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2005.10.18

一休さんが偉いのは 「一休和尚漫遊記」

 お馴染み一休禅師の活躍を描いた講談。一休さんと言えばやはりとんち坊主の印象がありますが、この講談では小坊主時代のエピソードは少なめで、成人してからのエピソードがメインとなっています。
 タイトルでは漫遊記とありますが、別に水戸黄門のように旅メインのお話しではなく、むしろ一休さんの一代記といった内容。少年期(例の屏風の虎退治)から始まって、二十七歳で禅師となり、有名な「門松は冥土の旅の一里塚」で髑髏といっしょに年始参りや、地獄太夫発心のお話など、有名無名のエピソードが散りばめられていて、まずは肩の凝らない読み物となっています。

 しかし、この講談を読んで感心したのは、後小松帝の子であるという一休さんの出自のエピソードが、冒頭にほんの少し触れられているだけで、後はほとんど全く現れないこと。つまり、物語の中では、一休さんはあくまでも一人の人間一休さんであって、やんごとなき血を引くお方としては扱われず、従って一休さんの反骨奇矯の言動が許されるのもみんなの尊敬を集めるのも、要するに一休さんが偉いのは、一休さんの血筋からではなくて、一休さん個人の人格から、ということになるわけです。
 何を当たり前のことを言っていやがる、と思われるかもしれませんが、貴種流離譚というものがいやになるほど転がっているエンターテイメント、なかんづく時代劇の世界において、日本で一番偉い人の血を引いていながら(ちなみに現在は一休さんの墓は宮内庁が御廟所として管理しております)、その点を全く売りにしないで物語が描かれている点に、ちょっと感心してしまいました。

 よく考えてみれば、一休さんは史実においてもフィクションでも反骨の人。その人が自分の血筋を前面に出していたらイメージが崩れるので、当たり前といえば当たり前なのですが――

 いずれにせよ、後世に名を残す名僧が、我々庶民の目線にまで下りてきて、難しそうに見える仏の教えをかみ砕いて語ってくれたり、ふんぞりかえっている世俗の権威をやっつけるのを見るのは、現代人である我々の目から見ても楽しく嬉しいものでありますし、立川文庫の栄えある第一号が「一休禅師」であったのも、決して故なきことではないのだろうな、と思いました。


 ちなみに、一休さんでお馴染みのしんえもんさんは、何故か新左衛門という名で登場、二十七歳の一休さんに帰依して、以後頼もしい下僕…いや弟子として活躍しています。やっぱり一休さんには頭上がらないのですね。


「一休和尚漫遊記」(講談名作文庫)

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