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2004.01.19

妖女渡海剣 用心棒・新免小次郎

 かねてよりの知己・徳川頼宣より呼び出された小次郎は、頼宣たっての願いで、鄭成功なる人物の用心棒を務めることとなる。金井半兵衛、松浦水軍の海賊たちとともに平戸から廈門に向かう小次郎だが、彼らの前に南蛮の邪剣士、そして海賊船を操る仮面の妖女たちが次々と立ちふさがる。清国と明国の争いの中で奮戦する小次郎だが、その陰では思いも寄らぬ陰謀が進められていた。

 本日読了。シリーズ第3弾ですが、明朗伝奇時代小説というスタンスは変わらず。ネタを全く惜しまない所も変わらずで、楽しく一気に読むことが出来ました(今頃気づきましたが、伝奇時代小説というジャンルは、暗い…とまでは言わないものの、陰のある作品が多いですね。歴史の裏の世界や秘密・謎を扱った物語が多いために宿命的にそういうものを背負ってしまうのでしょうか)。物語的には、何故金井半兵衛が鄭成功の元へ? という疑問がまず最初に浮かびましたが、ラストまで読み通してみて、なるほど、こういう絡繰りだったのね、と納得。
 しかし何よりも心に残ったのは、登場する女性たちと小次郎の、心身の交流を描いた部分。個人的には女性にだらしない(≒誰とでもイタしてしまう)キャラクターは好きではなく、小次郎についてもそういう目で見ていたのですが、作中で女海賊への辱めに憤る姿、そして味方に見捨てられ心身共に傷ついた敵方の女戦士に対する気遣いは、まさしく「紳士」であり、女性にだらしないかのように見える部分も、小次郎の優しさの表れだったのだな、と今更ながらに感じ入った次第。また、その直後、同じく敵方だった女頭領と交合しながら共通の敵と対決するのも面白いところ。ここですぐ頭に浮かぶのは山風の「剣鬼喇嘛仏」ですが、あちらが身体は繋がりながらも心は平行線のままという非常にネガティブな男女関係を描いている一方で、こちらは敵対しあっていた二人が身も心も繋がっていく、一種の愛情表現のシーンとして描かれているという、その違いが非常に印象的でした。

 さて、まだまだ続くであろうこのシリーズ。作中では由比正雪一党が一貫してとことん悪役に描かれていますが、シリーズとしてのクライマックスは慶安の変になるのでしょうか。いつか描かれるであろう「その日」を楽しみにしています。


「妖女渡海剣 用心棒・新免小次郎」(えとう乱星 学研M文庫)


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