入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『鬼溜まりの闇』(芝村涼也)
32.『妖草師』(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』(瀬川貴次)
54.『風神秘帖』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『曽呂利!』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『大江戸剣聖一心斎』(高橋三千綱)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
87.『警視庁草紙』(山田風太郎)
88.『西郷盗撮』(風野真知雄)
89.『明治剣狼伝』(新美健)
90.『箱館売ります』(富樫倫太郎)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『源平の風』(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『風の王国』(平谷美樹)



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2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.21

六本木歌舞伎『座頭市』 奮闘、海老蔵&寺島しのぶ しかし……

 この20日までEXシアター六本木で上演されていた六本木歌舞伎の『座頭市』を観ました。座頭市を演じるは市川海老蔵、二人のヒロインを演じるのは寺島しのぶ、そして脚本はリリー・フランキー、演出は三池崇史と、異色の歌舞伎であります。

 舞台は六本木温泉宿場町、時は江戸時代――それも、史実よりもずっと長く続いた(おそらくは現代に近くまで)江戸時代。
 この六本木に流れ着いた盲目の男・市は、放浪の按摩は表の姿、実は凶状持ちで莫大な賞金をかけられた侠客でありました。

 そんな市が出会ったのは、宿の女中として懸命に働く盲目の少女・おすずと、江戸随一の花魁・薄霧太夫。特に薄霧は市の危険な香りに強く惹かれるようになります。
 しかし町を牛耳る六樽組の親分・権三は、市を危険視し、六樽組の用心棒である狂剣士・風賀清志郎らに抹殺を指示。陰謀を察知した薄霧は、市を連れて町を抜けようとするのですが――


 というこの歌舞伎、物語的には上の概略がほとんど全てと、非常にシンプル。流れ者が土地を牛耳る顔役と対決、ヒロインと別れて再び旅立つ……というのは、流浪のヒーローものの定番ではありますが、相当にあっさりした内容ではあります。
 が、その分、存分に見せてくれるのは、海老蔵と寺島しのぶの演技合戦なのです。

 海老蔵の座頭市というのは、坊主頭がトレードマークの一つであるだけに、コロンブスの卵的なビジュアルですが、これがなかなかにはまっている印象。
 本作の市は、一般的な座頭市のイメージに比べれば若くまた格好良すぎるようにも見えるのですが……しかしその無頼さ・慇懃さ・無愛想さ・人懐っこさ・真摯さ・洒脱さetc.といった、相反する要素が入り混じったキャラクターは、海老蔵という役者自身のイメージとも重なって、本作ならではの座頭市像を生み出していると感じます。

 特に冒頭、なんとTシャツにスウェットという姿で現れ、本水を被りながら立ち回った後で、コンビニのビニール袋を片手にタオルで顔を拭い、袋から取り出したモンキーバナナをつまらなそうに頬張る姿は、「今の」座頭市像として、一気に心を掴まれました。
(その後、早変わりで真っ赤な衣装に着替えるのですが、これはこれで格好良い)

 そして対する寺島しのぶですが――梨園の名門に生まれながらも、女性という理由で歌舞伎役者になれなかった彼女にとって、「歌舞伎」の舞台は夢だった、と思ってもよいでしょうか。
 薄霧の情念に満ちた役どころはお得意のそれかと思いますが、しかしむしろ舞台の上でのはっちゃけぶりが凄まじく、海老蔵との濡れ場はほとんどアドリブで無茶なネタの連発ですし、後半には歌謡ショー(!)まであったりと、大暴れであります。

 二役で演じた少女・すずの方はうって変わって可愛らしい役どころですが、舞台上での二人の早変わりも楽しく、実に楽しそうに舞台上を走り回っていたのが印象に残ります。


 しかし――舞台全体として見れば、正直なところ、この二人の奮闘ぶりが全てという印象であります。

 上で述べたとおり物語としては相当に薄い本作。2時間と比較的短いためもあるかもしれませんが、その時間の多くがアドリブに割かれた印象で、二人を除けば辛うじて印象に残るのは、市川右團次演じる清志郎のみ。
 そもそも、基本的に市はただ六本木にやって来て普通に過ごしているだけなのに、一方的に薄霧や六樽組がエキサイトして彼に絡んだ末に、自滅していくのですから……

 終わらない江戸時代という舞台設定も、有効に利用されていたのは先に触れた冒頭の市の姿くらいで、「今」の物語としては突っ込み不足でありました。

 しかし何よりも驚かされたのはクライマックス。死闘の末に辛うじて清志郎を倒した市。しかしその時、周囲がにわかにかき曇り、倒されたはずの清志郎が不気味な姿で復活。そしてその背後から現れる、巨大な怪物・鵺――
 いやはや、座頭市と怪物が戦う話は初めて見ましたが、普段であれば大好物の要素も、何の伏線もなく突然出てくれば、夢でも見たかと思うほかありません。
(鵺の造形が結構良かっただけに残念)


 ラスト、市にとって美しいもの、純粋なものの象徴であるはずのすずが……という苦い結末は良かった(「厭な渡世だなァ」という台詞も納得)だけに、尚更、そこに至るまでが残念に感じられた次第です。


関連サイト
 公式サイト

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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.19

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 雪が降ったかと思えば四月並みの気温と落ち着かない毎日が続きますが、しかし着実に春は近づいて3月は目前。2月は短いせいか発売点数は少々不満でしたが、3月はかなりの充実度で、春とともに明るい気分になります。というわけで、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 というわけで相当の点数が発売される3月の新刊。まず文庫新刊では、霜島けい『九十九字ふしぎ屋商い中 ぬり壁のむすめ ふたたび(仮)』、友野詳『ジャバウォック 2 真田冥忍帖』、紅玉いづき『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』と気になる作品の続編が並びます。
 また新作では、第23回電撃大賞銀賞受賞作のさとみ桜『明治あやかし新聞 1 怠惰な記者の裏稼業』も、題材的に要チェックでしょう。

 そして復刊・文庫化でまず注目は、柴田錬三郎『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』。最近絶版となっていて非常に寂しかった眠狂四郎が、まさかこのような切り口で! と仰天&感動であります。
 また、ドクロイヤーということか古巣双葉文庫から刊行の中島かずき『髑髏城の七人』、何故か新刊リストでは作者名が横文字のToru Ishiyama『新八犬伝 起』『新八犬伝 承』、その他、新宮正春『芭蕉庵捕物帳』、平岩弓枝『私家本 椿説弓張月』、浮穴みみ『おらんだ忍者・医師了潤 御役目は影働き』とかなりのラインナップ。

 中国ものでは文庫化続行中の北方謙三『岳飛伝 5 紅星の章』のほか、仁木英之『仙丹の契り 僕僕先生』が文庫化。『僕僕先生』は大西実生子の漫画版第3巻も同月に刊行です。また宮崎市定の古典的名著『水滸伝 虚構のなかの史実』も復刊であります。


 そして漫画の方は、何といっても唐々煙『煉獄に笑う』第6巻、『曇天に笑う 外伝』下巻に注目。そして野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻、霜月かいり『BRAVE10 戯』第1巻もやはり必見でしょう。

 新作ではフカキショウコ『鬼与力あやかし控』、崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)『大江戸国芳よしづくし』が気になるところですが、続巻の方も、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第7巻、宮島礼吏『もののて』第3巻、山田秋太郎『墓場の七人』第2巻、大羽快『殿といっしょ』第11巻、竹内良輔『憂国のモリアーティ』第2巻とこちらも相当の数であります。

 また、こちらは新刊か再録ものかはわかりませんが、『お江戸ねこぱんち 花見舟編』の刊行も嬉しいところです。



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2017.02.18

篠綾子『紫式部の娘。 賢子がまいる!』 暴走ヒロインの活躍と母娘の和解

 かの紫式部が中宮彰子に仕えていたことは有名ですが、その娘もまた彰子に仕えたことはどうでしょうか。本作はタイトルのとおり、その紫式部の娘・賢子を主人公にした物語。14歳の彼女が、大人の貴族の世界に飛び込んで活躍するお話であります。

 母と同じく中宮彰子に仕えることとなり、期待に胸膨らませる賢子。控えめな母とは違い、負けず嫌いで勝ち気な性格の彼女は、お約束の新人いじめも軽々と跳ね返し、今光君と呼ばれる藤原頼宗をはじめ、素敵な殿方との恋愛に胸をときめかせる日々であります。
 そんな彼女の周囲にいるのは、地味ながら人の良い先輩の小馬、元は賢子いじめの先頭に立っていた中将君良子、そしてかの和泉式部の娘で母譲りの言動の小式部……賢子は勝手に小式部をライバル視していますが、まずは賑やかな宮中生活であります。

 そんなある日、彰子の伴で参内した賢子たちが巻き込まれた物の怪騒動。占いによればその原因が小馬であるという噂が流されていることを知った彼女は、小馬の汚名を雪ぐために立ち上がります。
 それがやがて、宮中の権力の座を巡る争いにまで繋がっていくとも知らずに――


 おそらくは主人公と同年代の女の子を対象としているであろう本作、その親の世代の年齢である僕の目から見ると、暴走気味の賢子の第一印象は何ともハラハラさせられる……というか、正直に言えば辟易とさせられるものではありました。
 新人いじめ上等、仕掛けて来た相手には弱みを見つけて逆襲するのはいいとして、顔だけでなく血筋や出世の見込みも計算に入れて男の品定めをするのは、当時は現代よりも早熟だったとしてもどうなのかなあ……と。

 しかしその印象は、後半に行くに従って大分変わったものとなっていきます。

 早くに亡くなった父のことをほとんど知らず、仕事に執筆にと忙しく暮らしてきた母を持つ賢子。
 特に母に対しては、一つにはその文学者としての盛名から、そしてもう一つはそんな母に自分は放置されてきたという想いから、彼女はむしろ敵愾心にも似た感情を抱いているのであります。

 そんな境遇は彼女の境遇に影響を与えないはずはありません。過剰なほどに早く大人になることを望み、誰に頼ることなく――男と恋愛したとしても依存せず――生きていこうとする彼女の姿は、そんな彼女の複雑な心情の現れと言うべきでしょう。
 軽薄に見える貴公子たちへの態度も、中流の生まれである自分が、真に彼らと結ばれることはないと理解しているゆえ、というのがまた切ないのであります。

 そしてそんな肉親への複雑な想いは、一人賢子のみが抱えているわけではありません。彼女同様、偉大な母を持った彼女の友人・同僚たち(小馬の母には仰天)。そして彼女の周囲に現れる名門の男性たちもまた……
 皆、エキセントリックとも言えるキャラクターですが、しかしそんなキャラたちの姿から、それぞれに己の生まれに縛られ、親との相剋を抱えながら生きている様が浮かび上がってくるのに感心させられるのです。

 そしてそんなキャラクター造形が、そして物語の中心となる物の怪騒動が、この時代の政治の、権力のあり方と繋がっていく展開も、お見事と言うほかありません。

 作者は本作以前に『藤原定家謎合秘帖』『在原業平歌解き譚』と、貴族社会を舞台とした歴史ミステリを発表していますが、本作も控えめではあるものの、物の怪の正体を推理し、それに基づいて「犯人」を追い詰めるくだりなどにミステリ要素が見られるのも嬉しいところであります。

 そしてその先には、大人たちの浅ましい権力闘争の姿が浮かび上がるのですが――しかしそれに対して賢子が怖じることなく、闘志を燃やすのもまたいい。
 そんな彼女の真っ直ぐな思いが、先に述べた複雑な心情と結びつき、ポジティブに昇華される姿は、児童文学として理想的な結末といえるでしょう。

 さらに紫式部の意外な姿、彼女が背負ってきた真の役割が明かされ、それが母娘の和解に繋がっていく結末は、大人であっても唸らされるものであることは間違いありません。


 後に数々の男性と恋愛遍歴を重ね、歌人としても幾多の勅撰和歌集に採録され、何よりも従三位という高位に上りつめた賢子。

 しかしそこに至るまではまだまだ時間があります。この後彼女がどんな活躍をして、どんな恋をするのか……本作のその先が見てみたいものです(特にラストで描かれたある男性のことを思えば――)

『紫式部の娘。 賢子がまいる!』(篠綾子 静山社) Amazon
紫式部の娘。賢子がまいる!

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2017.02.17

滝沢聖峰『WHO FIGHTER』 その恐怖は空の高みから

 最近は江戸時代の出版界を舞台とした時代漫画『二兎物語』を発表しているものの、やはり滝沢聖峰といえば航空戦記漫画の第一人者という印象が強くあります。本作はそんな作者の作品の中でも異色中の異色作……太平洋戦争終戦間際の日本上空に現れた謎の発光体を巡る怪異譚であります。

 昭和19年11月、立川を飛び立ち機載レーダーのテストをしていた陸軍航空兵・北山中尉は、夜空に眩い光を放つ正体不明の物体と遭遇、機体の電子部品が全て焼き切れるという奇怪な状況に見舞われます。

 翌日、北山の前に現れたのは、秘密の研究を行っていると噂される登戸研究所からやってきた軍属の男・尾崎。
 発光体について北山の知らぬ情報を握っているらしい尾崎とともに発光体の墜落地点を北山は訪れるのですが、それ以降、彼の周囲では奇怪な現象が相次ぎます。

 内臓を抜き取られた犬の死体、偶然立ち寄った先にかかってくる電話、無理矢理日本語を喋っているような黒衣の男の来訪……
 そして尾崎の案内で、自分以前に発光体と遭遇し、一ヶ月後に帰還した兵士と対面した北山は、その帰りに蛾を思わせる奇怪な生物と遭遇、直後の記憶を失うことになります。

 北山の身に何が起きたのか。空で何が起きているのか。登戸研究所の地下に隠されたモノの存在を知った北山は、尾崎が計画する発光体奪取作戦に志願するのですが――


 タイトルとなっているフー・ファイターとは、第二次大戦中に世界各地で目撃されたという、未確認飛行物体/発光体のこと。
 実際には戦場の緊張が生んだ錯覚によるものが大半だったのではないかという気もしますが、しかし記録を信じるならば、どう考えても後世に言うUFOのことを指していたのでは……というケースもあり、なかなかに不気味な存在であります。

 本作はそのフー・ファイターを題材に、いわゆるUFO都市伝説――キャトル・ミューティレーション、MIB、ミステリー・サークルなど――を取り込んで描いてみせた、異形の軍記漫画であります。
 これらの題材や、登場する発光体の搭乗者の姿など、多分に通俗的なスタイルではあるのですが、しかしその作中での投入の仕方は実に巧みで、特に先に述べた電話の怪のくだりなど、実にゾクゾクさせられます。

 また嬉しかったのは、個人的に最愛のUMAである――UFOやMIBとの関連も噂される――モスマンまで登場してくることで……というのはともかく、いずれにせよ登場する題材は、いずれも実にツボを心得たものであるのがたまらないのです。


 それにしても、UFO都市伝説に、他の都市伝説や実話怪談の類とは異なる不気味さがつきまとうのは、その「わけのわからなさ」に依るところが大ではないでしょうか。
 因果因縁や怨念といった、ある意味人間のロジックでは図りかねる行動原理で動く存在が蠢く物語……それは裏返せば、対処の手段がない、頼るべき存在がないということでもあります。怪異に晒されても救いの手はない……これほどの恐怖があるでしょうか。

 そしてその理不尽な怪異と、戦争というある意味究極の国家の活動――すなわち極めて論理的に実施される(理論上は、ですが)行為が激突した時、何が生まれるか……
 本作は、作者一流の筆致を以て、すなわちどこまでもリアリティを保ちながら、その異次元の世界を描き出すのであります。

 もちろん、壮大なホラ話として楽しむべきものではあるかもしれませんが……しかし出色の戦争ホラー、UFOホラーであることは間違いありません。


 ちなみに単行本は本作のほか、中編『HEARTS OF DARKNESS』を収録。
 こちらはビルマの密林の奥深くで軍の命を離れ、独立王国を築こうとする部隊を処理するため、装甲砲艇で河を遡上する特務機関の中尉を主人公とした物語であります。

 その部隊長の名が来留津大佐というのを見るまでもなく、『地獄の黙示録』の第二次大戦版……というより、その原作であるコンラッドの『闇の奥』を原作としてクレジットしている本作。
 もっとも展開的には『地獄の黙示録』の翻案の要素がやはり強いのですが、しかし大戦末期のビルマという舞台から生まれるどうしようもなさ、一種の虚無感は、本作を独自の作品として成立させていることは間違いありません。
(もっとも、もう少し王国側の人間に狂気が欲しかった気はしますが……)


『WHO FIGHTER With heart of darkness』(滝沢聖峰 大日本絵画MGコミック) Amazon
フー・ファイター―With heart of darkness (MGコミック)

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