「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

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2008.07.07

「乱飛乱外」第5巻 主人公としての説得力?

 夏だから…というわけではないでしょうが「乱飛乱外」第五巻の舞台は海。海でお姫様って…と思えば、今度のお姫様はなんと海賊、その名も海賊王女(ピラッタプリンセーザ)であります。

 次なる姫を求めて雷蔵一行がやってきたのは熊野灘。そこで難破してくノ一たちと離れ離れになってしまった彼は、当の姫の一党に拾われるのですが…豈図らんや、その姫が荒くれ者どもを率いる海賊王女だったとは。
 戦国時代、それも紀州の海賊といえば九鬼一族ですが、今回の姫君・つなみはまさに九鬼一族の姫。かつて一族郎党を異国の海賊・シウバに皆殺しにされ、ただ一人生き残った彼女は、復讐を誓って自ら海賊王女を名乗り、仇を誘い出そうとしていた…というのが今回のお話。

 まあ、戦国時代の水上豪族たる海賊と、西洋の海賊は似て非なるもののような気がしますが、それを敢えて絡めて、凄絶な仇討ち物語として組み上げてみせたのは、本作ならではの工夫だと思います
 そして、このつなみのコスチュームがまた、その、実にけしからん格好と申しますか、戦国時代に超ビキニ。時代考証はどうなってるんだ! とにこにこしながら言いたくもなりますが、まあ西洋の海賊の真似をしているのだから仕方がないですね(って、そんなわきゃない)。

 それはさておき、相変わらず絵柄、キャラ造形、アクション描写とも達者で、水準以上の作品となっているのですが、個人的には残念なところがいくつか…
 その一つは、つなみが雷蔵を好きになる説得力が今ひとつ感じられなかったこと。これまでは、各巻のゲストヒロインが雷蔵を好きになる明確な理由があったのですが、この巻では雷蔵は状況に流されてばかりで良いところがほとんどなかったように思います…(姫の過去を効かされた、というだけではどうにも理由として弱い気が)。
 が、一番気になったのは、かがりの出番がほとんどなかったことで――終盤に彼女ならではの、彼女でなくてはできない役目があったものの――これまでの活躍を、いや本作での立ち位置を考えれば非常に寂しいものがあります(よく考えたらこの巻で神体合使ってない!?)。

 まあこれはこちらの勝手な(気持ち悪い)思い入れによるもの。今回の海賊王女編はこの第五巻で完結していないこともあり、この先待ち受ける最後の決戦を見てから、この辺は判断すべきことなのでしょう。事実、クライマックスで駆けつける雷蔵一党は猛烈に格好良く描かれていましたしね。


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2008.07.06

香席体験講座で源氏香を楽しむこと

 こういうサイトをやってるからにゃ、和モノの文化にできるだけ親しんでおかなくちゃ…というわけでもないのですが、東京都と銀座の専門店「香十」主催の香席体験講座に昨日行ってきました。

 今回行われたのは、香道の組香の中でも源氏香と呼ばれるもの。簡単に説明すれば、香5種を5包ずつ、合わせて25包の中からランダムに取り出した5包を順に聞いて、どれとどれが同じかを当てるというルールであります。
 その5包の組合せが52通り、それが源氏物語全54帖の初めの「桐壺」と終りの「夢浮橋」を除いた数に等しいため、残る52帖の各巻名を当てはめて回答するという…いや、昔の方はうまいことを考えたものです。

 本来は組香は主客合わせて10人で行うらしいのですが、今日は参加者だけで20人以上と相当な人数だったため、進行は基本的に全て略式。それでも5回香を聞いて味わって、どの香とどの香が同じか頭の中で吟味して…と、香席の気分はしっかり味わうことはできたかと思います。
 …まあ、肝心の成績の方は、5点満点で1点。どうも最初の回の聞き方が悪かったようで――想像以上に幽き香りで、ちょっとミスしただけで香りは飛んでしまうように思えます。

 ちなみに、一時間半の講座の最初30分は、香十代表の香道史…のみならず我が国における香りの文化史の講義だったのですが、ここでうちのサイト的に考えさせられてしまったのは、香道が――いやそれだけでなく華道や茶道といった芸道が――ほぼ同じ室町時代に成立したという事実。
 香りを楽しむ文化自体は、講座でも例に挙がった源氏物語に描かれているように、香道成立以前から存在したわけですが、それが数百年後の室町時代に初めて道として、言い換えれば思想とシステムを備えるに至ったのは何故か。文化の成熟度という点でいえば、より以前に成立していてもおかしくないものが…
 これは素人の勝手な想像ですが、社会的にはかなり流動的であった時代、それまでの規範が崩壊、新生した時期であったからこそ、室町期に複数の社会階層に適用可能な「道」が生まれたのではないか…私はそう感じます。

 と、ここでも一つうちのサイトらしいことを書けば、聞香、しかも源氏香とくれば、やっぱり真っ先に浮かぶのは「鵺」なわけで…この作品で源氏香のルールを覚えた身としては、ちょっと感慨深いものが(ってバカですか三田さん)。


 と、随分横道にずれましたが、これまで知識としてしか、漠然としか知らなかったものに直に触れることができたのは、良い刺激となりましたし、何より純粋に実に楽しい経験でした。幽き香りを一心に感じ取ろうとしている時には、日常のあれやこれやは頭から消えてなくなった…というのはこれは本当の話。
 香十の本店では定期的に聞香の講座を開催しているとのことですし、いずれまた、きちんとした形で香道を学んでみたいと考えているところです。

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2008.07.05

「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」 未来と過去が解き明かす謎

 三年前の大火で父親が行方不明となり、今は叔父の下で岡っ引きの下働きをしている喬太。図体は大きくとも気が弱く気苦労ばかりの喬太は、ある日深川で和五助という不思議な老人と出会う。物腰は柔らかながら総身に傷痕を持ち、数々の戦場を潜り抜けたとおぼしい和五郎の助けで、喬太は次々と怪事件に立ち向かっていく。

 最近、何だか二月に一つは新シリーズを生み出しているような気がする風野真知雄先生がまたもや送り出した新シリーズは、「爺いとひよこの捕物帳」。何だか身も蓋もないタイトルですが、これがまた――いつもの通り――キャラクターといい舞台設定といい、なかなか面白い作品となっております。

 タイトルにある「爺い」と「ひよこ」とは、言うまでもなく和五郎と喬太のこと。江戸時代前期――ちなみに、関ヶ原からこの物語までの時間と、太平洋戦争から今現在までに流れた時間とがほぼ等しいのが面白い――戦争が歴史として語られる時代を舞台に、家康の傍で活躍した過去を持つ凄腕の忍びである(ことは隠して今は悠々自適の隠居暮らしの)和五郎と、知恵は回るが腕っ節と度胸はまだまだの喬太の老若二人の主人公が、不可思議な事件の謎を解明していくというのが基本パターン。

 渡し船上で刃傷沙汰を起こした犯人が水面を歩いて逃げたという「水を歩く」、奇怪な鬼の面をかぶった男たちによる強盗殺人の背後に伝奇的な犯人像が描かれる「戦国の面」、斑点のような小さな傷痕が残された死体から犯人と被害者の意外な繋がりが浮かび上がる「小さな槍」――いずれも一筋縄ではいかない事件ばかりですが、一種の安楽椅子探偵的なスタイルを取りながらも、答えをすべて明かすのではなく、事件を解決するのはあくまでも喬太自身というのが、青年の成長物語としての楽しさを本作に与える効果を挙げています。

 と、ひよこの方のドラマがこうして用意されている一方で、それでは爺いの方はといえば、こちらは和五郎が懐かしさと悔恨混じりに過去を振り返る形で、少しずつ語られていきます。
 朝鮮出兵から島原の乱まで、幾多の戦に加わった和五郎に残されたものは、体のみならず心にも残された数多くの傷痕。本書のタイトルにある「七十七の傷」は、実に和五郎のこの傷の数を指しているのです。
 喬太が事件を持ち込むたびに、和五郎の心身の傷が痛む…と書くとずいぶん重たい作品に見えるかもしれませんが、そうした過去の傷を乗り越えた…というか、受け容れて淡々と飄々と生きる軽やかさが、和五郎にはあります。

 未来に向かうひよこと、過去を思い出す爺い。事件の謎解きに、この二人の主人公のドラマが絡み、味わい深い物語となっている本作ですが、しかしそれだけで終わらないのが風野エンターテイメントの面白いところ。
 和五郎のまだまだ語られざる過去の存在が印象付けられるとともに、さらに、行方不明の喬太の父も、和五郎と思わぬ繋がりがあるらしいことまでもが描かれるラスト数ページでの急展開は、シリーズものの常道ながら、うまい構成だと感心する次第です。
 そしてもちろん、ここまで楽しませていただければ、次もまた読まなければと思ってしまうわけです。


「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」(風野真知雄 幻冬舎文庫) Amazon
七十七の傷―爺いとひよこの捕物帳 (幻冬舎文庫 か 25-1)

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2008.07.04

「黒い野牛」 忍者ガンマン、大西部をゆく

 幕末の激しい暗闘で敵味方唯一生き残った甲賀小五郎は、自分のルーツを知るというインディアンに誘われ、アメリカ西部に渡る。そこで自分の父がゼミナール族の酋長「黒い野牛」と知らされた小五郎。父の行方不明の陰に、同じく日本から渡ってきた伊賀忍者の存在を知った小五郎は、黒い野牛の名を継ぎ、父に授けられた真空回転うちの秘技で、悪人たちに立ち向かうのだった。

 時代劇と西部劇の類似性については、例えば互いに翻案がなされていることなどからも窺われるかと思いますが、直接、大西部に忍者が乗り込んでしまう作品も、少数ではありますが存在いたします。本作もその系譜に連なる作品、西部に渡った甲賀忍者が、ライフル片手に大暴れする痛快作であります。

 が、つい先頃「矢車剣之助」が復刊された堀江卓先生が描くだけあって、本作はストーリーといい、アクションといい、やはり色々な意味で衆に抜きん出るものがあります。
 例えば、伊賀と甲賀の最後の血戦(これがまたギミック満載で実に堀江先生らしいバトル)が目まぐるしく繰り広げられた末、ただ一人生き残った主人公・小五郎が、自分の前に現れた怪しの忍者を捕らえ覆面を剥いでみれば、その下から現れたのはモヒカン刈りのインディアン! という冒頭の展開だけでもうたまりません。
 そしてそのインディアンに誘われてあっさり西部に渡った小五郎が立ち向かうことになるのは、奇怪な「ホロホロ…」という叫びとともに、地中(!)から襲撃を仕掛けてくるホロホロ族というギミック満載の怪人集団というののもまた、堀江イズム満開であります。

 さてヒーローであれば、強大な敵に立ち向かうにあたり、個性的で格好のいい必殺技を持っていてしかるべきですが、もちろんその点も抜かりはありません。
 忍者ガンマンたる小五郎が操る「真空回転うち」は、高速でライフルを連射することにより作り出した空気の流れによって、弾丸を四方八方に自在に飛ばすというセンスオブワンダーな秘技。文章で説明すると、実に…ですが、しかし、ライフルを肩ひもで袈裟懸けにしたスタイルから、縦横無尽に銃口を向けてみせるアクションシーンは、流石としか言いようのない格好良さであります。いわゆる「オサレ撃ち」の先駆と言っても過言ではないかもしれません。

 思えば「矢車剣之助」は、途中から主人公が無限連発銃を手にしたことにより、時代劇ガンアクションと言うべき異次元に突入しましたが、本作は舞台を広大な西部に持っていくことにより、より自然かつ豪快なものとして描くことに成功していると感じます(もちろん、小五郎がガンアクションだけでなく、窮地を忍法で切り抜ける様も実に楽しいのです)。

 そして物語の後半はさらにテンションアップ。小五郎と同じ真空回転うちを使うライバル・片目のジャックの挑戦、そしてカナーリの牢獄から抜け出してきたような奇怪な脱獄囚の集団・囚人ほろ馬車隊の出現と、魅力的な悪役の登場に、ストーリーとアクションはいよいよエスカレート。ほろ馬車隊が操るガントリックガン(ジャンゴの機関銃みたいなやつ)の作り手が、妄執で凝り固まったようなお婆というのも、本作ならではのセンスでしょう。


 ――もちろん、今から五十年近く前に発表された作品、それもつい最近、初単行本化されたものだけあって、全体的な完成度という点で見ると、苦しい部分は色々とあります。インディアンのヒロインがいつの間にか日本名になってたり、何よりも結局主人公と父の因縁が全ては明らかになっていなかったり…
 しかし、そうした点も含めて愛するのが、こうした作品を鑑賞する正しい態度ではないでしょうか。少なくとも、堀江先生が目指したであろう、忍者アクションとガンアクションの融合は、素晴らしいレベルで実現していると、私は固く信じる次第です。同好の士は是非ご一読を。騙されても責任は持ちませんが。


 なお、本文には現状にそぐわない表現がありますが、当時の雰囲気を出すためご容赦下さい(やっぱり西部劇でアメリカンネイティブはちょっと似合わないですしね…)。


「黒い野牛」(堀江卓 マンガショップ) Amazon
黒い野牛〔完全版〕 (マンガショップシリーズ (145))

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2008.07.03

「人造人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」 怪物、現実に逆襲す

 「帝都少年少女探偵団」長編シリーズはこれで三作目。吸血鬼、透明人間ときて、今回は人造人間。言うまでもなく、フランケンシュタインの怪物であります。
 ストーリー展開的には、前二作とほぼ同様で、奇怪な殺人事件の続発に立ち上がった探偵団と万朝報の面々が、犯人たる怪物と対決、その背後には怪物を使役する魔術師の更なる企みが…という内容。ここまで来ると大いなるワンパターンという印象であります。

 さて、正直に申し上げれば、今回は前二作に比べるとちょっと…という印象。あまりにも意外な吸血鬼出現の「トリック」に驚かされた第一作、「今度は戦争だ」とばかりに、原作をある意味遙かに超えた展開が面白かった第二作と、前二作がいずれも古色蒼然とした怪物たちを登場させながらも、こちらの想像を上回る一ひねりを加えてきたのに対し、本作は「フランケンシュタインの怪物」という題材から想像される内容を、一歩も出ていないと言うほかありません。

 もっとも、シリーズとして見れば、自らの怪物としての生を呪う怪物、というのは初めての存在であり(前作の透明人間は、使役されるのを厭っていたのでこれとは少し異なるでしょう)、その悲劇的な運命に対し、子供らしい純粋な優しさが示されるというのは、本シリーズならではの展開と言えるでしょう。
 これに絡み、本の中の登場人物である怪物たちに対し、現実世界における「死」がいかなる意味を持つのか、という問いかけに近いものがあったのも目を引きます。

 まあ、想定読者層の二、三倍の年齢の人間があれこれいうのも野暮、というよりもはや痛々しい話ではあります。
 既にオリジナル(原作)の存在が現代の読者から遠いものとなり、その怪物のキャラクター自体が一人歩きしている現代。その創造主の名が怪物の名と混同されるほど、オリジナルの忘却が特に進んでいる(もっともこれは昨日今日のお話ではありませんが)フランケンシュタインの怪物が、現実に逆襲するというのは、やはり面白い試みであります。


 というか、現代の若い衆はフランケンシュタインの怪物を知っているのかしらん? と一瞬思いましたが、考えてみれば「仮面ライダーキバ」にずいぶん端正な姿ながら登場していますし、そのものずばりを題材とした「エンバーミング」という作品もあるのでしたね。


「人造人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」(楠木誠一郎 ジャイブ) 
人造人間あらわる! (カラフル文庫 帝都〈少年少女〉探偵団シリーズ 6 帝都〈少年少女〉探偵)


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2008.07.02

「土竜の剣 大江戸落胤世直し帖」第1巻 土竜は天を駆けるか?

 質屋・銀屋の蔵に住み、気楽な三食昼寝付きの毎日を送る「質草男」の栫蔵人には、もう一つの顔があった。権勢を誇る田沼意次の配下たちの外道の所業に対し、怒りの剣を振るう仮面の剣士・土竜――天下を私せんとする田沼の陰謀に、見えない秘剣「天の一角」が唸りをあげる。

 「赤鴉」も快調なかわのいちろう先生が「週刊漫画ゴラク」誌上で連載中のチャンバラアクション「大江戸落胤世直し帖 土竜の剣」の単行本第一巻が発売となりました。

 何といっても面白いのが主人公・栫蔵人の設定。人間の質草・質草男として、普段は質屋の土蔵で寝起きする昼行灯、というのが、実に人を喰った設定です。
 しかしこの蔵人、副題に「落胤」とあるようにただ者ではありません。何とその正体は、第十代将軍・徳川家治のご落胤。一橋家の家斉を将軍位に据えようとする田沼意次に命を狙われ、今はある意味最も安全な穴蔵生活、というわけです(「必ずや穴蔵からひきずり出してくれる!」と比喩の意味で田沼に言われている当の本人が、本当に穴蔵にいるというのが面白い)。

 が、一度田沼の悪事を知れば黙っていられない。将軍家由来の南蛮渡来の仮面に素顔を隠し、田沼意次の配下の隠密団・黒曜衆(田沼意次の家紋・七曜紋の真ん中が黒く塗られたシンボルマークが格好良い)を、ばっさばっさと薙ぎ倒していくこととなります。
 そして蔵人の振るう剣が、異国から渡来した「見えざるの石」から作られた刀身が透明な伝説の太刀・天の一角。柄しか存在しないように見えるその姿は、人に隠れて悪を斬る、土竜にはふさわしいものかもしれません。

 このように、主人公の設定が実にユニークな本作なのですが、しかし、ストーリー的には、類型的なのが残念なところ。
 毎回毎回、田沼の権力をバックに悪事をし放題の黒曜衆に庶民が泣かされ、怒りゲージが頂点に達した土竜が登場、悪を斬って以下次回――の繰り返しというのは、時代劇定番のものではありますが、しかしもう少し捻りが欲しいな…と感じます。
 これは一つには、主人公が普段は土蔵の中にいるため、どうしても起きる事件に受動的にならざるを得ないのが原因の一つでしょう。ユニークな設定が、両刃の剣となっていると見えます。

 かわの先生お得意のアクションシーンはいつもながら迫力十分ですし、設定もユニーク。これでストーリーが面白くなれば鬼に金棒なのですが…作品のクオリティのほうは土竜と言わず、竜となって天を駆けてほしいものです。


「土竜の剣 大江戸落胤世直し帖」第1巻(かわのいちろう&狩野梓 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon


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