入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.06.27

杉山小弥花『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻 「めんどうくささ」を抱えた二人の冒険始まる


 明治初期を舞台にした『明治失業忍法帖』を見事完結させた作者が次に舞台とする時代は大正――震災後の東京を舞台に、サブタイトルどおり不良少女と陰陽師の少年が帝都を騒がす悪霊に挑む活劇であると同時に、今回もまた、ままならぬ内面を持て余す男女の姿を綴る物語でもあります。

 本作の主人公は、関東大震災後の東京で、凄腕のスリとして知られるアーメンおりょう。元は良家の子女でありながら、震災で両親と家財を失い、流れ流れて今は一匹狼のスリとして暮らす少女であります。
 そんな彼女がある日銀座で出会ったのは、美形ながらおかしな気配を漂わせる少年・烏丸晴哉。自分を陰陽師と名乗る彼は、震災後に東京で活性化した悪霊たちを封じていると語り、おりょうが高い霊力を持ち、魔を惹きつける体質だと告げるのでした。

 もちろんそんな言葉を一笑に付して相手にしないおりょうですが、しかしかねてから帝都を騒がす通り魔に遭遇、訳の分からぬことを口走る男を前に、命の危険に晒されることになります。と、そこに現れたのはあの晴哉で……


 という第1話から始まる本作。電氣バスターズというのは何とも奇妙なタイトルですが、作中で晴哉が悪霊を指して語る「電気みたいな実体のないエネルギー」という言葉に由来するのでしょう。
 その言葉の通り、本作に登場する悪霊・魔の類は、その名から連想されるような恐ろしい姿は持たず、人間の心の弱い部分、暗い部分に取り憑いて、凶行を働かせるという形で活動することになります。

 それ故、本作はタイトルや設定から連想されるほどには派手なお話ではないのですが――しかしそれだからこそ、作中で描かれる「悪意」の姿は、より生々しく、危険なものとして感じられます。

 そしてそんな魔に立ち向かうのがおりょうと晴哉のカップル、というよりコンビ(途中でおりょうが「鷹の目団」と命名)なのですが――晴哉はともかくおりょうはほとんど一般人、そして晴哉の方は極端な貧血体質と命名ヒーローとはほど遠い二人であります。
 しかしそんな二人が、時にぶつかり合い、時に手を携えて、この世を蝕む魔に挑む姿は――先に述べたとおり、敵の姿が生々しいだけに――なかなかに痛快なのです。
(特に第2話で晴哉が繰り出す早九字は、こんなの見たことない! と言いたくなるような豪快さで実にイイ)


 さて、作者の作品といえば、丹念な考証とそれを踏まえた物語展開、そして何よりも登場人物の複雑な内面描写が魅力なわけですが――それはもちろん本作でも健在であります。
 特に最後の点については、期待通りというべきか、おりょうも晴哉も、内面に深刻な「めんどくささ」を抱えたキャラクターとして描かれることになります。

 もちろん、その「めんどくささ」を生み出しているのは、彼女たちが自分自身の内面を客観視しすぎている――客観視できすぎているが故のこと。
 自分の抱えたものに気付かないほど鈍感であれば、あるいはそれと適当につき合えるほど小利口であれば、もう少し傷つかずに生きられるのかもしれませんが――しかしそこから逃げず(逃げられず)に真っ向から向き合う姿は、それだからこそ、こちらの心を動かします。

 特に第1話のクライマックスにおいて、あの震災によって全てを奪われながらも、悲劇のヒロインであることを否定して、自分自身として生き抜いてやると叫ぶおりょうの姿は実に感動的かつ魅力的で――確かに晴哉が「姐さん」と呼んで慕ってしまうのも頷けるのであります。

 その一方で、晴哉の方は陰陽師としての顔にまだまだ見えない部分が多く、ちょっと感情移入しにくいのですが――この巻のラストを見るに、それはまだまだこの先のお楽しみなのでしょう。


 何はともあれ、愛すべきめんどうくさい二人の冒険は始まりました。
 これまで『当世白浪気質』では昭和(終戦直後)を、『明治失業忍法帖』では明治時代を描いてきた作者が、本作でどのような大正時代を描いてみせるのか――その点も含めて、この先が楽しみな物語であります。


『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻(杉山小弥花 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
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 『当世白浪気質』第1巻 死の先にある真実を求めて
 『当世白浪気質』第2巻・第3巻 彼が見つけた本当に美しいもの

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2019.06.26

『どろろ』 第二十四話「どろろと百鬼丸」

 燃えさかる炎の中、最後の死闘を繰り広げる百鬼丸と多宝丸。ついに多宝丸を追いつめる百鬼丸だが――その時、これまでのどろろたちの思い出が頭をよぎり、刀を止めるのだった。負けを認めた多宝丸から両目を返され、現れた最後の鬼神も倒した百鬼丸。しかし炎に巻かれて倒れた彼の前に現れたのは……

 開幕早々、超絶作画で猛烈な剣戟を繰り広げる百鬼丸と多宝丸。死闘の最中、これは自分の城だ、自分の部屋などと百鬼丸に子供じみた言葉を叩きつける多宝丸ですが――戦いの中で百鬼丸は、多宝丸に欠けたものがある――百鬼丸には胸の部分が黒くぽっかりと空いて見える――のを感じ取るのでした。
 それでも互いの刃が止まることなく、いよいよ激しくなる火勢の中、ついに決着の時を迎える二人。百鬼丸のとどめの一撃が振り下ろされようとした時――百鬼丸の脳裏をよぎったのは、何故かどろろや、彼女との旅の中で出会った人々の姿でありました。

 そしてそれに止められたかのように、刀を下ろす百鬼丸。訝しげな多宝丸に、俺たちは人だと百鬼丸は告げ、多宝丸もついに負けを認めるのでした。そして百鬼丸に最後の身体の一部――両目を返すべく、己の目を抉りだした多宝丸。それと呼応するかのように、崩れつつある城の中に現れたのは十二番目の鬼神――植物とも鉱物ともつかぬような巨体の中核と覚しき部分を百鬼丸の刀が貫き、ついに百鬼丸は全き身体を取り戻したのでした。

 しかし返ってきたばかりの目を開けられぬ百鬼丸の上に落ち掛かる、燃え崩れた城の一部。そこから彼を救ったのは、既に城の中に入り込んでいた寿海と、抜け穴を抜けて戻ってきた縫の方でありました。ついに目を開けた百鬼丸と見つめ合い、母子の名乗りを交わす縫の方と、百鬼丸に最後の授け物として仏像を――人の心を与える寿海。百鬼丸を抜け穴から逃がし、その場に残った二人、いや、ようやく母の心からの愛を受け止めて心の隙間を埋めた多宝丸も入れて三人は、従容として崩れ落ちる城と運命を共にするのでした。
 一方、抜け穴の途中まで追ってきたどろろと出会い、共に外に出た百鬼丸。その目に映るのはどろろの顔と、美しい夕焼けの空……

 そして戦いが終わり、焼け出された人々の村の再建を、青年三人組に提案するどろろ。武士の力ではなく、金の力を使うというどろろに怪訝な表情の青年団ですが、どろろは心当たりがあると――もちろん、父の残した財宝であります――笑ってみせるのでした。

 一方、ただ一人地獄堂に向かった百鬼丸。そこには、朝倉との戦いで数多くの兵を失い、満身創痍で堂の中に端座する醍醐景光の姿がありました。事ここに至っても自分の所業を恥じることなく、今ここでお前に討たれても魂魄ここに留まって鬼神となると嘯く景光。しかし百鬼丸の刃が貫いたのは景光ではなく、傍らに置かれた兜でありました。
 百鬼丸が選んだのは、父を殺してこの先も修羅の道を行くのではなく、人の道を行くこと。そしてあんたも人として生きろと告げて去る百鬼丸の器と生命力の大きさを前に、初めて景光は己の失ったものの大きさを知り、心から慟哭するのでした。そう、百鬼丸を己の欲望の生贄にしなければ手には入ったかもしれないもう一つの未来――父と子で手を取り合って作り上げる国を失ったことを……

 そしてそのまま一人飄然と何処かへ旅立つ百鬼丸。しかしどろろはいつの日にか必ず百鬼丸が自分のもとに帰ってくることを信じて、村を再建するために走り始めます。そして数年後、美しく成長したどろろの前に、凛々しく成長した百鬼丸が……


 まさに大団円と呼ぶに相応しい内容となった最終回。多宝丸も縫の方も寿海も、悲しい結末ではありますが、しかしそれぞれ最後には己の行動に、己の生に満足することができたと言うことができるでしょう。
 景光が最後まで生き残ったのに不満を覚える方もいるかもしれませんが、しかし己以外の全てを失い、そしてその時になって初めて自分の欲望のために失ったものの大きさを知ったのは、彼にとっては何よりも残酷な罰と言うべきではないでしょうか。景光を怪物としてではなく、一人の人間として――そしてそれを百鬼丸の成長を通じて――描いたこの結末、私は大いに感心しました。

 そしてどろろと百鬼丸ですが――すっかり母親似の美人となったどろろと、家族の良いところだけ集めたようなイケメンとなった百鬼丸。二人にとっては最高の結末でしょう。
 最高と断言して良いかって? その理由は、景光が仕えた富樫家が一揆勢に追われ、加賀はその後100年近く「百姓の持ちたる国」となったという史実を掲げれば足りると――私はそう思います。

 そして原作においても景光が富樫家の家臣であったことを思えば、原作の描けなかった結末に、ここでようやくたどり着くことができた、というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが……


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関連サイト
 公式サイト

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2019.06.25

石川ローズ『あをによし、それもよし』第2巻 ミニマリスト山上、「山上憶良」になる!?


 現代のミニマリスト・山上が奈良時代にタイムスリップするという、極め付きにユニークな歴史コメディ『あをによし、それもよし』、待望の続巻であります。相変わらずマイペースに奈良ライフを満喫する山上ですが、思わぬ形でこの時代で新たなしがらみが……

 とにかく物を持たず、物に執着せずに暮らすことに全てを賭けてきたサラリーマン・山上(やまがみ)。日頃、物質社会の現代の生き辛さを嘆いてきた彼ですが――どうしたことか突然タイムスリップし、奈良時代に行ってしまったのでした。
 そこで、「あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」と詠んだ一発屋(と作中で呼ばれる)小野老と出会い、彼と共同生活を始めることになった山上。

 現代と違って質素で不便な奈良時代の生活ですが、むしろ彼にとってはこれこそが求めていたもの。水を得た魚のように奈良ライフをエンジョイする彼は、違和感なくこの時代に溶け込んで……


 と、(最近の)タイムスリップものでは定番である、過去の時代に現代の知識やアイテムを持ち込んで無双するという展開にきっぱり背を向けて――というより、過去の時代の不便さを満喫するという、ある意味非常に斬新な本作。
 もちろんその流れはこの巻でも全く変わらず、風呂がない中でも蒸し風呂に入ったり、夏バテに川でアレを捕まえて食したり――相変わらずマイペースな山上と俗物根性旺盛な老の愉快なやり取り、そして絶妙な史実アレンジの数々が楽しめるのですが――しかし、この巻では山上の身に、さらにとんでもない事態が発生することになります。

 時の中納言・粟田真人――遣唐使として則天武后時代の唐に渡り、そこその儀容の見事さを讃えられたという逸話を持つ(でもやっぱり本作では何かヘンな)彼が、偶然出会った山上のことを「山上憶良」と言い出したのです。
 聞けば「山上憶良」は真人と同じ時に遣唐使になりながらも、その途上で消息を断ったという人物。彼を引き立てた真人は、その才を惜しんでいたというのであります。

 ……いやはや、本作では山上が後に「山上憶良」と呼ばれるようになるものだとばかり思い込んでいましたが、何と「山上憶良」が別に存在していたとは!
 意外な展開に驚いていれば、さらに以外なのは「山上憶良」は妻子持ちだというではありませんか。真人からは従五位下の位を用意すると言われ、妻子までいるとなれば、普通の人間であれば喜ぶところですが、しかしミニマリスト・山上の選択は――?


 山上憶良といえば「貧窮問答歌」、という組み合わせのおかげで、何となく本人も貧窮していたイメージのある憶良ですが、しかし史実では遣唐使に選ばれたエリートであり、帰国してからは従五位下、すなわち貴族として国守にもなった人物(そして子煩悩)であります。
 どう考えてもミニマリストにはほど遠い人物ですが――といっても本作の「山上憶良」もしっかりミニマリストだったようですが――さて山上は「山上憶良」としてやっていくことができるのか?

 ……と、あまり深刻にならないのが本作の良いところ。何となくノリで物語は進行し、いよいよ山上も歴史に名を残すことになりそうですが――さて。
 同じくタイムスリップしてきた(元)カリスマミニマリスト・フジワラさん改め藤原不比等との対決(?)の行方も含め、この先の山上の運命が気になる――いや、良い意味で全く気にならない、実に楽しい物語であります。


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2019.06.24

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第16巻 最後の時まで屈することない男たちを描いて


 もはや一人一冊/一殺という状態で(史実がそうだといえばそうなのですが)、ファンとしては悲鳴と涙しか出ない本作。前々巻では近藤が、前巻では原田が散り、この巻では沖田の最期の姿が描かれることとなります。一方、続く悲劇と絶望に壊れた土方は……

 一度は脱出しながらも、宇都宮城での戦いで土方を救うために首の座に就いた近藤。一度は袂を分かちながらも、誠の旗を背負い、薩摩最強の伊地知と戦って散った原田。
 それまでに命を落とした者たちも含め、誠の旗の下に集った若者たちが次々と散っていくのには、それが史実(原田は置いておくとしても)とはいえ、こちらも土方の如くがっくりと沈み込みたくなるばかりであります。

 しかし歴史はさらに非情です。ここで待ち受けるのは更なる悲しみ――そう、沖田総司の最期の刻なのですから。


 結核を病み、もはや土方たちと行動するのも不可能となった沖田。彼に残されたのは、サイゾー(懐かしい!)を友に、江戸での療養と称した、自分が徐々に衰えていくのを見つめる日々のみであります。

 そんな中、ひたすら新選組隊士たちを追いつめ、苦しめることを快とする鈴が送り込んだのは、人の声色を忠実に再現する力を持つ黒猫めいた幼い双子・腦(なづき)と頭(つむり)。
 彼らを沖田の家に忍ばせ、夜な夜な土方や隊士らの声を聞かせることで、沖田を精神面からも追い込もうという、頭のどこを使えばこれほど鬼畜なことを思いつくのか――と言いたくなるほどの企みであります。

 しかし――ここで我々は、沖田の無垢なる心と、それが生んだ奇跡を目撃することになります。
 彼を苦しめるために再生される、彼を置いて旅立ったかつての仲間たちの声。しかしそれは決して沖田ににとっては絶望の響きなどではなく――そしてそれをもたらした者たちすら歓迎すべきものとして、沖田は受け止めてみせるのであります。

 それが何をもたらすのか――これ以上を語るのは野暮というものですが、しかしその無垢な心が起こした一つの、いやたくさんの奇跡には、こちらはただただ涙するしかなかった、というのが正直なところであります。
 死の床にあった沖田が黒猫を斬ろうとしたというのは有名な逸話ですが、それをこのような全く正反対の、こうであって欲しかったという形で描いてみせるとは!

 そしてここに至り気付くのであります。近藤も、原田も、沖田も、他の者たちも――本作で描かれる新選組隊士たちは、運命の悪意(鈴の存在はその象徴というべきでしょう)に翻弄され、地獄のような境遇で喘ぎ苦しみながらも、決して負けなかった、と。
 決して最後の時まで屈することなく、そして最後の時にはいまだ戦い続ける仲間たちを信じ、自分の生を生ききる――新選組の男たちは、そんな見事な最期を遂げたのだと。


 だとすれば――彼らに置いて行かれたと、残された者たちが沈み続けているわけにはいかないことは言うまでもありません。
 近藤の死に深い衝撃を受け、ほとんど廃人のような有様となった土方。この先伝説になるであろう、モブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれるほど壊れた土方も、ついに沖田の最期を知り、動くことになります。

 もっともそれが素直に前向きになるわけではないのは困ったものですが――いや、それも復活のための前奏曲というべきでしょう。
 生き残った隊士たちが、いやそれだけではなく「彼ら」までもが集まり、背中を押す中で立ち上がる土方。その姿は、お約束といえばそうかもしれませんが、しかしやはりこの上なく胸を打つのであります。

 いささか失礼なことを申し上げれば、このまま最終回でも満足してしまいそうになるほど……


 しかしもちろん、ここで物語が終わってよいはずがありません。先に述べたとおり、本作が、最後の最後まで生ききる新選組隊士たちの姿を描く物語であるとすれば、描かれるべきものはまだ数多くあるのですから。

 それでも――巻末に掲載された、連載ペースを落とすという作者の宣言には、むしろ心から共感し、納得してしまうのもまた事実。それは一番辛いのは、確かに作者ご自身でしょう、と。
 この先もまだまだ地獄は続くことでしょう。それでもその先に光があることを祈って――気長に待つことといたします。


『PEACE MAKER鐵』第16巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 16 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2019.06.23

『鬼滅の刃』第十二話 「猪は牙を剥き 善逸は眠る」

 鼓の音で空間を操る鬼・響凱と、謎のイノシシ男に遭遇した炭治郎。見境無く襲いかかってくるイノシシ男と乱闘している間に再び別の部屋に飛ばされた炭治郎とてる子は、そこで探していた少年と出会う。一方、炭治郎とはぐれた善逸と正一も別の鬼と遭遇、追いつめられた末に寝てしてしまう善逸だが……

 小生という小説家みたいな一人称の割には諏訪部声でブツブツ喋るゴツい鬼と、やたらとテンションの高い猟奇イノシシ男と、閉ざされた和風建築で一、二を争うくらい会いたくない連中と遭遇してしまった炭治郎とてる子。鬼――響凱が身体から生えた鼓を叩けば部屋が回転し、文字通り振り回される炭治郎ですが、同様の状態のイノシシ男がてる子を踏みつけにしたことに激怒、足を捕まえて片手でブン投げるという、何気に怪力ぶりを発揮いたします。
 しかしこれが闘争本能に火をつけたか、鬼そっちのけで襲いかかってくるイノシシ男。さらに家の中で騒がれて腹を立てた響凱の攻撃まで繰り出され、大混乱の中、突然炭治郎とてる子は、別の部屋に飛ばされるのでした。響凱は鼓を叩いていないのに――と思いながら屋敷内を探検してみれば、部屋の一つには鼓を手にした少年が……

 一方、はぐれてしまった善逸と正一は、屋敷の中なのに縁の下があるという、冷静に考えたら妙な構造のエリアを(善逸だけが)パニックに陥りつつ歩き回るのですが――四つ目に長い舌の鬼が、縁の下からズリズリ出てくるという、ホラーゲームのような展開が!
 絶叫してわたわたと情けなく逃げまどいながらも、それでも決して正一の手は離さず、彼の身を案じて先に逃がそうとまでするところに人の良さが現れる善逸。しかしついに行き止まりに追いつめられたその時、善逸の中で何かがはじけた! ……と思ったらそのまま寝始めた善逸。正一だけでなく観ている側もどうリアクションしたらよいかわからなくなってきた中、鬼の舌が二人に迫る――と思いきや、いきなり舌の先が吹き飛んだ!

 鬼の舌を切り落としたのは寝ていたはずの善逸の刀――立ち上がった善逸は極端な前傾の抜刀姿勢のまま、口からはなんか蒸気まで吐き出して攻撃開始の構え。と、次の瞬間に繰り出されたのは、雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃! 走り抜けざまの神速の抜刀により、見事に一撃で鬼の首を切り飛ばした善逸ですが、しかし本人は眠っている=意識を失っているまま……知らぬは本人ばかりなり、正一がやってくれたと思いこむ善逸の途方もないナニっぷりに、再び正一だけでなくこちらも困惑するしかないのでした。
 ちなみにその頃、猟奇イノシシ男は絶好調で屋敷内を突っ走りつつ、出くわした見るからにモブい肥満鬼を一撃で叩き斬ったりしていました。

 そして炭治郎の方に戻ってみれば、彼らが出会った少年こそは、鬼にさらわれたという清。実は彼こそは稀血なる、読んで字の如しの血液の持ち主であり、鬼にとっては貴重な食料扱いだったのであります。そしてそれが災いしてまさに餌食になろうとしていた時、鬼同士の仲違いで響凱の鼓の一つが叩き落とされ、無我夢中でそれを拾って叩いてみれば、部屋をワープしたというのです。
 それを聞いて、何かあったらすぐ鼓を叩くように清とてる子に言いおき、二人を残して響凱退治に向かう炭治郎。そして今度は邪魔抜きで響凱と退治する炭治郎ですが――鼓によって左右前後に部屋が回転させ、さらに衝撃波を放ってくる響凱はやはり強敵です。

 それもそのはず、響凱は元・十二鬼月――と言っても一番下の下弦の陸であり、しかも人間を食べられなくなって無惨様に給食ハラスメントのような感じで地位を剥奪されたりしましたが(これくらいで済んだのは実はすごい幸運だと思う……)、それでも今の炭治郎には強敵であります。
 そう、前回は鬼滅隊公認の戦いでないためかロクに回復期間も与えられていない炭治郎は、体中の痛みに立っているのがやっとの状態。冷静に聞けば泣き言満載のモノローグを延々と続ける炭治郎ですが、しかし最後は半ばヤケクソ気味に自分自身を応援し始めて復活。何はともあれ、炭治郎の反撃はここからであります。


 ようやくペースアップし、原作三話分を消化した今回。三人三様の戦いが描かれましたが、その中で良くも悪くも目立っていたのはやはり善逸でしょう。
 今回観ていて「汚い高音だなあ――そういえば原作で(汚い高音)と書かれたのはこの辺りだったかしら」となどと思っていたら、まさにそのシーンがそれだったのには、声優さんの演技力に驚きましたが、それはさておき、滅茶苦茶なキャラクターの善逸が動き回ると、やはり物語に緩急が出てきて、これまでとはまた異なる楽しさがあります。

 しかし(汚い高音)といい、正一の内心描写といい、原作の面白いナレーション(?)がアニメ版ではことごとくオミットされているのは、やはりちょっと勿体ない……


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2019.06.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く


 近づきつつある「その時」に向け、歴史を変えるために動き出したケンの奮闘はまだまだ続きます。この巻は丸々一冊かけて、織田と毛利の大坂湾決戦――木津川口の戦いの前哨戦というべき内容が描かれます。強敵の仕掛ける様々な策に対して、ケンは信長から意外な役割を命じられることに……

 歴史を変えて信長を救うため、不確定要素というべき最後の現代人を探すケン。どうやら四国の三好長治に仕えていた料理人が彼らしいと知ったケンですが、しかし中国四国は、織田と激しく敵対する強敵である毛利の勢力圏。特に海は、毛利と組んだ最強の村上水軍の支配下であります。

 そんな中、信長がケンに命じたのは――堺の商船の、その護衛の船に飯を振る舞うという謎のお役目。
 護衛というにはどうにもガラの悪い、どう見てもアレな感じの連中が(嫌がらせのために)持ち込む様々な食材を文字通り捌き、彼らの長にも気に入られたケンですが……

 と、言うまでもなく、その彼らこそが――なのですが(古今東西の料理には異常に詳しいケンも、この歴史知識は持っていなかったのか、とちょっと微笑ましい)、そんなところに自ら現れた信長の言葉が実に格好良い。
 いかにも本作の信長らしい、一歩間違えれば誇大妄想のようでいて、しかし先見の明がありすぎるその言葉に――現実の信長がそうであったかはさておき――ケンならずともKOされてしまうのはよくわかるところであります。

 しかしこのミッションの最中、これで料理を作ってみろとウミガメを差し出された時のケンの嬉しそうな顔たるや……


 さて、それもこれも信長が勝利した暁のことですが、しかしその彼の前に今立ち塞がっているのは、何度も繰り返すように毛利――あの元就にも負けぬ俊傑・輝元であります。

 そしてその輝元を謀略で支えるのは、小早川隆景――養子のおかげでいまいちイメージがよろしくない隆景ですが、しかし本作の隆景は、実にシブく格好良い。
 決して正面からの力押しではなく、信長を倒すために最も有効な手段は何か――それを見定めて、着々と布石を打っていくその姿は、本作にはこれまでいなかったタイプではないでしょうか。

 そしてその隆景の策の一つが、ある意味最も定番である調略、すなわち寝返り工作。そしてここでそれに引っかかって信長を裏切ったのが誰であるか、それは史実を知る我々にとっては、一目瞭然であります。
(あまりにもダメ人間なので、少しは裏があるかと思ったら本当にダメ人間だった……)

 しかし信長にとってはそれが誰かわかるはずもありません。内通者がいるらしい、とまではわかったものの、果たしてそれが誰なのか、肝心なところでわからない――とくれば、ケンの出番です。
 正直なところ、信長が前線で戦っていた頃の方が普通(?)の任が多かったケンですが、信長が隠居して身軽になってからは、無茶なミッションが増えた気がする――というのはさておき、今回の任務は内通者探しであります。

 内通者と結んで、本願寺に米を運び込んでいるのが川筋衆――川を使う運輸業で生計を立てている人々――と知り、彼らの元に向かうケン。
 しかし彼らは元々、本願寺の仕事を引き受けて暮らしていた人々であり、その本願寺を包囲して仕事を奪った信長はむしろ敵であります。そんな彼らの心を開くことができるか――おお、ケンの仕事らしくなってきました。

 ここでケンが繰り出すのが、料理としての見事さはもちろんのこと(この巻で一番おいしそう!)、川筋衆の身を立てるという点でも理にかなったのが楽しいところ。
 そしてここからさらに内通者を炙り出すためにケンが持ち出したのは――FSR!? 確かに戦場めしではありますが、と戸惑っていれば、それを使った策もなかなか面白くで、いやはやケンも人が悪くなったものだ――と妙なところで感心させられるのです。


 と、冒頭に述べたとおり丸々前哨戦、歴史の表面上はまだ何も起きていないだけに、地味といえば地味なのですが――ケンの料理の面白さと使いどころの巧みさはもちろんのこと、歴史上の人物解釈・描写の面白さもあって、この巻もしっかりと読まされてしまいました。。
 しかしいよいよ木津川口の戦い――歴史が大きく動くことになります。そして木津川口の戦いといえば、信長のあの船が登場するはずですが――本作でそれがただの船であるとは思えません。それも含めて、今から次の巻が楽しみなところであります。


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信長のシェフ 24 (芳文社コミックス)


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