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2005.07.27

地続きの世界の向こうへ 「百物語」

百物語
 この22日、杉浦日向子さんが亡くなられました
 私は杉浦先生のあまりよい読者ではなく、また、漫画家としてよりも江戸風俗研究家としての印象を強くもっていることもあり、そんな私がこうした文章を書くのも如何なものかと思わないでもないですが、追悼の意味を込めて、そして怪奇を愛する者として、この「百物語」について駄文を綴らせていただきます。

 この杉浦版「百物語」は、江戸時代を舞台とした怪異を描いた全九十九話から成る短編集。江戸時代の著名な怪談に材を採ったものもありますが、いずれも作者一流の慎ましやかで細やかな描写によって、作者独自の怪異談として成立しています。
 一口に怪談と言っても千差万別、実に様々な趣向のものがあるわけで、この「百物語」も非常にバラエティに富んだ怪異の宝石箱とも言うべきものとなっていますが、しかしそのそれぞれに共通しているのは、描かれる怪異が、この世と地続きのものとして描かれ、受け止められていること。

 確かに登場する怪異の数々、幽霊や妖怪、狐狸の類や魑魅魍魎などは、この世ならざるもの。しかし彼ら(とあえて呼ばせていただきますが)は、いずれもこの世(人間の世界と言い換えても良いでしょう)に地続きにつながった何処かの住人であって、何かの拍子に彼らがこの世に顔を見せたり、こちらの人間があちら側に足を踏み入れたりすることもある、いわば隣人とも言える存在であります。
 そして怪異と対面した人間たちも、それを恐れながらも、ありうべきもの・こととして、それなりに受け入れて自分の生を送っている様が描かれます。つまり、ここで描かれるのは、決して異次元の怪異、人とこの世と断絶した世界ではないのです。

 この「百物語」の中には、怪談ジャンキーを自認する私も、それこそ「惣身に水を浴びた心持ち」になる怪談が、少なからざる数収録されているのですが、しかしそれでも決して不快感を感じることなく、どこか柔らかなものすら感じさせられるのは、怪異の世界を地続きのあちら側として眺める杉浦先生の視点によるものでしょう。
 そしてそれは、江戸時代という過去を、現在と地続きのあちら側として描く視点と共通のもの、と評しても、あながちうがった見方ではないのではと思います。

 杉浦先生のそんな視点からの著作をこれ以上読むことが出来ないのは非常に悲しいことですが、地続きの世界の向こう側に通じる扉の鑰とも言うべき、この「百物語」という作品が遺されたということは、どこか心慰められることではないでしょうか。


「百物語」(杉浦日向子 新潮文庫) Amazon bk1

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