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2004.11.15

目白-雑司ヶ谷-護国寺 並びに大森彦七がこと

 今日――いや、もう時間的に昨日になってしまいますが、友だちに誘われて、目白-雑司ヶ谷-護国寺一帯に散歩に行ってきました。
 天気は今ひとつですが、それほど寒くもなく、歩くにはよい環境。時間にすればおよそ4時間、うち1時間は音羽でお茶していたので実際に歩いたのは3時間ばかりでしたが、非常に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 目白では、畳屋さんで、畳のへりの端切れを使って作ったカード入れ(小銭入れ)を購入。畳のへりということで丈夫そうですし、デザインが豊富、そして何よりも一つ300円というお値段が非常に魅力で、明日から定期入れはこれに決定。

 その後千登世橋と荒川線の線路を越えて、法明寺の鬼子母神様へ。丁度七五三ということで、なかなかの賑わいでありました。ここで本日一のヒットがあったのですがそれは後で。

 それから雑司ヶ谷霊園を通過。こちらは人も少なく、非常に静かで、これはこれで気分良く歩くことができました。特に探さなかったので、竹久夢二のお墓しか見れませんでしたが、今にして思えば小泉八雲と泉鏡花のお墓にはお参りしておくべきだったかな。
 と、ここで「井上源三郎」という銘のお墓を発見。えええええ、と驚きましたが、もちろん別人の方でした。すみません>泉下の井上源三郎様

 そして旧宣教師館を見物。ここで手に入れたのが、「都内文化財公開事業ガイドマップ」という小冊子。今月3日から14日(昨日)まで、東京文化財ウィーク2004というのが開催されていたらしいのですが、それに合わせて作られたらしいこの小冊子、内容の充実度がハンパでない。約80頁オールカラー、23区はおろか島嶼地域までの様々な文化財が網羅されていて、私のような都内ぶらぶら歩きが大好きな人間にとっては非常にありがたい一冊でした。
 都の教育委員会も、こういうベクトルではいい仕事しますネ。

 その後喉が渇いたので喫茶店を求めて歩くこと小一時間――が、住宅街や高速道路脇でそういった店が見つかることもなく、音羽まで出て光文社の近くのロイホでお茶。その後、ずいぶんと暗くなってから大塚先儒墓所(ここは入れませんでしたが)と護国寺を巡って、お開きとなりました。

 私は上にちょっと書いたように、都内をぶらぶら歩き回るのが大好きなのですが、いつも思うのは、都内の史跡…といかないまでも、ちょっと歴史のある旧跡、特に神社仏閣の多さ。住宅街や商店街、あるいは交通量の多い道のすぐ脇に、こうした空間が残っているというのは、なかなかに嬉しく、気分のいいものです。
 今回歩いた地域も、そんな空間でした。もちろん、色々と喪われていくものも多いのではありましょうが、まだまだ歴史というものが形となって残っているのを見ると、少し安心できます。

 
 …と、キレイにまとめてそのまま忘れるところでしたが、鬼子母神様で見つけた本日一番のヒットとは、
本堂にあった一枚の板絵「板絵着色大森彦七図」
 湊川の合戦で活躍した大森彦七が、楠木正成の亡霊に苦しめられたという「太平記」の記述は、非常に伝奇色が強く、私は大好きなのですが、この板絵はその中の一つ、彦七が道すがら背負った美女が、鬼女に変じたというエピソードを描いたもの。そしてこれを描いたのは鳥山石燕
 聞けばこの板絵、石燕の肉筆で唯一現存するものだとか。七五三ということで混雑していてあまり時間がなく(そしてあまりこの絵ばかりに夢中になっていては鬼子母神様に申し訳なく)、あまりじっくりと見ることは出来ませんでしたが、しかし思わぬ(下調べくらいすればいいのに…)出会いに、伝奇者としては非常に嬉しく、得をした気分になったことです。

 

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