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2004.04.20

時代

 私はオタクサイトが天下国家を論じるの愚を嗤う人間であるので、自分のサイトでこういうことを書きたくはないのですが、「もの言はざるは腹ふくるる業なり」などという言葉もあるので少しだけ言えば、ずいぶんと気持ちの悪い世の中になってきたな、という印象があります。自分も絞首台への列に並んでいるのにも気づかず、自分の前で縊られている者を嗤ったり足を引っ張ったりしている人間がずいぶんと増えきたとでも言いましょうか。何も考えずに叩きやすい方を叩く人の悩みのなさと想像力のなさは、ある意味うらやましくもありますが。

 と、グタグタ言っても仕方ないのでここでうちのサイトらしいことを言い出せば、昭和初期にニヒリストキャラ――「赤穂浪士」の堀田隼人、「砂絵呪縛」の森尾重四郎、そして「新版大岡政談」の丹下左膳――が相次いで登場したというのも実感として納得できる気がします。そのニヒリストキャラたちが、元々は脇役として生み出されたものであっても、主役を食う人気を見せ、世の人に受け入れられたというのは、自分の行く手に黒雲が見えているのに、我が手に傘は無し、そして道を戻ることも逸れることもできない、そんな状況あってのことであり、そしてその時代の空気は――もちろん私は書物で知るだけですが――今のそれと、もしかすると似ていたのではないか、と思うのです。

 が、ここで一つの希望的とも言える事実があります。それは上記のニヒリストキャラの一人、丹下左膳の存在。「新版大岡政談」で主役を食う人気を得たことにより、「丹下左膳」としてピン立ちした左膳先生ですが、続編での姿は、ニヒリストの姿はどこへやら、の爽快・豪快・痛快なキャラクターとなっておりました(柴錬先生がエッセイの中で「バカ」と身も蓋もない表現をしたのは、こちらの左膳の方でしょう)。初登場から数年、より一層時代に近づいた中で、こうした丹下左膳のキャラの変質が見られたということは、もちろん一種の達観・憂き世離れということもあるでしょうが(あと、不忘先生が何も考えていなかった、という線も大いにあるかも)、私はむしろここに林不忘先生のエンターテイメント作家としての健全さと志を見たいと思います。
 暗い時代に対して斜に構えるか、そんな時代だからこそ豪快に笑い飛ばすか――もちろんそれぞれの立場はありましょうが、むしろ前者の立場になりがちな私にしてみれば、世のエンターテイメント作家の方々には、後者の立場で頑張っていただきたい、と切に願う次第です(まあ、目ェそらすって意味では同じなんだけどな)。

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