入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
87.『警視庁草紙』(山田風太郎)
88.『西郷盗撮』(風野真知雄)
89.『明治剣狼伝』(新美健)
90.『箱館売ります』(富樫倫太郎)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『源平の風』(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2017.10.21

山口譲司『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻 見事完結、もう一つの忍法八犬伝

 山口譲司が山田風太郎の『忍法八犬伝』を漫画化した本作も、この第2巻で完結。服部半蔵配下の八人のくノ一に奪われた里見家の秘宝・伏姫の八玉奪還のため立ち上がった当代の八犬士たちの戦いがついに決着することになります。

 本多正信と結ぶ服部半蔵の命により、里見家から八玉を奪い、偽物にすり替えた八人のくノ一。この八玉は将軍秀忠の嫡男・竹千代に献上を約束したもの、紛失したとあればただではすまされません。
 そんな里見家お取り潰しの危機に、甲賀で修行した(経験もある)当代の八犬士はお家のため――ではなく、密かに恋い慕う当主の奥方・村雨姫のために立ち上がり、伊賀のくノ一たちと忍法勝負を繰り広げることに……

 という本作、第1巻では乞食の小文吾、盗賊の毛野、香具師の道節が、くノ一らとの死闘の末に壮絶に散っていったものの、まだ八玉の大半は敵の手中にある状態。
 そしてくノ一たちに追われた村雨姫と女(装)芸人の信乃は、吉原の女衒の現八に匿われて吉原に潜り込むことに――と、いきなりトリッキーな展開から始まることになります。

 そして軍学者の角太郎、六法者の親兵衛、女歌舞伎の振付師の荘助と、残る八犬士たちもこれまた正道を外れたような連中。そんな連中が、腕利きのくノ一たち――それも幕府の最高権力者をバックにした――にいかにに立ち向かうか、というお話の面白さは、もちろん原作の時点で保証済みであります。

 そこで本作ならではの魅力は、といえば、やはり作者ならではの絵――はっきり言ってしまえば作者の絵のエロティシズムによるところが大であることは間違いありません。
 特にこの間の冒頭に収められた現八と二人のくノ一の「対戦」は、山風忍法帖ではある意味おなじみのシチュエーションではありますが、それを正面から絵にしてみせるのは、これはもうこの作者ならではでしょう。
(単行本では、思わずドキリとするような描き下ろしページがあるのも印象的)

 その一方で、たった一人の、それも目の前にいても決して手の届かぬ女性のために、無頼放題に生きてきた八犬士たちが散っていくというロマンチシズム、リリシズムもしっかりと描き出されているのもいい。
 第1巻冒頭のあるキャラクターのモノローグが、この巻のラストに繋がり、そして原作でも印象的だった結末の文章が引用されて終わるその美しさは、強く心に残るのです。


 ……実は本作、物語の基本的な流れ自体は原作とはほぼ同じであるものの、全2巻というボリュームもあってか、細部はかなりアレンジ(省略や取捨選択)が為されているというのは、第1巻の紹介時に触れたとおりであります。
 特にこの第2巻の終盤、残った3人の犬士が乾坤一擲の大勝負に出るクライマックスなど、シチュエーションは重なるものの、細部は全く似て非なるものとなっている状況。それゆえ冷静になって読んでみると、かぶき踊りの女たちの存在や服部半蔵の処理など、いささか無理がある点は否めません。

 しかしそれでも本作が紛うかたなき『忍法八犬伝』として感じられるのは、上に述べたような点で、本作が押さえるべきを押さえ、そして見たいものを見せてくれたから――そう感じます。

 本作のラストバトル、原作とは全く異なる最後の八犬士と最後のくノ一の対決など、ちょっぴり元祖八犬伝の芳流閣の決闘を連想させるシチュエーションである上に、本作の冒頭の対決シーンをもなぞらえていて、実に心憎いのであります。
(漫画的には、このラストバトルの方がより盛り上がる――というのは言いすぎでしょうか)


 何はともあれ、原作の大筋は踏まえつつも大胆なアレンジを加え、それでいてツボを心得た描写できっちりと『忍法八犬伝』のコミカライズを成立してみせた本作。
 ぜひ、次なる山風忍法帖を――と期待してしまうのであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻(山口譲司 リイド社SPコミックス) Amazon
エイトドッグス 忍法八犬伝 2 (SPコミックス)


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2017.10.20

『コミック乱ツインズ』2017年11月号

 「コミック乱ツインズ」11月号の表紙&巻頭カラーは、単行本第1巻・第2巻が同時発売となった『仕掛人藤枝梅安』。作家こそ違え、「コミック乱ツインズ」の顔が帰ってきたという気持ちもいたします。今回も、特に印象に残った作品を取り上げて紹介します。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から「梅安初時雨」がスタート。浪々の身の上であった小杉さんを迎え入れ、厚遇してくれた老道場主が、死の間際に小杉さんを後継者に指名したことで起きる波乱に、梅安も巻き込まれることになります。

 逆恨みして襲ってきた旗本のバカ息子たちを討ち漏らしたことから窮地に陥った小杉さん。ちょうど、大坂の白子屋菊右衛門から招かれていた梅安は、江戸を売る小杉さんに同道することに。しかし思わぬことから二人の行き先が旗本たちにばれて……
 と、本作ならではの好漢っぷりを見せつつも、早速(?)不幸な目に遭う小杉さんが印象に残る今回。白子屋の名も登場し、この先の展開がいよいよ気になります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 まだまだまだ続く将軍家慶日光社参編――というよりついに家慶と大御所家斉との全面戦争編に突入した感がある本作。
 将軍復位を狙い、家慶が日光に向かっている間に江戸をほぼ占拠し、西の刺客・静原冠者と結んで家慶の命を狙う家斉派との戦いはいよいよヒートアップすることになります。

 繰り返される襲撃の前に分断された家斉一行は甲府城に籠城することを決断。甲府勤番衆を味方につけ、甲府城の防備を進め、さらにギリギリまで日和見を続けていた水野忠邦を援軍として動かすことに成功するのですが……

 しかしこの盛り上がりに対し、作画が所々大荒れ(ほとんど下書き状態)なのは何としたことか。一種の演出かとも思いましたが、しかしそのわりには妙なところで入るのも不思議で、折この辺りは素直に残念、と言うべきなのでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 最近は戦国時代末期を中心として展開する本作、今回はついに関ヶ原の戦。そして今回鬼と化すのは大谷吉継であります。

 若き日より秀吉を支えてきたものの、しかし業病によってその面貌が「鬼」の如きものに変わった吉継。自分を忌避する周囲の者たちに激しい怨念を抱いた彼は、ついにその身を鬼と変えるのですが――しかし彼をあくまでも人間に繋ぎとめる者がありました。それは彼の親友・石田三成で……
 というわけで、身は鬼と化したものの、心は人間のままという状態となった吉継と対峙した鬼切丸の少年。彼は背三成のために人間として関が原に向かうという吉継の行方を見届けることを決意するのです。

 と、鬼と人間の狭間で揺れる者たちの姿を描いてきた本作らしい切り口で関ヶ原を描く今回のエピソード。おそらくは前後編となるのではないかと思いますが、どう決着をつけてくれるのか、楽しみであります。
 ……が、今回の吉継の描写は、数年前に問題になった某ゲームの初期設定とさして変わらないわけで、その点は引っかからない、と言えば嘘になります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作。幕府財政立て直しのために吉原に手を入れることを決意した新井白石と、彼を守る聡四郎に対し、吉原名主衆が送った刺客たちが襲いかかる――という今回は、ストーリーの展開より、とにかくアクション重視で魅せるエピソードであります。

 浪人(刀)、鳶(手鉤)、僧侶(錫杖)、町娘(簪(暗器))と、それぞれ異なる得物を手にした四人を同時に敵に回し、しかも戦いはド素人の白石を守りながら、如何に生き延びるか――ギリギリの状況で展開されるこの戦いは見応え十分(刺客たちの顔が、眼だけ光ったシルエットとして描かれているのもまた印象的)。ラストには謎の強敵まで登場するという心憎い展開であります。

 そんな苦闘をくぐり抜けた聡四郎の前に、無手斎の道場で現れたのはあの男――あ、こういうビジュアルになるのかと思いつつ、原作読者としては今後の活躍が楽しみになる引きであります。
 そして本当に毎回言っていて恐縮なのですが、短い出番で喜怒哀楽をはっきりと見せまくる紅さんは今回も素敵でした。


 ……そういえば今回、『軍鶏侍』は掲載されていなかったのですね。


『コミック乱ツインズ』2017年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年11月号 [雑誌]


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2017.10.19

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1 帰ってきた最も面白い水滸伝!

 1998年からweb連載が開始、今なお書き継がれている『絵巻水滸伝』――私の信じるところでは、原典ベースの水滸伝リライトで最も面白い作品の、第二部の書籍化がついにスタートしました。梁山泊に集結した百八人の豪傑のその後が、ここに再び語られることになります。

 絵・正子公也、文・森下翠という担当で描かれてきたこの『絵巻水滸伝』。「絵巻」という語からもわかるように、言うなれば本作は絵物語――文章に挿絵が付されたというより、文章と挿絵が対等な作品であります。

 最近は戦国武将のイラストでも知られる正子公也の美麗かつ独自の解釈の加えられた挿絵と、原典をきっちりと踏まえ押さえつつも、そこに欠けた部分・矛盾した部分を巧みに補った森下翠の文章。
 その二つが絶妙に絡み合った本作は、現在進行中の、いやこれまで日本で書かれた水滸伝リライトの中でも、ほとんどベストに近い内容のものであると、連載開始時から私は確信しているところです。

 さて、原典の120回本でいえば第71回まで、梁山泊に百八人の豪傑が集結するまでを描いた第一部は約10年前に完結し、全10巻で書籍化&電子書籍化されていますが(なお、今後書籍版が全20巻に再編集の上、再版されるとのこと)、今回刊行されるのはその続き、第71回からの「招安」篇全5巻であります。

 招安とは、簡単に言えば国が賊の過去の罪を許し、帰順させて軍に編入すること。国から見れば討伐のための様々なコストを省いた上に精強な軍を手に入れることができ、賊からすれば身の安全と職を手に入れられるという、ある意味win-winの関係であります。
 後者が「自由」を失うことを除けば――

 この第二部のベースとなっている原典の第72回以降は、招安を受けて帰順した梁山泊が、宋国のために遼国や叛徒たちを討ち平らげる物語。
 フルメンバーの豪傑たちが並み居る敵を蹴散らしていくのは、それなりに痛快ではありますが――しかし(戦争続きでかえって平板という構成上の問題点はさておき)大前提として、豪傑たちが招安を受け、国の下についてしまったという点で、ファンにとっては評価が厳しくなってしまうのは無理もない話でしょう。


 その招安を、本作はどのように描くのか――それはまだ先の話で、今回取り上げる第1巻に収録されているのは、原典の第72回から第75回までに当たる部分。
 東京に潜入した宋江たちが李師師と出会い、李逵と燕青が偽宋江を退治し、燕青が泰山奉納相撲で任原を破り、朝廷の使者の高慢さに怒った豪傑たちによって招安が決裂し……というくだりであります。

 このとおり、招安を巡る物語としてはまだ冒頭、第二部の特色とも言うべき大規模な戦争もまだ描かれていないのですが――しかしもちろん、それでも本書は面白い。
 ここで描かれているのは、いわば梁山泊が最も梁山泊であった頃。百八人の豪傑たちが梁山泊に集い、好き勝手に暮らしていた頃なのですから。

 そんな彼らの生き生きとした姿(その描写も『絵巻水滸伝』の大きな魅力であります)だけでも楽しいのですが、そこにさらに本作ならではの捻りが随所に入るのがたまらない。
 梁山泊で相撲といえばこの人、でありながら泰山相撲で出番がなかったあの好漢のエピソードが用意されていたり、その泰山相撲の中で今後重要な役割を果たすキャラクターが登場していたり……

 そのまま読んで面白いのはもちろんのこと、水滸伝ファンであればあるほど楽しい、そんな仕掛けが本書には仕掛けられています。

 正直なことを申し上げれば、この118頁で1944円という価格は決して安いものではないかもしれません。しかし、フルカラーということを考えればこれはやむなしといったところでしょうか(サイズ、想定とも邦訳アメコミを連想していただければよいかと思います)。
 何よりも本書は、豪傑たちの鮮やかな活躍を、手に取って「読み」「見る」楽しみを与えてくれるのですから……


 ちなみにこの第1巻には、招安篇に登場するキャラクターや用語等の紹介、地図等が収録された小冊子も付録となっており、これもまた嬉しいところであります。
 まずは全5巻、豪傑たちが朝廷との対峙の果に何を掴むのか、見届けたいと思います。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇1(付録小冊子付)


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 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


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 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

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2017.10.17

佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択

 狂気の天才医師が生み出した臓器の移植により異能を得た存在「スナーク」が跳梁するヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、熱血青年刑事・アッシュとスナークの不良中年・ジジのコンビが、スナーク絡みの怪事件に挑む連作の待望の続編であります。

 優れた才能を持ちつつも、忌まわしき実験に手を染めた末に処刑された狂気の天才外科医ブラッド・ロングローゾ。
 生前、彼が摘出した突出した能力を持つ犯罪者の臓器を移植され、人知を超えた異能を獲た者は「スナーク」と呼ばれ、畏怖と嫌悪の対象とされた――という異形のビクトリア朝が本作の舞台であります。

 そんなスナークが引き起こす事件に対し、スコットランド・ヤードは対スナーク班を設置。そしてそこに配属されたのが、ヤードの高官を父に持ちながら、父に強く反発する熱血青年アッシュであります。
 ロングローゾの養子であり、スナークの能力を熟知した中年男――自らも人の感情の音を聴く能力を持つスナークであるジジとコンビを組むことになった彼は、互いにぶつかり合いながらも怪事件に挑むことに……


 と、そんな彼らの冒険を描く第2弾である本書は、4つの物語から構成されます。
 堅物のくせに(だからこそ?)美人局に引っかかり、免職の危機に陥ったアッシュが、スナークの美声で人を操るという評判の歌姫と出会う第1話。
 美人局の背後に潜むスナークの存在に気付いてしまった少女が、謎のスナークの力を借りてジジに接近するも、それが次なる騒動を招く第2話。
 死んだ者が復活するとの噂の酒場の調査の中で、二人がスナークの力を得たことで全てを失った少年に希望を与える第3話。
 ロンドン中の女性たちに感謝され、警察も見て見ぬふりだという「殺人者」を捕らえたアッシュが、その背後にある闇に直面する第4話。

 底抜けのお人好しで理想主義者で正義感の塊の(でも目つきが悪い)アッシュと、この世の裏も表も見尽くして飄々とシニカルに生きる(でも結構いい人)ジジと……
 対照的な二人の会話の面白さは相変わらず、いやパワーアップして、ただ二人が会話しているだけで楽しい状態。この舞台ならではの小粋な言葉遊びの数々も、物語の良いスパイスであります。

 そんな中でも、実質的に前後編となっている前半2話は、アッシュが休職状態でコンビ解消の危機の中、それぞれの身に降りかかった厄介事に二人が挑み、その末に粋な結末が――とその完成度に驚かされるエピソード。
 さらに第3話も、アンデッド酒場という奇想天外な場と人生を諦めきった少年という全く無関係に見える題材を二人の活躍が結びつけ(特に前者の正体には仰天)、感動的な結末が……と、これまた実にイイのです。


 ……しかし、本書の真骨頂は第4話――冒頭で「犯人」が捕まり、その能力と動機が語られるという少々トリッキーなスタイルのエピソード――にあります。それまでのちょっとイイ話の余韻を吹き飛ばすような、ひたすら重く、キツい内容のエピソードに……
 その具体的な内容は伏せますが、当時のロンドンのある状況を踏まえて描かれるそれは、重いボディーブローを喰らってダウンした後に、なおも顔面をギリギリ踏みつけるような――そんな衝撃を与えてくれます。

 そしてその物語の中で、アッシュは一つの選択を迫られることになります。このスナークを罰するのか、それとも見逃すのか――と。
 そしてその答えに、いやその理由に、僕は大いに驚かされ、そして胸打たれました。それは、僕にとっては考えもつかなかったような意外極まりない、しかしそれでいてアッシュであれば、彼がこの状況であれば必ず選ぶであろう当然のものだったのですから。

 それは残酷にもほどがある現実にぶち当たりながらも、なおも理想を、いや現実をより良くすることを求めることを止めないアッシュならではのものであり――そしてそれはまた、彼を見守るジジの存在あってのものとも言うことができるでしょう。


 本作は、この特異な舞台でなければ描けない物語であるとともに、程度の差こそあれ、いつもいかなる時と場所で存在する非情な現実を前に、人に何ができるのか、何をすべきなのか――それを描いた物語でもあります。

 その物語の中で時に対立し、時に手を携えて進むアッシュとジジの姿は、一つの希望として感じられます。
 その希望が小さな火で終わるのか、はたまた大きな輝きとなるのか――この先の姿も是非とも描いて欲しいものです。

(にしても本作のサブタイトル……)


『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫) Amazon
刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)


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2017.10.16

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年のカウントダウンも始まりました――というのは少々気が早いですが、もう今月を除けば、残すところわずか二ヶ月。色々と愕然としてしまう事態ですが、しかし大事なのはどんな本に、作品に巡り会えるかですよ――と現実逃避した末の、11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 などと言ったものの11月は点数自体は少々寂しい状態。しかしそれでも気になる作品が並びます。

 まず文庫小説では、何といっても久々登場の小松エメル『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』が必見。
 そして待望の続巻である平谷美樹『江戸城 御掃除之者!』第2巻、ロングセラーに向けて驀進中の上田秀人『日雇い浪人生活録』第4巻が並びます。

 文庫化の方では、輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』、新城カズマ『島津戦記』第2巻、畠中恵『なりたい』、田牧大和『酔ひもせず』と、これまた気になる作品揃い。
 そして注目は文庫アンソロジー。『あやかし時代小説傑作選(仮)』はタイトルの時点でもう気になって仕方がありませんが、『決戦! 大坂城』文庫化と『戦国 番狂わせ七番勝負』の、戦国もの二冊も楽しみであります(そして後者のどちらにも参加している木下昌輝はさすが)。

 また、井波律子訳『水滸伝』第3巻、北方謙三『岳飛伝 13 蒼波の章』と、水滸伝関連も相変わらず元気であります。


 さて、漫画の方は小説に比べても点数的にさらに寂しい状況ですが、こちらもなかなかバラエティに富んだ内容。

 何といっても注目はシヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第1巻。
 早々とアニメ化も決まっている本作、あの『甲賀忍法帖』の漫画化である『バジリスク』の続編小説である山田正紀『桜花忍法帖』の漫画化という、非常にややこしい経緯を経て、まさかの登場であります。

 そして前巻から相当の間を置きましたが嬉しい復活の森美夏『八雲百怪』第3巻、独自の江戸川乱歩アレンジの上条明峰『小林少年と不逞の怪人』第1巻、薬売り五度目のお目見えの蜷川ヤエコ『モノノ怪 のっぺらぼう』と、こちらも期待したいところであります。



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