「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

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2012.01.29

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 先日新年を迎えたと思えば、もう2月は目の前に。2月は日にちが少ないので発売点数も少ない…ということはなく、それなりに充実していてホッとした2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 文庫時代小説については、今年も活躍間違いなしの上田秀人の「闕所物奉行 裏帳合」シリーズ第6弾「奉行始末」が、何となくラストっぽい雰囲気のタイトルでやはり気になるところ。
 また、これまで捕物帳メインのイメージがあった千野隆司がバリバリの時代伝奇を書いた「戸隠秘宝の砦」も楽しみです。

 そして何よりも、左近殿の活躍再び! ということで築山桂の「左近 浪華の事件帳」シリーズ第2弾「闇の射手(仮)」は、何を置いてもチェックしたいところです。

 その他、おかしな妖怪退治のエキスパートが活躍する佐々木裕一「もののけ侍伝々」の第2弾「蜘蛛女」や、早くも第3巻登場の浅生楽「桃の侍、金剛のパトリオット」も注目。
 また、解説本としては多田克己の妖怪概説本「幻想世界の住人たち 日本編」の文庫化も気になります。初版が1990年というのはいささかショックですが…

 また、文庫以外では、なんと言っても仁木英之の「くるすの残光」の続編「月の聖槍」がやはり一押し。よかった、続きが読めて…


 漫画の方では、(昨年末にこのブログでも原作を紹介しました)宮部みゆきの「あやし」を皇なつきが漫画化した「あやし お江戸ふしぎ噺」に注目。収録作品は「梅の雨降る」「女の首」「時雨鬼」「灰神楽」「蜆塚」とのことですが、皇なつきの美麗な絵があの世界をどのように描き出すのか――気になるところです。(「影牢」がなくてちょっと安心…)

 また、シリーズものの最新刊としては、碧也ぴんく「天下一!!」第4巻、梶川卓郎&西村ミツルの「信長のシェフ」第3巻、河合孝典の「石影妖漫画譚」第6巻が要チェック。
 文庫化の方では、「るろうに剣心」第3,4巻、「あずみ」第3,4巻、「殷周伝説」第3巻と、快調に巻が重ねられる模様です。
(にしても、るろ剣の新作――というより「エンバーミング」がどうなるのか、大いに気になるところですね)


 DVDの方で気になるのは「赤胴鈴之助」のDVD-BOXですが…あと、個人的に苦い記憶のある中央電視台の「水滸伝」のDVD-BOXの廉価版が二種類同時に出るのがちょっと複雑な気分ではあります(ダイジェスト版を今から見る人いるのかなあ…)



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2012.01.28

「楊令伝 七 驍騰の章」 生を全うすることの意味

 文庫版「楊令伝」も、気がつけば早いものでもう折り返し地点。この第7巻では、ついに梁山泊と宋国軍――童貫との最終決戦が開始されることとなります。

 北での遼国との戦い、南での方臘との戦い――いずれも、梁山泊と浅からぬ縁を持っていた二つの勢力の戦いに辛うじて勝利したものの、ほぼ限界にまで追いつめられた宋という国家。
 その軍をほとんど一人で背負う童貫は、己の生涯最後の戦いの相手と思い定めた梁山泊、そして楊令を倒すため――

 梁山泊、そして楊令は、長かった雌伏の時から立ち上がり、悲願である宋国打倒の最後の障害、そして何よりも、かつて一度は梁山泊を滅ぼした怨敵である童貫ただ一人を倒すため、決戦に挑むこととなります。

 しかし、梁山泊と宋国軍、楊令と童貫は、これまで幾度となく干戈を交え、お互いの手の内を良く知った相手同士。戦力を見ても、量の面では宋側が遙かに上回るものの、質の面では新たな力を迎えた梁山泊は、勝るとも劣らない状況にあります。

 そんな状況下で展開されるのは、作中でもしばしば言及される通り、相手の出方の読み合いとなります。

 己の所在を伏せて岳飛の軍に加わり、最前線に出て梁山泊の力を確かめる童貫。
 自ら寡勢を率いて宋国の大軍の中に突入し、これを抜いてみせた楊令。
 戦いの常識から考えれば無謀とも無茶とも言える二人ですが、戦いの状況は、そんな意表を突いた行動も必要とするものとなっているのであります。


 さて、ここでいわゆる「無双」をしてみせた楊令ですが、実は本書においてはもう一度、彼が似たような行動を取る場面があります。
 しかし、形としては似たように見えても、その意味合いはそれぞれ全く異なっています。

 最初のそれが梁山泊の頭領としての楊令が行ったものとすれば、二度目のそれは、個人としての楊令が行ったもの――楊令という人間の二つの側面が、その中に表れているのであります。


 前の巻の感想でも触れたかと思いますが、楊令は、前の巻辺りからようやく人間味…というよりむしろ心の内を見せ始めました。

「水滸伝」という長大な前作があるとはいえ、全体の三分の一までタイトルロールの内面が描かれてこなかったというのには、正直なところ不満と不安を感じていた面はあります
(そして恐らくその不満と不安は、作中で梁山泊の面々もまた、感じていたものなのでしょう)

 もちろんそれにはそれなりの理由があったわけですが、そこから解き放たれた楊令が、ようやく一個の人間としてその顔を見せてくれたことに、ホッとしたような、どこか寂しいような…そんな気もいたします。


 さて、この第7巻において、「楊令伝」に入ってから、梁山泊に初の犠牲者が出ます。

 冷静に読んでみれば、(下世話な言い方をすれば)死亡フラグは立ちまくっていたのですが、しかしそれをその時まで全く感じさせないのは――全ての登場人物に平等に死が訪れる作品であり、フラグなど関係ないとはいえ――作者の筆の力というものでしょう。

 これまで長きに渡ってきて梁山泊を支えてきた彼の最期には、読者としても、ある種の悲しみを感じます。
 しかしそれ以上に、最後の最後まで己の為すべきことを貫き、そして次の世代に繋いでみせたその姿に、憧れに似た想いを抱いた――というのは、これは私が老けただけなのかもしれませんが、しかし、それも正直な感想であります。

 この巻において語られる「志」というものの在り方を思えば、彼もまた、その志を貫いてみせた――すなわち、己の生を全うしたのでしょう。

 もちろん、生を全うする、そのやり方は様々であり、その多様性は、これまでも北方水滸伝の魅力の一つであるように感じます。
 しかし、明確に次の世代が登場し、活躍を始めた本作において、生を全うするということに、また別の意味が加わった、というよりよりはっきりと感じられるようになった印象があります。

 その姿を見届けるのが恐ろしいような――そして申し訳ないことですが――楽しみなような、そんな想いが、こちらにはあるのです。

「楊令伝 七 驍騰の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 7 驍騰の章 (集英社文庫)


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2012.01.27

「逃亡者おりん2」第02話 母のない子と子のないおりんと

 美濃に向けて中山道を行くおりんは、自分を付けてくる若侍・望月誠之助の存在を知る。一度は追い払うおりんだが、誠之助が捨て子の赤ん坊を拾ったことで、ともにもらい乳のために村を訪ねる。が、そこに剣草の刺客・石榴が出現。実は赤ん坊の両親は、剣草を抜けようとして石榴に殺されていたのだ。そうとは知らぬおりんは、誠之助が気絶した間に石榴と激闘を繰り広げ、これを倒した。赤子を山寺に託し、おりんは旅を続ける。

冒頭いきなり登場するのは、剣草を抜けようとする榎と椿のカップル(服装は普通)。赤ん坊が生まれたことで人としての情が生まれた二人ですが、その前に立ち塞がるのは剣草の刺客・石榴。
 その鎖鎌術のデモンストレーション的に榎は殺され、それを知った椿も自ら命を絶ちます。密かに赤ん坊を隠して…

 さて、旅を続けてこの地・板橋近くまで来たおりんさんが川で体を拭いている(今回のプチお色気シーン)うちに、その荷物を漁ろうとした誠之助。
 しかし速攻でばれた上におりんに竜胆(短刀)を突きつけられ、びびりまくって逃げていってしまうのでした。

 旅を続けるおりんは、あの赤ん坊の泣き声を聞き、後ろ髪を引かれる思いになりながらもやむなくこれをスルー。しかし、その後を追ってきた誠之助が、見捨てることもできず赤ん坊を拾うことになります。
 一旦は通り過ぎたものの、やはり戻ってきたおりんの前に現れたのは石榴。念書を渡せと迫る石榴の鎖分銅を食らって崖から落ちた彼女に対し、石榴はさらにクナイの雨を降らせますが、おりんは辛うじて逃げ延びるのでした。

 一方、もらい乳をしようと奔走するも全く相手にされず途方に暮れていた誠之助。追いついたおりんは、おむつを干していた家に行くよう促します。
 そこで美濃八幡藩士という自分の身分を明かし、茂吉のことを問い詰める誠之助ですがおりんはこれをスルー。ただ、赤ん坊の姿にかつて引き離された自分の子供のことを思い出すのでした。

 …と、ここでおりんさんが死神っぷりを発揮。もらい乳した家のおばさんが石榴に殺され、赤ん坊は人質に。おりんと誠之助によって辛うじて赤ん坊は助けられたものの、誠之助は頭を打って気絶してしまいます。

 彼を無視して、おりんから念書を奪おうとする石榴。おりんは物干し竿に鎖分銅を絡めさせて応戦します。
 今度は鎌を投げつけてきたのをかわし、逆に鎖鎌を投げつけるおりん。石榴がそれをはじき返し、地に刺さった鎖鎌に落ちる影の姿は――レオタード姿のおりん!

 前回のように豪快な変身ではありませんが、文字通り影のある今回の登場シーンも、実におりんさんらしくてよろしい。決め台詞その1「竜胆が、泣いている…」とともに戦闘開始です。
 …が、真っ向からの勝負ではやはり不利。宙を飛んだところに鎖分銅を足に絡められ、おりんは地面に引きずり倒されてしまいます。しかしむしろこの体制はチャンス! 決め台詞その2「手鎖、御免!」で武器を持った石榴の手を刺しておいて、竜胆の一突きで石榴を倒すのでした。
 そして決め台詞その3「剣草また一輪…散らしました」――

 気絶した誠之助から赤ん坊を抱き取り、山寺に預けて、再び一人旅路を行くおりん。そして誠之助もまた、彼女を追って…次の新月まで、あと15日。


 というわけで、第1話ほどのテンションではさすがにないものの、様々な要素を手際よく盛り込んだ印象の今回。からもの凄いテンションで始まった「逃亡者おりん2」ですが、第2話もなかなか快調。
 両親を失った赤ん坊を軸に、おりんの過去と、非常に人の良い誠之助のキャラクター紹介を絡めたストーリーはなかなかうまくまとまっていたと思います(結局、おりんは赤ん坊の素性を知らないまま、というのが良いのです)。

 そしてラストには、参ノ刺客・蘇芳が登場。EDに合わせて流れる大衆演劇調PV(?)で、次回への期待も高まります。


今回の剣草
石榴

 剣草弐ノ刺客で力自慢の巨漢。鎖鎌を自在に操り、またクナイを雨のように投げつける技を得意とする。
 剣草を抜けようとした榎・椿を殺害、さらにやってきたおりんを待ち伏せるが、死闘の末に倒された。おりんの知らなかった念書のことをべらべら喋ってしまう辺り、頭は悪そうだ。


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2012.01.26

「大奥騒乱 伊賀者同心手控え」 伊賀者が見た権力の魔

 田沼意次追い落としのため、大奥の取り込みを狙う松平定信。御広敷伊賀者の御厨一兵は、定信と対立する大奥表使い・大島の命を受け、手足として働くことを余儀なくされる。そんな中、反田沼側の上臈の部屋子が家治の子を孕んだという情報が流れ、事態は一気に緊迫の度合いを増すことに…

 上田秀人が「問題小説」誌に連載していた大奥を舞台とした忍者ものであります。

 大奥といえば、言うまでもなく将軍の正室や側室、そして彼女たちに使える多くの女性が住まう女の城。
 そして彼女たちにとって、栄達の最たるものは、将軍の子を産むこと――と、将軍の血を巡る暗闘が繰り広げられることとなります。

 時は十代将軍家治の頃。田沼意次から疎まれ、白河藩へ養子に出された松平定信が、権力の中枢に返り咲くために大奥を手中に収めんとしたことが、そもそもの発端。
 居丈高に自らに与するよう迫る定信に対して、田沼派が大勢を占める大奥はこれを拒みますが、定信は配下の御庭番を使い、裏側から様々に揺さぶりをかけてきます。

 これに対し、大奥表使い(幕府との折衝を任務とする大奥の役職)の大島は、自分たちの手足となる存在を求めるのですが…運悪く、目をつけられてしまったのが、大奥を守る御広敷伊賀者の御厨一兵。
 成功すれば旗本になれるという条件で、毎日手当もつくとはいえ、任務は命懸けの上、大島からの命令は理不尽なものばかり。しかしこれを拒めば、自分の家が危うい。

 徐々にのっぴきならない状況に追い込まれつつも、必死に任務をこなす一兵ですが、反田沼派の上臈・滝川の部屋子・すわが、家治の子を孕んだことから、周囲の状況はさらに混沌としたものとなっていきます。
 次の将軍位を、幕府の、そして大奥の権力の座を巡り、二転三転する状況の中で苦闘する一兵の選択は…


 という本作の内容、すなわち、徳川幕府の権力の座――その頂点たる将軍位と、それを後ろ盾とする幕閣たちの暗闘は、ある意味上田作品の定番ではあります。(ちなみに、時代的には「奥右筆秘帳」シリーズの少し前にあたります)
 しかし、本作がユニークなのは、その暗闘を、一介の伊賀者の視点から描く点にあると言えるでしょう。

 作者のファンであればよくご存じかと思いますが、上田作品において、伊賀者は基本的に敵役…というよりも、むしろ使い捨ての戦闘員的扱いがほとんど。
 権力者の走狗として己の意志を持たず、あるいは自らの地位のためだけに戦う、厳しく言えば卑小な存在として描かれているのです。 本作における一兵と、その周囲の伊賀者たちも、基本的なスタンスはこれと変わるものではありません。

 …が、しかし走狗には走狗なりの悩みも望みもあります。いや、彼らは犬ではなく、人間なのです。
 それなのに、理不尽な命令でさんざんこき使われた挙げ句、犬どころか道具扱いで放り出されてはたまったものではありません。
 一兵は、そんな、何とも哀しくも切ない立場にいるのであり…そしてそれは、現代に生きる我々にとっても、全くの他人事というわけではない、とは今更言うまでもないでしょう。


 そして、人間として扱われぬのは、伊賀者たちだけではありません。

 本作の後半は、すわが孕んだ家治の子を中心に展開していきます。
 将軍家に仕える者にとっては、何よりも尊ぶべき将軍の子。しかし、権力欲に狂った者たちは、自らの権のために、生まれ出るまでのその命までも、道具として弄ばんとするのです。

 本作のクライマックスは、そんな思惑が様々に入り交じり、ある意味ひどく皮肉な、そしてあまりにおぞましい企てと繋がっていくのですが――
 そこに痛烈に描かれているのは、人間を人間として扱わぬ権力というもの恐ろしさであり、それこそが上田作品に通底する、権力の魔というものの正体なのでしょう。

 その姿を描くのに、そのある意味最大の被害者である伊賀者の一兵を以てするというのは、むしろ必然なのかもしれません。

 権力の魔に対したとき、人は如何に生きるべきか――上田作品を読んだ時に胸に残るこの想いが、これまで以上に痛烈に感じられた次第です。

「大奥騒乱 伊賀者同心手控え」(上田秀人 徳間書店) Amazon
大奥騒乱 伊賀者同心手控え

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2012.01.25

「妖術武芸帳」 第10話「怪異魔神呪」

 茶店で、酒代の代わりに襖絵を描く旅絵師と出会った覚禅。それは襖絵を使った幻術を操る白面道士だった。楓と二人、内膳の行列をつける誠之介は、現れた毘沙道人を追うが、その前に道士が立ちふさがる。道士の分形の法を楓の協力で破った誠之介だが、楓が傷を負い、破れ寺に逃れる。合流した覚禅に楓を任せ、道士を迎え撃った誠之介は、苦戦しながらも道士の術を見破り、斬るのだった。

 気がつけば残すところ四話ですが、今回はかなりシンプルな攻防戦がメインのお話。
 四賢八僧随一の腕を誇る(と自称する)白面道士と誠之介の対決であります。

 冒頭、山上で座禅を組む毘沙道人を包む怪しの霧。その中から襲い来る中国風の武人たち――と、それは道士の仕業。不敵にも師たる道人に腕試しを仕掛けた道士は、わずかニヶ月の間に九人の同志が一介の兵法者に倒されたことを憤っていたのでした。

 さて、誠之介と楓に置いていかれた覚禅は、茶店で一休みしようとしますが、そこにいたのは、金を使い果たしてしまったという旅絵師。酒代代わりに、襖絵を描く絵師を面白がって、覚禅は判定役を買って出ます。
 と、巧みに川の絵を描いた絵師が絵に霧を吹きかけると、川は現実のものに! ようやく相手が妖術師ということに気づいた覚禅は、絵に逃げ込んだ絵師を追いかけますが、気がつけば、襖絵もろとも二人は消え、覚禅は川に転落していたのでした。
 この絵師こそが白面道士…道士は覚禅に配下をけしかけて、自分は姿を消します。

 一方、楓とともに大住内膳の行列をつける誠之介を襲う道人配下。これを蹴散らした誠之介は、山中に逃げていく道人を追いますが、その前に現れたのは道士。

 道士は二人、四人とどんどん自分の数を増やす分形の法で二人を押し包み、大いに苦しめます。
 ここで地面に落ちる影に気づいた誠之介、火のついた棒手裏剣を樹に次々と打ち付ける楓のフォローを得て本体を見破ります(この破り方は定番ですが、舞台は真昼間だったのでちょっと引っかかるものが…)。
 道士を撃退したものの、楓は傷を追い、誠之介は破れ寺に逃れることとなります。

 一方、配下を一人残して片付けた覚禅は、あえて逃した配下をつけて行った先で、道士が寺を襲撃することを知ります。
 床下から寺に入り込んだ覚禅ですが、誠之介は、自分が残るので、楓を連れて逃げろと告げます。
 ここで、滅多なことでくたばる男ではない、とその言葉の通りにさっさと退散する覚禅(と楓)は、いかにも忍びらしいドライさとも見えますが、ここはむしろ、誠之介を信じる心の表れと取るべきでしょうか。

 さて、襲ってきた配下を片付けた誠之介の前に現れたのは、道士の描いた襖絵。斬るたびに襖絵は増え、さらに怪しい霧に取り巻かれた誠之介に、あの中国風の武人たちが襲いかかります。

 と、ここで冷静さを取り戻した誠之介は、パッと天井に飛び上がり、眼下の状況を一望します。
 その彼の目に映ったのは、自分を取り囲んでいた、四方に立てられた襖と、その脇でせっせと襖絵を描く道士(この道士の姿がちょっと可笑しい)。
 術破れたと見て逃げ出そうとする道士ですが、身を隠した襖もろとも、誠之介に斬られるのでした。

 ラスト、ようやくうるさい連中から逃れたかと安心している内膳の前に、嫌がらせチックに現れてニヤリと笑を見せる誠之介と覚禅の姿がなかなか愉快なのでした。

 冒頭に述べたとおり、シンプルな妖術師との対決といった回ですが、強敵との対決は、無条件に盛り上がるものがあったかと思います。


今回の妖術師
白面道士

 その名の通り、半面を白く塗った不敵な男。襖絵に書いた景色を現実のものに変えたり、霧の中から中国風の武人の幻影を見せる。さらにどんどん分身していく分形の法や空中浮遊など、様々な術を操る。
 多くの仲間を倒した誠之介を倒すため、次々と攻撃を仕掛けるが、襖絵の妖術を見破られ、一刀の下に倒された。


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2012.01.24

「平清盛 運命の武士王」 清盛にとっての異界

 昨日述べたように、大河ドラマの波及効果で、児童文学の分野でもちょっとしたブームとなっている「平清盛」「平家物語」もの。
 本作「平清盛 運命の武士王」もその一つですが、しかし個人的には気になる作品なのです。

 その理由は、作者が小沢章友である点であります。
 最近は児童文学での活動が目立つ作者ですが、その作品の中で大きなウェイトを占めるのは平安もの。それを考えれば、作者が清盛ものを書かないわけがないと思っておりました。

 さて、本書はその作者が、清盛の一生を描いた人物伝。
 その誕生から死までを、清盛自身に密接に関わる出来事は当然のこと、鳥羽僧正や藤原成通等、同時代の人物や事件を含めて手際よく配置し、整然とまとめた作品であります。
 本作の副題となっている「武士王」とは、白河院の子として王族の血を引き、平忠盛の子として平家の頭領となった、清盛の特異な立ち位置を説明したワード。
 本作の清盛は、その武士王として、麒麟が白い雲の上に現れるような理想の政を目指し、その手段として、海に開かれた貿易立国を求めた人物として描かれます。

 もちろん、この種の人物伝の特徴として、主人公のポジティブな面が強調されがちな内容ではありますが、その清盛の一種の理想家としての側面(リアリストとしての側面も同時にきちんと描かれるのですが)が、周囲との軋轢を生み、彼の夢が破綻していく様もきちんと描かれています。

 個人的には、本作の対象年齢である小学生の時分には、この辺りの歴史は色々と入り組んでいて苦手だったのですが、本作はその辺りも極めてわかりやすく整理しているのは好印象。
 清盛の出生にも繋がる忠盛灯籠(白河院に、雨の夜に現れた怪人を討つよう命じられた忠盛がこれを取り押さえてみれば、灯籠に火を入れようとした老人だった)や、源三位頼政の鵺退治など、子供の興味を引きそうなエピソードを巧みに盛り込んでいるのも楽しいところです。


 と、それだけであれば、如何にこの作者の作品とはいえ、私が本作をこのブログで取り上げることはありません。それでも取り上げたのは、本作の一種の狂言回しとして、土御門家の陰陽師が登場するためであります。

 土御門家で陰陽師といえば、安倍晴明の子孫が戦国時代に名乗った土御門家を当然連想しますが、小沢作品における土御門家は、都の丑寅の方角の深い深い森に住まう陰陽・天文博士の家柄。
 作者の平安ものの代表作「夢魔の森」をはじめとして、「闇の大納言」「曼陀羅華」といった平安幻想もので活躍する陰陽師たちを生み出した一門であります。

 本作に登場するのは、その子孫・土御門竜明。清盛がまだ少年の頃、広沢の池で共に足のある白い蛇を見て以来、数は多くないものの、彼の人生に幾度か顔を見せ、彼に強い印象を与える人物として描かれるのです。

 当然ながら、これは一種のファンサービスとしての側面があるのでしょう。
 しかし強く印象に残るのは、竜明が清盛に対して、藤原成通の蹴鞠を通じて、名人の境地というものを語る場面であります。
 あたかも己と鞠が一体となったように、鞠を蹴るともなく蹴る成通の境地。それは、物事への執着を超え、自らが求めたものを、その極みにおいて自ら手放すことを可能とするものであったのですが――

 竜明が清盛に求めたその境地に、ついに清盛は達することができなかったことは、歴史が証明するとおりです。
 だとすれば、あるいは、半ば異界に住まう土御門の陰陽師は、清盛にとっての異界――彼が歩めたかもしれない道、また別の人生の可能性を象徴する存在だったのかもしれません。


 これはもちろん、ファン(それもタチが悪い)の勝手な深読みに過ぎません。
 それでもなお、このような読みを可能としてくれるだけのものを、本作は持っているのです。

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平清盛 ―運命の武士王― 歴史英雄伝 (講談社青い鳥文庫)

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