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2004.02.15

「曾根崎心中」と「仮名手本忠臣蔵」

 先週に引き続き、昨日は国立劇場小劇場で文楽の「曾根崎心中」と「仮名手本忠臣蔵」を見てきました。一緒に行く予定だった人が直前になってダウンして、代わりの人を捜すのに苦労しましたが(日にちが日にちだからねえ)、結局先週文楽に行った相手と今週も。

 以前から文楽は世話物の方が合ってるんじゃないかと思っていましたが、「曾根崎心中」は、その考えが間違いではないと確認させてくれました。演じられたのは「生玉社前の段」「天満屋の段」「天神森の段」で、主人に睨まれ友人に裏切られ、浮世に身の置き所のなくなった主人公・徳兵衛が恋人・お初とともに心中するまさにクライマックス。
 時代劇オタのくせして、時代劇の登場人物の言動にうなづけないものを感じることも多い私ですが(どーも現代人としての目ってものが抜けなくていけない)、この作品は、細かいシチュエーションはともかく、大筋としては今の人間の目で見ても大いに共感できるもので、素直に若い二人の悲劇に感情移入して感動することができました。時代物でありながら、現代に通じるものを描き、現代人を感動させられるのはすごいな、と思いましたが、よく考えたらこの作品は「当時の現代物」だったんだなあ。
 しかし私、恥ずかしながら演劇史的なものはほとんど全く知らなかったのですが、時代物が主流だった文楽において、この「曾根崎心中」が世話物を根付かせた嚆矢だったとのこと。人形浄瑠璃という非現実の世界で、非現実(現代ではないという意味も含めて)の時代物を演じるのももちろん一つの手法ですが、文楽で世話物を演じるというのは、媒体が生身の人間でない、人形であるだけにかえって現実というものがクローズアップされて描かれるわけで、人形浄瑠璃という非現実を通して現実を描くという手法に目を付けた近松はやはり凄かったのだな、と感心しました。
 ちなみに作中、お初の座る遊女屋の縁の下に隠れた徳兵衛が、人との会話にかこつけて心中の覚悟を問うお初に対し、彼女の足首を自分の首に押し当てて、無言で答え、お初もそれに足の動きで同意するシーンがあるのですが、「この演出はエロい!」と私と連れの間で意見が一致しました。男女の情を描きながらもセクシュアルなものを抑えたなかで、このシーンはさりげない中にそうしたものが濃厚に感じられて名シーンだったと思います。

 そして「仮名手本忠臣蔵」の方は、高師直に斬りつけた塩谷判官を抱き止めてしまった加古川本蔵の娘と大星力弥が許嫁であったことから生じる悲劇を描いた「道行旅路の嫁入」「雪転しの段」「山科閑居の段」(まあ、最初のは山科に向かう本蔵の娘がひたすらはしゃぎまくるという舞囃子に近い愉快なシーンなんですが)。こちらも本蔵の妻と由良助の妻の演技合戦としかいいようのないぶつかり合いは良かったんですが、終盤で冷めた…。パターンと言いますか王道と言いますか、本蔵が力弥の刃をわざと受けるのですが、そこでスパッと終わっていれば良かったのにその後も延々と物語が続くので正直つらいものがありました。もちろん、個人の勝手な印象であり、またその続く部分は、大長編「仮名手本忠臣蔵」としては必要なシーンと思うので、通しで見ればまた印象は違うのかもしれませんが、ちと残念。


 それにしても今日も人形のふとした所作から伝わってくる感情の動きは怖いくらいで、怪談ファンとしては文楽で怪談ものをやったら洒落にならなくなるだろうな、と勝手な想像を。

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