入門者向け時代伝奇小説百選

 約十年前に公開した「入門向け時代伝奇小説五十選」を増補改訂し、倍の「百選」として公開いたします。間口が広いようでいて、どこから手をつけて良いのかなかなかわかりにくい時代伝奇小説について、サブジャンルを道標におすすめの百作品を紹介いたします。

 百作品選定の基準は、
(1)入門者の方でも楽しめる作品であること
(2)絶版となっていないこと、あるいは電子書籍で入手可能なこと
(3)「原則として」シリーズの巻数が十冊以内であること
(4)同じ作家の作品は最大3作まで
(5)何よりも読んで楽しい作品であること の5つであります

 百作品は以下のサブジャンルに分けていますが、これらはあくまでも目安であり、当然ながら複数のサブジャンルに該当する場合がほとんどです(また、「五十選」の際のサブジャンルから変更した作品もあります)。
 そのため、関連のあるサブジャンルについては、以下のリストからリンクしている個々の作品の紹介に追記いたします。

【古典】 10作品
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)
2.『鳴門秘帖』(吉川英治)
3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)
4.『丹下左膳』(林不忘)
5.『砂絵呪縛』(土師清二)
6.『ごろつき船』(大佛次郎)
7.『美男狩』(野村胡堂)
8.『髑髏銭』(角田喜久雄)
9.『髑髏検校』(横溝正史)
10.『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎)

【剣豪】 5作品
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

【忍者】 10作品
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

【怪奇・妖怪】 10作品
26.『おそろし』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)
31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)

【SF】 5作品
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

【ミステリ】 5作品
41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)

【古代-平安】 10作品
46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)
51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)

【鎌倉-室町】 5作品
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

【戦国】 10作品
61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)
66.『桃山ビート・トライブ』(天野純希)
67.『秀吉の暗号 太閤の復活祭』(中見利男)
68.『覇王の贄』(矢野隆)
69.『三人孫市』(谷津矢車)
70.『真田十勇士』シリーズ(松尾清貴)

【江戸】 10作品
71.『螢丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)
76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

【幕末-明治】 10作品
81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)
86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)

【児童文学】 5作品
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

【中国もの】 5作品
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)



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2019.05.27

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!


 長きにわたった官軍との死闘もついに終わり、招安を受けることとなった梁山泊。しかし百八星全員がそれを良しとするはずもありません。散り散りとなった豪傑たちが一つに再び集う時は果たして来るのか――いよいよ『絵巻水滸伝 招安篇』大団円であります。

 梁山を舞台とした壮絶な死闘の末、辛うじて官軍と引き分ける形となった梁山泊軍。しかし戦いの最中に梁山は炎上し、彼らの帰るべき梁山泊は炎の中に消えることとなります。
 まさしく呉越同舟となって梁山泊を離れた両軍を待ち受けていたのは、朝廷が梁山泊を招安し、そして梁山泊がそれを受けたという知らせだったのですが……


 というわけで、ついに招安を受けることとなった梁山泊。もちろんこれは原典と同様の結果ではありますが、しかしそこに至るまでの経緯は全く異なります。

 原典では高キュウや童貫、そして節度使たちの軍を圧倒的な力の違いで散々に打ち破った後に招安を受けたのに対し、ギリギリまで追い詰められ、ついには帰る場所を失った末の苦渋の選択として招安を受けた本作。
 どちらの梁山泊が「強い」かといえばそれは原典かもしれませんが、しかしどちらが「らしい」かと言えば、それは本作ではないでしょうか。

 迫られて梁山に向かった者たちが、その地を望んで捨てて、それを迫った者たちへ帰順する――あの豪傑たちがその選択を容易に肯んぜるかといえば、それはやはり違和感が残ります。
 それを思えば、迫られて梁山を捨てた者たちが、苦渋の選択として招安を受ける方が、まだ梁山泊「らしい」――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


 しかし、帰るところを失ったとはいえ、そのまま官軍に加わるのを良しとしない者たちがいるのもまた、当然であります。しかも本作においては、去りたい者は梁山泊軍を去ってよろしいと宋江が語った故に、仲間たちと袂を分かつ者たちが続出。
 当て所なく旅立った武松と魯智深、史進、裴宣、燕順。李師師のもとに転がり込んだ燕青。相変わらず二人で旅を続ける楊雄と石秀、故郷に帰った朱仝と雷横、かつての根城に帰った黄門山組……

 官軍を好まない者、束縛を嫌う者、他にやるべきことがある者――理由は様々ですが、それはそれで納得できる一方で、もちろん寂しさが残るのも事実であります。

 そして彼らを失った一方で、梁山泊の主力は東京の帝のもとに粛々と向かうのですが――しかし、あの高キュウが、彼らをただで済ますはずもありません。
 帝の閲兵にかこつけて豪傑たちを武装解除、兵とも切り離して宮城に誘い込み、一網打尽にして皆殺しにする。まさしく、行けば死の罠、いかねば天下の笑い者――そんな状態に追い込まれた豪傑たちの運命は……


 もちろん、その先に描かれるものをわざわざ述べる必要はないでしょう。ここではただ、梁山泊は失われたとしても、百八星の豪傑は「梁山泊」にあるのだと、そしてその絆は何者にも――そう、彼ら自身にも――断ち切ることはできないと、そう述べるだけで足ります。

 この招安で豪傑たちが失ったもの――それは決して小さくはありません。しかしそれでも失われないものを、いうなれば「梁山泊」の心意気というべきものを、本作はここで描き出すのであります。
 それが本作の「招安篇」の最大の収穫と言うべきではないでしょうか。

 しかしその一方で、招安を受けた梁山泊を待ち受けるのは、決して明るい道ではありません。各地で覇を唱える田虎・王慶・方臘ら叛徒たち。宋国を虎視眈々と狙う遼国。そして何よりも宮中に巣くう奸臣たち……
 そんな中で梁山泊の豪傑たちは生き延びることができるか。宋江はかつて見た滅びの運命を変えることができるのか。盧俊義は梁山泊の救い主となることができるのか。呉用の秘策は成就するのか。

 これまで以上に苦難の道を行く豪傑百八星の前にまず立ち塞がるのは遼国――「遼国篇」ももちろん近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 第五巻 招安篇5


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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

関連サイト
 公式サイト
 公式ブログ

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2019.05.26

辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味


 昭和20年、敗戦直後の東京を舞台に、再び跳梁を始めた怪人二十面相に小林少年が挑む、痛快なパスティーシュ『焼跡の二十面相』のご紹介の続きであります。

 前回、本作独自の魅力として、小林少年を主人公に据えたことを挙げましたが、もう一つ、決して忘れてはならないものがあります。それは、敗戦直後という舞台設定そのものであります。

 輝かしい文化の数々――その一つにほかでもない、探偵小説があったといえるでしょう――は戦争によって失われた末、誰もが明日の夢よりも今日の飯を追い求めることを余儀なくされた、敗戦直後の日本。本作はその姿を、リアルタイムでそれを目撃してきた者ならではの目で、克明に描き出します。
(例えば、爆撃で真ん中が、そして焚き付けにされて根本が失われ、天辺だけがブラブラと残った電柱、などという奇怪な風景など、その最たるものでしょう)

 そんな世界に蠢くのは、ロマンと稚気、そして美学に溢れる怪人とは全く異なる種類の人間たち――戦争を利用して私腹を肥やす大商人、敗戦したと見るや米軍にすり寄って儲けようと企むブローカー等々、厭な「大人」たちなのであります。
 敗戦直後という夢も希望も、文化も誇りも失われた世界、怪人や探偵にとっては空白の時代には、そんな人間たちが相応しいのかもしれません。しかしそれでも本作が、そんな焼跡にあえて乱歩の世界を復活させてみせたのは――これは作者らしい強烈な異議申し立てであると感じられます。

 作中で繰り返し繰り返し描かれる、当時のそして戦時中の世相、そしてそれを仕掛けた人々とそれに流された人々に対する皮肉。読んでいて些か鼻白むほど痛烈なその皮肉は、先に述べたように、リアルタイムでその世界を知る作者ならではのものというべきでしょう。
 しかし本作はそんな直接的な皮肉以上に、さらに強烈なカウンターパンチを、現実に喰らわせるのであります。戦争というバカバカしい現実にも負けずに復活し、現実を翻弄してみせる怪人の存在によって。そしてそれに挑む正義と理性の徒である探偵の存在によって。

 そしてまた――そんな焼跡の物語だからこそ、現実の愚かな「大人」たちを相手にするからこそ――本作の探偵は、未来と希望の象徴である「少年」でなければなかったと感じます。
 目の前の現実に翻弄されて右往左往している大人たち、現実の中にどっぷりはまって小狡く立ち回っている大人たちを後目に、明日を夢見て奮闘する少年に……

 さらに言えば、本作で描かれる痛烈な皮肉が、決して舞台となった時代に対してのみ向けられているわけではなく、今我々が生きるこの時にも向けられているであろうことをと思えば――小林少年の活躍は、かつて少年だった我々に対するエールとも、発破とも感じられるのです。


 などと小難しいことをあれこれと申し上げましたが、やはり本作の基本は良くできたパスティーシュであり、痛快な探偵活劇であります。

 終盤の逆転また逆転のスリリングな騙し合いのたたみかけは見事というほかなく、何よりも思いもよらぬ(それでいて乱歩とは全く無関係というわけではない)ビッグなゲストまで登場するサービス精神にはただ脱帽するほかありません。
 そしてここで語られるこのゲストの戦争中の行動については、なるほど! と納得するほかなく――そしてそこから生まれる「名探偵」同士の爽やかな交流にも胸を熱くさせられるのです。
(さすがにそこからあのキャラクターに持っていくのはちょっとやりすぎ感もありますが……)

 そして、ラストの小林少年の言葉に思わずニッコリとさせられる――そんな怪人二十面相と少年探偵団の世界、探偵小説という世界への愛に満ちた本作。
 かつてその世界に胸躍らせた我々にその時の気持ちを甦らせると同時に、空白の時代に活躍する彼らの姿を描くことにより、我々の胸に新たな火を灯してくれる――そんな快作であります。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.24

折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と


 箱崎の船宿・若狭屋を舞台に、何かとこの世のものならぬものと縁を持ってしまう女将・お涼を狂言回しに描かれるシリーズの第二弾であります。今回もお涼の前に現れるのは、どこか人間くさいあやかしや神さまたち。そして本作では、お涼のルーツも描かれることに……

 日本橋は箱崎――現代では東京シティエアターミナルの所在地ですが、江戸時代はこの時代は江戸の水運の中心地。本シリーズは、その江戸を海と繋ぐ箱崎の小さな船宿・若狭屋を中心に、人とあやかしの、この世とあの世の奇妙な繋がりを描く短編連作であります。

 この若狭屋の女将・お涼は、父親・甚八譲りの見える体質。それゆえ幼い頃から何かとあやかしたちと縁を持ってしまうことになります。
 何しろ生まれてすぐに水害で流され、そこから救われるのと引き換えに、サルタヒコなる神の嫁になる約束をしたというのですから、筋金入り(?)なのであります。

 そんなこともあって、三十を過ぎた今も一人で父から譲られた若狭屋を切り盛りしているお涼ですが――しかし彼女はそんな運命など気にすることなく、江戸っ子らしいさっぱりとした態度で日々を暮らす、気持ちのよい女性。今日もおかしな縁で結ばれた人やあやかしを出迎え、明るくもてなすのであります。


 さて、そんな若狭屋とお涼を中心として描かれるシリーズ第二弾の本書は、八つの短編を収録しています。
 攫われた山の守り神を探して江戸にやってきた片目片足の小僧を助けてお涼が奔走する「小正月と小僧」
 幼い頃のお涼が手習所で出会った少年・吉弥との間の淡い恋心と、ある約束を描く「約束」
 飛鳥山に花見に出かけたお涼が、月虹が出る晩に開かれる異界の市に迷い込んだ末、思わぬ勝負に巻き込まれる「月虹の夜市」
 お涼と遊女上がりの綾と御家人の娘の菊江、生まれも育ちも違う友達同士の心の交流「月を蔵す」
 人付き合いを好まない男・源造が不思議な力を持つ女性・志乃と出会ったことから動き出す運命を描く「常世の夜」
 幼い頃に父の愛人・お慶に預けられた甚八が、自分の持って生まれた力に悩みつつも、お慶らの励ましで歩み出す「痣」
 行き倒れの男と出会った幼い頃のお涼が、男とともに雷珠を落とした雷獣に遭遇する「遠雷」
 いつも変わることなくそこにいて、若狭屋の船頭の銀次に、そして災害に苦しむ人々に力を与える萱原の女神の存在を描く「鹿屋野比売神 」

 いずれの物語も過剰に派手でも、ひどく恐ろしいわけでもなく、描かれているのは日常から半歩、あるいは一、二歩踏み出した不思議の世界。どこかのどかで、親しみやすさすら感じられる――そんな物語が描かれるのは、前作同様であります。


 しかし、本作で描かれるのは、日常とその隣の世界だけではありません。本作の特徴の一つは、現在に繋がる過去の世界が描かれることであります。
 特に「常世の夜」「痣」「遠雷」の三部作とも呼ぶべきエピソードは、お涼の親の、そしてそのまた親の代からの繋がりを描く物語として、印象に残ります。

 お涼が生まれながらに持つ力――それが父・甚八から受け継いだものであることは冒頭に述べましたが、その力もまた、甚八の親から受け継がれたものでもあります。
 ここで描かれるのは、受け継がれるその「力」と、そこに込められた想いの繋がり。それは決して真っ直ぐなものばかりではなく、時に脇道に逸れたり、ねじれたりとすることもありますが――しかし確かに今の自分に受け継がれている。本作で描かれるお涼たちの姿は、そんなことを感じさせてくれるのです。


 そしてまたもう一つ本作で印象に残るのは、巻末に収められた「鹿屋野比売神 」であります。紆余曲折を経て船頭となった銀次に、折に触れて力を与える萱原の女神の存在を描く本作は、しかしその女神が、銀次だけではなく、この世に、この自然に生きるものたちに力を与えるものであることを描きます。
 洪水や噴火などの天災に苦しめられる人々に寄り添う存在として――

 そんな女神の存在が、今この物語の中で語られるのは何故か――それを言うのは野暮かもしれません。しかしそこには本作の、そして作者の、我々に向ける優しい眼差しを感じる――そう述べることは許されるのではないでしょうか。


『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』(折口真喜子 東京創元社) Amazon
月虹の夜市 (日本橋船宿あやかし話)


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 折口真喜子『おっかなの晩 船宿若狭屋あやかし話』 あの世とこの世を繋ぐ場所で出会う者たち

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2019.05.23

『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界


 博覧強記で知られる東郷隆の児童文学、しかも題材は邪馬台国――と、何とも気になることだらけの本作『邪馬台戦記 闇の牛王』。未だ混沌とした3世紀初頭の日本を舞台に、少年少女が奇怪な暴君に挑む姿を描く、ユニークで骨太なファンタジーであります。

 瀬戸内海沿岸の集落・ウクイ村を悩ませるクナ国の「徴税」。畿内を治める邪馬台国の女王・ヒミコに従わず、数年おきに近隣を襲うクナ国は、数年おきに生口(奴隷)として少年少女をさらっていき、そしてさらわれた者は二度と帰ってこないのであります。
 そのクナ国が襲来する年――今年に12歳となったばかりの村長の子・ススヒコは、幼なじみの少女・ツナテが生口に選ばれると知ると、彼女を守るため自ら生口に志願し、共にクナ国に向かうことになります。

 一方、遼東太守の公孫氏の命で邪馬台国への使節として派遣された学者・劉容公達は、対面した女王ヒミコから、思わぬ言葉を聞かされることになります。
 クナ国を治めるハヤスサは、実はヒミコの父親違いの弟。そしてクナ国に向かってハヤスサの様子を探り、叶うならば討ち果たして欲しい――と。

 国民を貧困に喘がせ、そして近隣諸国を武力で従わせようとするハヤスサ。ごく一部の者にしか姿を見せない謎の王に抗する者として、ススヒコとツナテ、そして劉容たちの運命が、クナ国で交錯することになります。


 歴史上、確かに存在したにもかかわらず、その位置を含めて不明な点が多く、また女王卑弥呼が用いたという「鬼道」もあって、あたかもファンタジーの中の存在のように扱われる邪馬台国。
 冒頭に述べたように、驚くほどの広範な知識を踏まえた作品を描いてきた作者であっても、これにリアリティを持たせて描くのはなかなか難しいのでは――というこちらの予想は、もちろんと言うべきか、完全に裏切られることになります。

 そんな難しい題材に対する本作のアプローチは、邪馬台国に限らず、この時代に関する(数は多くはないものの確かに存在する)記録や遺構の数々を踏まえ、そしてその点と点を結び、さらに他の知識を繋ぐことによって、大きな像を浮かび上がらせるというもの。

 その結果、本作は一種の人種のるつぼであった日本列島とそこに生まれた国々の姿、そしてその筆頭ともいうべき邪馬台国の姿を、何とも魅力的に、そして地に足のついた世界として描き出します。
 特に邪馬台国については、ユニークでダイナミックでありつつも、描き方の難しい邪馬台国東遷説を違和感なく採用しつつ、そしてそこに物語が有機的に結びついているのには感心させられます。


 と、本作の歴史小説としての側面ばかり触れてしまいましたが、本作の基本はあくまでも児童文学。
 自分の村以外の世界を知らなかったススヒコが、正義感と冒険心、そしてツナテへの想いから外の世界に飛び出し、様々な(時に過酷な)経験を踏まえて成長していく姿は、王道の児童文学の展開といえるでしょう。
(そしてそんなススヒコの、この国の無垢な少年の視点と、劉容という大陸の知識人、二つの視点から物語を描く手法も巧みであります)

 そしてその彼の先に待ち受けるのが、本作の副題の「牛王」なのですが――当時日本には伝来しておらず、未知の獣であった牛の角を戴くこの怪人の存在は、そんなススヒコのヒロイックな冒険の先に待つ者として、なかなかに魅力的であります。
 そしてこの牛王(と卑弥呼)から、我が国のあの神の存在や、異国のあの神話の影を感じさせる――あくまでも感じさせる、に留まるのがまたうまい――ことから生まれるロマンチシズムも、心憎いほどなのであります。


 確かな考証と豊かな発想を踏まえ、未知の世界で展開される『邪馬台戦記』。第2巻ではまた趣向を変えた物語が展開することになりますが――そちらも近日中に紹介したいと思います。


『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 闇の牛王

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2019.05.22

『どろろ』 第十九話「天邪鬼の巻」

 折られた刀を打ち直してもらうため、刀鍛治・宗綱のもとを訪れた百鬼丸とどろろ。そこで宗綱の娘・おこわに気に入られ、熱烈な求愛を受ける百鬼丸だが、彼はそれを受け入れると言いだし、驚くどろろの口から出るのも二人を祝福する言葉だった。果たしておかしな現象の背後にあるものは……

 前回、多宝丸に刀を折られ、刀鍛冶を訪ねて旅をしてきた百鬼丸とどろろ。前回いきなりのおでこコツンムーブに驚かされましたが、百鬼丸的にはマイブームらしく、道ばたの馬にまでコツンし始める有様ですが――そんなこんなで旅を続けて、ようやく宗綱という腕利きの鍛冶がいる村を訪れた二人。村の若い男に宗綱のことを訪ねてみれば、宗綱の研いだ刃物は切れないし、娘はひねくれ者で器量も悪いというのですが――どろろが試してみればその刃物はスゴい切れ味なのですからおかしな話であります。

 それはともかく、宗綱の元を訪ねた二人の前に現れたのは、その娘・おこわ。器量云々などとんでもない、本作に登場するには違和感の方が大きい美少女なのですが――ここでよせばいいのにまた百鬼丸がおでこコツンをしたことで、後々大問題となります。
 さて、そこに現れた娘とは大違いの激シブな壮漢・宗綱は、何を見たのか、百鬼丸の刀を見るなり、まず供養をすると言い出します。そして四人で毘沙門天を祀る(伏線)村の寺を訪れるのですが――寺の屋根に潜んでいた奇怪な男が、何やら怪しい手振りをすると、同様の光で縁取られる百鬼丸の体。しかし彼を含めて、誰もそれに気づかず……

 さて、刀が打ちあがるまで村の宿屋に逗留することになった百鬼丸とどろろですが、そこに現れたのは、おでこコツンに完全に勘違いして、「百さま」とデレて食べ物まで持っておこわであります。何ともチョロいおこわですが――しかしハードボイルドの極みのはずの百鬼丸は、おこわと一緒になる、刀も体も要らない、と言い出すではありませんか。
 当然、あまりのことに動転し、激怒するどろろですが、百鬼丸は淡々と同じことを繰り返すばかり。それだけならまだしも、今度はどろろまでも、本心とは正反対に、百鬼丸がおこわと一緒になるのが嬉しい、お似合いだと言い出すようになってしまうのでした。

 そして話はとんとん拍子に進み、祝言を上げることになった二人。そんな二人に、村人たちは祝福――にはほど遠い暴言の連発をぶつけるのですが、それを誰も気にする様子もありません。再び二人の前に殴り込んだどろろも、口を開けば出てくるのはお祝いの言葉ばかり。ただ一人、冒頭登場した若者だけは、素直に祝福の言葉をかけるのですが……
 そしてその晩、百鬼丸がこんな調子だったら、おいらが刀を盗んでやると宗綱の元に忍び込んだどろろ。あっさり見つかってしまったどろろは、宗綱と刀のこと、百鬼丸のことを語るうちに、力の使い道を間違えさせないためにも、やはり百鬼丸の傍にいたいと語るのですが――あれ、言葉が元に戻ってる!?

 そこで自分たちの行動を振り返ってみて、おかしくなったのがあの寺参りからだと気付き、寺に向かうどろろ。そこで屋根の上の奇怪な小男を見つけ、石をぶつけてたたき落とすのですが――折悪しくそこに現れたのは、挙式のためにおこわに引きずられる形で寺に連れてこられた百鬼丸。小男に操られるまま、百鬼丸はどろろにのしかかると首を絞め始めるのでした。が――そこで小男の後ろから現れた宗綱が、小男を殴り倒してジエンド。術が解けて抱きしめてくる百鬼丸にどろろも別の意味で大弱りであります。

 さて、騒動のタネとなった小男の正体こそは、寺の仏像に踏みつけられていた天邪鬼(の像)。仏像の位置を直せば天邪鬼も消え、皆も術が解けて一件落着。かわいそうなのはおこわですが、明るく村人たちに頭を下げていると、そこにあの若者が現れて彼女に求婚、彼女もあっさり受け入れて……
 何はともあれ、刀も復活して嬉しそうな百鬼丸は村を旅立ちます。もちろんどろろと一緒に……


 非常にハードだった前回(というかいつも)が何だったのか、というギャグ回の今回。自分の思いとは正反対の言動を取らされて――というのは一種の定番ネタではありますが、その状態になるのが鉄面皮の(それでいて最近少しずつ喜怒哀楽が芽生えてきた)百鬼丸というのは愉快ではあります。
 しかし、百鬼丸とどろろは自分たちの言動に違和感を感じているのに村人はそうでもなさそうだったり、おこわには術の効果が全くない上に周囲の言動に疑問を持ってなかったり――と、妙に感じられる部分も多く、今一つノレなかった、というのが正直なところであります。

 もちろん色々考えれば理屈はつくのですが、しかし妙にわかりにくいのがかなり損をしていると感じます。結局、どろろならずとも「なんだこれ」という印象の今回でした。


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