「入門者向け時代伝奇小説五十選」公開中

 特別企画として「入門者向け時代伝奇小説五十選」(第一期)を掲載しています。
 入門者にとって、間口が広いようで狭いのが時代伝奇小説。何となく興味はあるのだけれど何を読んだらよいかわからない、あるいは、この作品は読んでみて面白かったけれど次は何を読んだらよいものか、と思っている方は結構な数いらっしゃるのではないかと思います。
 そこで今回、これから時代伝奇小説に触れるという方から、ある程度は作品に触れたことのある方あたりまでを対象として、五十作品(冊)を紹介したいと考えた次第です。

 さて、第一期五十選については、膨大な作品の中から以下のような条件で選定しています。
(1) 広義の時代伝奇小説に当てはまるもの
(2) 予備知識等がない方が読んでも楽しめる作品であること
(3) 現在入手が(比較的)容易であること
(4) 原則として分量(巻数)が多すぎないこと
(5) 一人の作者は最大二作品まで
(6) 私自身が面白いと思った作品であること

 そして、その五十作品を、それぞれ五点ずつ以下の十のジャンル・区分で分けています。
1.定番もの
2.剣豪もの
3.忍者もの
4.SF・ホラー
5.平安もの
6.室町もの
7.戦国もの
8.江戸もの
9.幕末・明治もの
10.期待の新鋭

 上記はあくまでも便宜上の区分であり、必ずしも厳密に該当するわけではない(あるいは複数に該当するものも多い)のですが、ご覧になる方に一種の目安としていただくためのものとしてご了解ください。

 この五十選が、楽しい読書の一助となればこれに勝る喜びはありません。

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2016.10.01

『仮面の忍者赤影』 第41話「鎧怪獣グロン」

 あらゆる攻撃が効かないグロンからひとまず脱出する赤影たち。一方、烈風斎と影一族は魔風忍群の総攻撃を館で迎え撃つ。しかし烈風斎は強大な忍法で魔風雷丸を追い詰めるが、卑劣な手段で雷丸に討たれてしまう。全てが終わった後に駆けつけ、悲しみに暮れる赤影たちに再びグロンが襲いかかる……

 魔風忍群に包囲された影部落への帰路を急ぐ赤影たちの前にグロンが現れ……という前回のヒキですが、グロンは思いの外強敵。射撃や爆弾、赤影の忍法流れ星も効かぬ相手に、赤影たちは(操る夜目蟲斎が抜けていたこともあり)ひとまずその場を脱出します。
 その連絡を蟲斎の貝殻電話で受ける雷丸のアホ面たるや……というのはさておき、引き続く魔風忍群の攻撃を毒ガス攻撃などで防いでいたものの、ついに破壊された烈風斎の館の門。そして雷丸を筆頭に館に雪崩れ込む魔風忍群ですが、これは烈風斎の策であります。地下迷宮のような内部では、落石、火炎、鉄砲水と様々な罠が待ち受け、次々と敵の数を減らしていきます。這々の体で烈風斎の間に辿り着いた雷丸ですが、待ち受ける烈風斎はさすがに赤影の父、非常に強い!

 念を凝らすや天地がグルグルと回り、翻弄された末に烈風斎に取り押さえられる雷丸。しかし退散すれば命までは取らないという烈風斎の甘さにつけ込み、既に赤影がグロンに殺されたと虚言を弄する雷丸の短刀が烈風斎に突き刺さります。最後の力を振り絞り、館をもの凄い勢いで爆破する烈風斎ですが――
 その爆発を背に、涙を堪えて先を急ぐ陽炎、紅影、黒影。彼女たちと入れ違うように影部落に到着する赤影たちですが、そこに残るのは焼け野原と死体のみ……これまでどんな窮地にあっても、どんな強敵を前にしても冷静沈着に切り抜けてきた赤影ですが、故郷の崩壊と肉親の死には堪えられず、「父上ーっ!」とその場に泣き崩れるのでした。

 そこに白影たちが戻ってきて、黒影と紅影の死体がないと告げるのですが……三人の前に現れたのは、烈風斎の近くに控えていた禿頭の忍者・山八。前回、陽炎が黄金の仮面を懐に隠すのを助けた山八ですが、しかし彼は、黒影と紅影が一族を裏切り、魔風忍群を引き入れたと告げるではありませんか。
 その言葉を信じ、怒りに震えてその場を去る赤影たち。それを見送る山八は、奸悪そのものの表情を浮かべると、雷丸の正体を現します。ああ、さしもの赤影も冷静さを欠いた状態では敵の奸計に落ち、数少ない生き残り同士で殺し合ってしまうのか!? ……と思いきや、そこで高らかに赤影参上!

 影一族には仲間を裏切る者などいない、という極めてシンプルかつ力強い理由で、赤影たちは雷丸の嘘を見抜いていたのであります。そして赤影たちの怒りの手投げ弾攻撃に慌てる雷丸ですが、そこにグロンが出現。やはりその無敵の表皮の前には全く赤影たちの攻撃は通用しません。
 と、グロンに捕まってしまい、放り投げられてしまった青影。しっかりと着地は決めたものの、遠くに飛ばされてしまった彼が見たのは、奇声を上げながらグロンを操る蟲斎でしたが……驚く蟲斎の喉元を、青影は一撃で切り裂いて倒すのでした(子供でもやっぱり忍者、全く容赦も躊躇もなし……)。

 これにヒントを得た青影は、赤影たちのもとに戻り、グロンも喉元が弱点ではないかと話します。しかしグロンが下を向いている限り喉元は見えない、そこで赤影は影一文字で大ジャンプ、そのままグロンの頭上を飛び回ります。そしてグロンが上を向いた瞬間――白影の射撃がその喉元を射抜いた! その間わずか十秒(青影が測定)、世界新記録と笑顔を見せる白影と青影を軽くいなし、赤影たちは陽炎を追って旅立ちます。

 しかしその背後には、陽炎が黄金の仮面の在処を知ると知ってしまった雷丸の姿が……


 上でも述べましたが、本当に珍しく赤影が自分の感情を露わにした今回。完璧なヒーローだった赤影が見せた人間味が印象に残ります。
 一方の雷丸と蟲斎は、それとは対照的な悪ふざけ的ハイテンションで正直鼻白むのですが、本当にどうしようもなかった蟲斎はともかく、雷丸は見かけと違い(?)、これまでの敵とは異なるクレバーな部分を持つのが面白いところでしょう。


今回の怪忍者
夜目蟲斎

 雷丸とともに影部落を襲撃した怪忍者。奇声を上げ、大げさな手先の動きでグロンを操る。スケイルメイル状の鎧をまとうが、がら空きの喉元を青影に斬られて死んだ。

今回の怪忍獣
グロン

 蟲斎が操る、非常に硬い表皮を持つ鎧虫の怪獣。球状に体を丸めて空を飛び、またその状態で小さくなって蟲斎の腹の中に収納される。喉元が弱点であると看破され、白影の狙撃により一瞬で沈黙した。


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2016.09.30

霜島けい『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』 おかしな父娘の心の絆

 のっぺらぼうが江戸の町方同心を務めるという『のっぺら』でこちらの度肝を抜き、かつ大いに楽しませてくれた霜島ケイ(本作では「霜島けい」名義)、久々の新作であります。もちろんこちらもとんでもないアイディアの作品、なにしろタイトルの通り……

 早くに母を亡くし、左官の父と二人で暮らしてきたものの、ある日ぽっくりと父が亡くなってしまい、天涯孤独となってしまった少女・るい。
 真っ直ぐで明るい気性を持ちながらも、生まれつきこの世ならざるものを視る力を持つ彼女は、それがもとで(そしてもう一つ、より大きな理由から)奉公先をしくじり続け、途方に暮れる日々を送っておりました。

 そんなある日、何の気なしに入り込んだ路地で彼女が見つけたのは、「働き手求む」の貼り紙。それは、この世のものならざる曰く付きの品と出来事を扱っているという九十九字屋のものでした。
 背に腹は代えられないと店を訪れた彼女を待っていたのは、イケメンだけれども偏屈で態度の大きな主・冬吾。彼は、るいを雇うのにある条件を付けるのですが、それは……


 というあらすじを見ると、もしかすると何やら既視感があるかもしれません。真っ直ぐで明るいヒロイン、イケメンだけど奇人の店主、ちょっと変わった店に持ち込まれる事件――そう、近頃ライト文芸レーベルで大部分を占めている、あのパターンであります。

 しかし本作がそれらの作品と決定的に異なるのは、舞台を時代ものに移し替えた点だけではありません。一言で言えば、るいの場合「パパがぬり壁になっちゃった」のです!

 ……あ、わからないですね。実はるいの父親はぬりかべ――ゲゲゲの鬼太郎に出てくるあの壁の妖怪とは少々スタイルは違いますが、土壁の中に自在に出入りできる妖怪なのであります。
 もっとも、るいは妖怪と人間の間に生まれたというわけではありません。るいの父も生前は人間だったのですが、亡くなったと思ったら、生前の仕事が左官だった故か(?)ぬりかべになってしまっていたのです……いや、なってしまったのだから仕方ありません。

 かくてぬりかべになった父は、るいについて回っては面倒事を起こし、彼女が奉公先を追われる理由を作っていたのであります。
 そんな父を抱えたるいにとって、ある意味お仲間ともいえる(?)九十九字屋への奉公は渡りに船で――


 というわけで、妖怪時代小説数ある中でも屈指の個性的な設定を持つ本作は、全2話で構成されております。

 九十九字屋に雇われる条件として、自分に着いてきてしまった土左衛門を成仏させるべくるいが奔走する第1話。
 晴れて九十九字屋に奉公することとなったるいが、「その音がすると店に凶事が起こる」という鷽笛に秘められた謎を冬吾とともに追う第2話――どちらも人情怪異譚とも言うべき内容となっています。

 正直なところ、描かれる事件自体は比較的シンプルなのですが(特に第2話は、怪異の真相自体は予想がつきやすい)、本作は、ベテランらしい緩急付けた文章・構成と、何よりも九十九字屋の三人のやり取りが抜群に楽しい。
 やや直情径行だけれども心優しいるい、嫌味で自己中に見えるけれども実はツンデレ気質の冬吾、そして妖怪になってもバリバリの江戸っ子な親父と……そんな誰と誰が絡んでも楽しいトリオ(特に冬吾と親父の異次元っぷりがいい)のやりとりを見るだけでも、本作を読む価値はあるといえます。

 もっとも、本作で描かれるのは、楽しいことばかりではありません。
 本作の2つの事件の背後にあるのは、いずれも人の心の薄暗い部分――真っ黒ではないにせよ、時に人を傷つけ、害する負の部分であり、それが引き起こした事件は、真相が明かされてもなお、哀しくやるせないものを残すのですから。

 しかしそれでも、それだけではない、と思わせてくれるのは、たとえ始終口喧嘩していても、いや幽明界を異にするどころか、種族(?)まで異にしてしまっても、強い心の絆に結ばれたるいと親父の存在があるからにほかなりません。

 人間は天使ではないかもしれない。しかし悪魔でもない――いや、妖怪になっちゃうかもしれませんが、とにかく、この世も哀しいこと、悪いことばかりじゃないということを教えてくれる本作は、どこまでも暖かく魅力的です。
 そしてもちろん、そんな物語の続きにも期待している次第です。


『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
ぬり壁のむすめ: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2016.09.29

『コミック乱ツインズ』2016年10月号 新連載&移籍ラッシュで充実の誌面

 発売から半月が経った今頃で恐縮ですが、今回は「コミック乱ツインズ」誌最新号の紹介をしたいと思います。この数ヶ月同誌では新連載ラッシュ、特に今月からは休刊となった「戦国武将列伝」誌移籍組も加わり、相当の充実した内容となっていますが、その中から特に気になる作品を取りあげます。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 先月から連載スタートとなった本作、タイトルでおわかりの方も多いと思いますが、上田秀人の文庫書き下ろし時代劇シリーズの漫画化であります。

 時は六代将軍家宣のいわゆる正徳の治の頃、新井白石により勘定吟味役に抜擢された青年・水城聡四郎が、幕府の財政の闇に挑む……という内容は原作に忠実ですが、ビジュアルの方もこちらのイメージどおり。
 初々しい聡四郎に紅のツンデレぶり、白石や荻原重秀の陰険さ、紀伊国屋文左衛門の得体の知れなさ等々、実によい感じです。

 かどたひろしと言えば、同誌の『そば屋幻庵』の――すなわち人情ものの印象がどうしても強かったのですが、剣戟シーンの切れもなかなかで、この先も期待できそうな漫画化であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 冒頭で触れた「戦国武将列伝」移籍組第一号が本作。悠久の時の中で、唯一鬼を倒せる「鬼切丸」を振るう少年の物語です。

 これまでも平安時代から戦国時代・江戸時代まで、様々な歴史的事件や伝説を題材としてきた本作ですが、再開第一回の今回描かれるのは黒塚――すなわち、安達ヶ原の鬼婆であります。奥州安達ヶ原で旅人を襲っては喰らっていたという鬼婆。しかしその鬼婆も二百年前に高僧の導きで成仏し、今は既に人を喰らう鬼はいなくなったはずなのですが、少年の前に現れたのは……

 不幸な巡り合わせから自らの娘を殺し、赤子の生き肝を奪った後に真実を知り、絶望のあまりに人外の者と化したという鬼婆。その異形の母子像は、酒呑童子に食われた尼僧の胎内から生まれた鬼切丸の少年と、ある意味対照的なものがあります。
 その意味では再開第一話にこのエピソードを配置するのにも納得なのですが、それだけでなく、さらに重く切ないひねりが加わっているのが本作らしいところでしょう。

 ただ、今回の作中年代は927年(「奥州安達ヶ原黒塚縁起」の726年の二百年後)に対し、鬼切丸の少年が誕生したのは995年なので、矛盾が生じているのは残念ですが……


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 こちらも原作もの、それも山田風太郎のあの『忍法八犬伝』の漫画化であります。しかも、作画を担当するのがエロティックな作品を得意とする(そして時代ものも少なくない)山口譲司というのは、これはコロンブスの卵な組み合わせでしょう。

 連載第三回の今回は、里見家お取り潰しの陰謀により奪われた八玉奪還のため、一人奔走する犬村角太郎が犬田小文吾のもとを訪れるも彼は乞食稼業が板についていて……というくだりですが、そこに現れるのが、本作では(確か)初登場の村雨姫。
 八玉を奪った八人のくノ一が、いずれも作画者らしい妖艶な美貌なのに対し、村雨姫はあどけなさも残る清楚な姿で、この辺りはさすが、と納得させられます。また、ストーリーをかなり整理して展開をスピーディーにしているのも好印象です。

 時折絵的に粗い部分もあるような気もしますが、いよいよ次回から忍法合戦本格スタートということで期待したいと思います。


 以上、個人的に印象に残った三作品を取り上げましたが、その他の作品でも、武村勇治を作画に迎えた『仕掛人藤枝梅安』や、『ケダマメ』の玉井雪雄の『怨ノ介 Fの佩刀人』が気になるところです。

 前者は長きに渡りさいとう・たかをが漫画化してきた池波正太郎の名作ですが、作画者のバイオレンスフルな画風と、温厚な梅安のキャラクターのギャップが、彼の表裏を象徴しているようで面白い。
 また後者は、自分を陥れた相手を求めて刀剣男子ならぬ刀剣女子を伴に旅する男の復讐行ですが、今回は本作ならではの「刀を振るうこと」「人を斬ること」の意味を、丹念なビジュアルで描き出しているのが強く印象に残ります。

 次号からはやはり「戦国武将列伝」移籍組の重野なおき『政宗さまと景綱くん』がスタート。いよいよ充実する誌面に期待は高まります。


『コミック乱ツインズ』2016年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2016年10月号 [雑誌]

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2016.09.28

吉川うたた『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第6巻 そして旅は終わり、旅は続く

 この世ならざる者を見る目を持つ自由奔放な芭蕉と、そんな師匠に手を焼く堅物の曾良が珍道中を繰り広げてきた吉川うたた版「おくのほそ道」の旅もついにこの巻で完結。旅の終わりに、そしてその先に何が待つのか……堂々の大団円であります。

 みちのくへの歌枕を求める旅も折り返し地点を過ぎ、越後を過ぎた二人。この巻での旅は、金沢から始まります。

 そして金沢から福井、敦賀を経て大垣に向かう旅路となるのですが――途中の山中温泉で、なんと曾良が芭蕉とひとまずの別れを告げることとなります。
 「おくのほそ道」によれば、腹を病んでいたことが理由ですが、本作ではそこにアレンジを加え、これまでの物語で描かれてきたある要素を盛り込んでいるのがらしいところでしょうか。そして、彼の代わりとなる同行者への非常に細かい気遣いもまた……

 しかし、弟子というより無二の相棒とも言うべき曾良と別れても、芭蕉の旅が続くのは、これは史実どおりとはいえ少々、いえ実に寂しい。その事実自体が、二人の旅の終わりを象徴するようにも感じられるところであります。
 もちろん、これで芭蕉と曾良が永遠の別れとなったわけではありません。「おくのほそ道」の旅のゴールとなったのは大垣。そこで再び芭蕉の元に曾良は現れるのですが……


 さて、上でゴールと述べましたが、別に芭蕉が華々しくゴールテープを切ったわけでも、特別なイベントがあったわけでもありません。あくまでも一つの通過点として、すぐに芭蕉は伊勢神宮に向かい、その後も伊賀上野や京を訪れているのですから(曾良は再び離別)。

 その意味では、この旅の終わりを漫画化するのは相当に難しいものがあるのではないか……とも思っていたのですが、本作はその辺りを、その後の「おくのほそ道」成立に至るまでの道のりを含めて描くことで、巧みに物語として成立させていると感じます。

 「おくのほそ道」の旅自体は元禄2年(1689)の出来事ですが、芭蕉がその推敲を終えたのはその5年後の元禄7年。そしてそれは、芭蕉が没した年でもあります(さらに言えば、「おくのほそ道」が刊行されたのは実にそれから8年後の元禄15年)。
 曾良はその後、宝永7年(1710)まで生きたのですが、いずれにせよ、この巻で芭蕉が口にする「「おくのほそ道」を書き上げたら 北へ行こうな もっと北へ」という言葉は、生前果たされなかったことになります。

 そして主人公二人が去り、物語は終わった、かに見えたのですが――


 しかし、我々がこの物語を通じて目の当たりにしてきたことは、人の想いは、その想いを抱いた者の死によって消え去るわけではないということであります。

 本作においては、それを芭蕉が行く先々で死者のヴィジョンを見ることで、ある種象徴的に表現してきました。
 いや、超自然的なことではなくとも、その土地土地に残された旧跡に、そして本作的には、何よりもそこで詠まれた歌の中に、我々は往時を偲び、そこに生きた人々の姿を感じることができるのです。

 だとすれば、「おくのほそ道」を旅した芭蕉と曾良の姿も……

 「おくのほそ道」に魅力を感じ、本作がそうであるようにそれを語る人々がいる限り、芭蕉も曾良もそこにいる。どこかで旅を続けている――
 それは本作を詠んできた我々にとって、何よりも嬉しく、感動的な「事実」ではありませんか。


『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第6巻(吉川うたた 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
鳥啼き魚の目は泪~おくのほそみち秘録~ 6 (プリンセスコミックス)


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2016.09.27

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」

 玄鬼宗を撒いて丹翡・捲殘雲と合流した殤不患。あくまでも飄々とした態度の殤不患に苛立ち、「刃無峰」の二つ名をつける捲殘雲だが、その場に現れた玄鬼宗に対し、殤不患はその真の力を発揮する。一方、ついに天刑劍の柄と鍔を手に入れ、鍛劍祠で天刑劍の封印を解いた蔑天骸たちが見たものとは……

 いよいよ残すところあと2回。今回は主人公の一人である殤不患の真の力が明かされることとなります。

 前回あっさり正体を見破られて玄鬼宗に追われる羽目になった殤不患。ようやく玄鬼宗を撒いた彼は、刑亥と狩雲霄から逃れて傷の手当て中の丹翡と捲殘雲を見つけます。お互いの状況を確かめ合う三人ですが、凜雪鴉の策が破れてむしろイイ気分な殤不患に捲殘雲のイライラが爆発。窮地にあっても呑気に笑い、名誉も沽券も気に懸けないくせに厄介事には平気で首を突っ込む……そんな殤不患が気に入らないようです(しかし捲殘雲よ、それこそが「大侠」というものでは……)
 その挙げ句、殤不患に「刃無峰」――「切れない刃」という二つ名をつける捲殘雲ですが、むしろ殤不患はそれが気に入った様子であります。

 と、そこに現れたのは凋命率いる玄鬼宗の皆さん。凋命が殤不患に対して「大根役者」と呼びかけるのは、前回を思い出すと笑ってしまうのですが……それはさておき、武器を手にして戦うものの、やはり精彩を欠く丹翡と捲殘雲。捲殘雲を助けるため、自分の剣を投げつける殤不患ですが、それを手にした捲殘雲が見たものは――なまくらどころか、木の刀を銀色に塗っただけのいわば竹光。だとすれば、これまで玄鬼宗と渡り合い、岩石巨人を破壊した殤不患は……
 かつて殤不患の技を見て、気功は見るべきところがあるが、剣の切れ味は二流と判断した殺無生。しかしそれも道理、殤不患は初めから剣など持っていなかったのですから。全ては彼の気の力、その辺りの木の棒に気を込めるだけで、肉を切り裂き骨を断つどころか、岩をも砕く剛剣となるのであります!

 まさしく刃無峰の技で以て、玄鬼宗を一掃する殤不患。その彼を大根役者と嘲った凋命こそ哀れ、むしろ登場人物全てに真の力を隠してきた殤不患こそは千両役者! 凋命の命をかけた一撃をあっさりと打ち砕いた殤不患は、しかし相手の命を奪ったことには憂い顔を見せます。そう、彼が竹光を差すのは、いかに技を極めようと人を斬るのを当然とせず、己を縛める――のも面倒なので最初から武器を持たぬこととしてためなのですから。
 その辺りの殤不患の想いをどこまで理解したか、捲殘雲は新たな英雄の登場にワクワク顔……のように見えます。

 さて、そんな一幕の一方で、ついに天刑劍が封印されている鍛劍祠に現れた蔑天骸、そして狩雲霄と刑亥。ついに柄と鍔の両方を手にすると、あっさりと封印を解いて天刑劍をその手に収める蔑天骸ですが――その時、不気味な鳴動とともに天刑劍の台座が崩れます。台座の下の空間に潜んでいたのは、巨大な魔物。これこそは天刑劍に倒されたと伝承されていた魔神・妖荼黎――二百年前の戦いの後、唯一魔界に帰還していなかったという妖荼黎は、やはり倒されたのではなく、天刑劍に封印されていたのであります。

 それを知って慌てたのは狩雲霄、さすがに自分の生きる世界が魔神に破壊されては、と蔑天骸に矢を向けるのですが、彼ほどの達人が慌てていたのか、後ろから刑亥の鞭で首を絞められ、天井の梁にぶら下げられる始末。そのまま力を緩めぬ刑亥に抵抗の力も薄れ、偽者とはいえ一個の英雄だった狩雲霄も無惨に絶命することに……
 刑亥の真の目的こそはこの妖荼黎復活、邪魔するのであれば容赦はしないと鞭を向ける彼女に対し、むしろ妖荼黎復活を歓迎する蔑天骸。魔神復活により到来する乱世こそは剣の天下、俺の歩む道に相応しいと、テンプレ通りの世紀末覇者ぶりであります(その割りに、後で妖荼黎を倒せば救世主にもなれるというのが何というか)。

 かくてそれぞれ望みを果たして鍛劍祠を出た二人。と、蔑天骸の前に姿を現したのは、隠れて一部始終を見ていた凜雪鴉であります。蔑天骸から最強の剣たる天刑劍を奪い取り、その心を折ることこそ盗賊の本懐と語っていた凜雪鴉。しかしここに至り彼が知ったのは、真に蔑天骸が恃むのは自分自身の無敵の剣術、天刑劍はあくまでもそれに釣り合う得物に過ぎなかった……という事実でした。
 だとすれば、その蔑天骸の誇りを奪うのは簡単、ただ彼を剣技で以て破ればよい。そう言い放った凜雪鴉の手には、この物語が始まって初めて剣が――


 今まで溜めに溜めてきたものが大爆発した前半の殤不患の大立ち回りと、後半の(ある程度予想はできていたものの)意外な展開で盛り上がった今回。思想的には、凜雪鴉よりも殤不患の方が、蔑天骸を倒すのに相応しいようにも思いますが、さて……


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関連サイト
 公式サイト

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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
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2016.09.26

平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

 猫招き文庫の創刊からの人気シリーズである『貸し物屋お庸』シリーズも早いもので第4弾。江戸有数の貸し物屋・湊屋の両国出店を預かって活躍するお庸ですが、今回はタイトルから察せられるように、彼女に意外な(?)変化が……

 押し込みに両親を殺され、仇討ちのために力を借りた代わりに、湊屋の若き主人・清五郎の下で働くことになった少女・お庸。働くと言っても、本店でではなく、両国の出店(支店)を任されたお庸は、清五郎に付けられた手代の松之助とともに、次から次へと入ってくる依頼に応えるため、東奔西走する……というのが本シリーズの基本設定であります。

 家業が大工のためか、幼い頃からのべらんめえ口調が抜けず、今では一種の名物になっているお庸。そんな男勝りの彼女の弱点は清五郎――ちょっと得体の知れないところはあるものの、男っぷりのいい清五郎の前に出ると、普段の威勢の良さはどこへやら、借りてきた猫のようになってしまうお庸なのです。
 本作の第1話「萱草の簪」では、お庸がそんな自分の想いに気付くことになります。……今まで気付いてなかったのか!? と妙なところで驚かされたのはさておくとしましょう。

 ある日お庸の出店にやってきた美女・葛葉。芸者である彼女は季節外れの萱草のかんざしを借りに来たのですが、どうやら清五郎とは訳ありの様子……これまで不思議に周囲に女っ気のなかった清五郎ですが、思わぬライバル(?)の出現に、お庸は自分の中の想いと正面から向き合うことになります。

 読者の側としても、何となくこれまでずっとこのまま続くのではないかと思っていたお庸と清五郎の関係。それが今回、大きく揺らぐことになります。
 女性主人公だから恋愛話があって当然、などというありがちな物語では本作はありませんが、しかし逆にそれが全く描かれないのも不自然と思うべきでしょう。それが、お庸にとってはいずれ避けることのできない、一種の通過儀礼とも言うべきものであればなおさら――

 自分自身の想いに気付いた時、彼女は清五郎とどう接するのか、そして何よりも、葛葉からの依頼にどう対応するのか。もちろん、ここでお庸が仕事をないがしろにするはずもないのですが……
 しかしそれでもやっぱり本調子ではない彼女を助ける周囲の人々の存在も含めて、切なくも温かく、同時に彼女の成長ぶりが感じられるエピソードなのです。


 その他、これまでの巻同様、今回もバラエティに富んだエピソードが収録された本作。
 お庸の亡き(!)姉・おりょうとともに、彷徨う魂たちのためにお庸が意外なものを貸す「六文銭の夜」
 やはりおりょうがきっかけで、生臭霊能坊主・瑞雲が人形集めに奔走する羽目になる「人形」
 素行の悪さで周囲を困らせるさる大名の嫡男のしつけ役として、お庸が大名家に乗り込むことになる「初雪」

 いずれも意外な切り口で、しかし本作らしい内容の物語ですが、少々驚かされるのは、松之助の過去が語られる「秋時雨の矢立」であります。

 これまで、商売には不慣れかつ直情径行のお庸を陰ながら支えてきたしっかり者の松之助。一見、いかにも利け者の、しかしどこにでもいう御店者に見える彼ですが……しかし彼もまた、主人をはじめ皆どこか謎めいている湊屋の男、思いも寄らぬ過去があることが判明するのであります。

 その過去が何であるかは読んでのお楽しみですが、面白いのはこのエピソードが松之助を中心にフィーチャーしつつも、あくまでもお庸の物語でもあるところ。
 無茶ではあるし、知らぬうちに周囲に支えられているけれども、しかし関わった人間の心を暖めるお庸の明るい個性が、松之助の物語の背後にも、確実に存在しているのです。

 そして、松之助の過去を知ると、これまで以上に清五郎の存在が謎めいて感じられるのですが、あるいは彼は……


 さて、清五郎の正体も気になりますが、前作の読者にとってさらに気になるのは、お庸を密かに監視しているらしい陸奥国神坂家の存在。本作ではあまり表だった動きを見せなかった彼らですが、おそらくは近々大きな動きを見せることでしょう。

 お庸の成長ともども、こちらも気になるところですが……それが明らかになる時は、おそらくシリーズのクライマックスでしょう。その時が来るのが楽しみなような、残念ようなような、そんな気分であります。


『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める (招き猫文庫)


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 『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として
 平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?

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