入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2017.12.18

芝村涼也『楽土 討魔戦記』 地獄絵図の向こうの更なる謎の数々

 『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村涼也による新たな時代怪異譚の第二弾――人間から変化し人間を喰らう異能の鬼と、それを斃すべく戦う人間たちの死闘を描く物語は早くも佳境。この戦いに巻き込まれてしまった少年と、戦いの存在に迫る同心のさらなる物語が展開することになります。

 身寄りをなくし、ある商家に奉公することとなった少年・一亮。しかし彼の日常は、ある晩突然、店の主人夫婦が奉公人を皆殺しにし、そして自分たちも謎の男女に殺害されたことから終わりを告げることになります。

 実はその男女――健作と桔梗、そして一亮を救った僧侶の天蓋は、人間社会に潜む「鬼」を討ち滅ぼす討魔衆の一員。人が「芽吹く」ことにより変化する異形異能の鬼を、彼らは表に出ぬように始末していたのであります。
 そして惨事から逃れたのが、鬼の存在を察知する能力を持っていた故であったことが明らかになった一亮は、彼らの一員に加わることになるのでした。

 一方、一亮が生き延びた一件をはじめとして、数々の奇怪な事件を担当することとなった南町奉行所の老練な臨時廻り同心・小磯は、一連の事件の陰に繋がるものがあることを悟ります。
 経験で培った勘と卓抜した推理力、そして執念で、ついに新たな惨劇の場である向島百花園に駆けつけた小磯は、その現場で、一亮と一瞬の遭遇を果たすことに……


 人の世に跳梁する人ならざる者と人知れず戦う人々というのは、時代ものに限らず、伝奇ものでは定番のシチュエーションの一つであります。
 本シリーズもまた、そうした構図を踏まえた物語ではありますが――しかしユニークな点は、その戦いを、戦いの最前線に立つ討魔衆の視点からではなく、その一員となったとはいえまだよそ者に近い一亮と、鬼と討魔衆の存在も知らぬ小磯という、外側の視点から描くことでしょう。

 そしてその視点と、そこから生まれる地に足のついた感覚は、特に本作の前半――小磯が中心となるパートに顕著であります。
 前作のラスト、百花園で起きた事件の後始末に始まり、新たに起きた少女拐かしへと繋がるこのパートは、もはや完全に奉行所ものの呼吸なのが実に面白いのであります。

 与力同心岡っ引きたちが事件解決に向けて燃やす闘志だけでなく、無関係とされた過去の事件を掘り返されることへの恐れや忖度、さらには帰宅してからの平凡な日常まで……
 そんな数々の要素を交えて描かれた物語は、「普通の」奉行所ものと何ら変わらないだけに、かえってその先の非日常的な怪異の世界を際だたせるのです。
(特に途中に一亮らのチームと拐かしの犯人である鬼との戦いが挿入されることもあって、その印象はさらに色濃く感じられます)

 そしてその一方で、本筋とも言える討魔衆パートも、前作よりもさらにパワーアップ。
 小磯らの追求が迫ったこともあって、一時的に江戸を離れた天蓋チームと一亮は、大飢饉により地獄絵図と化した奥州路に向かうこととなるのですが――その途中、飢えに苦しむ者たちを救うという楽土の噂を聞くことになります。そして、一亮の導きもあって、その楽土にたどり着いた彼らが見たものは……

 周囲の飢餓地獄が嘘のようなその楽土に隠された秘密がなんであったか――それは伏せますが、そこにあるのは更なる地獄絵図と、さらに物語の根幹に迫る謎の数々である、とだけは申し上げられます。
 そしてその先には、更なる謎と、悲劇の予感があることも……
(更に言えば、本作のモチーフを想像すると色々と考えさせられるものがあるのですが)


 意外な真実の一端と新たな謎が提示されて終わることとなる本作。上で述べたそのスタイルも含めて、大いに引き込まれてしまったのですが――その一方で、隠された世界観がなかなか明かされないことに、隔靴掻痒の印象があることは否めません。
 また、前半の小磯パートと、後半の一亮パートで、物語の繋がりが一端断たれることに違和感を感じないでもありません。

 もっともこれは、上に述べた本シリーズの魅力を生み出す基本構造とは表裏一体のものであり、むしろそのもどかしさや違和感をこそ、狙って描いていると言うべきかもしれませんが……

 何はともあれ、本作の不穏な結末をみれば、いよいよ物語が大きく動き出す日も近いと感じられる本シリーズ。数々の謎の先に何があるのか、そしてそこで一亮が、小磯が何を見るのか――心して見届けたいと思います。


『楽土 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
楽土 討魔戦記 (祥伝社文庫)


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2017.12.17

紅玉いづき『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』 怪人と箱娘の間にある「秘密」

 新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の箱娘が、様々な事件に挑む大正ミステリの第2弾であります。今回のメインとなるのは、サブタイトルのとおり隠された悪事を暴き立てる怪人カシオペイヤの謎。その正体とは、そして箱娘との関わりとは……

 帝京新聞の新米記者・英田紺が、ある日先輩記者の紹介で訪れた神楽坂の謎めいた屋敷で出会った、箱娘と呼ばれる浮世離れした美少女・回向院うらら。
 謎めいたうららの知遇を得た紺は、「箱」絡みの事件に次々と巻き込まれ、そしてうららの助けを得て、事件を解決し、そこに秘められた真実を明らかにしていくことに……

 そんな設定を踏まえて展開する第2弾は、全3話構成の物語であります。
 万病に効くと評判の「箱薬」を求める異国の血を引く少年と出会った紺が、箱薬を巡る狂奔に巻き込まれる第1話。
 怪人カシオペイヤからの予告状が届いた伯爵邸に居合わせた紺が、そこで起きた猟奇殺人事件と、悍ましい真実に対峙する第2話。
 怪人カシオペイヤに狙われているという新薬の発表パーティーに潜入した紺の眼前で薬の開発者が怪死。怪人の犯行が疑われる中、ついにカシオペイヤの正体の一端が明かされる第3話。

 そしてこれらの物語の中心となるのが、冒頭で述べた怪人カシオペイヤの存在です。
 前作の第3話にも登場したこの怪人、予告状を送りつけて世を騒がす一種の劇場型犯罪者ですが、彼が奪うのは金銀財宝ではなく秘密――それも悪事の秘密。その目的も正体も、一切が謎に包まれた仮面の怪人なのです。

 そして世の新聞記者同様、紺もその動向と正体を追っているのですが、本作でに彼女はついにその謎の一端に迫ることになります。
 それは時村子爵の三男・燕也――前作の同じく第3話に登場し、ある事件を巡って紺と激しくぶつかり合った青年。傲岸不遜で、その力を他人に振るうことを躊躇わない彼が、再び、いや三度、カシオペイヤの影のあるところに現れるのであります。

 果たして彼がカシオペイヤなのか? 紺は彼に翻弄されながらも、謎に近づいていくのですが――その最中に彼女は、横暴な燕也の隠された側面を知ることになるのです。


 と、前作が「市井の怪事件」を中心としていたのに対して、より大仕掛けな――後述のある描写によってその印象はさらに強まるのですが――連続物語となった感のある本作。
 キャラクターの方も、前作では厭な奴という印象の強かった燕也が様々な形で活躍したり、うららは一歩下がった出番となったり(もっともそれが彼女らしいのですが)物語の印象は前作から少しく変わったようにも感じられます。

 しかし、本作で描かれるのが、「箱」に秘められたものであることは、前作から変わるところではありません。それが前作の「女」から、「出自」に変わったとしても。
 そう、本作の物語の背景には「出自」にまつわる様々な人の想いがあります。生まれつき変えられぬ肉体的特徴、生まれつき変わらぬ身分――そんな持って生まれてしまったものを厭い、離れ、変えたいと願う人の想いが、物語を動かしていくのです。

 そしてしばしば秘め隠されるその想いは、「秘密」として怪人カシオペイヤの標的となるものであります。そして、「箱」を開く箱娘と「秘密」を暴く怪人カシオペイヤ――紺を挟んで、その両者がある種合わせ鏡のように存在しているのは、何とも興味深いことではありませんか。
 しかしもちろん、両者の目指すところは大きく異なると感じられます。本作で語られたカシオペイヤのそれは、ある種極めて現世的なものであり、浮き世離れした箱娘とは対極のものなのですから。

 しかしそれではその「世界」とは何なのか? 実はこの点において本作は、とんでもない「秘密」の存在をほのめかすことになります。そんなものがあるとは全く予想もしていなかったようなものを……
(それが、近現代を舞台とした作品にはよくある措置によるものだと思っていたものに絡めて語られるとは!)


 カシオペイヤがその「出自」にまつわる「秘密」を暴く側にあるとすれば、それと対する側と縁浅からぬように見える箱娘とは何者なのか――ここに来て一気にその姿を変貌させてきたようにも感じさせられる本作。

 そしてその物語の中で、紺はいかなる位置を占めることになるのか――それが彼女と彼女の「箱」に如何なる意味を持つのか。先が全く見えないだけに、大いに気になる物語となってきました。


『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 怪人カシオペイヤ (講談社タイガ)


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2017.12.16

輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』 パターン破りの二周目突入!?

 コミカルで、そしておっかない時代怪談を書かせたら右に出る者がいない作者の人気シリーズも三作目。幽霊を「嗅いで」「聞いて」「見て」しまう溝猫長屋の悪ガキ四人組が、今回も様々な幽霊騒動に巻き込まれることになるのですが――今回は何と「二周目」アリ!?

 大量にいる猫が溝にはまって寝ていることから「溝猫長屋」と呼ばれる長屋にある祠。
 溝猫長屋では、かつてある事件で亡くなった女の子・お多恵を祀るこの祠に、毎年最年長の子供がこの祠に詣でるしきたりがあったのですが――お参りをした子供は、なんと幽霊に出くわすようになってしまうのでした。

 今年この順番に当たったのは、忠次、銀太、新七、留吉の四人組。しかし銀太を除く三人は、同じ幽霊に対して、それぞれ分担する形で「嗅いで」「聞いて」「見て」しまうようになってしまい、さらにそれが順繰りでやってくることになってしまいます。そして仲間はずれの形となった銀太には、最後に三つの感覚がまとめて襲いかかることに……

 と、おかしな形で幽霊に出くわす形になってしまった子供たちの冒険を描く本シリーズですが、今回はちょっと変化球。
 上の基本設定ゆえに、これまで全四話構成(三つの感覚が忠次・新七・留吉で一周+三つまとめて銀太)だった本シリーズですが、今回はなんと七話構成なのです。

 つまり二周目が――というわけなのですが、その理由が、冒頭で銀太が銭を入れた巾着袋をなくしたのを、お多恵ちゃんのおかげで幽霊に出くわしたからと嘘をつこうとした上に、毎回パターンに忠実なお多恵ちゃんのことを「芸がない」と罵ったからというのが、何ともすっとぼけていておかしい。
 おかげで本物の幽霊に出くわした上に、二周目という新パターンにまで突入され――と、今回も四人組は大いに幽霊に振り回されることになるのです。


 シリーズの毎回の物語展開に定番のパターンがあるというのは、うまくいけばその安定感に心地よさを感じるものですが、同時にワンパターンに陥りかねないという諸刃の剣でもあります。それも、そのパターンが特殊であればあるほど、その危険性が高まると感じられます。
 しかし本作においては、その危険性を逆手にとって、パターン破りを一つの題材としてしまう点に、何とも人を食った面白さがあります。

 実際、本作では作中で登場人物たちが「いつもだったらここで○○が出て来て……」とか「いつもだったら一連の出来事が実は裏で繋がってるはず」などと言い出す、メタ一歩手前の発言を連発。
 危険球スレスレではありますが、物語構造を逆手にとっての半ば捨て身の展開は実に楽しい。キャラクター造形や会話の妙も相まって、これまで以上に、読みながら幾度となく吹き出してしまった――というのは決して大げさな表現ではありません。

 もちろんその一方で、怪談としてもキッチリ成立しているのも本作の魅力であることは間違いありません。
 話数――すなわち怪異の数がこれまでの倍近いということは、そのバラエティもまた同様というわけで(特に二周目は一種の縛りもなくなったということもあって)これまで以上に楽しませていただきました。

 そして怖いだけでなく、切ない怪異があるのもまた本シリーズの魅力。
 本作で描かれた固く締め切られているはずの無人の長屋で人の生活の気配が――というエピソードなどは、その真相も相まって、温かみすら感じさせてくれる、ある意味本シリーズらしい人情怪談であります。


 とはいうものの、やはりパターン破りを売りにするというのは、シリーズとしては一度限りの大ネタ、窮余の一策という印象は否めません。
 内容的にも、毎度お馴染みの、あるキャラクターの「活躍」がおまけのようになってしまったりと(結果としてそのキャラの異常性をより浮き彫りにしているようにも感じますが)、マイナスの影響も感じます。

 本作の中で何度かほのめかされているように、いよいよ四人組とも別れの時が近いのかもしれませんが、いずれにせよ次回が正念場となることだけは間違いないでしょう。
 その時が来るのが楽しみなような怖いような――そんな気分なのであります。


『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


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2017.12.14

北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男

 いよいよ物語が大きく動き出した感のある『岳飛伝』。呼延凌と兀朮の決戦が決着がつかぬまま終わった後も海上で、南方で戦いは続き、そして長きに渡り戦い続けてきた男が、また一人静かに退場していくことに……

 梁山泊打倒のために総力を結集した兀朮をやはり総力で迎え撃った呼延凌。その戦いは両軍に多大な犠牲を払いつつも痛み分けで終結し、梁山泊は金、南宋という大敵からの攻撃をひとまず凌ぎきったのでした。
 しかしもちろん、それはあくまでも新たな戦いの始まりにすぎません。海上では、張朔に敗れて左遷された韓世忠が梁山泊の交易船を次々と襲い、南方では、ついに北上の意思を固めた岳飛と秦容が戦いの準備を進め――一触即発の状況はそこかしこに存在しているのであります。

 そしてここで動いたのが、梁山泊の長老格の一人・李俊。これまで己の死に場所を求めてきた彼は、水軍を動かして韓世忠討伐に向かったのであります。
 韓世忠が潜む孤島に目星をつけ、韓世忠の周到な策を躱して迫る李俊。追い詰める李俊と追い詰められた韓世忠、両者の運命が交錯したとき……

 というわけで、今回まず退場することとなったのは韓世忠。梁山泊の前に幾度となく立ち塞がりつつも、特に『岳飛伝』に入ってからは梁山泊の男たちと変わらぬウェイトで描かれてきた彼の生も、ついに結末を迎えることとなります。
 肉親に対する屈折した情と女性に対する不信感を抱き、優れた才を持ちつつも負けぬための戦いしかできず、最後はみじめと言ってもよいような最期を遂げた韓世忠――なかなか共感を抱くのが難しい人物ではあります。

 しかし、彼がなぜそのような結末を迎えることとなったのか――同じ男として、個人的には大いに考えさせられたところであります。
(彼の女性に対する態度には全く共感できなかった一方で、「本気なのに本気になっていないつもり」の生き方は身につまされるものがあったので……)

 それは作中でも触れられていたように、彼が周囲の人間との正常な関係を築けなかった、周囲の人間と向き合えなかったということなのでしょう。そしてそれは、梁山泊や岳家軍に集った者たちとは対局にある生き方であったと言うべきでしょうか。


 一方、南方での戦いは、五万の大軍を擁する辛晃に対して、秦容と岳飛の同盟軍がついに動き出すことになります。
 南方制圧軍を率いて駐留する辛晃は、岳飛の悲願である国土奪還のためのいわば第一関門。北征のためにはここで立ち止まっているわけにはいかないのですが――しかし辛晃もさるもの、堅牢な城塞と独自に編み出した森林戦略で二人を苦しめるのであります。

 この辺りの戦いは、本当に久々に感じる攻城戦あり、秦容側の思わぬ危機あり(それを救ったのが、いわば南方に来てからの彼らの積み重ねにあったというのが熱い)となかなか盛り上がるのですが、正直に申し上げて岳飛の道のりはまだまだ険しい――という印象。
 二人ともほとんどゼロからのスタート、将軍クラスがほとんど自身のみという状況ではありますが、この調子では南宋に、金に辿り着く頃には皆退場して誰もいなくなっているのでは――と少々不安にもなります。

 死にゆく孫範を前にして素直になれなかったり、姚平と脱走兵ネタでじゃれあう姿などキャラクター的には本当に好感しかない岳飛。その未完の大器が今度こそ立ち上がることを期待したいと思います。


 そして退場といえば、感慨深いのはこの巻で描かれる梁山泊長老(という印象が全くなかった人物なのですが……)の一人の退場。
 本作においては既に一歩引いた立ち位置にあったキャラクターですが、しかしここで描かれたその最期は、それが結果だけ見れば必然ではなかったもと感じられるだけに、かえって彼の強い想いを感じさせます。

 思えば本作は、場所としての「梁山泊」を離れて若い力が立ち上がる様を描く物語であると同時に、「梁山泊」を造った老いた者たちが退場していく姿を描く物語でもあります。
 その中で彼は、自分の望んだ時に、自分の望んだ人と対面して去ったという点で、恵まれたものであったのかもしれません。


 梁山泊・南宋・金で若い力と老いた力が幾重にも絡み合う中、物語はどこに落着するのか。
 胡土児がついに自分の出自の一端を知ることとなった(そのくだりがまた実に「巧い」としか言いようがない)ことが、この物語で如何なる意味を持つのかも含め、まだまだ結末が見えない物語であります。


『岳飛伝 十二 瓢風の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)


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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


『魔女王の血脈』(サックス・ローマー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
魔女王の血脈 (ナイトランド叢書2-7)

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