入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『曽呂利!』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『大江戸剣聖一心斎』(高橋三千綱)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
87.『警視庁草紙』(山田風太郎)
88.『西郷盗撮』(風野真知雄)
89.『明治剣狼伝』(新美健)
90.『箱館売ります』(富樫倫太郎)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『源平の風』(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と運命の書』(渡辺仙州)



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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.15

樹なつみ『一の食卓』第5巻 斎藤一の誕生、そして物語は再び明治へ

 明治時代、築地の外国人居留地のパン屋に身を寄せる藤田五郎(斎藤一)と、パン職人の少女・明を主人公に描く本作、この第5巻の前半で描かれるのは、前の巻から引き続き、新選組に加わる前の斎藤の物語。明治の彼に至る前に何があったのか――その一端が描かれることになります。

 築地のパン屋・フェリパン舎に、ある日ふらりと現れた藤田。今は新政府の密偵として働く彼は、フェリパン舎を起点にして様々な事件を解決、一方、明も謎めいた藤田に惹かれつつ、パン職人として懸命に奮闘する毎日を送ることに……
 という本作ですが、第4巻のラストから展開しているのは藤田の――すなわち斎藤一の過去編。いや、ここで描かれているのは彼がまだ山口一だった時代、いわば斎藤一誕生編とも言うべき物語であります。


 貧乏御家人の次男坊として鬱屈した毎日を送る山口一は、退屈しのぎに破落戸から賭場の借金の取り立てを請け負い、とある道場に向かうことに。そこで彼は、売り言葉に買い言葉の末に、生意気な少年と立ち会うことになります。

 一方、その頃、山口の父親のもとを訪れる会津藩の人間。実は会津藩の人間であった父親は、不始末から藩を抜け、それを見逃される代わりに会津藩の「草」として御家人となっていたのであります!
 そして会津藩が京都守護職を任じられたことから、新たな「草」として山口家の人間を京都に送り込もうとする藩の意向を受け、父親が白羽の矢を立てたのは……


 フィクションの世界などではすっかりこの時代の有名人ながら、特に新選組参加以前の経歴は今ひとつはっきりしない斎藤一。
 試衛館組とは江戸にいたころから交流がありつつも、浪士組募集には参加せず、京で合流するという少々変わったルートを辿っていたり、そもそもその頃には旗本を斬って江戸から京に逃げていたりと、なかなかドラマチックな前半生であります。

 この江戸編では、その「史実」をベースに、本編ではほとんど完成された人格である――明からは仰ぎ見られる存在である――斎藤の、悩める青年時代を描き出します。
 自分の未来が、居場所が、やるべきことが見いだせず、ただ焦燥感に駆られるばかりの毎日。そんな誰にでも経験のありそうな青春の姿を、本作は瑞々しくも微笑ましく、そして物悲しく描くのであります。

 もちろんそれだけでなく、斎藤の父にに関する伝奇的秘密を絡めることで、その後の斎藤の人生にも関わる物語を垣間見せ、そして件の「旗本斬り」についても、本作ならではの切ないドラマを用意してみせる点など、とにかく物語運びの巧さが光ります。
 江戸編が前後編できっちりと終わるのも、明治の物語を食わず、良い意味の物足りなさを感じさせるという、何とも心憎いところであります。


 そして後半では、再び舞台は明治に戻り、一話完結のスタイルで、明を主人公とする物語が描かれることとなります。
 一つ目のエピソードは、通詞を目指して築地の外国人による英語塾の門を叩いた男装の少女の物語。実家が横浜で外国人相手の商人を営む彼女と意気投合した明ですが、しかしまだまだ夢は遠く……

 「女だてらに」という言葉が、当たり前に使われていたこの時代。明と彼女は、その言葉の対象にされるという共通点を持ちます。
 そんな二人の姿と、それを見守る藤田という構図は、これまで描かれてきた物語の延長線上ではありますが、その一方で、明が決して一人ではない、ということを別の方向から描いた物語と言えるかもしれません。

 そして二つ目のエピソードでは、とある大店から大口の注文が舞い込み、フェリパン舎は他店の職人も加わって大わらわの状況に。
 実は大店の跡取り息子は、藤田のことを知っているようなのですが、藤田は彼のことを無視。そんな中パンに異物が混入して――という大事件が発生して……

 と、ストーリー的にはある程度読めるのですが、明の物語と藤田の物語が平行して描かれ、相互作用することでポジティブな方向に変わっていくのが、実に本作らしい展開であるこのエピソード。
 特に物語冒頭から繰り返し描かれてきた悩みを、今回の経験を踏まえて明が乗り越える姿が、実に気持ちの良い展開であります。


 というわけで江戸から明治に戻って続く物語。いまだ遠景ではありますが廃刀令や不平士族の動きも描かれ、藤田と明の関係性に加え、この時代のこれからがそこにどのように絡むのか、気になるところであります。


『一の食卓』第5巻(樹なつみ 白泉社花とゆめCOMICS) Amazon
一の食卓 5 (花とゆめCOMICS)


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2017.08.14

山村竜也『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』 泰平と動乱の境目に立っていた青年の姿

 幕末に勇名を馳せた剣客・伊庭八郎の京都行きの日記全文を書き下し文で収録し、解説を付した、タイトルにも負けないユニークな新書であります。その内容そのものもさることながら、『新選組!』などの時代考証で知られる著者による詳細な解説が、面白さや興趣を幾倍にも増してくれる一冊です。

 最近では岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』などでも知られる「伊庭の小天狗」こと伊庭八郎。その彼の日記に、グルメなどという言葉を付すとは――と、本書の題名だけを見て憤慨される方もいるかもしれません。
 が、実はこの題名は正鵠を射たもの。実はこの「征西日記」、勇ましい題名とは裏腹の内容で、一部で有名な日記なのです。

 この日記は、元治元年(1864年)に時の将軍家茂が上洛した際、その一行に随行した八郎が、その年の1月から6月まで163日間分を記したもの。
 この家茂上洛は、基本的に無事に終わったイベント。それゆえこの日記に記されているのも、八郎ら随行の侍たちの勤務ぶりと、毎日の食事や、非番の時に出かけた場所など、ある意味「普通」の内容にすぎません。

 ……が、それが実に面白い。(上洛という特殊事態とはいえ)ここに記されているのは、この当時の幕臣の日常的な勤務や生活の状況であり、それが垣間見られるだけでも、歴史好きには相当興味深いものです。

 しかしそれにも増して面白いのは、それ以外の部分であります。
 もちろん八郎らしく(?)、勤務の傍ら、毎日のように剣術の稽古に参加していたことも記されているのですが、この日記で圧倒的に目に付くのは、彼がうまいものを食べ、暇さえあれば観光地に出かける姿なのですから。

 好物の鰻やお汁粉に舌鼓を打ち(八郎は甘いもの好きでもあったのが窺われるのがまた楽しい)、お馴染みの観光地を巡り――ここで描かれるのは、後の剣士としての活躍とは裏腹の、我々とほとんど全く変わらない、等身大の人間像。そしてそれがまた、実に微笑ましく、魅力的に観じられるのです。


 そして、そんな等身大の八郎の日記を楽しむのを助け、そしてその楽しさを大いに増しているのが、著者による解説であります。

 日記というものは――この八郎の日記に限らず――その人物の日常を記すもの。それはその人物にとっては当たり前のことであり、特別なことでもなければ、内容にわざわざ説明が付すようなものではありません。
 しかし、彼にとって当たり前でも、記されているのは約150年も前の出来事。さらに八郎の周囲の人間関係なども、我々がその内容を知る由もありません。

 その当たり前だけにスルーされていることの一つ一つを、本書は拾い上げ、解説してみせるのです。日記に登場する言葉は何を指しているのか。姓のみ、名のみ登場する人物は何者なのか……
 時に別の記録と照合しつつ、丹念に解説することで、我々はいささかの違和感なく、まるで昨日記されたもののように八郎の日記を、彼の生活を楽しむことができるのです。

 言葉にすれば当たり前のようでいて、これがどれだけ難しいことか……


 それにしても八郎が戊辰戦争に参加し、その命を散らしたのはこのわずか5年後。ここに記された日常の姿と、5年後の非常の姿と、どちらが本当の彼の姿だったのか……本書を読んでみれば、つくづく考えさせられます。
 あるいはこの日記に描かれているのは、泰平の江戸時代と、動乱の幕末の境目に立っていた八郎の、一人の青年武士の姿と言うべきかもしれません。

 そしてそれを象徴するように感じられるのが、日記の終盤に記された、ある出来事であります。

 江戸に帰還途中の八郎のもとに飛び込んできた報せ――それは、幕末ファンであれば知らぬものとてない、ある超有名な事件の発生を告げるものであります。
 それまで「幕末」らしさとはほとんど無縁な、平和な日常を記したこの日記。そこに唐突にこの事件の報が飛び込み、そして八郎をも巻き込んでいく様は、まさしく「事実は小説より奇なり」と言うほかありません。

 が、この事件が彼にとってはほとんどニアミス状態で終わるのが、また「らしい」ところでなのですが……

 しかしここは、この日記があくまでも泰平を楽しむ伊庭八郎の姿を描いて終わってくれることに、感謝すべきなのかもしれません。
 本書の中の伊庭八郎は、いつまでも平穏な日常を楽しむ、一人の青年としての姿を留めているのですから。


『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書) Amazon
幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む (幻冬舎新書)

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2017.08.13

『風雲ライオン丸』 第21話「危うし! 伊賀の三兄弟」

 秋の十字架を持つという一郎左率いる伊賀忍者殲滅を狙う怪人ザソリは、一郎左の弟・次郎太を惨殺し、一郎左を襲う。割って入った獅子丸により助かった一郎左だが、今度は彼の屋敷に忍び込んだ錠之助が一郎左の妹・百合香をさらっていく。ザソリの一味となって秋の十字架を要求する錠之助の真意は……

 前回その存在が語られた春・夏・秋・冬のアイテム。その三番目、秋の十字架を持つという伊賀忍者の頭領・一郎左率いる伊賀忍者が、今回のマントルのターゲット。しかし伊賀忍者もさるもの、地虫忍者を一蹴するのですが――アグダーから命を受けたザソリが、三兄弟の二番目・次郎太を襲います。
 いかにも腕自慢らしい次郎太ですが、あれっ、橋の下にぶら下がったと思ったら、次のシーンでは地面に半身埋もれてる!? と思いきや、ザソリの刃に真っ二つにされ、下半身は橋の下に残り、上半身は地面の上に落ちたのでした。残酷!

 と、そうとは知らない太郎左は、末妹の百合香とともに弟を探しに来ますが、そこで惨殺体を目撃。さらにザソリたちが襲いかかり窮地に陥るのですが――折よく通りかかった獅子丸が変身して登場、ザソリはあっさりと逃げ出すのでした。しかし一郎左はライオン丸のことを見ておらず、自分の力で窮地を脱したと勘違いしたままであります。
 そして二人に同行して屋敷に足を運んだ獅子丸たち(なお、虹之助は今回お休み。甲賀者的には伊賀に近づきたくなかった?)は、ザソリが秋の十字架を探していたことを知りますが、一郎左は全く心あたりがないと……。しかしこの一郎左、獅子丸の腕前を見抜けず、上から目線で接する困った人物ですが、どこか憎めない印象の男であります。

 その頃、荒野を行くのは久々に現れた錠之助。しかしいきなり乱射してきたザソリの秘密兵器・ガトリング砲を辛くもかわすと、何を思ったのかザソリの仲間に入るため、伊賀屋敷から百合香をさらっていくのでした。それでも半信半疑のザソリに、「俺は嘘と坊主の髪は言(結)ったことがない……おかしくなかったか?」などとほざきながら、地虫相手に相手を皮一枚残して切る「タイガー一枚斬り」を披露(もちろん地虫は死ぬ)し、ザソリを信用させるのでした。
 しかしこのガトリング砲、第13話で伊賀の小太郎が発明し、命がけで葬り去った連発銃では――伊賀だけに嫌がらせなのか!?

 それはさておき、磔にした百合香と引き換えに秋の十字架を要求するザソリ。しかし一朗太は普段は頼りないながらも、妹への情に流されず、マントルには従えないとこれを拒絶。百合香も騒がずこれを受け入れるのですが――そこで錠之助が刃を一閃! 斬れども斬れず、血も出ないなどとうそぶいて彼女を磔柱から降ろして連れて行くのでした(それ、単に斬ってないだけでは――と思いきや、次の瞬間倒れる磔柱)
 仇討ちだとマントル一味に襲いかかる伊賀忍者。マントル側も、大凧に乗った地虫が空から攻撃をかけるなど、総攻撃であります。獅子丸も錠之助への怒りに燃えてロケット変身、そのまま大凧の地虫を空中で斬るなど奮戦しますが――そこにザソリのガトリング砲が狙いをつけます。

 危うしライオン丸、と思いきや、次の瞬間ガドリング砲が大爆発! もちろん、味方のふりをした錠之助の工作であります。そしてタイガージョーJrに変身した錠之助は、またもや一枚斬りでザソリの首を一閃! 駆け付けた獅子丸にもドヤ顔ですが――背を向けた後ろでザソリの首がもとに戻り、逆に一刀のもとに斬られる錠之助。仇討ちとばかりにザソリと対決した獅子丸はザソリを一蹴、ライオン風返しで爆破するのでした。

 そして深手を負いながらも立ち上がり、減らず口を叩きながら去っていく錠之助。その後から、やっぱり斬られていなかった百合香が現れます。秋の十字架は、彼女が旅の途中でとある刀鍛冶にお守りとして与えられ、そして京の教会のパードレに預けたと語る百合香。その彼女と、ようやく獅子丸がライオン丸と知った太郎左に見送られ、獅子丸たちは京を目指すのでした。

 重い話続きのところに、アクション多めの娯楽編の今回。比較的ゆるい雰囲気でホッとしますが、これは太郎左のすっとぼけたキャラによるところが大きいでしょう。大物なのか鈍いのかよくわからないのが愉快でした。
 それにしても久々に登場したと思ったら何を考えているのかいまいちわからず、最後は結構間の抜けた扱いだった錠之助。いや、この人の場合、わからないのは前からですが……


今回のマントル怪人
ザソリ

 秋の十字架を持つ伊賀忍者・太郎左一派を狙う怪人。人の胴体を両断するほどの二刀流を操る。タイガージョーJrに首を斬られても再生、返り討ちにしたが、ライオン丸には全く及ばなかった。サソリモチーフらしいがそれらしい能力はなく、造形もらしくない。


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2017.08.12

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 8月早々台風が来て猛烈に暑くなって――と夏真っ盛り。新刊の方も8月は大変なラインナップでしたが、もう8月の時点でこんなに熱くなったら、9月はそこまでではないのでは、とも思ったらさにあらず。9月も熱い新刊が並ぶ、9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 8月は漫画の新刊が大変な内容でしたが、9月は文庫小説の新刊がすごい。

 何よりも注目は、『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村凉也『鬼変 討魔戦記』。現時点で内容は一切不明ですが、この作者でこのタイトルであれば、期待しない方が無理というものです。

 また、先日『縁見屋の娘』が話題となったばかりの三好昌子も、時代ミステリ『京の絵草紙屋満天堂 空??の夢』で再登場。
 上田秀人の新シリーズ『奏者番陰記録 遠謀』も気になります。

 そしてシリーズものの方では、何と言っても武内涼『妖草師 無間如来』! 「この時代小説がすごい!」で第1位を獲得したシリーズが復活であります。
 その他、霜島けい『お父っつぁんの泪 九十九字ふしぎ屋商い中』、さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』第2巻と、楽しみな続巻が登場です。

 また、復刊・文庫化の方では、シリーズ完結編となる大塚英志『木島日記 もどき開口』(こちらは単行本)刊行を控えて、既刊の『木島日記』『木島日記 乞丐相』が復刊。
 その他、輪渡颯介『ばけたま長屋』、後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』にも期待です(特に後者の文庫化には吃驚)。

 そしてまた、水滸伝ファンには絶対見逃せない、井波律子訳『水滸伝』第1巻が登場いたします。


 一方、漫画の方は少々寂しい状況。新登場は、二ヶ月連続刊行の山口譲司&山田風太郎『エイトドッグス 忍法八犬伝』第1巻が要チェック。

 一方、シリーズの続巻では、吉川景都『鬼を飼う』第3巻、伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第2巻、北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻と並びます。
 なお、『ますらお 秘本義経記』は、新装版が全3巻で登場。未読の方はぜひ。



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