入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


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2019.01.16

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿


 4世紀に東晋の学者・干宝が著した怪談・奇談集である『捜神記』。その名を副題に関する本作は、その『捜神記』をモチーフに、一人の妖狐とその周囲の妖怪・神仙と人々の姿を、時にコミカルに、時にシリアスに、時に感動的に描く、風変わりな連作集であります。

 中国は晋の時代(3世紀頃)、役人の張華を訪ねてきた美しい書生・廣天。博学で知られる張華も到底及ばぬ知識を持つ廣天を、張華の友人・孔章は妖怪ではないかと疑うのですが――果たして廣天の正体は、千年を生きた狐でありました。
 犬をけしかけても正体を現さない廣天に対し、千年生きた木を燃やせば妖怪が正体を現すと知った孔章は、燕昭王の墓地に立つ華表(柱)が千年を経た木を用いたものだと知り、切りに行くのですが……

 この冒頭のエピソードは、第18回MFコミック大賞を受賞し、本書には第0話「張茂先、狐と会う事」として収録されているもの。そしてこのあらすじ自体は『捜神記』の「張華擒狐魅」とほぼ同じ内容でありますが――しかし実際の作品を読んでみれば、その印象は大きく異なります。
 ……というのもこのエピソードに限らず、本作の基本的なトーンは実にコミカル。大いに真面目な話をしているはずが、ちょっとしたところにギャグが入り、それがまたテンポよく実におかしいのです。
(冒頭、狐姿の廣天が禹歩だか反閇を踏むシーンだけで爆笑であります)

 しかし本作は古典を忠実に漫画化しただけのものでなければ、それをギャグにしただけのものでもありません。そんな本作の独自性は、この第0話によく現れています。

 これは物語の内容を明かしてしまって恐縮ですが、原典の結末では、華表を燃やした火に照らされて正体を現した狐はそのまま殺されてしまいます。
 しかし本作は原典とはある意味全く逆の結末を迎えることになります。そこにあるのは人間と妖怪の対立ではなく、むしろ人間と妖怪の間に生まれた絆の姿をなのですから……
(まあ、とんでもないギャグも描いているのですが)


 そしてこれ以降、張華が往古の物語から怪異を――なかんずく狐の怪異を集めたという態で描かれる物語も、原典を踏まえつつも、ギャグと、そして人と妖怪の絆を陰に陽に描いていくこととなります。
(それにしても、中国の怪異譚のどこかすっとぼけた味わいは、ギャグとの相性が実にいいと今更ながら感心)

 三国時代の琅邪王・孫休に召された道士の物語、漢の時代に冥府の使いと出会った漁師の物語、宿屋に現れ人を殺す妖怪と対峙した豪傑の物語、奇怪な獣を産んだ皇帝の男妾の物語、漢の時代に狐に魅せられて軍を脱走した青年の物語……
 もちろんギャグによってうまく中和されている部分はあるものの、ここで描かれるのは、人と妖怪の関係性が決してネガティブなものに留まらないということであり――そしてそれは人と人との関係性と変わるものではないことすら、本作は描き出すのであります。

 そして最後の物語――もう一度張華の時代に戻って語られる物語においては、さらにその先が描かれることとなります。
 その物語とは、廣天自身の物語。そこに浮かび上がるのは、これまで狂言回し的に多くの物語に顔を出していた廣天の想いであり、そして何よりも、何が人と妖怪を分かつのか――その答えの一端であります。

 正直に申し上げれば、軽みのある絵柄と物語展開から、ここまで描かれるとは思ってもみなかった――というのはこちらの不明を恥じるばかりですが、いやはや嬉しい驚きであります。


 そしてこの第1巻のラストでは、ほとんどオールスターキャストで物語が展開し、一応の大団円を見るのですが――しかしこの先も物語はまだまだ、それも思わぬ方向に続いていく様子。
 怪異とギャグと絆と――古典を踏まえながらも、この先もまだまだ新しく刺激的な物語を見せてもらえそうであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
千年狐 一 ~干宝「捜神記」より~ (MFコミックス フラッパーシリーズ)

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2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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2019.01.14

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 これはもう、別に調べなくても確実に毎年同じことを書いていると思うのですが、楽しかった年末年始のお休みもあっという間に終わり、もう新年のお仕事が始まることに……。もう楽しみは来月の新刊しかない! と新年早々後ろ向きで恐縮ですが、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて2月は新作こそ少ないものの、点数自体はかなりのもの。
 その新作としては、平谷美樹がweb連載していた作品の文庫化である『口入屋賢之丞江戸を奔る(仮)』が登場。また、新刊情報では題名未定でしたが、双葉文庫から刊行される鳴神響一でということで、まず間違いなく『おいらん若君徳川竜之進』シリーズの第3弾であろう作品も楽しみであります。

 また、復刊・文庫化の方では、本編はもちろんのこと、各巻に収録の作者あとがきが面白すぎる(第2巻での告白には仰天!)風野真知雄の完本『妻は、くノ一』第3巻が登場。作者の作品では(これは新作ですが)『おさらば座敷牢 勝小吉事件帖』も期待です。
 そして谷津矢車『曽呂利 秀吉を手玉に取った男』は、単行本版から何と数割程度加筆修正が入っているとのことで、元がユニークな作品だっただけにこれは楽しみです。

 そのほか、畠中恵『明治・金色キタン』、田牧大和『彩は匂へど 其角と一蝶』、小松エメル『総司の夢』、周防柳『蘇我の娘の古事記』と楽しみな作品が並びますが、面白いところでは田辺聖子の平安ファンタジー『王朝懶夢譚』も復刊であります。


 さて、漫画の方は完全にシリーズの新刊ばかりですが、しかしラインナップが素晴らしい。
 和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第2巻、永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草子』第20巻、唐々煙『煉獄に笑う』第9巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第6巻、北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第4巻、石川優吾『BABEL』第3巻、重野なおき『真田魂』第2巻――時代も内容も様々ですが、待望の新刊ばかりであります。

 そして海外を舞台とした作品の方も、岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻、許先哲『ヒョウ人 BLADES OF THE GUARDIANS』第2巻、伊藤勢『天竺熱風録』第5巻と、これまた期待の作品が並んでおります。


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2019.01.13

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』


 盲目の美少女修法師・百夜が怪異と対決する連作シリーズもこれでついに第10章。この章は江戸を舞台としてきたこれまでとは趣向を大きく変え、倉田屋の箱根への湯治旅に同行することになった百夜が、その旅路で出会った怪事の数々に挑むことになります。

『光り物』
 というわけで、倉田屋徳兵衛の湯治旅に誘われた百夜。忙しい身ではあるものの、日頃から世話になっている倉田屋が自分を骨休めさせるために誘っていると知った彼女は、左吉ともども、箱根への旅に同行することになるのでした。

 そしてここから展開するのは温泉エピソード、本作のちょっとドキッとするような表紙はそれゆえ――ではなく、今回の舞台となるのは、戸塚の少し先の小さな村。雨で村に宿を請うた一行は、そこで起きている怪異の存在を知ることになります。
 それがタイトルの光り物――西の山の上に宙を漂う光る物体が、さらには青白い人影が現れ、目撃した者たちが寝込んでしまったというのであります。早速、調伏に向かう百夜と左吉ですが……

 と、新章の導入部である本作ですが、しかし登場する怪異はかなり奇妙なもの。ほとんどUFOのようにも思われるその正体は――いやはや、こう来るか! と大いに驚かされました。
 さらにそこからもう一ひねりの真相には驚かされるとともに、その先の切なくもどこかホッとさせられる結末に感心させられるのであります。


『大筆小筆』
 旅は続き、大磯で百夜が出会ったのは、彼女にしか見えぬ赤い着物の若い女二人。獣臭い臭いをまとった二人が、「みよしや」と囁いて消えたことから、一行は次の小田原の旅籠・三善屋を訪ねることになります。
 そこで宿の主人から、書院に小さな鼠のような生き物が時折現れることを聞いた百夜が解き明かす、二人の女の正体とは……

 北条氏康の死にまつわる北条稲荷の伝説が残る小田原を舞台に描かれるのは、もののけが依頼人ともいうべき事件。しかし問題は、その依頼の内容がわからないことで――と、何ともユニークなシチュエーションで物語が展開することになります。
 小田原という土地の特殊性が、思わぬ世界にまで繋がっているという世界観が楽しいところで、内容的にはちょっと地味ながら、本シリーズならではの物語であります。
(にしてもラストで語られる、百夜の気の休まる場所にはどうリアクションしたものか……)


『波』
 ようやく箱根湯本に辿り着いた一行が訪れたのは、徳兵衛の定宿・如月屋。しかし先代から宿を継いだ若い主人はならず者まがいの人物、宿もあまり良い雰囲気ではないのですが――そこで百夜は不思議な気配を感じることになります。
 その晩、百夜が耳にしたのは波の音――海から遠く離れた地で聞こえるはずもないその音の源を追った百夜が宿のある部屋で見たものは、部屋一杯の海と、そこに漁舟を浮かべた老漁夫の姿で……

 この世の常ならぬ世界を描く物語であるためか、必ずしも真っ当な人間ばかりが登場するわけではない本シリーズですが、今回登場する如月屋の主人は、その中でも結構イヤな人物。
 そんな相手のために百夜が一肌脱ぐいわれはないわけですが、しかし彼女の依頼主は必ずしも人間ばかりではない――というのは『大筆小筆』同様であります。

 そんなわけで怪異の正体自体は早い段階で判明するのですが、しかしそこからの展開は意外かつ何とも痛快。古の霊異譚を彷彿とさせる味わいの一編であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『光り物』 Amazon /『大筆小筆』 Amazon /『波』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖55 光り物 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖56 大筆小筆 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖57 波 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2019.01.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在


 アニメもこの春からスタート、連載中の本編の方も決戦に突入と追い風に乗りまくる本作。この単行本最新巻では、刀鍛冶の里編がいよいよクライマックスに突入、前巻では炭治郎と玄弥の同期コンビが奮戦しましたが、この巻では二人の柱がついにその真の力を見せることになります。

 鬼殺隊の日輪刀を打つ刀鍛冶の里の位置を突き止め、襲撃してきた上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗。偶然里に居合わせた炭治郎・玄弥・禰豆子と、霞柱の無一郎は迎撃に向かうものの、やはり上弦の名は伊達ではありません。
 一見非力な老人のような外見ながら、四体もの分身を創り出した半天狗に苦しめられる炭治郎たち。一方、謎の刀を研ぐことに没頭する鋼鐵塚らを襲う玉壺に立ち向かった無一郎ですが、脱出不能の水玉・水獄鉢に閉じ込められて絶体絶命のピンチに……


 この刀鍛治の里編の冒頭で、その無神経とも冷徹とも傲慢とも言うべきキャラクターをいきなり披露し、あの炭治郎をして妹絡み以外で反感を抱かせた無一郎。
 しかしその一方で、彼には記憶の欠落――それもリアルタイムでの――があることが折に触れて描かれ、その過去には相当複雑なものがあることがほのめかされてきました。

 そして今回、玉壺戦の中で描かれる――彼が思い出す――過去は、予想通り凄絶極まりないもの。彼が柱となるまでに何があったのか、いや何を失ってきたのか――その痛切な物語が、実に本作らしい形で、容赦なく描かれることになります。
 しかしそこにあるのは、喪失の物語だけではありません。同時に描かれるのは再生の物語――過去と直面し、失われた記憶を甦らせた無一郎が、ついに全き人間として立つ姿は、この巻最高の名場面であることは間違いありません。
(特に彼の名前に込められたものが語られるシーンはただ涙……)

 これはこれまで何度も何度も繰り返してきたことではありますが、本作はキャラクターの――ほとんどの場合ネガティブな――第一印象を、その過去を描くことによって一気にひっくり返してみせるのが非常に巧みな作品であります。
 それはこちらも十分承知していたはずですが、しかし今回もしてやられた――と、もちろん大喜びしながらひっくり返った次第であります。
(そしてそんなシリアスなシーンの直後に、すっとぼけたギャグを投入してくる呼吸にも脱帽)


 そして後半に描かれるのはもう一人の柱、恋柱・甘露寺蜜璃。半天狗の四分身が合体して登場した第五の分身・憎珀天に圧倒される炭治郎たちの前に駆けつけた蜜璃は、たちまち柱の力を発揮して彼らの窮地を救うのですが――しかし分身といえども、攻撃力的には憎珀天は実質半天狗の本体であります。
 一瞬の隙を突かれ、憎珀天の攻撃をまともに食らった蜜璃は……

 と、この巻の表紙で笑顔で決めている蜜璃ですが、ビジュアル的にも、「恋」という謎の呼吸法的にも、そしてゆるふわなキャラ造形も、本作では明らかに異質なキャラクター(この巻のおまけページでもその面白キャラぶりはたっぷりと……)。
 一歩間違えれば賑やかしの色物になりかねないところですが――そんな読者の目をエピソード一つで変えてみせるのが、やはり本作の恐ろしいところであります。

 大ダメージを受けた彼女の走馬燈の形で描かれる回想――そこで描かれるものは、他の登場人物とは少々違う形ながら、やはり自分が自分として生きることができる場を求めて、鬼殺隊にたどり着いた者の真摯な姿にほかなりません。
 それは無一郎のそれとはあまりにベクトルの違うものではありますが、己の過去を背負い、それを乗り越えるべく懸命な者の姿を描いて、こちらの心を大いに揺り動かすのであります。


 さて、柱二人が奮起したとあれば、炭治郎たちも負けているわけにはいきません。蜜璃の援護の下、半天狗の本体を追う炭治郎たちですが――あまりのしぶとさに玄弥がブチ切れるほどの半天狗を倒すことができるのか。
 かなり長きに渡ってきた戦いだけに、そろそろ決着といってほしいものであります。


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