入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



| | トラックバック (0)

2019.10.16

「コミック乱ツインズ」2019年11月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」2019年11月号の紹介の続きであります。


『かきすて!』(艶々)
 成年(青年)コミックを中心に活躍する作者の新連載は、一言で表せば艶笑もの――というべきでしょうか。富士川の渡しで、伊勢参り帰りの二人連れ・おゆきとおはるに出会った、焼津から江戸まで一人旅の娘・ナツ。二人に江戸まで同行することになったナツですが、そろそろ渡し舟が向こう岸に着こうという時、岸を見れば何やら男どもが集まっているではありませんか。
 流れが急なため、「こべり」(船縁)が高い富士川の渡し舟。実はそのため乗り降りする女性は足を高く上げざるを得ず、その時の様子を覗こうというクz――不届き者たちが集まっていたのであります。何とか無事に岸に下りようとする三人ですが……

 という、何というか実にしょーもない(悪口ではありません)お話。一歩間違えれば悪い意味で厭らしい話になりかねないところを、ディフォルメされた絵柄と、すっとぼけた明るさで描くのは、これはこれでアリなのかもしれません。
 ちなみにラストには柳水亭種清と恋川笑山が(実にしょーもないペンネームで)発表した「旅枕五十三次」を引用して、今回のようなことが実際にあったと語っているのも、面白いところです。


『カムヤライド』(久正人)
 色々あった末にヤマトに到着し、ヤマトタケルの口利きで彼の父・オシロワケ大王に埴輪の売り込みに出かけたモンコ。しかしモンコの顔を見た大王は、彼のことを意外な名前で呼ぶのでした――「ノミの宿禰」と!
 一方、ハジ一族の親方・トレホ(名前まんまの外見)から、そのノミ親方に起きた異変を聞くヤマトタケル。かつて天才的な工人であったノミは、ある日先代の大王に呼ばれて宮殿に上がり、別人のように変貌してしまったというのであります。そのトレホが目撃したノミと当麻のケハヤの対決の行方は、そしてそのノミの姿は……

 というわけで、ある意味本作始まって以来の驚愕の前回ラストから引き継いでの今回。ノミの宿禰=野見宿禰といえば、確かに土師氏の祖であり、そして当麻蹶速と相撲してこれを蹴り殺したという逸話を持つ人物。そう考えれば、埴輪造りを得意としてキック主体の戦いを繰り広げるモンコと重なることに、不思議ではない――というより何故思いつかなかったかと臍を噛むばかりであります(ただし、「史実」であれば100年近く前の人物のはずですが、それはさておき)。

 しかし今回(トレホの口から)語られた過去の出来事は、また想像を絶する内容の物語。ノミを変貌させたもの――彼が宮殿で見たモノは、これまでの物語を見れば何となく想像できますが、さてそこからここまでどのように繋がってくるのか。そして現在、思わぬ窮地に陥ったモンコの運命は――気になり過ぎる展開はまだまだ続きます。
(それにしてもノミが着ていたもの、何となくウ○○○○ンスーツのように見えなくもない……)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 秀吉の、いや天下の軍勢による小田原攻めが始まり、ついに秀吉への恭順を決めた政宗。実質的に彼の天下獲りの野望が潰えた瞬間ではありますが、彼を含め、周囲も結構サバサバした表情を見せるのがらしいところであります。政宗が秀吉との対面を楽しみにする理由もスゴいですし。

 しかし史実ではその前に大きな悲劇が彼を待ち受けているのはご存じのとおり。政宗の存在が伊達家を潰すと考えた母・義姫は、政宗の弟・小次郎とともに政宗暗殺を企み――と、作者が密かに得意としているような気もする病みキャラと化した義姫が怖いのですが、さて……
(しかしそんな妹の行動を一刀両断する最上義光はさすがだと思います)


 その他『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は、逆恨みしてきた町道場主の兄との決着戦。やっぱり悪役面はやられ役でしたが、以前披露した「蹴殺し」はバリエーションの一つで、今回ついにその本来の姿が――という展開は、その描写も相まって大いに盛り上がりました。

 また『いちげき』(松本次郎&永井義男)は、襲撃を失敗して市中を逃げ回る一撃必殺隊の残党は思わず――と、予想通り厭な展開に。しかしそれ以上の闇がこの先に待ち受けている様子で、いよいよ重い展開になるばかりであります。


「コミック乱ツインズ」2019年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年11月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年2月号
 「コミック乱ツインズ」2019年4月号
 「コミック乱ツインズ」2019年5月号
 「コミック乱ツインズ」2019年6月号
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年9月号
 「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その二)

|

2019.10.15

「コミック乱ツインズ」2019年11月号(その一)


 2号連続増ページと、なるほどずっしりくる『コミック乱ツインズ』2019年11月号は、表紙が橋本孤蔵『鬼役』、巻頭カラーが星野泰視『宗桂 飛翔の譜』という構成。また、艶々『かきすて!』が新連載となります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋分家の天才児・宗英の昇段試験の相手となった宗桂。しかしあくまでも試験ということで宗桂は角落ち、互角の二人にとってこれは決定的な差になるかと思いきや、宗英も自ら角を封じて対等の勝負を望むのでした。
 しかし初めから角がない者と角を封じた者の違いが勝負に思わぬ影響を与え、勝負は見えたかに思えたのですが……

 宗桂が宗英に勝てば大橋分家が宗桂暗殺に動くという裏のあったこの一戦、もちろん二人はそんな事情は知らないのですが(知っていても宗桂は本気で打つと思いますが)、二人のそれぞれの個性が出て意外な好勝負に。
 しかし宗英の実はかなり悲惨な過去がカットバックされる中で宗桂が勝つのは――と思いきや(まあそれでも宗桂は本気で勝ちに行くと思いますが)、なかなか面白い形で決着が着くことになります。

 これでホッとしたのは、裏の事情を知っていた勝助ですが――しかしその陰謀の一端を担っていたのは、自分の婿入り先の義父。そしてその義父が、かつて初代宗桂の棋譜を巡って剣を交えた謎の男と接点があることを知ってしまい――と、思わぬ展開で続くことになります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 連載第2回にして、いま一番気になる作品の一つである本作。殺しを裏の生業とする主人公・佐内が、かつて同じ生業だった父を殺した必殺剣「二胴」を使う謎の刺客の殺しを依頼され――というところで第1回は終わりましたが、今回はこの依頼の裏の事情が語られることになります。

 実はこの事情というのが時代小説ファンにはお馴染みの、唐津藩主時代の水野忠邦の猟官運動――老中首座を狙う忠邦が、その障害となる唐津藩からの国替えを画策したというアレ。簡単に言ってしまえば、この忠邦の行動を支持する江戸家老と、反対する城代家老の暗闘が背景にあったのであります。
 佐内とその父は江戸家老側の刺客として、そして「胴斬り」の剣客は城代側の刺客として動いていたということなのですが――さてそれでは敵は何者なのか、というのが大きな謎。それを探るべく、佐内は動き出すのですが……

 思ったよりもあっさりと明かされたこの暗殺合戦の裏側。ということはそれはあくまでも物語の背景で、本題はやはり謎の剣客の正体探しということなのかもしれません。
 そちらはまだまだこれからと言ったところですが、今回の見所は、やはり佐内の人物像でしょう。前回も、暗殺者とごく普通の若者としての顔が印象に残りましたが、今回見ることができるのはそんな彼の様々な表情――ゾッとするような昏い殺人者の目を見せることもあれば、母親代わりの女中に見せる飾り気のない顔、そして父の死を前に見せるある意外な感情と、彼の複雑なキャラクターが、やはり大いに気になるところであります。

 そしてラストに登場する水野家側の協力者の侍もなかなか気になるキャラクターで、相変わらず先が楽しみな作品であります。(しかし佐内、公式で女顔の美形なのですね)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 柳沢吉保の命で残忍な道場破りを繰り返す邪剣士・浅山鬼伝斎と、三十年来の決着をつけるべく急ぐ入江無手斎。かつては無手斎が勝利したこの対決ですが、復仇の念から腕を磨いた鬼伝斎の技は凄まじく――と、今回は冒頭から達人同士の息詰まる死闘がたっぷりと描かれることになります。
 無手斎も十分コワい顔をしていると常々思ってきましたが、彼のそれがが武芸者としての厳めしさであるのに対して、鬼伝斎は人殺しとしての凶悪さ。その描き分けも見事ですが、その二人の激突は迫力十分。スピーディーかつ緊迫感溢れる殺陣にシビれますが、個人的にはその直前の静の場面、特に二人の足運びをアップで描いた画の巧みさが印象に残ったところです。

 と、師匠が大変な一方で、聡四郎は紅さんのところにお呼ばれ。二人の仲睦まじい姿が描かれる一コマは、これがもう実に絵になります。にしても母の形見の小袖をプレゼントとは、もう完璧に俺の嫁状態ですが、しかしいざ紅さんがそれを着ていても――というところに聡四郎のキャラクターがすごく出ているのも、愉快なところであります。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2019年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年11月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年2月号
 「コミック乱ツインズ」2019年4月号
 「コミック乱ツインズ」2019年5月号
 「コミック乱ツインズ」2019年6月号
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年9月号
 「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その二)

|

2019.10.14

小山ゆう『颯汰の国』第1-2巻 颯爽たる国造りの物語、始まる


 『おーい竜馬』『あずみ』など時代漫画も少なくない小山ゆうの新作は、江戸時代前期を舞台とした時代活劇であります。徳川幕府の理不尽な圧力により主家が改易となった青年・佐々木颯汰――彼の颯爽たる活躍を描く時代活劇です。(内容の詳細に触れているのでご留意下さい)

 伊豆地方のとある国で少年時代を過ごした佐々木颯汰。物心ついた頃にはすでに父母はなく、土地の和尚に育てられた彼は、和尚が病で亡くなった後に佐々木家の夫妻にもらわれ、のびのびとと育ってきた青年であります。
 多数を相手にしても一歩も引かない剣の腕で城下の近藤道場一の剣士となり、主家・高山家の琴姫の目に留まるほどとなった颯汰。しかしそんな彼の明るく賑やかな日常は、不意に終わりを告げることになります。

 ある日、高山家に突然下された改易の沙汰――時あたかも徳川家が外様大名を次々と取り潰していた頃、高山家も言いがかりのような理由で改易、藩主は切腹が命じられたのであります。
 そしてその開城の使者となったのは、功名心の強さと残忍さで知られた大名・横山宗長。琴姫の美貌に目を付けた宗長によって一度は奪い取られた姫ですが、これを機転を利かせて奪還してのけた颯汰は、重臣の古賀が姫と弟君を奉じてある計画を立てていることを知ることになります。

 その反抗の計画に、仲間や両親とともに勇んで加わる颯汰。彼らの向かう先は隣の幕府の直轄領――そこで颯汰たちが仕掛ける奇想天外な企てとは、そしてその行方は……


 『颯汰の国』というタイトルが示すとおり、主人公・颯汰が国造りに挑む物語である本作。しかし私はこのタイトルを初めて見たときは、てっきり戦国ものと思い込んでおりました。
 その理由は言うまでもなく、幕藩体制が確立した江戸時代に国造りの物語は不可能だろう、という思い込みなのですが――あに図らんや、真っ向から本作はそれに挑んできたとは!

 単行本第2巻のあらすじにはっきりと出ていることではあるので触れてしまいますが、颯汰たち高山家の遺臣の狙いは、隣の幕府領の乗っ取り。住民たちを抑圧し搾取する、典型的な悪代官とはいえさすがにこれは――と思いきや、それを真っ正面から堂々と、そしてユーモラスに爽快にやってのけるのは、これが本作のカラーということでしょうか。

 そう、本作はまさに爽快。普通であれば一つだけでも気が重くなりそうな事件の数々を切り抜けていく颯汰のやり方は一つ一つが心憎いほど痛快で、まさにその名の通り颯爽としたそのやり方というのは実に気持ちが良いのであります。
 題材的には、一歩間違えればいつ悲惨な方向に転がってもおかしくない物語ではありますが、おそらくはそうはならないであろう――という印象を受けるのは、この颯汰のキャラクターをはじめとするカラーによるところが大ではないでしょうか。

 少なくとも私は、大冒険に乗り出す直前、かつて親友たちとともに琴姫に自分たちの楽しかった思い出を語り、共に笑い合った時のことを思い出しながら、颯汰が姫にかけた言葉――
「ずっと……ずっと後になって、思い出話で……あの日みたいに大笑いできるようなことを、この先起こしていきましょうか!!」
という、胸が詰まるほど明るく、気持ちの良い言葉を信じていきたいと思うのです。


 正直なところ、善人は善人の顔を、悪人はものすごく悪人な顔をしているというわかりやすいキャラクターデザインはちょっとどうかな、と思うところはあります(おかげで第2巻の後半に登場した刺客たちの立ち位置がなんとなく予想できてしまうのがちょっと残念)。
 また、第2巻で早くも明かされる颯汰の出自も、本作のような物語においてはプラスに機能するかその逆になるか、悩ましいところではあります。

 しかしタイトルは『颯汰の国』であっても、彼以外の登場人物もまた、一人一人が重要な役どころであることは間違いありません。彼らがこの物語で、この国造りでどのような役割を果たすのかも含めて――物語の向かう先を楽しみにしたいと思います。


『颯汰の国』(小山ゆう 小学館ビッグコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
颯汰の国 (1) (ビッグコミックス)颯汰の国 (2) (ビッグコミックス)

|

2019.10.13

佐々木匙『帝都つくもがたり』 面倒くさい二人が追う怪異の多様性


 面白い小説好きには要チェックの賞となった感のある角川文庫キャラクター小説大賞、その第4回に読者賞を受賞した連作怪異譚であります。昭和初期の帝都を舞台に、酒浸りで怖がりの文士と不人情な新聞記者のコンビが、怪談を求めて向かった先で出会う怪異の数々。その先にあるものとは……

 文士と言いつつもなかなか筆で食っていけず、酒浸りの日々を送る大久保の家に、ある日押しかけてきた、学生時代からの友人で腐れ縁の新聞記者・関。
 新聞の企画で怪談を集めているという関は、取材の手伝いに大久保を引っ張りだそうとするのですが、大久保は大の怖がり。しかしそのリアクションが良いのだと鬼のようなことを関は言うのであります。

 もちろん関を追い出そうとする大久保ですが、しかし相手が懐から取り出したのは三十円の借金の借用証。かくて借金をタテにされ、大久保は関とともに新聞企画「帝都つくもがたり」のネタのため、東京で囁かれる怪異を追って東奔西走する羽目に……


 という基本設定の本作は、全八話+プロローグとエピローグから構成される連作短編集。
 女学校の教師をしている大久保と関の元同級生のもとに不気味な赤子が現れるという壱話を皮切りに、川辺に現れる子供の霊や、希少本ばかりを売る幻の古書店、身代わり人形の怪や、街に無数に現れる烏etc. 二人は様々な怪異に出くわすことになります。

 これは全く個人の印象ではありますが、良い(短編)連作ホラーの条件は何かといえば、それは描かれる怪異のバリエーションが豊かであること、ではないかと常々考えています。
 怪異が単一の源から生まれるのでもなく、似たような形態を取って現れるのでもなく、それぞれに生まれ、それぞれに現れる――そのある種の「多様性」こそが、ホラーとしての内容の豊かさにある程度繋がってくるのではないでしょうか。

 その点からすれば、本作は実に理想的な作品であります。登場する怪異は、人の強い念が生んだものもあれば純粋な(?)幽霊あり、妖怪変化としか思えぬものがあれば付喪神的な存在もあり、そしてある種の不気味な「現象」としか思えぬものもあり……
 怪異が次々と発生するのが当たり前と言えば当たり前の連作ホラーにおいて、次に何が飛び出してくるのかわからないということが、どれだけ愉しく魅力的であるかということを、本作は改めて気付かせてくれるのです。


 しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。本作で描かれるものは怪異のみならず、その怪異たちの探求者・目撃者・そして記録者である大久保と関、二人自身の姿でもあるのですから。

 本作の語り手である大久保と相棒の関。彼らは本来であれば、怪異を探し、目の辺りにし、それを書き留めるだけの存在であるのかもしれません。
 しかし彼らは単なる狂言回しには留まる存在ではありません。彼らはここに至るまで二十数年間の人生を経てきた人間なのであり――そして本作はそんな彼らの姿を、怪異たちの存在と同時に、徐々に浮き彫りにしていくのであります。

 それは彼らが怪異に触れたことで浮かび上がるものでもあります。逆にそんな彼らの内面が、怪異と密接に関わっている場合もあります。
 いずれにせよ、怪異を描くことで同時に人間を描きだす――一歩間違えればどこか陳腐なものとなりかねないことを、本作は、大久保と関というひどく素直でない連中の姿を通すことによって、ごく自然に、そしてどこか安らぎすら感じさせる空気でもって達成しているのであります。

 そしてそれは、本作で描かれる大久保と関の姿が、単なるのっぺらぼうの語り手などではなく、生きる時代こそ違え、あくまでも我々と同じ人間なのだと感じさせてくれるから――それにほかならないのでしょう。


 個性的で恐ろしい怪異の数々を描きながらも、同時にどこか微笑ましく親しみを感じさせる二人のキャラクターの物語として成立している本作。これが作者のデビュー作とは到底思えません。

 幸い11月には続編が発売されるとのことですが、果たしてそこで何が描かれるのか――いや、そこにあるのが、恐ろしくも個性的な怪異の数々と、二人の男たちの面倒くさい、しかし親しみ溢れる姿であることだけは、間違いのないことでしょう。


『帝都つくもがたり』(佐々木匙 角川文庫) Amazon
帝都つくもがたり (角川文庫)

|

2019.10.12

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 これは毎年言っていることで恐縮ですが、もう今年も残すところ三ヶ月――まだ暑い日が続くためにそんな印象はありませんが、本当に早いものです。ということは新刊情報も今年はあと二回――名残惜しい11月の伝奇時代アイテム発売スケジュールです。

 毎月この発売スケジュールをチェックしている時は、ああ、今月は時代伝奇ものは全く発売されないのでは、と心配になるもので、今月もそんな感じだったのですが、まとめてみればかなりの点数となった11月。

 まず文庫小説としては、ドラマ版も無事終了したシリーズ最新作、山本巧次『大江戸科学捜査八丁堀のおゆう 北からの黒船』、なにげに通俗的な(?)作品を書かれる山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』がまず気になるところです。

 そして時代ものファンとしても要チェックのライト文芸としては、第1巻の完成度の高さに驚かされた佐々木匙『帝都つくもがたり 続(仮)』のほか、黒狐尾花『姫陰陽師、安倍晴明 平安あやかし草子』、玖神サエ『古着屋紅堂 よろづ相談承ります』第2巻が登場。

 また、文庫化・復刊では瀬川貴次『暗夜鬼譚 紫花玉響(仮)』、京極夏彦『書楼弔堂 炎昼(仮)』、畠中恵『とるとだす』が要チェックです。
 さらに新潮文庫nexからは岡本綺堂&宮部みゆき『半七捕物帳 江戸探偵怪異譚』が登場。おそらくは宮部みゆきによる名作選と思われます。


 そして漫画の方は、川原正敏『修羅の刻』、西国無双編の第19巻、そしてTAGRO『別式』第5巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第7巻、速水時貞『蝶撫の忍』第5巻と気になる作品の最新巻が並びます(ちなみに『蝶撫の忍』はこれにて完結)。
 そのほか、わらいなく『ZINGNIZE』第3巻、藤田かくじ『徳川の猿』第1巻、原哲夫『前田慶次 かぶき旅』第2巻も気になるところです。

 また、岩崎陽子『ルパン・エチュード』第4巻は残念ながらこれが最終巻。大好きな作品だっただけに残念ですが、最後まで見届けたいと思います。

 そしてこれまでほとんど取り上げずにいて恐縮ですが、尼子騒兵衛『落第忍者乱太郎』は第65巻で 惜しくも完結。今までお疲れ様でした!



|

2019.10.11

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 片羽の蝶』 柱たちの素顔を掘り下げた短編集


 単行本第17巻、そして原点となる作品を収録した短編集の発売と、アニメが終了しても絶好調の『鬼滅の刃』――その小説版の第2弾であります。今回も第1弾と同じく外伝を収録した短編集ですが、中心となるのは柱のメンバー。キメツ学園を含めた全6話から構成されております。

 炭治郎たち同期組5人に柱9人と、主立ったキャラクターだけで二桁ともなる『鬼滅の刃』。これだけのキャラクターがいれば、そこには様々な語り尽くせぬエピソードが、あるいは語られざるエピソードが生まれることになります。
 本書で扱っているのはまさにそのような内容――作中で、あるいはおまけカットで触れられた内容をベースにして、物語が紡がれていくことになります。

 幼い頃に鬼に両親を殺され悲鳴嶼に命を救われた胡蝶姉妹が、ともに鬼殺隊士を目指し、そして運命に引き裂かれていく様を描く表題作「片羽の蝶」
 柱稽古で宇髄から温泉を掘るよう命じられた善逸が、スケベ心から伊之助を騙して一緒に温泉探しに邁進する「正しい温泉のススメ」
 しのぶに対するある想いから、他人にときめいたり腹一杯食べたりできなくなった蜜璃の胸の内が語られる「甘露寺蜜璃の隠し事」
 刀鍛冶の里での戦いの後、療養中の玄弥が、蝶屋敷の少女とのやりとりの中で兄・実弥との記憶を辿る「夢のあとさき」
 お館様たっての願い(?)のために、柱が総出で義勇を笑わせようと奮闘を繰り広げる「笑わない君へ」
 文化祭を目前に、炭治郎たちのバンドによる被害を未然に防ぐべく実行委員たちが悪戦苦闘を繰り広げる「中高一貫☆キメツ学園物語!! パラダイス・ロスト」


 以上全6話、最後の1話は別としても、ほとんど鬼との戦いが描かれることはなく、登場人物たちのやりとりあるいは心象描写で展開していくことになる点は前作同様ではあります。
 しかし異なるのは、冒頭で触れたとおり柱を描く物語主体であることでしょう。第2話と第4話は主人公こそ善逸と玄弥の同期組ですが、彼らの存在を通して描かれるのは音柱と風柱なのです。

 この辺り、善逸祭りだった前作と比べるとバランスがよい――というより、いずれも人気キャラでありながらもなかなか個々の人物のエピソードを描き切るまではいかなかった柱たちを掘り下げたのだと思いますが、納得のチョイスでしょう。
 もちろんここで描かれているものは、基本的に原作で描かれているものから大きく踏み出しているものではなく、上で述べたとおり原作の一場面を膨らませたものという印象ではありますが、嬉しい試みであることは間違いありません。

 そんなわけで読者によって琴線に触れる部分は異なるのではないかと思いますが、個人的におっと思わされたのは「正しい温泉のススメ」であります。
 相変わらず善逸が善逸らしい暴走を繰り広げるお話ではありますが、ラスト近くで、原作で印象に残っていた宇髄のある台詞が拾われているのが嬉しいところ。宇髄のことだから勢いで言っていそうな気もしたのですが、それをそのままで終わらせず、彼と善逸たちの一つの絆の形として描いてくれたのに納得です。

 その一方でかなりギリギリの線を行った感があるのが「笑わない君へ」なのですが――さすがにどうかと思いつつも、悲鳴嶼の空気を読めない真面目さや宇髄の適当さなどは如何にもという印象はありますし、ヒドいオチのようでいて、結末が何となく良い話で終わっているのも愉快で、嫌いになれないお話ではあります。
(ただ、実弥ってお館様を人質にされたら何でも言うこと聞くようなキャラかなあ――という印象はあり)


 本編の方の展開を考えると、何となく哀しくなる部分があるのは否めませんが――それはまあ仕方のないことでしょう。(その哀しくなる筆頭のしのぶの出番が結構多いのは、柱の中で数少ないツッコミ役だからなのでしょう)
 今回もファンアイテムではありますが、前作よりも楽しめることは間違いない一冊であります。


『鬼滅の刃 片羽の蝶』(矢島綾&吾峠呼世晴 集英社JUMP j BOOKS) Amazon
鬼滅の刃 片羽の蝶 (JUMP j BOOKS)


関連記事
 矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 しあわせの花』 鬼殺隊士たちの日常風景

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻 新章突入、刀鍛冶の里での出会い
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻 決戦無限城、続く因縁の対決

 『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』 ファンであればあるほど納得の一冊!

|

«『吾峠呼世晴短編集』に見る作者の志向・嗜好