入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.10.21

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第1巻 前代未聞!? 原田左之助と女子中学生、スマホ越しの純愛


 女子学生がタイムスリップして、歴史上の人物と大恋愛――というのは、もはや珍しくはない趣向かもしれません。しかし本作は、あの新選組の原田左之助と、現代の女子中学生がスマホ越しに純愛を交わすという意表を突いた物語。歴史監修を山村竜也氏が務めるという点でも大いに気になる作品です。

 修学旅行で京都に行くこととなった東京の中学2年生・マコト。特に歴史に興味がなかった彼女が、歴女の親友に連れて行かれたのは八木邸――あの新選組の屯所があった地であります。
 が、マコトにとっては新選組も全く知らない過去の人々、特に感慨もなく中を見ていたのですが――庭に落としたスマホに雷が落ち、頭を打って気絶してしまう瞬間、彼女はスマホの画面に映ったイケメンの侍を目撃したのでした。

 幸い体には別状はなかったものの、スマホの画面を見てみれば、そこに映っているのは見知らぬ時代劇風の町並み。それが気になって病院を抜け出し、夜の八木邸に忍び込んだ彼女は、画面の中で斬り合いをしている男たちを目撃することになります。
 そしてそのうちの一人こそは、あのイケメン侍――仲間にサノスケと呼ばれる彼が、強面の侍と斬り合う中で窮地に陥ったのを目撃した時、思わず声を上げてしまったマコトですが、それがサノスケの命を救うのでした。

 思わぬ救いの声に驚くサノスケ。実はマコトのスマホのように、サノスケの脇差の刀身にも、彼女の姿が映っていて……


 というわけで、実際に心身が過去の時代にタイムスリップするのではなく、何故か繋がってしまったスマホと脇差を通じて、現代と幕末に生きる二人が出会うという本作。
 アイテムを通じて過去の時代と交信する――という趣向自体は他の作品にもあったかと思いますが、もちろんそれを現代の女子中学生と新選組とで描いてみせたのは、おそらく、いやまず間違いなく本作が初めてでしょう。

 というより、タイムスリップ時代劇には慣れたつもりのこの身でも、流石にこの展開は全くの予想外ですが――これがなかなか面白い。
 理屈としてどうなのか、という気持ちはもちろんあります(あと左之助、さすがに女子中学生はどうなのか、とも)。しかしスマホの画面に映るといっても、いつでも通信できるわけではなく、ある一定の条件下でしか相手が映らないという設定によって、会いたくても会えない――という恋愛ものにはある意味必須のシチュエーションを、自然に(?)生み出しているのには感心させられます。


 そして個人的に何よりも気になるのは、冒頭に書いたとおり、本書の歴史監修が山村竜也氏であることであります。
 『新選組!』『龍馬伝』『八重の桜』といった幕末ものの大河ドラマの時代考証を担当し、また時代漫画『新選組刃義抄 アサギ 』の原作者――要するに幕末ものの考証では第一人者である氏。同時に『天保異聞 妖奇士』や『活撃 刀剣乱舞』の時代考証を担当していることからも分かるように、フィクションに対する許容度を持ち、それに合わせた考証ができる人物であります。

 それが本作でどのような役割を果たしているのかは、もちろん(?)明確に見えることはありません(考証や監修とはそういうものでしょう)。
 しかし本作ではあの八木邸の鴨居の傷を左之助がつけていたり、本作の冒頭で予告されるラストシーン――台場で倒れる左之助――など、独自の設定を見ても、そこに一定の理由があるのだな、少なくとも全くの嘘ではないのだな、と思えるのは、物語が物語だけに、大きな効果を持つと感じるのです。


 さて、史実では原田左之助が没したと言われるのは1868年。八木邸で芹沢鴨が斬られた1863年から5年後であります。
 すぐ上で述べたように、本作の冒頭で描かれるのは、少し成長したマコトが台場での左之助との別れを回想する場面。本作ではマコトと左之助が別の時代にいながらも、経過する時間は同じという設定のようですが――だとすればこの先5年間何が描かれるのか。

 時間はもちろんのこと、東京と京都という空間的にも分かれた二人が、この先どのように再会し、そして恋を育むのか(あと左之助、妻子のことはどうするのよとか)、大いに気になるところであります。


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2019.10.20

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第4-5巻 英兒自身の事件と、どんでん返しの先の悪意と


 本郷の喫茶店「十十虫」の常連の高校生・高月英兒――人の夢の中に現れ、不思議なお告げをする彼と、店のウェイトレス・美和子のコンビが、数々の事件に挑むシリーズも中盤。この第4巻・第5巻では、高月自身の物語が徐々に明らかになっていくことに……

 十十虫の常連客の壱高生・高月英兒。彼には悩める者の夢の中に現れ、その悩みを解決する謎めいたお告げをする力がありました。
 今日も彼に会うために十十虫を訪れる様々な人々。しかし実は現実の英兒は夢の中のことは全く預かり知らぬこと――わけのわからぬままに事件に巻き込まれる彼は、店のウェイトレスの怪力少女・叶美和子と共に、謎解きに奔走する羽目になって……

 という本作の基本設定はもちろん変わりませんが、第4巻の冒頭に収録された「月と箱庭と」では、謎めいた(?)彼の日常が明かされることとなります。
 十十虫から近い壱高――将来国家を背負ってたつエリートたちの学び舎に通う英兒。しかし彼を含めた周囲の普段の顔は、いたってバンカラというか雑というか、何ともいい加減な、現代と変わらない男子高校生の日常を送っているのであります。

 そんなある晩、寮内の点呼に出かけた英兒。しかしその帰りに彼が見たのは、庭に置かれたボールと、それを自分に向かって蹴ってきた誰かの足――割れた窓ガラスによる怪我は幸い軽かったものの、果たして誰の仕業なのか。ふとした手がかりをきっかけに英兒がたどり着いた真実とは……

 第3巻でごく軽く触れられた、彼が妾の子であるという事実。このエピソードでは、そのために周囲から疎外されて来た彼の過去が描かれることとなります。
 どれだけ努力しようとも、いやそれだからこそ冷たい周囲の目。今ではすっかり捨ててきた過去が、どのような形で現在の、奇妙な事件に絡むのか――それはもちろん読んでのお楽しみですが、ここで描かれるのは、他のエピソード同様、相手を思いやりながらもすれ違う、何ともやり切れない人の情の存在なのです。

 このエピソード、先に述べたとおり英兒はお告げをしている自分自身を知らない=自分にはお告げは与えられないため、純粋に自分の力で謎を解かなければいけないというミステリとしての側面も面白いところであります。
 もう一編、第5巻に収録の「記憶の一葉」では、英兒が厳しかった母と暮らした幼い頃の記憶の真相が描かれることとなりますが、こちらもお告げ抜きの、ある種の日常の謎を描くミステリとして成立している内容です。


 さて、もちろん英兒自身のそれだけではなく、他にもバラエティーに富んだ事件が描かれる本作。英兒とは何かと縁のある民間調査機関・八研の女性調査員の恋(?)が、関東大震災の深い爪痕と交錯する「愛しいあの子のお人形」、あの忠犬ハチ公と女流作家の初恋の結末が意外な形で繋がる「17になった日」、美和子と八研の無愛想な調査員という妙なコンビが人捜しに奔走する「思ひ出橋のたもとにて」……

 どれもミステリとしてユニークな上に、昭和初期という舞台ならではの物語が展開されるのがイイのですが、圧巻は第5巻の後半、初の3話構成の「夜の蝶と蜘蛛の糸」です。
 ある日、十十虫を訪れた美和子とうり二つの女性・喜和子。小学校の教師である一方で、家族を支えるために夜は銀座でカフェーの女給をしている彼女は、店に客としてやってきた遠縁の男につきまとわれ、学校にバラすと脅されているというのです。

 例によって夢に現れた英兒の謎めいたお告げに導かれた彼女は、美和子に替え玉になってもらい、男に他人のそら似だと信じ込ませてほしいと言うのですが――それを引き受けた美和子は、未知の世界に戸惑うばかり。
 ついにいやらしい客に体を触られ、大きなショックを受ける美和子。しかしそれ以上の衝撃が彼女を待ち受けていて……

 と、まさしく夜の蝶の世界を舞台にしたこのエピソードは、その発端もユニークながら、思わぬ大ドンデン返しが待ち受けている物語。これまで様々な事件が描かれてきたものの、、本当の悪人はほとんど登場しなかった本作ですが、ここで描かれる悪意の姿には、心が凍り付くような恐ろしさがあります。
 しかし本当に凍り付くのは、その悪意が生まれたきっかけであります。あまりに理不尽な運命に遭遇した時、人はどうなるのか、どうすればいいのか――イイ話が多い本作ですが、大いに苦いものが残るこのエピソードは強く印象に残ります。(もっともその先に、だからこその救いも存在するのですが……)

 そしてこのエピソード、英兒が事件の真相に気付くミステリ味も嬉しいのですが、結末ではさらに意外な方向に展開していくことになります。それが物語にどのように繋がっていくのか――つづきのご紹介はまた近日中に。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第4巻 Amazon / 第5巻 Amazon
十十虫は夢を見る(4)十十虫は夢を見る 5 (ボニータコミックスα)

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 幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第1-3巻 昭和4年、「お告げ」が切り開く未来の姿

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2019.10.19

畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長


 ご存じ『しゃばけ』シリーズ第18弾は、若だんなの許嫁である於りんを中心に、周囲の人々が巻き込まれた事件に若だんなが挑む全5編。いつもより少しだけ重さとダークさが増している気もしますが、若だんなの成長も窺える、そんな一冊であります。

 廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎は、生まれついての病弱ながら、実は大妖の血を引き、兄やの仁吉と佐助をはじめとする妖たちとともに賑やかに暮らす毎日。今日も兄やたちに小言を言われながらも、若だんなと妖たちは、奇怪な事件に巻き込まれ、その謎に挑むことに……

 という設定でお馴染みの本シリーズですが、開始当初から一番大きく変わったのは、若だんなに許嫁ができたことではないでしょうか。
 その許嫁――やはり妖を見る力を持つ深川の材木問屋の娘・於りんはまだまだ幼く、嫁入りも先だけに(かなり序盤から登場しているわりには)存在感はあまり強くありませんが、しかし将来を共にする人が出来たことは、若だんなにとっては一つの自覚を芽生えさせたと感じられます。


 さて、相変わらず病弱な若だんなのもとに妖たちから妙薬が届けられる中、長崎屋に現れた天狗の姫君・花風一行。仁吉に一目惚れした彼女は、若だんなの祖母であり仁吉の片思いの相手であるおぎんに(そうとは知らずに)、仁吉との縁談を望んだというのです。
 しかし話が進まないのに業を煮やした天狗たちは、おぎんにある勝負を持ちかけ、彼女もそれに乗ったというではありませんか。しかし仁吉の方はもちろん嫁を取る気などなく、おぎんに変わって勝負を受ける羽目になるのでした。

 そんな騒動の一方で、於りんの実家では、彼女や親を含めて店の者が誰もいなくなり、店のものも失われているという奇妙な事態が発生。妖たちの騒動の、人の側の騒動と、二つの騒動に巻き込まれた若だんなは――というのが、冒頭の一編「てんぐさらい」であります。

 そしてそれ以降も、本書では妖の世界と人の世界が複雑に絡み合った事件が次々と起こることになります。
 若だんなの薬探しを巡って大喧嘩し、共に閉じ込められてしまったおぎんと仙狐の大妖同士。それを逆恨みした仙狐の息子が嫌がらせのために一太郎に縁のある者に祟ったというのですが、それが何故か於りんの父の相談相手の僧の弟子で――という「たたりづき」
 於りんの父の見合い相手が山姥らしいという奇妙な噂をきっかけに、若だんなが幼なじみの栄吉と札差の娘との、そして犬猿の仲の札差同士の子供の縁談を巡る奇妙な騒動に巻き込まれる「恋の闇」
 かつて猫又から目玉をもらって以来、未来を見通す「天眼通」となった男が、その力と背中合わせの不幸から逃れるため、自分の眼に映った若だんなを頼って来たことをきっかけに、上野の寛朝をも巻き込んだ騒動に発展する「てんげんつう」
 深川に評判の桜に何故か毛虫が大量発生し、於りんだけでなく若だんなまでが被害に遭う羽目になったことから、毛虫たちを常世神と呼ぶ男たちの謎を解くために、若だんなが場久の悪夢に潜り込む「くりかえし」

 ごらんの通り、相変わらず賑やかな騒動が繰り広げられることとなりますが、冒頭3話などは、於りんの父とその妻にまつわる騒動を背景としていることもあってか、ちょっと暗めの印象もあります。
 本書全体を通じても、妖以上に周囲を振り回すほどの強いエゴを持った人が関わる事件が大半のためか、元々シリーズの隠し味であった、ままならぬ現実の苦みが、いつも以上に盛り込まれている感があります。


 そんなちょっと重めの内容の本書ですが、しかしその中で一種の希望として感じられるのが、若だんなの成長であります。
 もちろん(?)今回も若だんなが病弱なのは上に見たとおりですが――しかし於りんが関連する物語が多いためか、いつも以上に強い意志を以て事件に挑んでいるように感じられるのです。

 その最たるものは、「たたりづき」冒頭の、おぎんを閉じこめた狐たちに対し、騒動を収める見返りにおぎんの減刑を求めるくだりでしょう。
 条件を小出しにしながら相手の出方を見極め、ここぞという時に前に出るという呼吸は、完全に商売のそれであって、若だんなも商人としての顔をしっかり持っているのだな、と何だか嬉しくなるのです。(その一方で於りんの父にきっちり挨拶する場面もあり……)


 その「変わらなさ」がしばしば指摘される本シリーズではありますが、しかしそうではなく、着実に時は流れているのだということを、改めて確認させてくれる一冊であります。


『てんげんつう』(畠中恵 新潮社) Amazon
てんげんつう


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 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

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2019.10.18

『無限の住人-IMMORTAL-』 一幕「遭逢 そうほう」

 剣客集団・逸刀流に父母を討たれた少女・浅野凛。あまりに強大な相手に挑む彼女に、謎の老婆・八百比丘尼は、用心棒を雇うことを勧める。その男――百人斬りの異名を持つ男・万次と出会った凛は、最初の相手として、父に直接手を下した男・黒衣鯖人に挑むが……

 あの『無限の住人』が、Amazonプライムビデオオリジナルで再アニメ化――それも原作ラストまでという報には驚かされましたが――その配信がいよいよスタートしました。
 実戦での強さを至上の価値とする剣客集団・逸刀流に対し、非力な少女・凛が、不死身の肉体を持つ無頼の剣士・万次とともに戦いを挑む――この長大な物語を、はたしてどのように描くのか、大いに気になるところであります。

 さて、この第1話では、アバンタイトル(というかOP部分)で、原作のプロローグ――万次の妹・町が司戸菱安に殺され、万次が不死身の肉体を見せる場面を消化。
 そして本編の方では、凛と万次の出会い、そして逸刀流との最初の対決――黒衣鯖人との対決までが描かれることになります。

 今回のアニメ版の監督は浜崎博嗣――これまでマッドハウスの作品、特に印象に残るものでは数々の川尻義昭作品で活躍し、アニメ版の『シグルイ』の監督も経験しているだけに、まず不足はない人物。
 第1話では血しぶきどころか肉片まで飛び散る残酷な場面を描きつつも、(最小限の動きで)凝った映像表現によって、原作とはまた少し違ったスタイリッシュさを描いていたと感じます。

 そしてキャストの方は、津田健次郎と佐倉綾音が万次と凛の主役コンビを担当。
 正直なところ、津田万次はかなり厭世的な色合いが強い語りに聞こえて、もう少し柄の悪い無頼漢ぶりを出してもよいのではないかな――と思いましたが、これは聴く方がいずれ馴れるのでしょう。佐倉綾音は、凛が感情を露わにした時の声が好印象でした。

 また今回のゲストキャラ・黒衣鯖人は花輪英司が担当しましたが、情があるようでそれが異常な方向に向かっている鯖人というキャラを、淡々と切々と語ることでうまく浮き彫りにしていたと感じます。


 が――これは原作の時点から全くこういうキャラクターではありますが、やはり何度見ても黒衣鯖人のリアリティレベルだけが、抜きん出た異常さを以て感じられるところではあります。

 この『無限の住人』は、原作冒頭から特に中盤あたりまでで大きくリアリティレベルが変わってくる――簡単にいえば、「時代劇」にかなり寄せてきた――作品であります。
 どうやら今回のアニメ版は、一本の作品としてその辺りをフラットにしているような印象もあり、原作冒頭に登場した切支丹の司祭まがいのキャラ・序仁魚仏をばっさりカット。また原作で印象的だった面白格好良い台詞(司戸の「な……何を不死鳥のごとくっ」とか凛の「この身を鬼に喰わせてでも殺す!!」とか)もカットされております。

 それはそれで個人的には面白いアレンジとして大いに歓迎したいところですが、そんなところで登場するのが、両肩に美女の剥製を生やした兜男(武器は手裏剣と真後ろまで回る肩骨)というのは何とすべきか。
 繰り返しになりますが、原作からこういうキャラクターではありますし、このような怪人だからこそ、これは原作通りの名台詞「死ねるテメェは幸せ者だっ!!」からの景気の良い解体アクションが映えるのですが……


 外連味横溢の怪剣士たちと死闘を繰り広げる『無限の住人』も、生死の極限で描かれる渋い群像劇の側面が強い『無限の住人』も、どちらも大好きなだけに、この先、この両輪をどのようにバランスを取っていくのか気になるところですが――何はともあれ、いよいよ完全アニメ化は始まりました。。

 原作ラストまでをどのように描くのか、どこを残しどこをアレンジするのか――ファンとして大いに楽しみであるのは間違いないところ、同時公開された第2話も近々にご紹介いたします。


『無限の住人-IMMORTAL-』(Amazon prime video) Amazon


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 無限の住人(TVアニメ版)

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2019.10.17

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第6-8巻 海の向こうからの悪意、その正体


 しばらく取り上げておりませんでしたが、かの源義経が海を渡りテムジンとして大陸を駆ける『ハーン 草と鉄と羊』、第6巻から第8巻までを紹介いたします。愛する人を得た上、キャト氏の族長を継いだテムジン。しかし海の向こうから追ってきた思わぬ悪意が、彼を追いつめていくこととなります。

 海を渡り、過去と名前を捨て、草原に生きる道を選んだ源義経――いやテムジン。幾度もの窮地を潜り抜けつつ、キャト氏の英雄イェスゲイの一族と出会った彼は、亡きイェスゲイの子として族長を継ぎ、メルキトの族長にさらわれた娘・ボルテを救出して結ばれることとなります。
 それから数年、子供も産まれ、勢力を伸ばし順風満帆かに見えたテムジンですが、しかし金の完顔襄に仕える謎の老人――テムジンの義経としての顔を知るこの老人の企みによって、盟友ジャムカと決裂。二人は全面衝突を余儀なくされるのでした。

 かくて第6巻から第7巻にかけて描かれるのは、歴史にその名を残す十三翼の戦い。ジャムカに比べて寡兵のテムジンが、部隊(翼)を13に分けて臨んだことからこの名が残る戦いであります。
 しかしいかに戦上手のテムジンといえども、大陸に姿を現した時からの友であるジャムカ相手には勝手が違い、正面からの戦いには苦戦することに。しかしもちろん彼の得意とするのは奇策、狭い峡谷にジャムカ軍をおびき寄せ、鵯越の逆落し再びか、という策に出ようとするのですが……

 しかしその時、あたかも彼の策を知っていたかのように後ろから射かけられる矢の雨。その一本に傷を負わされたテムジンは、親衛隊の青年・ジェルメに救われ、辛くも落ち延びることになります。
(ここで幾つもの逃走ルートをあらかじめ用意してあるテムジンと、その動きすら完全に読み切っている敵の存在感が面白い)

 元は鍛冶屋の息子であったジェルメの故郷の村に匿われ、一息つけたかに見えたテムジン。しかしそこでもさらなる戦いと、新たなライバルとの遭遇が待ち受けていたのです。
 放浪の果て、ボルテの父であるコンギラトの族長のもとにたどり着いたテムジンたちですが、そこで彼が出会ったのは、遙か西域からやってきた商人の少年・イルハンで……


 以前からテムジンたちの物語とは全く別の場所――シルクロードの遙かな西の地で、商人を目指して奮闘する姿が描かれていたイルハン。その彼とテムジンが、ここでようやく出会うこととなります。
 もちろん初対面、そして生まれも育ちも職業も全く異なりますが、しかし片や東の果て、片や西の果てとそれぞれ異郷から、大望のみを胸に草原に流れてきたという点で二人は大きな共通点を持つということなのでしょう。そんな彼らがあっという間に胸襟を開き、共に遠い世界を夢見て語り合う姿には、何とも気持ちの良いものがあります。

 もちろんテムジンは今は再起のために流浪の身、そしてイルハンは旅から旅で利を得る商人というわけで、この邂逅はまずは一時のものですが――しかしこの出会いが大きな動きを呼ぶことは間違いありません。
 そんなテムジンが定めた新たなターゲットは金国。いまだに北方に覇を唱える大国とはいえ、その巨体が災いして様々な部族の反抗に手を焼く金を利用して、テムジンも復権を成し遂げようというのです。

 そしてさらにもう一人、同じような形で一足先に復権を遂げた者が。それはケレイトのオン・ハーン――弟にその座を追われ、一度は浮浪者のようななりで西域にまで姿を現した彼が、ここで金の力を借りたとはいえ、あっさり復権したのであります。
 この辺り、いつの間にか追放されたと思えばびっくりするくらい簡単に復権したのは、本作ならではのテンポの良さが妙な方向に出たという印象が強いのですが……


 それはさておき、完顔襄と対面したテムジンの前に現れたのはあの老人。その正体は何と、というところで第8巻は終わるのですが――この老人の正体には悪い意味で驚かされたというのが正直なところ。
 なるほど、ここに出せるようなレベルの実在性で、義経の手の内を知るとすれば、この人物もアリといえばアリですが――さすがに海を越えてまで義経に祟るには、スケールや迫力に欠ける、と言わざるを得ません。

 もちろんそれは私の勝手な印象と言ってしまえばそれまでですが――この先語られる二人の過去によってこの印象は覆されるのでしょうか。
 この先、テムジンを支える綺羅星のような面々も少しずつ顔を見せ始めたところでもあり、まずはこの先を追うことにしましょう。


『ハーン 草と鉄と羊』(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) 第6巻 Amazon/ 第7巻 Amazon /第8巻 Amazon
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2019.10.16

「コミック乱ツインズ」2019年11月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」2019年11月号の紹介の続きであります。


『かきすて!』(艶々)
 成年(青年)コミックを中心に活躍する作者の新連載は、一言で表せば艶笑もの――というべきでしょうか。富士川の渡しで、伊勢参り帰りの二人連れ・おゆきとおはるに出会った、焼津から江戸まで一人旅の娘・ナツ。二人に江戸まで同行することになったナツですが、そろそろ渡し舟が向こう岸に着こうという時、岸を見れば何やら男どもが集まっているではありませんか。
 流れが急なため、「こべり」(船縁)が高い富士川の渡し舟。実はそのため乗り降りする女性は足を高く上げざるを得ず、その時の様子を覗こうというクz――不届き者たちが集まっていたのであります。何とか無事に岸に下りようとする三人ですが……

 という、何というか実にしょーもない(悪口ではありません)お話。一歩間違えれば悪い意味で厭らしい話になりかねないところを、ディフォルメされた絵柄と、すっとぼけた明るさで描くのは、これはこれでアリなのかもしれません。
 ちなみにラストには柳水亭種清と恋川笑山が(実にしょーもないペンネームで)発表した「旅枕五十三次」を引用して、今回のようなことが実際にあったと語っているのも、面白いところです。


『カムヤライド』(久正人)
 色々あった末にヤマトに到着し、ヤマトタケルの口利きで彼の父・オシロワケ大王に埴輪の売り込みに出かけたモンコ。しかしモンコの顔を見た大王は、彼のことを意外な名前で呼ぶのでした――「ノミの宿禰」と!
 一方、ハジ一族の親方・トレホ(名前まんまの外見)から、そのノミ親方に起きた異変を聞くヤマトタケル。かつて天才的な工人であったノミは、ある日先代の大王に呼ばれて宮殿に上がり、別人のように変貌してしまったというのであります。そのトレホが目撃したノミと当麻のケハヤの対決の行方は、そしてそのノミの姿は……

 というわけで、ある意味本作始まって以来の驚愕の前回ラストから引き継いでの今回。ノミの宿禰=野見宿禰といえば、確かに土師氏の祖であり、そして当麻蹶速と相撲してこれを蹴り殺したという逸話を持つ人物。そう考えれば、埴輪造りを得意としてキック主体の戦いを繰り広げるモンコと重なることに、不思議ではない――というより何故思いつかなかったかと臍を噛むばかりであります(ただし、「史実」であれば100年近く前の人物のはずですが、それはさておき)。

 しかし今回(トレホの口から)語られた過去の出来事は、また想像を絶する内容の物語。ノミを変貌させたもの――彼が宮殿で見たモノは、これまでの物語を見れば何となく想像できますが、さてそこからここまでどのように繋がってくるのか。そして現在、思わぬ窮地に陥ったモンコの運命は――気になり過ぎる展開はまだまだ続きます。
(それにしてもノミが着ていたもの、何となくウ○○○○ンスーツのように見えなくもない……)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 秀吉の、いや天下の軍勢による小田原攻めが始まり、ついに秀吉への恭順を決めた政宗。実質的に彼の天下獲りの野望が潰えた瞬間ではありますが、彼を含め、周囲も結構サバサバした表情を見せるのがらしいところであります。政宗が秀吉との対面を楽しみにする理由もスゴいですし。

 しかし史実ではその前に大きな悲劇が彼を待ち受けているのはご存じのとおり。政宗の存在が伊達家を潰すと考えた母・義姫は、政宗の弟・小次郎とともに政宗暗殺を企み――と、作者が密かに得意としているような気もする病みキャラと化した義姫が怖いのですが、さて……
(しかしそんな妹の行動を一刀両断する最上義光はさすがだと思います)


 その他『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は、逆恨みしてきた町道場主の兄との決着戦。やっぱり悪役面はやられ役でしたが、以前披露した「蹴殺し」はバリエーションの一つで、今回ついにその本来の姿が――という展開は、その描写も相まって大いに盛り上がりました。

 また『いちげき』(松本次郎&永井義男)は、襲撃を失敗して市中を逃げ回る一撃必殺隊の残党は思わず――と、予想通り厭な展開に。しかしそれ以上の闇がこの先に待ち受けている様子で、いよいよ重い展開になるばかりであります。


「コミック乱ツインズ」2019年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年11月号 [雑誌]


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