今週の「SAMURAI DEEPER KYO」
狂の玄武は、アシュラ=灯の左手の悪魔の眼を封じただけだった。が、既に全身に広がっていた悪魔の眼の力は玄武の軛から脱出してしまう。悪魔の眼を滅ぼすには、灯に開ききった悪魔の眼を見せればよいと告げるひしぎだが、それは同時に灯の死をも意味するのだった。そしてついには灯の力である法力をも操り始めるアシュラ。だが狂は、アシュラの、灯の全ての攻撃を無抵抗に受け止める。ついに灯を抱き留めた狂の言葉に我を取り戻した灯は、悪魔の眼を自ら直視する――
仲間と呼べる者を持つことが夢だった灯。それがやはり夢でしかなかったと絶望した灯の心を救ったのが、どんな姿になろうとも自分をまっすぐ見つめてくれた狂の言葉と行動だったというのは、ベタですがまあよし。仲間というキーワードを念頭において灯のこれまでの登場シーンを読み直すと、なかなか感慨深いものがあります。
悪魔の眼を自ら見て自爆に等しいヒキでしたが、まあここでGENKAITOPPAするんでしょうな。
そして遊庵vsひしぎは狂と灯が乱入してきたおかげで双方真の力を見せぬまま水入り。双方を傷つけない収め方はなかなかうまいと思います。
と、ここで気づいたんですがこの作品、「眼」が一つのキーワードとなっていますね。狂・サスケ・ほたる・辰怜の紅い眼は言うに及ばず、今回の灯の(おそらくは悲しい現実の象徴たる)悪魔の眼、現実を拒否していたアキラの閉ざされた眼、重い過去の痕であろう梵天丸の隻眼…
意識してか否かはわかりませんが、レギュラーキャラのほとんどのに「眼」が潜在的にせよ顕在的にせよ関わっているのはなかなか面白いことだと思います。
その他、幸村は鶺鴒眼を使うし、心の底を見せぬ鎮明はサングラスをしているし…とここまでくるとこじつけめいてきますが。
で、何が言いたいかというと、つまり紅虎のあの糸目にもきっと意味があるんですよ! …ないない。
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