもミステリではないのでは、と思われるかもしれません。それも尤もですが、しかし驚くなかれ、そのような世界を描つつも、本作はあくまでも本格ミステリとして成立しているのであります。
 外界から隔絶された秘境での冒険の中、一人、また一人と命を落としていく探検隊のメンバー。その構図は、有名なミステリのスタイルを思い起こさせはしないでしょうか。「雪の山荘」「嵐の孤島」ものとでも言うべきスタイルを……

 そう、本作はこともあろうに人外魔境を一つの密室に見立てた連続殺人もの。しかもその謎を解き明かすのは、その冒険(事件)から半世紀以上を経た現代に、謎の老人から冒険の一部始終を聞かされた森江春策――すなわち本作は、同時に一種の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
 なんたる奇想!ミステリ作家多しといえども、このような作品を生み出すことができるのは、作者しかいない、と言っても過言ではないでしょう。

 物語を構成する要素が一つとして無駄になることなく意外な形で結びつき、やがて巨大な謎とその答えを描き出す。さらにとてつもない仕掛けを用意した上で……
 ここには、本格ミステリというジャンルの魅力の精髄があると言えます。


 そしてまた、本作は同時に、一種の歴史もの・時代ものとして読むことも可能です。それも実に優れたものとして。

 本作で描かれる世界は、確かに現実世界からは隔絶したような人外魔境であります。
 しかしその一方で、そこに向かう人々、そして彼らが引き起こし彼らが巻き込まれる出来事は、皆この時代の、この世界なればこそ成立し得るものなのであります。
(そして発表されてから20年経った本作に描かれる世界は、奇妙に今この時と重なるものがあるようにも感じられます)

 秘境冒険小説と本格ミステリといういわば二重の虚構の世界を描きつつも、その根底にあるもの、そしてそこから浮かび上がるのは、紛れもない我々の現実である……
 本作の真に優れた点はそこにあるのではないかとも感じた次第です。


『地底獣国の殺人』(芦辺拓 講談社文庫) Amazon
地底獣国(ロスト・ワールド)の殺人 (講談社文庫)

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2017.07.24

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第1巻 光悦の玄孫が招く先の読めない冒険

 『ケダマメ』『怨ノ介 Fの佩刀人』と、最近はユニークな時代漫画を次々と発表している玉井雪雄の最新作は、またもや個性的極まりない作品。天下人家康に唯一逆らった男・本阿弥光悦の玄孫、本阿弥光健が、「目利き」の力で周囲を波乱に巻き込んでいく、先の全く読めない物語であります。

 目覚めてみれば、臭く真っ暗な船倉で縛られていた光健。彼は、女郎屋の代金を踏み倒したおかげで売り飛ばされ、最悪の人買い商人・バムリの権藤親方の奴隷船に乗せられていたのでありました。

 そんな彼と同様に船倉に押し込められていた人々は、しかしごく一部を除き、彼のことを気にしようともしなければ言葉も発しない無気力な人々。
 あらゆる共同体から捨てられ、人別を失った「棄人」である彼らを前にして、光健は、手を縛られたままでも、自分の目利きで船を丸ごと手に入れることができると豪語するのですが……


 刀剣の目利きをはじめ、書・画・茶と様々な古今の芸術に通じ、安土桃山から江戸時代初期にかけて屈指の文化人として知られた本阿弥光悦。
 本作はその光悦を、物だけではなく、人に対しても優れた目利きの力を持ち、その能力で激動の時代を生き抜いてきた人物として描きます。

 そして本作の主人公・光健もまた、その能力を継ぎ、人の目利きにかけては絶対の自信を持つ男。
 同じ船にいた棄人の一人に対し、新たな名前(銘)を与えただけで、彼らに希望の灯を灯し、それをきっかけに大きく事態を動かしていくという冒頭の展開は、彼の力のなんたるかを示していると言えるでしょう。

 しかしさらに本作を面白くしているのは、彼は目利きを行い、相手の価値を見抜く(そして自覚させる)のみであって、人々を完全にコントロールするわけではないという点。
 そのため、価値を見抜いた人物がどのような行動を起こすか、それは彼の予想の範囲外なのであります。

 そう、その人物が起こした行動がもとで、素手で人間を引き裂くような人間凶器が覚醒したり、幕府が絡んだ秘密のプロジェクトの存在が明かされたりするというようなことは……


 というわけで、一話進むたびに状況が刻一刻と変わっていく、全く先が読めない展開の連続に、現時点では内容の評価自体が難しい作品ではある本作。
 しかしその展開自体に退屈させられことがないのはもちろんのこと、ここで描かれる物語世界の一端が非常に魅力的であることは、間違いありません。

 この先、光健は棄人に何を見出すのか、そして何よりも彼が自分自身に何を見出すのか――我々も、それをこの作品から見出したいところであります。


『本阿弥ストラット』第1巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(1) (ヤンマガKCスペシャル)

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2017.07.23

朝日曼耀『戦国新撰組』第2巻 新撰組、いよいよ本領発揮!?

 戦国へのタイムスリップはもはや定番ネタ……というのは言い過ぎかもしれませんが、しかしその中でもユニークさでは屈指の一作、あの新撰組が、こともあろうに桶狭間の戦直前にタイムスリップして大暴れする物語の第2巻であります。第1巻の衝撃の結末を経て、事態はいよいよややこしいことに……

 いかなる理由によるものか、突然、壬生の屯所から戦国時代の桶狭間周辺に放り出された新撰組。その一人である三浦啓之助は、土方、島田らとともに木下藤吉郎と蜂須賀小六に捕らえられ、信長の前に引き出されることになります。
 そこに乱入してきた近藤、井上、斎藤らにより、一時は形成逆転したかに見えた新撰組サイドですが、柴田勝家をはじめとする怪物めいた戦国武者たちの前には分が悪い。近藤が、島田が深手を負う中で、啓之助は思いも寄らぬ行動に出ることに――


 と、啓之助によって信長が○○されるという、まさしく「何してくれてんだ!」というしかない衝撃の展開を受けて始まるこの第2巻。
 自分たちの命を守り、未来の天下人を救うためとはいえ、豪快に歴史を変えてしまった啓之助ですが(この辺りのあっけらかんぶりがまた彼らしい)、藤吉郎もそれに乗ってしまうのがまた面白い。

 主君と仰ごうとしていた人間を……というのにこの行動というのは、一見不条理に見えるかもしれませんが、まだ本格仕官前というこのタイミング、そして彼の合理的のようでいて博打好きな性格を考えれば、この選択はアリでしょう。
 その後も大きな犠牲を払いつつ、藤吉郎と新撰組は、こともあろうに織田家の懐に飛び込むという奇策に出るのですが……


 しかし大混乱の中で忘れそうになりますが、桶狭間の戦がなし崩し的に消滅してしまったことで、いまだ今川義元の軍は健在。そしてそこには、やはりタイムスリップしていた山南、沖田、藤堂の姿が……

 自分の刀を存分に振るえる時代にテンションのあがりまくった沖田によってさらに歴史が変わっていく中、織田攻めの先方を命じられた松平元康。
 彼こそは言うまでもなく後の徳川家康、新撰組が忠誠を誓った徳川幕府の祖を守るため、山南たちも大きな役割を果たすことになるのであります。

 主人公の敵サイドにも未来人(主人公の同時代人)が!? というのは、タイムスリップものでは定番の展開の一つではあります。
 しかしそれがかなり早い段階で登場、しかもその「敵」が、(少なくともこの時点では)鉄の結束を誇っていた新撰組の同志とは……これには驚き、テンションが上がりました。

 しかしそれ以上にテンションを上げてくれるのは、この沖田の、そしてこの巻から本格的に活躍する斎藤の「強さ」であります。


 実は第1巻の時点で個人的に不満に感じたのは、新撰組があまり活躍していないというか、強くない点でした。

 過去にタイムスリップといえば、(女子高生主人公を除けば)未来の知識や技術でチートして大活躍、というのが定番。
 しかし本作の場合、いきなり新撰組は野武士に蹴散らされ、土方も蜂須賀小六に一騎打ちで敵わず――といきなりピンチの連続。

 もちろん冷静に考えれば、戦が数十年続いてきた時代にテクノロジーレベルが少々高い時代の人間がタイムスリップしても、さほどアドバンテージにはならないのはむしろ当然なのかもしれません。
 しかし折角(?)タイムスリップしたのだから、戦国時代での新撰組の無双の活躍を見たい――それも人情でしょう。

 そしてその気持ちは、上で述べた沖田を、そしてさらに本多忠勝と一騎打ちを演じた斎藤を通じて満たされることになるのです。
(そしてその斎藤の活躍に至るまでに、土方の巧みな指揮があったというのも嬉しい)


 ついに戦国の世で本領を発揮することとなった新撰組。しかし彼らの存在によって、戦国の世の混迷は一層深まり――歴史の歯車の狂いはいよいよ大きくなることになります。
 さらに「もう一人」(いや二人?)がこの状況に絡むことにより、歴史はどこに向かうことになるのか。そしてその中で新撰組は、啓之助はいかなる役割を果たすことになるのか?

 新撰組隊士の中でまだ登場していないあの男とあの男の行方も含めて、まだまだ先が読めない物語であります。


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2017.07.22

上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿

 吉宗の大奥改革を発端に始まった激しい暗闘を描く水城聡四郎シリーズ第2シーズンとも言うべき『御広敷用人大奥記録』も、この第12巻でついに完結。愛する竹姫に、そして嫡男の長福丸に次々と魔の手を伸ばした天英院と直接対決に及んだ吉宗と聡四郎を待つ結末とは?

 以前は大奥の五菜(雑用係の男)に竹姫を襲わせ、そして今度は長福丸に毒を盛った天英院についに怒りを爆発させ、聡四郎とともに大奥に乗り込んで、彼女の一派に一大痛撃を与えた吉宗。
 しかし吉宗と竹姫に対して深い恨みを抱いた天英院は、最後の手段として京の実家・近衛家に文を送り、さらに元御広敷伊賀者、今は裏社会の住人となった藤本に将軍暗殺を依頼。一方、吉宗は長福丸が自分の改革の犠牲となったことに深い心の傷を抱えることになって……

 と、最後まで先の読めない展開が続きますが、この物語は本作で間違いなく、それも極めて美しい形で結末を迎えることになります。そして聡四郎や吉宗以上に大きな役割を果たすのは、二人の女性である――そう申し上げても良いでしょう。

 その一人は紅――言うまでもなく聡四郎の妻であり、もうすぐ彼の子を産む、聡四郎の物語を通じてのヒロインであります。
 吉宗の養女という形で聡四郎の妻となった紅は、竹姫にとっては姉のような存在。これまでのシリーズにおいても竹姫を支えてきた紅ですが――本作において、彼女は竹姫とともに吉宗と対峙することになります。

 上で述べたように、長福丸が自分の改革の巻き添えを食う形で毒を盛られ、不具の身となってしまった吉宗。改革のためであれば何をも恐れず、剛毅をもって鳴らす彼にとっても、さすがにこの事態は、深刻なダメージをもたらすことになります。

 そんな吉宗を見るに見かねた聡四郎から助けを求められた竹姫は、さらに紅の力を借りるのですが――なんと、ここにきてあのフレーズが、第1シーズンとも言うべき『勘定吟味役異聞』で、結婚前の彼女が幾度となく聡四郎にぶつけたあのフレーズが、こともあろうにその場で爆発!
 いやはや、最近はずいぶんおとなしくなったかと思いきや、まさかシリーズのラストにきての大爆発に、本作のタイトル『覚悟の紅』の「紅」とは彼女のことであったかとすら思ってしまったのですが……

 そんなつまらない冗談を一瞬でも思ったことを反省するほかない展開が、ラストには待っています。そしてそれは、もう一人の女性――本シリーズのヒロインともいうべき竹姫を通じて描かれることになります。

 これはいささか踏み込んだ表現になってしまうかもしれませんが、本作において、吉宗と竹姫の恋は、史実通りの結末を迎えることとなります。
 それが如何なる経緯を経てのものであるか、それはもちろんここで触れるようなことはいたしませんが、決して変えられない史実の壁が、ここに待っていた――そう言うことができるでしょう。

 しかし本作は同時に、その結末において、その冷厳たる壁に小さな穴を開けてみせます。そしてそこに至り、我々は初めて知ることになります。本作のタイトルである『覚悟の紅』の意味と、そこに込められた竹姫の深い想いを……


 将軍吉宗の大奥改革――大奥の勢力を二分する天英院と月光院への宣戦布告から始まった『御広敷用人大奥記録』。その物語を貫くのは、自分の理想を実現し、次代に引き継ぎたいという吉宗の強い意志であり、聡四郎はその実現のために戦い続けてきたと言えます。
 しかし、次の代へ世を引き継いでいくことは、男たちだけの力のみでできるものではありません。そこには必ず、彼らの子を産む女性たちの存在が必要なのですから。

 そしてこの物語は、大奥という女の城を舞台とする以上に、女性の存在がクローズアップされる物語となっていくことになります。吉宗に愛され、共に次代を目指す竹姫というヒロインの存在を中心に据えることで……
 だとすればその結末を彼女の姿を通じて語ることは、必然であったと言えるでしょう。

 そしてその姿はもの悲しくも、極めて美しく、そして力強いものであったと……


 これにて聡四郎の第二の戦いは幕を下ろすことになります。しかし吉宗の改革の意志は衰えることなく、いやむしろ、本作の結末をもって、より強まったと言えるでしょう。
 だとすれば、聡四郎の次なる戦いが始まる日も遠くはありません。その日を、今はひたすら楽しみに待ちたいと思います。


『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)


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2017.07.21

『お江戸ねこぱんち 夢花火編』 顔ぶれは変わり、そして新しい魅力が

 前回の紹介から非常に間があいてしまった上に、本号の発売からも一ヶ月遅れの紹介ということで誠に恐縮なのですが――久々の『お江戸ねこぱんち』誌の紹介であります。リニューアル後でだいぶ作品の顔ぶれは変わった本書、印象に残った作品を紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 タイトル通り、あの平賀源内と彼の猫を中心としたシリーズの最新作であります。
 真っ昼間から日本橋通りに物の怪が出るという噂が流れる中、頭でっかちの田沼意知に下々の暮らしを(強引に)体験させるために一肌脱ぐことになった源内。。そこにさらに意知からは白眼視されている、農民から田沼家の用人になった三浦庄司が絡んで……

 と、「日本橋の物の怪」「意知の庶民体験」「三浦という人間の価値」という、あまり関係のなさそうな(そして一つ一つは比較的ありがちな)三つの要素が描かれることなる本作。しかし、ある病の存在を繋ぎとして、やがてそれらがきっちりと絡み合って、一つの大きな物語を作り上げるのには大いに感心させられました。

 ちなみに三浦庄司、作中では農民気質丸出しのユニークな人物として描かれていますが、実在の人物というのが面白いところであります(作中とは全く異なる人物像ですが……)


『雨のち猫晴れ』(須田翔子)
 江戸の人情を題材とした物語が中心、それも想定読者層はある程度の年齢の女性ということもあってか、「長屋の若夫婦と猫」を題材とした作品が非常に多かった本書。
 その中でも本作は、主人公の若妻・お珠の浮き世離れしたキャラクターとやわらかな絵が相まって、印象に残る作品であります。

 長屋の生活で彼女が苦労するたびに、こんな品物があればいいのに……と現代では実用化されている品物(洗濯機とか電話とか)を妄想するという要素は、正直なところそれほど効果的に機能しているとは言い難いものがあります。
 しかし、実は彼女は駆け落ちの身だった(それゆえある意味後がない身の上)という変化球が、物語のよいアクセントになっていたかと思います。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助と江戸の人々の日常を、良い意味でダラダラとしたタッチで描く連作シリーズ、今回は馴染みの遊女から信州そばが食べたいとねだられて町に出た赤助が、猫に異様にモテるナルシストの蕎麦屋という珍妙な男と出会って――というお話。

 本当に二人が馬鹿話をするだけの内容なのですが、それが妙に、いや非常に楽しいのは、作者の緩くて暖かい絵柄の力によるところ大でしょう。なんだか落語のような皮肉なオチも愉快であります。


『物見の文士外伝 冥土に華の』(晏芸嘉三)
 この世ならざるものが見えてしまう文士を主人公とするシリーズの外伝たる本作は、『物見の文士 柳暗花明』に登場した、彼岸と此岸の間の異界の吉原から始まる物語。
 浮世の未練を抱えた魂がたどり着くこの地の顔役的な存在の女・八千代が、心中に失敗して自分だけ命を落とした岡場所の娘・初の未練を晴らすべく奔走いたします。

 初の心中の相手は厳格な武家の嫡男・重太郎。親の反対で心中を選んだものの、自分一人生き残ってしまった彼がどのような行動を取るか……
 予想通りの行動に対し、現世に干渉できない(それは八千代も同様)初が、いかにして彼を救うか、というクライマックスが――猫を絡めたことでちょっと騒々しくなったものの――読ませてくれます。


 その他、『にゃんだかとっても江戸日和』(紗久楽さわ)は、これも「長屋の若夫婦と猫」ものですが、お歯黒と眉剃りという、この時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのに感心させられます。

 また、『猫と小夜曲』(北見明子)は、比較的シンプルな物語ながら、主人公の盲目の元侍にのみ感じられる猫という存在を絡めることでラストを盛り上げるのが巧みな作品。
 そして『若様とねこのこ』(下総國生)は、タイトル通りの一種の若様もの的な内容はシンプルながら、画という点ではかなりの完成度で……

 と、初期に比べれば執筆陣はそれなりに入れ替わっているものの、それでもこの『お江戸ねこぱんち』が、様々な、新しい魅力のある漫画誌であることは間違いありません。もちろん、今後の展開にも期待であります。


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