スマートで暢気な幕末名探偵 「亜智一郎の恐慌」

泡坂妻夫先生の幕末を舞台とした連作短編集。表向きは江戸城雲見櫓でひねもす雲を見て過ごす雲見番、その実は将軍直属の隠密という亜智一郎をはじめとする雲見番たちの活躍を描いた作品が七編収められています。
泡坂先生の作品は、時代小説であっても、どこかモダーンな、洒脱な雰囲気をたたえていますが、この作品も例外ではなく、舞台となる時代は風雲急を告げる幕末、起きる事件も深刻なものばかり、一歩間違えれば天下動乱につながりかねない事件も一度ならず…なのですが、主人公である亜智一郎のスマートかつどこか暢気なキャラクターも相まって、軽い気分で読むことが出来ます。
もちろん、元々ミステリをホームグラウンドとする作者の作品だけあって、単に楽しいばかりでなく、いずれの作品もピリッとひねりの効いたトリックが楽しめる仕上がりとなっています。
個人的に一番面白かったのは第2話「補陀落往生」。藩主が家臣を大量に手討ちにしたというさる藩に潜入した智一郎たちが、そこで目撃した手の施しようのない病人を安らかに往生させるという補陀落往生の儀式。その秘密は…という一種の不可能犯罪ものですが、物語を構成する全てのピースがぴたりとはまる結末が見事な一編でした。
また、時代小説として見れば、「激動の時代」というキーワードでまとめられがちな幕末という時代を、どちらかといえば傍観者的な存在である雲見番の立場から見ることにより、多面的に、そして血の通ったものとして描いている点に注目すべきでしょうか。
ちなみにこの連作、登場するキャラクターたちは、主人公をはじめとして、泡坂先生の現代を舞台にしたミステリ「亜愛一郎」シリーズに登場するキャラクターたちのご先祖にあたる…ということなのですが、恥ずかしながら私はまだ「亜愛一郎」シリーズを読んでおりません。
読んでいれば、より一層楽しめたのだろうなあと思いますが、読んでなくともこの作品単体でも十分に楽しめることは間違いありません。
なおこのシリーズは、池田恵先生により「サスペリアミステリー」誌で漫画化されていたとのこと。
ああ、池田先生の絵柄は何だか似合いそう…単行本化されないかしら。
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