風の武士
世情慌ただしい慶応三年(一八六七)の初午の日、伊賀同心の末裔で貧乏御家人の部屋住みの青年・柘植信吾は異相の山伏とすれ違った! それこそは信吾の運命を大きく変える第一歩であった! 信吾が代稽古を務める刀術無一流指南練心館の道場主父娘には、意外の秘密があった! 信吾が想いを寄せる道場の娘ちのと瓜二つの女性の姿が描かれた丹生津姫草紙とは!? 巨万の秘宝が隠された伝説の秘国・安羅井国とは!? 安羅井国の謎を追う密命を受けた信吾は、謎の一団にさらわれたちのを追って、東海道を西へ向かうのだった! 幕府隠密、紀州藩隠密、謎につつまれた安羅井国人の卍巴の死闘に巻き込まれた信吾の運命や如何に!? 波瀾万丈の幕末伝奇長編作!
…と、私が心から愛する春陽文庫のカバー折り込みに書いてあるあらすじ調に書くとこんなストーリーになるこの作品。しかし、あらすじと実際の内容にこれほど隔たりのある作品も珍しい、というくらいの不思議な作品でありました。
というのも、主人公の柘植信吾が、実にもう、「伝奇時代小説の主人公」らしくない言動を見せる人物。伊賀忍者としての素養も一撃必殺の剣術も身につけているし、巻き込まれる事件も事件、もちろん女性にももてる(お嬢様とお姉さん風と幼なじみが、まんべんなくせまりくる宿命)…のですが、困ったことにヒーローとしての自覚無し、その場の勢いと自分にしか理解できないようなプライドのみで突っ走る。
そしても一つ、すぐに思考の迷路にはまって悩みまくる。もう作品の三分の一は自問自答しているんじゃないかという勢いで悩む。
が、実にそれが面白いのです。若さが服を着て歩いているような主人公の完成されていない人格と言動が、見ていて実に微笑ましいというか、共感できるというか…。
確かに、人間若い頃は(って私もまだそんな分別くさいこと言えるほど年取ってるわけではないですが)こういう理由で動いちゃうものだよなあ、こんなことで悩むものだよなあ、と、頷けることがしばしば。
伝奇という特異な舞台、特異なストーリーだからこそ、かえって栄える人間の自然な感情というものは確かにあります。おそらく司馬先生は、伝奇小説の皮をかぶった青春小説を書きたかったのではないかな、と思った次第。
定番の時代伝奇小説や、いつもの司馬節を期待すると不満に感じることも多いと思いますが、私はなかなか楽しく読むことが出来ましたよ、この作品。
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