入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2018.10.16

谷津矢車『しょったれ半蔵』 戦国にもがく半端者たちの物語

 忍びの生き方に反発して家を飛び出し、武士としての立身を目指す服部正成。しかし初陣で再会した父・服部半蔵保長は、謎の忍び・梟に討たれてしまう。心ならずも父の跡を継ぐことになった正成は、武士にも忍びにもなりきれない半端者(しょったれ)ながら、家康を助けて東奔西走するが……

 服部半蔵正成といえば、忍者の代名詞のように思われる人物。しかし史実を見てみれば、確かに伊賀甲賀を束ねていたものの、その活躍は武将としてのものと感じられます。
 本作はそんな半蔵正成の虚名と実像――その間を題材に描く、半端者「たち」の物語であります。

 幼い頃から服部半蔵保長の嫡子として育てられながらも、後ろ暗い仕事ばかりを担わされ、周囲の武士たちから見下されることに嫌気がさしていた正成。
 ある日、初の任務として親友の渡辺守綱(後の槍半蔵)暗殺を命じられた正成はこれに反発し、守綱の郎党として武士としての立身を目指すことを決意します。

 そして守綱と、幼馴染みの稲葉軍兵衛と三人、桶狭間の戦直後で揺れる松平家を扶けるべく奮闘する正成。
 しかし初陣である鵜殿長照の上ノ城攻めの最中、任務を妨害する怪忍・梟によって父・保長が討たれ、正成は全く望まぬまま、服部半蔵の名を継ぐことを余儀なくされるのでした。

 かくて、「志能備」の末裔だという幼馴染みの冷徹な女忍・霧に叱咤されつつ、半蔵は松平家――徳川家を襲う数々の難事に立ち向かっていくのですが……


 という設定で、全八話の連作形式で半蔵の半生と徳川家の興隆を描いていく本作。
 上に述べた第一話に続き、三河一向一揆、掛川城の戦い(の後始末)、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、徳川信康の切腹、本能寺の変から神君伊賀越えと、戦国期の徳川家を揺るがした戦いや事件――そしてそこに関わった半蔵の活躍(?)が本作では描かれることとなります。

 と、ここで活躍(?)と書いたのは、本作における半蔵は、武士としても忍びとしても、いや人間としても、どうにも半端者であるからにほかなりません。
 忍びの修行を途中で放り出して武士になり、槍一つで身を立てようとしつつも、厄介事にばかり巻き込まれてなかなか思うに任せない。おまけに極度に緊張すれば喘息の発作に襲われる――そんな有様なのであります。

 それでも、父や周囲から押しつけられた生き方ではなく、自分自身の生き方を確立すべく、周囲に翻弄されまくりつつも懸命に生きる半端者・半蔵の姿は、これは実に作者らしい物語として実に魅力的であります。
 しかし――本作で描かれる半端者は、一人彼のみではありません。

 本作の各話に登場するゲストキャラクターたち――市場殿(家康の異母妹)、今川氏真、徳川信康、さらには徳川家康も含めて、いずれも己の置かれた立場に悩み、何とかして自分自身の生を掴もうとあがく者として描かれます。
 そう、彼らもまた、自己を確立できない半端者たちなのであります(そして終盤において、強烈な形でもう一人の半端者の存在が明かされるのですが……)

 デビュー以来ほとんど一貫して、時代に――自分の周囲の環境に翻弄されつつ、自己らしく生きるため、自分らしさを見つけるために奮闘する人々の姿を、「今の我々」に重ねる形で描いてきた作者。
 本作は半蔵という若者だけでなく、その周囲の人々の奮闘も描くことによって、より豊かな形でその物語を描くことに成功していると言えるでしょう。


 尤も、忍者ってそういう存在なのかしら――という設定と描写には首を傾げざるを得ないのですが、これもまた、一つの象徴と言うべきでしょうか。

 何よりも、徳川家康が今川家から、そして織田家の下から離れた時を以て、同時に半蔵のモラトリアムの終わりを告げる構成は心憎く、作者ならではの忍者小説と表すべき作品であることは間違いないのですから……


 ちなみに作者のファンにとって嬉しいのはヒロイン(?)の霧の存在であります。

 作者の『ふたり十兵衛』に登場する女忍と同名にして同様の性格のキャラクターである彼女は、所謂スターシステムのファンサービスかと思いきや――という設定に驚かされつつ、同時にそれが変わろうとする半蔵の存在と対になるものともなっているのには、ただ脱帽であります。


『しょったれ半蔵』(谷津矢車 小学館)

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 谷津矢車『ふたり十兵衛 柳生剣法帖』 唯一無二の複数十兵衛!

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2018.10.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』


 北からやって来た盲目の美少女イタコが付喪神に挑む時代伝奇ミステリ『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの第4章も今回紹介する2話で完結。この章は、付喪神だけでなく神とも対峙することが多かった百夜ですが、今回もまた……

『白狐』
 日暮里の外れの村で祖父母と暮らす少女・おけい。彼女が数ヶ月前から狐憑きとなり、大の男が数人がかりでようやく押さえつけられるほどの力で暴れて弱っている――という依頼を受けた百夜。
 左吉、桔梗といつものトリオで出かけた百夜ですが、彼女には何かの目算がある様子。はたして、彼女が対面したおけいの周囲には、何体もの狐の霊と、一人の男の亡霊が居たのであります。

 果たして男の霊の正体は、そしておけいの狐憑きの真相とは――事件の背後の思わぬ絡繰りを百夜が解き明かすことになります。


 古今の怪異譚ではお馴染みの――というよりお馴染み過ぎて逆に最近ではお目にかかるのが難しい――狐憑き。その狐憑きの少女が、大の男三人を薙ぎ倒す姿から始まる本作ですが、もちろんただの狐憑きが登場するはずがありません。

 冒頭で描かれるおけいの暴れっぷりを男たちから聞き、その中のある行動からこの狐憑きが尋常でないことを見破る百夜ですが――この辺りの謎解きが実に楽しい。
 この尋常でない狐憑きの正体についても、百夜だからこそ見破ることができるものなのも面白く、お話的には比較的シンプルながら、一ひねりの効いた内容の作品です。

 ちなみに本当に珍しく、左吉の推理が的中したエピソードでもあったり……


『猿田毘古』
 かつて『義士の太鼓』事件(文庫第2巻『慚愧の赤鬼』所収)で百夜と対決した不良武士集団・紅柄党の頭目・宮口大学。宮口家の所領である多摩群大平村の別宅を訪れた彼は、その晩、この世のものならぬ怪異と遭遇することになります。
 金属が鳴るような音と共に奥座敷に現れたモノ――それは奇妙な面を被り高下駄を履いた、伝承に言う猿田毘古神そのままの姿をしていたのであります。

 大学の一刀によって面を割わられ、姿を消した猿田毘古ですが、その下から溢れ出したのは強烈な光と熱。翌日、村の神社の宝物庫に収められていた猿田毘古の面が両断されていたことを知った大学は、百夜のもとを訪れることになります。
 不在の彼女に代わり大平村に向かった桔梗は、再び現れた猿田毘古と対決し、これが神だと断じるのですが……


 斜に構えた不良侍ながら、一本筋の通った言動と、百夜と互角以上の剣の腕を持つ大学。先の対決では彼女の仕込みの刃をへし折り、その刃を前差に仕立て直して腰に差しているという、癪に障るほどのカッコイイキャラクターであります。
 しかしそんな彼でも今回の怪異には手を焼いて――という展開となりますが、なるほど今回の怪異も大物。何しろ猿田毘古といえば、紀記の天孫降臨のくだりに登場した由緒ある神なのですから。

 これまで何故か付喪神絡みの事件ばかりに遭遇する百夜ですが、冒頭に述べたように、この第4章においては、何故か神絡みの事件に遭遇することになります。
 それはこの章から桔梗のせいではないか――などと口の悪い左吉は言うわけですがそれはさておくとして、しかしこの怪異、そうそう単純な正体ではないというのがまた本作らしいところであります。

 高い鼻に赤く光り輝く目をもつという何とも謎めいた存在である猿田毘古。
 ここで百夜が語るその解釈は、何やら作者の最近の作品に繋がるものもあって興味深いのですが、百夜の存在こそが……という、大げさにいえば後期クイーン的問題を思わせるひねりも印象に残ります。。

 さほど活躍しないまま桔梗が一端退場というのは残念ですが、この章の掉尾を飾るにはまず相応しい内容だったと言うべきでしょうか。


『百夜・百鬼夜行帖 23 白狐』『百夜・百鬼夜行帖 24 猿田毘古』(平谷美樹 小学館)

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2018.10.14

武川佑『細川相模守清氏討死ノ事』 天狗という救いを描く太平記奇譚


 「オール讀物」誌の本年8月号の特集「怪異短篇競作 妖し」に掲載された時代怪異譚であります。太平記の巻三十七「細川相摸守討死事付西長尾軍事」を下敷きに、足利幕府の管領にまで登り詰めながらも、幕府を追われ、南朝方として討ち死にを遂げた細川清氏を巡る奇怪な物語です。

 南北朝の動乱期に、足利尊氏に従って数々の軍功を挙げ、ついには二代将軍義詮の執事(=管領)となって権勢を振るった細川清氏。本作は、その小姓として仕えた少年・孫七郎の視点から描かれることとなります。

 かつて讃岐の寺で天狗に攫われかけたところを清氏に救われ、以来仕えるようになった孫七郎。その忠誠は清氏が佐々木高氏の讒言によって地位を追われ、それまで敵であった南朝方に下ってからも変わることなく続くことになります。
 そして楠木正儀とともに京を奪還した頃、正儀から京にあるという化け物屋敷の噂を聞いた清氏は、退治してくれんと孫七郎や正儀とともにその屋敷を訪れるのですが――そこに待ち受けていたのは、かつて孫七郎を襲い、清氏に右腕を落とされた天狗・白峰山相模坊だったのであります。

 魔界に堕ち、天狗と化した大塔宮に仕える相模坊から主を守るため、その片目を差し出した孫七郎。やがて京を追われ、讃岐に落ちた清氏を守るため、その相模坊の力を借りてまで奮戦する孫七郎ですが……


 一度は権力の頂点に立ちながらも、そのある意味猪武者ぶりが災いしてかその座を追われ、やがて従兄弟である細川頼之に討たれることとなった清氏。現代では決してその名を知られたとは言い難い人物の最期を、本作は冒頭に述べた通り太平記を巧みに引きつつも、本作ならではの独自性を以て描き出します。
 そしてその独自性こそが天狗――と言えば、太平記読者であれば、なるほどと納得してくれることでしょう。そう、時として歴史の隙間から顔を出した、あり得べからざる怪異の存在を記す太平記において、強く印象に残るのが天狗の存在なのですから。

 一般に堕落した仏僧が変化すると言われる天狗ですが、しかし太平記に登場するのは、むしろ強烈な恨みや怒りなどの念を残して世を去った者が魔界に堕ち、天狗と化した存在――武将や貴族、帝までもが天狗と変じ、この世に更なる争いと災いをもたらさんとする姿は、太平記の巻二十七「雲景未来記事」などに、生々しく描かれています。

 そしてその天狗たちの中心に在るのは、我が国最強の魔王とも言うべき崇徳院――と、ここで太平記では全く交わることのなかった(はずの)清氏と天狗が、興味深い接近をみせることになります。
 清氏が籠もり、最期を迎えた地は讃岐の白峰城。そして崇徳院が眠るのは白峰山――ここに清氏を守らんとする孫七郎と、崇徳院を守ろうとする相模坊ら天狗たちが思わぬ利害の一致を見せるというクライマックスの展開の妙には、驚き、感心するほかありません。

 しかもその孫七郎と天狗たちが繰り広げる共同戦線の内容がまた――とこれは読んでのお楽しみ。いやはや、ここまでこちら好みの展開が待ち受けているとは、とすっかり嬉しくなってしまったところであります。


 しかし本作に描かれるのは、天狗を用いた伝奇活劇の世界だけではありません。いやむしろ本作に濃厚に漂うのは、天狗にならざるを得なかった者たちの哀しみである――そう感じます。

 自業自得の気味はあるかもしれないものの、裏切られ、陥れられた末に、追い詰められて天狗へと近づいていく清氏。
 その姿はおぞましくも恐ろしいものですが、しかしそれだけに、この世に――すなわち人間の世界に居場所を無くし、もう一つの世界に足を踏み入れるしかなかった彼の、いや彼らの哀しみが、強く伝わってくように感じられるのです

 しかしそれは同時に、一つの救いであるのかもしれません。人間の世界からはじき出され、さりとて成仏することもできない彼ら天狗たちにも、生きる世界がある、同胞がいるのですから……
 本作の結末から伝わってくるものは、そんな不思議な安らぎの形――歴史からはみ出してしまった者たちへの、慈しみの視線とも言えるものなのであります。


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2018.10.13

赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく


 大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?

 悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
 耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。

 それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
 この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。

 この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……


 第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。

 しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
 島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。

 実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
 リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。

 その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
 その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。

 名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
 そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。

 さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。


 そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。

 だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
 時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

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2018.10.12

赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!


 デビュー作『大友二階崩れ』でいきなり歴史小説シーンに躍り出た作者の第二作は、やはり大友家を題材とした本作。大友家と島津家の決戦――豊薩合戦の丹生島城の戦いを題材に、悪鬼から聖者へと生まれ変わった一人の男を描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき入魂の作品であります。

 島津家の猛攻の前に追いつめられ、次々と配下も離反していった晩年の大友宗麟。本作の主人公・天徳寺リイノ(柴田礼能)は、最後まで宗麟に仕えたキリシタン武将であり、宣教師たちから「豊後のヘラクレス」と呼ばれたという逸話を持つ人物であります。
 しかしその前半生はほとんど記録が残っていないリイノ。本作はその前半生を自由に描きつつ、一人の男の魂が救済に至るまでを、そしてその男が同時代に生きた人々をも救う姿を描く物語なのです。


 丹生島城の戦いから20年前――不幸な生い立ちながら自慢の武芸の腕で名を挙げ、大友の勇将・戸次鑑連に仕官を許された柴田治右衛門。さらに上を望む彼は、大友宗麟の近習となり、宗麟の正室とも誼を通じるなど、順調に出世していくのですが――しかし彼の中にあるものは、己の力のみを恃み、目的のためであれば敵はおろか味方を害しても恥じぬ、悪鬼のような心だったのであります。

 そんな彼が唯一人間らしい気持ちとなることが出来るのは、愛する女性・マリアの傍らのみ。しかし彼女は宗麟の側室――露見すれば共に命はない秘密の関係を、治右衛門は朋輩を殺し、周囲を裏切ってまで守らんとするのでした。
 そして治右衛門を兄のように慕う青年を斬り、二人を見守ってきたイエズス会の司祭トルレスの教会に火を放ってまで、マリアを連れて豊後から逃れんとした治右衛門。しかし彼は幾多の犠牲を出した末、マリアと引き離されて捕縛されることになります。

 城の牢に放り込まれ、変わり者の牢番以外話し相手もいない孤独の中で、死の恐怖に怯える治右衛門。そんな彼の前に、戸次鑑連とトルレスが現れるのですが……


 物語冒頭、丹生島城の戦いの中で語られる颯爽たる聖将の姿が想像できぬほど、人間として下の下の姿を見せる第一部――本作前半のリイノ=治右衛門。上の者には諂い、下の者は見下し、同輩は追い落として、敵を嘲りながら殺す――打算と悪意に満ちたその人生は、どう見ても憎むべき悪役のそれ、であります。
 しかしそんな彼でもマリアに対する愛だけは本物、身重の身となった彼女と生きるためにあらゆる手段を(すなわち悪事を)用いて逃れようとするのですが――しかし最後には彼女も見捨てて逃げようとするその姿は、もはや目を背けたくなるほど無様であるとすら言えるでしょう。

 それでも――そんな憎むべき、あるいは無惨な治右衛門の姿に、どこか頷けるものを感じてしまうのも、また事実であります。
 国人の庶子として生まれたことすら父に知られず放り出され、貧困の中で母と弟を失い、幼い頃から野伏に加わって生きてきた治右衛門。そんな彼が世界は悪に満ちていると信じ、周囲の愛を拒絶して悪に生きようとしても、それは同意はできなくとも理解できることではないか――と。

 しかし本作においては、そんな彼の想いに対し、二人の人物がはっきりと否定してみせるのであります。トルレスは心からの愛を込めて優しく、そして鑑連は心からの叱咤激励を込めて力強く――それでも、この世界には必ず愛が存在すると。それでも、悪を前にして自らも悪に染まってはならないと。
 この言葉だけを見れば綺麗事に過ぎない、と感じるかもしれません。しかし本作において、治右衛門がどん底に落ちていく姿を、どん底に落ちざるを得なかった姿を見れば――それでも、と彼に語りかける二人の言葉は、強い赦しと救済の言葉として胸に迫るのです。


 そして悪鬼から、聖将に生まれ変わった・柴田治右衛門いや柴田礼能。しかし物語は聖将の誕生を描いてまだ半ばに過ぎません。
 後半、第二部に描かれるのはいよいよ丹生島城を巡る決戦、その中で彼は数々の悪意と悪因縁に晒されることとなるのですが――果たして彼は大友家を、そして自らの愛する人々を救うことができるのか。

 第二部については次回ご紹介いたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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2018.10.11

山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持


 ついに六人目の怨身忍者の物語が始まり、いよいよ物語も後半戦か、と思わせる『衛府の七忍』。しかしその一方で彼らの強敵となるであろう魔剣豪たちの物語も平行して描かれることとなり、ますます何が飛び出すかわからない状態であります。何しろこの巻で登場するのは、あの壬生の狼なのですから……

 と、表紙の時点で彼の正体は明らかですが、彼の出番はこの巻の後半1/3頃から。そこまで描かれるのは、第六の怨身忍者・霧鬼の物語なのですが――これがまた凄まじく重くいものを突きつける物語なのであります。

 かつて武田信玄の切り札として、三方原で徳川家康を惨敗させしめた巨大兵器――人間城ブロッケン。この人間城起動の鍵となる軍配を持つ若き大名・諏訪頼水は、今は主なき巨人を復活させ、家康への下克上を目論むのですが――その頼水が、一人の少女を見初めたことから、悲劇は始まります。

 その少女・てやは、かつて壬辰倭乱において日本軍が戦利品として連れ帰った「異民」の子孫。てやを連れ去る際、頼水がてやの主一家を皆殺しにしたことがきっかけで、てやの幼なじみであるツムグたち異民と、倭人の百姓たちの間に、これまで以上に険悪な空気が生まれることになるのでした。

 そしててやを巫女として、人間城を復活させんとする頼水ですが――しかし軍配を手にしたてやはその身に思わぬ存在を宿すことになり、頼水のコントロールを受けずに起動する人間城。
 その人間城が引き起こした数々の厄災が、異民たちと倭人たちの、諏訪家の武士たちとの間で、恐るべき惨劇を招くことに……


 山の民、ヤクザ、蝦夷、琉球の民、切支丹と、これまで虐げられた少数の民の中に顕現してきた怨身忍者の力。次なる民は――と思いきや、ついに彼らを描くのか! と驚かされると同時に不安にもなったこの霧鬼編。
 この難しい題材を如何に描くのかと思いきや、ヤンキーもの調(『パッチギ!』的と言うべきか)のテイストで日朝の若者たちの姿を描いてみせるのは、これは作者ならではのセンスというべきかと思いますが――しかしその先に待っていたのは、本作の約300年後に現実に起きたあの悲劇、いや惨劇をなぞるかのような展開であります。

 ここまで描いてしまうのか、描いてくれるのか!? と唸らされるこの展開、描くには相当の覚悟がいったのではないかと思うのですが――作者が単行本あとがきに参考文献の一つとして『九月、東京の路上で』を挙げていること、そしてその後に掲げられた作者の矜持を見れば、作者の心からの想いが、ここには込められていると思うべきでしょう。

 そして全ての想いを込めて誕生した第六の怨身忍者・霧鬼=ツムグと、拡充具足・無明をまとった頼水(恥ずかしながら、ここに至るまで頼水が伊良子清玄のスターシステムと気づきませんでした)。
 異民として生まれ、軋轢に晒されながらもなおも希望を失わぬ少年と、下克上を目指しながらも、「下」の民のさらに下を作って恥じぬ男と――その対決の行方は言うまでもありません。

 正直なことを言えば、わずか四話のうちにあまりに様々な要素を盛り込んだために、そのそれぞれがいささか消化不良のきらいがあり、展開が唐突に感じられる部分はあるのですが、しかし作者の心意気の前には、それは贅沢の言い過ぎというものかもしれません。


 そして次なる章は再び敵方となるべき魔剣豪鬼譚となるのですが――新たなる魔剣豪、その名は沖田総司! ……はい?

 そう、この章の主人公は正真正銘、あの新選組の沖田総司。すでに幕府が瓦解に向かう中、江戸で静養していた総司がいかなる理由にか江戸時代初期にタイムスリップしてしまうのであります!
 ……もはや新選組にタイムスリップというのも珍しくない印象もありますが、しかしそれだけで作品一つ成り立つような大ネタ。それをさらりと使ってしまう本作のパワーにはただ圧倒されるしかありません。

 しかしネタ的な面白さだけでは決してない本作。ここで描かれる総司の姿は、如何にも壬生狼らしい剣呑極まりない(冒頭、見舞いに来た永倉・原田とのやりとりは傑作)剣士ながら、しかし同時に若者らしい純粋さ、真っ直ぐさを持つ、実に好もしい青年として描かれるのが、強く目を惹きます。

 そんな総司が、この先如何なる経験を経て、魔剣豪と呼ばれるようになるのか――この巻のラストでは思わぬ夢の対決も飛び出し、この先の総司の凄春が気になって気になって仕方ない、そんな新章であります。


『衛府の七忍』第6巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス)


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