« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005.11.30

今週の「Y十M」 見よ、秘技まんじ飛び!

 今回の「Y十M」は、前回・前々回のまったりムードからがらりと変わってのアクションまたアクションの追撃戦。竹橋御門からの帰りに具足丈之進の犬の存在に気づいた十兵衛。お鳥と共に駕籠で帰路を急ぎますが、まっすぐに帰れば当然掘の女たちの居所も知られてしまう。駕籠に揺られながらとはいえ、十兵衛の投じた小柄をかわすという妙技(?)を見せる丈之進の犬を相手に、さてどうする十兵衛&お鳥…といったところで出ました、秘技・まんじ飛び!

 どのような描かれるのか気になっていたまんじ飛びですが、このアングルからきたか、と思わされる意外ながらもスピード感ある描写で満足しました。
 しかしお鳥さん、いつにもましてふくよかに描かれていたような気がしましたが、卍飛びの凄さを見せるため…だったらどうしよう<大変失礼な言いようです。

 そして入れ替わった駕籠の中で、ほとんど変身ヒーローばりに般若侠に成り変わった十兵衛先生、そのまま間髪入れずに襲いかかった猛犬相手に「ブラックエンジェルス」の松田さんばりのバイオレンスファイトで激勝(何、唐突な喩えでわからない? いんだよ、細けぇ事は)。そこに駆けつける具足丈之進と残り二匹の犬、さらには槍の平賀孫兵衛までが登場です。おお、何だか孫兵衛が格好良い。

 と、変なテンションで書いてしまいましたが、それだけ今回はアクションが多く満足度高し。基本的に原作に忠実に描きながら、細部で小技を効かせてきて原作と互角以上に面白くしてしまうせがわマジックを堪能できた今回でありました。
 次回もアクション多くなりそうなので期待大。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.29

「ソウルキャリバーIII」で時代劇キャラを作ろう(2)

 第2回の今回ですが、早くもケッ作の予感。まあ何も言わずに見て下さい。
kogan
 「シグルイ」第5巻より。この後、夕雲さんの顔面がとんだグロ画像になる羽目に。
 ちなみに夕雲さん、眉毛は肌と同系色にしてちゃんと消してあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「大帝の剣」大復活!

大帝の剣映画化&ファミ通で連載再開
 たぶん今年一番のビッグサプライズ。腰抜かしました。
 映画化というのも(監督が堤幸彦というのも)驚きましたが、何と連載再開、しかも掲載誌が週刊ファミ通というのも…いきなり連載始まってるしな。

 落ち着いて情報をまとめますと、
・2007年中公開を予定し、年内に撮影開始。監督は堤幸彦。
・映画化を受けて、原作小説の連載再開。劇場公開まで週刊連載
・新章のタイトルは「天魔望郷編」
といったところ。イラストは、以前の天野喜孝氏ではありませんが、HACCAN氏によるイラストも全く違和感なく感じられました。源九郎が黒いサザンクロスのようだ。
 ページ数としては、特報&紹介記事が二ページ、連載第一回が二ページという構成でした。

 そして始まった本編。少し前に時間が戻り、物語の鍵を握る女性・ラン(蘭)の宇宙船が三人の追っ手に追われて地球に不時着するシーンからスタートする模様。
 まだまだ連載第一回、しかも分量は週刊誌二ページ分(これはまあ仕方がない)と、先の展開はもちろん見えませんが、この物語が伊吹山に天空船が落下するシーンから始まったことを思えば、それと対応するものとして、再開第一回にふさわしい幕開けと言えますまいか。
 …にしても「妖星伝」の影響ってのは本当に強いものなのだなぁ、と変なところで感心。

 それはさておき、連載が中絶してもう十年近く…
 正直に言って、この物語に再会できる可能性は相当低いのではないかと勝手に思っていましたが、それが映画化(これはまあいつものことながら正直不安も感じますが)、そして連載再開と、全くもって嬉しい驚きでありました。
 もちろん伝奇時代劇ファン、夢枕獏ファンとしては大好きな作品なので、きっちりとケリつけて欲しいですね。…つくのかなあ。いや、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」だって完結したんだからきっと!
 そしてまた、ゲーム雑誌という媒体でこうした作品が連載されることで、少しでも時代劇、伝奇時代劇に目を向ける若い方が増えてくれたら嬉しいなあ…と心より思う次第です。


 …しかし、もしかして単行本はファミ通文庫から出たりするのかしらん<それはない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.28

「ソウルキャリバーIII」で時代劇キャラを作ろう(1)

 先日23日に発売になったPS2用の3D武器格闘ゲーム「ソウルキャリバーIII」なのですが、これが実に面白い。ゲーム自体が面白いのもさることながら、ゲーム中で使うキャラクターを自作できるキャラクタークリエイションというのが実に面白いのです。

 これ、要するに体の部分毎に用意されたパーツを組み合わせて(色も変更可能)、新しいキャラクターを作ろうというものなのですが、想像以上にパーツの種類があるので、適当に組み合わせていても退屈しませんし、こんなものまで? というものも作れたりします(ただし、最初のうちは使えるパーツはごくわずかで、メインのゲームを進めていくと徐々に増えていくというのが、プレイヤーのモチベーションを高める上で実にうまい)。

 と、チャンバラゲームのキャラクターを作成可能とくれば、時代劇サイトの端くれとしては黙っていられません。色々と時代劇キャラを作成してみようと思った次第ですが…いざモデルのあるものを作ってみようと思うとこれがまたなかなか難しい。
 などと言い訳しつつ作ってみたキャラ第1号は…「サムライガン」の七号丸市松(対戦相手はゲームレギュラーキャラの御剣平四郎)

ichimatsu
 …えー、サムライガンといえばあの特徴的な兜なんですが、しっくりくるパーツが(今のところ)ないので、頭剥き出しです。単なる全身黒タイツ男になってしまいましたがそこは気にしないで。物語のラストでも兜かぶってなかったし、と言い訳。
 ちなみに武器はさすがに拳銃はないので日本刀を持たせていますが(これもラスト、江戸城地下での戦いで刀使ってましたし…)、実は腰にはちゃんとホルスターがあったりします。

bon_sasuke
 一人だけでは寂しいのであと二人。「SAMURAI DEEPER KYO」から梵天丸とサスケ。
 梵はそのままだと単なるサラシ巻き上半身ハダカ眼帯男なので、普段肩にかけてる長ランを再現した…つもり。サスケは髪型だけ見て下さい。実は女性だし(パーツが男女毎に分かれているのでこういうこともままあります)。

 この先も、何か面白いものができたら掲載する所存。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.27

「魔剣烈剣」 天才エンターテイメント作家の源流


 先年惜しくも亡くなられた横山光輝先生のごくごく初期のこの作品(全作品でも三作目、時代ものでは二作目)、実に50年前(!)の作品ではありますが、今読んでも全く古びたところのない痛快アクション活劇でありました。

 主人公は無双の剣の腕を持つ浪人・山本龍馬。彼が不思議な縁で知り合った少年・照之助、実は越中富山守に刀鍛冶の父を殺された少女・早百合を助けて富山守に戦いを挑むというのが基本ストーリー。そこに龍馬を助ける好漢・村雨次郎、名はキャラを現す敵役・人斬新九郎、追いつめられた富山守が雇った忍者集団の長・山彦軍太夫と、多彩なキャラクターが登場。
 個人的には、主人公の親友で剣術と手裏剣術の達人として描かれる無頼浪人・村雨のキャラクターがお気に入り。友情と義侠心から大名相手に真っ向から勝負を挑み、また(龍馬同様)密かに早百合に心惹かれながらもそれを押し隠す(かのように見える)男臭さ充満のキャラであります。ビジュアル的に、横山ファンにはお馴染みの横山初期作品常連の村雨顔なのもポイント高し。

 一方、筋立てとしては、基本的にシンプルな敵討ちものではありますが、そこにこの多士済々なキャラが絡み、さらに、抜けば嵐を呼ぶ黒竜とその力を抑える白龍という二本の名刀、富山守を守る山彦族と龍馬たちの助っ人・甲賀流忍者との忍者同士の死闘(横山作品初の忍者バトルであります)、正義の義賊白龍党の活躍と、ガジェットも盛りだくさんで、まったく飽きることなく最後まで楽しく読むことが出来ました。
 当時の漫画界の事情はよくわかりませんが、この作品がおそらくは当時で驚きと好評を持って迎えられたであろうことは想像に難くありません。

 巻末で横山先生ご自身の「私の漫画に欠かせない、スピード感と娯楽性は、この当時からあったようです」という言葉が示すとおり、その人生の最後まで我々読者を飽きさせることなく楽しませて下さった天才エンターテイメント作家の源流とも言える佳品であります。


「魔剣烈剣 横山光輝初期作品集 第三集」(横山光輝 講談社) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.26

「十兵衛両断」(2) 剣法、地獄。


 「十兵衛両断」の感想の続き、今回は第二話から第四話まで。

「柳生外道剣」
 第二話はぐっと時代が遡り、秀忠の二代将軍就任の頃が舞台。家康の悲願である朝鮮との国交回復(なぜ家康が国交回復に執着したかは同じ作者の「魔岩伝説」でとんでもない裏面史が描かれていますが)の条件として朝鮮側から提示されたのは、怨敵秀吉の墓を暴き、死体を切り刻むという「剖棺斬屍」の実行。そしてその実行役として選ばれたのが柳生石舟斎と宗矩であった…という設定です。
 主君の命とはいえ、己の修得した剣をそのような目的のために振るうことに迷いを隠せない石舟斎ですが、そこで「剖棺斬屍」実行の場に乱入してきたのは、「新陰流」を操る謎の一団。煩悶のあまり、その剣士たちが、既に鬼籍に入って久しい師・上泉伊勢守が送り込んだ者と思いこんだ石舟斎は、伊勢守の影を追いますが…

 何せ死体が歩き回ろうが、死者の魂が復活しようが不思議ではない荒山伝奇。この作品でもその伝かと思わされますが、さて、最後に明かされる真実は如何に。勿論ここでは詳細は伏せますが、剣法史に詳しい方であれば、成る程そうであったかと、ミステリ的な興奮を感じるのではないでしょうか。

 それにしてもこの作品の肝は、石舟斎と宗矩という対照的な親子の姿。第一話同様、ここでも冷徹なリアリスト(マキャベリスト?)の顔を見せる宗矩に対して、自分の修得した剣、師から伝授された剣を外道の所業のために振るうことに躊躇いと恐怖を感じる石舟斎の姿は、人間としてはまことに正しい姿と言えましょうが、しかし主君に仕え、その命のままに剣を振るうべき侍としては、パラドキシカルな存在であります。
 権力という、甘い蜜とも恐ろしい毒ともなるモノに触れたとき個人はどう振る舞うのか、振る舞うべきなのか…そんなことを考えさせられます。


「陰陽師・坂崎出羽守」
 ずいぶんと挑発的なタイトルですが、内容的にもある意味この短編集最大の問題作と言えるこの作品。何せ冒頭から引かれるのが、F・ポール・ウィルスンの名作伝奇ホラー「ザ・キープ」なのですから尋常ではありません(というかぶっちゃけありえない)。
 タイトルとなっている坂崎出羽守が実は朝鮮人だった、という「史実」については、本編中でも触れられている通り既に五味康祐先生がその作品中で述べているところですが、ここではそれを更に…というか地平線の彼方まで押し進めてみせた怪作。
 坂崎出羽守と言えば、大坂城落城時に家康孫娘の千姫を火中から救いだし、千姫との結婚を望むも果たせず、遂には柳生宗矩の説得を受けて切腹したという人物。果たしてその「真実」や如何に、と言えば…

 元宇喜多家家臣とは仮の姿、その実は朝鮮陰陽術を操り日本に害をなさんとする怪人・鄭玄秀、まさに陰陽師・坂崎出羽守。この出羽守の陰謀に立ち向かうのは、三話連続登場となる柳生宗矩ですが、今度ばかりは相手が悪く、命どころか己が己たる「存在」が危うくなるという恐怖を味わう羽目となります。
 そしてまた、その恐怖から彼が救い出されたという事実が、彼にとって、彼のような人間にとっては更なる恐怖につながっていくという結末が、実に皮肉な味わいでありました。

 それにしても坂崎出羽守が企む陰謀、ジャック・フィニィのあの古典…というよりはむしろ「バビル二世」を思い出してしまいました。


「太閤呪殺陣」
 第四話はまた時代が遡り、秀吉の晩年…すなわち、朝鮮出兵が背景。秀吉が死ねば日本軍が撤兵することを察した朝鮮側は、三人の刺客を日本に送りますが、驚くべし、その一人は柳生新陰流の剣士。朝鮮の柳生流は、第一話にも登場いたしましたが、それを遡ること数十年、柳生新陰流の剣士は既に朝鮮に存在していたことになります。剣法史に詳しい方なら思い当たるかもしれません、その剣士の名は柳生純厳。朝鮮出兵に従軍し蔚山で戦死したと伝えられる人物です。

 そしてその純厳が守るのは、奇怪な術をもって太閤を呪殺せんとする朝鮮陰陽師・羅儀衛。彼が用いんとするのは、かつて骨肉の争いから宮廷を追われ、孤独と失意のうちにその生を終えた過去の朝鮮王の恨…と、ここまで読んだところで、なるほど、海の向こうにも似たようなお話はあるものだなあと思っていたところ、その「似たような」お方、白峰に眠る日本最強の魔王が本当に登場してしまったのには驚かされました。

 同様の境遇の日朝二人の王の恨を共鳴させ、太閤を討ち、さらには…という恐るべき陰謀に立ち向かうのは石舟斎と、前話で華麗なデビューを飾った剣豪陰陽師・柳生友景、そしてもう一人、純厳の父・柳生厳勝ですが…そこで振るわれるのは、破邪顕正の太刀などではなく、骨肉の因縁が生んだ怨念と宿業の剣。まさに血で血であらう剣法地獄の一言に尽きます。

 死闘の果てに、その自らの怨念に満ち満ちた姿に気づいた純厳が辿った運命は悲痛なものではありますが、しかしそれが彼に人の心を思いおこさせ、さらには魔王の中の人の心を甦らせたことは、救いといってもよいのでしょう。どれほど己の血を嫌悪しようとも、彼もまた、引き裂かれた己の存在に苦しんだ柳生の剣士であったと言えましょうか。


 この感想、もう一回続きます。

「十兵衛両断」(荒山徹 新潮文庫) Amazon bk1


関連記事
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「十兵衛両断」(3) 剣と権の蜜と毒

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.25

「シグルイ」第5巻 その凶人の笑み


 原作「駿河城御前試合」も山口貴由先生の表紙絵で復刊されていよいよ勢いに乗る「シグルイ」も第5巻。収録されているのは虎眼の娘・三重の狂気の姿を描く第二十一景から、牛股に危機が訪れる第二十六景まで。前巻で虎眼流の高弟衆も牛股と藤木を残して壊滅、いよいよ二人と師・虎眼にまで伊良子の魔手が伸びる…という展開です。

 何よりもまず強く感じるのは、いよいよますます磨きがかかった剣戟描写の冴えの見事さ。映像で言えばスローモーションで表現されるのであろう、ほとんど一瞬の間の動きを無音状態で描く手法も、すっかり定着した感があります。特に、(以前にも書きましたが)牛股と藤木が身の潔白を証すため行った二輪の演武シーン、そしてまた再会を遂げた藤木と伊良子が酒席で見せた瞬間の死闘のシーンは、時代劇ファン、チャンバラファンであればまさに必見かと。

 が…この巻で何よりも印象に残ったのは、やはり虎眼が検校に見せたへつらいの笑いでありましょう。あの最強の凶人・虎眼が、どんな相手であろうとも、その剣――暴力で我を通すかに見えた岩本虎眼が、自分よりも遙かに社会的身分の高い、しかし肉体的力で見れば遙かに非力な相手にあのように媚びへつらった表情を見せるとは。しかも相手は自分の表情を決して見ることのない盲人であるのに。
 盲人の検校に対してあのような表情を浮かべる、いや浮かべてしまうという事実こそが、虎眼の人間性と、同時にこれまで経てきた人生を想像させるものでありましょう。
 虎眼先生は、例えば範馬勇次郎のような神の如き破壊の化身ではなく、あくまでも人としての有り様・人間力が(主にネガティブサイドで)極端なまでに肥大化した存在なのだと思い至った次第。

 そしてまた、作中のごくわずかな描写で、登場人物の現在と過去を読む者に思い浮かべさせしめる山口先生の筆力にも、感心させられることです。


「シグルイ」第5巻(山口貴由&南條範夫 チャンピオンREDコミックス) Amazon bk1


関連記事
 「シグルイ」第1巻
 シグルイ 第2巻
 「シグルイ」第3巻
 凶刃対妖刃 「シグルイ」第4巻
 今月の「シグルイ」

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.24

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 本当にゆやが?

 先代紅の王の刃の前に割って入り四方堂を救ったゆや。その恐れを知らぬ行動に、先代はゆやが未来視の力を持つと断じる。一方、真の紅い眼の力を使い果たした狂を襲う京四郎の刃。が、その前に四聖天(-1)と紅虎が盾となって立ち塞がる。そして彼らに声援を送るゆや…が、その胸には先代の刻印が刻まれていた。それを眼にして怒りを爆発させた狂だが、死闘の果て京四郎の刃が狂を貫く。

 さすがにこの辺りで退場かと思われた四方堂ですが、かろうじてセーフ。しかしゆや、先代の太刀に先回りするという、ほとんど鶺鴒眼持ってるんじゃないかというくらいの超スピード。
 そしてゆやの胸にも刻まれた先代紅の王の刻印ですが――辰怜の水龍といい、色々なものが出たり入れられたりする胸で、いやはやヒロインって大変だなあ、と暢気なことを言っている場合ではなく、さてこれでゆやも朔夜とご同様の立場に。
 しかし何よりも印象的なのは、先代の、ゆやが未来視ではないか、そうに違いないという言葉。正直、その時の先代のほとんど狂気しているような表情から考えれば、それが真実かは疑わしいところではありますし、何よりもゆやはあの面子の中で一般人だからいいんじゃないかという気が強くしますが…

 あ、狂? 先に気絶して回想シーンに入ったり誰かに出会ったりした方が勝つのがこの漫画なので。問題はつい最近狂がそれやっちゃたことですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.23

「夕映えの剣」 勝者になれなかった男たちの剣


 最近、書き下ろしだけでなく旧作の文庫化などで頑張っているベスト時代文庫ですが、この短編集は十年ほど前に単行本化されたものの文庫化。しかしながら、今読んでも全く古びたところのない味わい深い作品ばかりの剣豪小説集でありました。

 収録されているのは全部で五作。犬法師丸と名乗っていた若き日の佐々木小次郎と師・富田勢源の相克を描く「旋風の剣」、血を分けた肉親でありながら兄・上泉伊勢守信綱に疎まれた上泉主水の姿を描いた「影の剣」、かの大盗石川五右衛門が、実は吉岡憲法の弟子であったという意外史「立つ波の剣」、剣に秀でたが故に流浪する小田切熊次郎(後の空鈍)と老剣士・針ヶ谷夕雲の不思議な交流の物語「浮雲の剣」、そして表題作、浪人の身から上総飯野藩の剣術指南役、そして大道場主になりながらも、幕末に会津軍に身を投じた北辰一刀流・森要蔵の一代記「夕映えの剣」と、様々な時代・流派の剣客の姿が描き出されています。

 ここで各短編で主人公を務める五人の剣客の姿を眺めると、誰一人として、いわゆる「勝ち組」(あんまり好きな言葉ではないですが)がいないことに気づきます。いわば勝者になれなかった男たちの姿を描いたとも言えるこの作品集ですが、しかし、出生や時代の変転といった、個人の思惑を超えたところにある状況に翻弄されつつも、剣を支えに生き抜いた彼らの姿からは、勝敗や善悪といったものを超えたところにある強い何かが伝わってきます。

 個人的に一番面白く感じたのは、「立つ波の剣」。物語の構成自体、石川五右衛門の子孫を名乗る怪僧・石川栄軒が、近松門左衛門に対して己の先祖の事を語るというユニークなものですが、そこで語られるのは、石川五右衛門と吉岡憲法という、同時代人でありながら一見まるで接点のないように思える人物を結びつけた、伝奇的にも実に興趣満点な内容であります。
 特に物語のクライマックス、剣法史上にも残されている、吉岡家にまつわるある事件の真相が意外な角度から描かれているのには感心しました。
 そしてまた、優れたものを持ちながらも呪われた血が凶行を招く石川家と、染物屋でありながら剣を持つ吉岡家の二つの家系の姿は、剣というもの、剣法というものが持つある側面を映し出しているように感じられたことでありました。


「夕映えの剣 日本剣客列伝」(高橋義夫 ベスト時代文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.22

「射雕英雄伝 4 雲南大理の帝王」 荒唐無稽の中に光る人間ドラマ


 「射雕英雄伝」も後半戦の第4巻。前巻で西毒の蝦蟇功の魔手を受けて瀕死となった郭靖は黄蓉の献身的な働きの前にようやく命を取り留めますが、今度はその黄蓉が悪漢裘千仭の鉄掌を受けて重傷を負うことに。謎の女・瑛姑に、黄蓉の命を救うことができるのは、天下広しといえども南帝・段智興しかいない、と教えられた二人は、段皇帝を求めて旅に出ますが…。

 というわけで、この巻もまた、郭靖が豪快に周囲の状況に振り回されているという印象ですが、これまでがそうであったように、郭靖の前に次々と現れる人物がまた実に印象的で面白い(というか、ある意味それがこの作品の魅力の大半じゃないかというのはナイショ)。
 そしてその最たるものが、この巻で初登場の南帝・段智興であることは間違いありません。

 江湖に名を残す伝説の四人の達人、東邪・西毒・北乞・南帝で最後に登場したこの人物は、「帝」の名が示す通り皇帝の身分にあった人物。と言っても南宋の皇帝ではなく、雲南は大理国の皇帝であります。
 大理国は、中国の西南部の雲南地方に実在した王国で、十世紀前半に建国され、この物語の少し後に元に滅ぼされることとなりますが、辺境国家とはいえ歴とした独立した国家。しかるに、郭靖と黄蓉の前に現れた南帝は、出家遁世し、一灯大師と名乗って隠棲している姿で現れます。
 一国の皇帝ともあろうものがなぜ…というのはここでは伏せますが、彼が己のエゴに悩み苦しみ、ついに全てを抛つことになった過去の事件こそが、まさにこの巻のクライマックスとも言うべき部分。シチュエーションこそ、武侠小説にしかありえないような荒唐無稽なものではありますが、その中で浮き彫りにされるのは、そうしたものを超越した、全ての男女に普遍的な愛憎の姿であり、その直後に(現在の時間軸で描かれる)一灯大師と瑛姑の対面シーンと合わせて、非常に印象的な人間ドラマが展開されています。

 伝奇的なシチュエーションの中で地に足のついた人間描写を行い、その特異な世界の中だからこそより一層鮮明に普遍的な人間の姿を浮かび上がらせてみせるというのは、金庸先生の得意とするところでありますが、はその姿は、初期の、時代伝奇作家であった頃の吉川英治先生にかぶって見えると感じるのは私だけでありましょうか。

 何はともあれ、この作品もラスト一巻。上で褒めておいて何ですが、だんだん金庸先生のタガも外れつつあるように感じられて色々な意味でドキドキしますが、最後まで楽しませていただきます。


「射雕英雄伝 4 雲南大理の帝王」(金庸 徳間文庫) Amazon bk1


関連記事
 金庸健在なり 「射雕英雄伝」第1巻
 混沌の心地よさ 「射雕英雄伝 2 江南有情」
 底抜け脱線嫁取り騒動 「射雕英雄伝 3 桃花島の決闘」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.21

「八犬士」第2巻 人物描写に迫力と魅力の岡村版八犬伝


 岡村賢二先生による「南総里見八犬伝」である「八犬士」も、はや第2巻。この巻では、犬塚信乃の持つ村雨丸を狙う蟇六夫婦の悪巧みから、信乃の旅立ち、浜路の死を経て、古河公方のもとに知らずに偽の村雨丸を持ち込んだ信乃が刃を向けられるまで収録。村雨丸に始まり、村雨丸に終わる巻となりました。

 岡村先生の画は、笹沢左保原作の「真田十勇士」でもそうでしたが、原作の描写を踏まえて、勇敢な人物は勇敢に、実直な人物は実直に、奸悪な人物は奸悪に、それぞれきちんとビジュアル化しつつも、そこにとどまらずキャラクターたちが浮かべる喜怒哀楽の表情がしっかりはっきり迫力をもって描き出されていて、それがまた魅力的であります。

 また、漫画雑誌の連載であるためか、原作の展開にほぼ忠実に描きながらも、諸所にアクションシーンがパワーアップして盛り込まれているのが面白いところ。
 特に、信乃が蟇六らに水中に引きずり込まれて襲われるシーンや、簸上宮六に犬川荘助が主人夫婦の敵討ちを仕掛けるシーンなど、全く予想もしていなかったところで印象的なアクションシーンが展開されていて驚かされました。あんなに強い簸上宮六初めて見ましたよ。

 さて、肝心の八犬士の方は、信乃・荘助に加え、犬山道節が登場。「真田十勇士」の霧隠才蔵を彷彿とさせるクールな美青年で、果たして彼の復讐行がこれからどのように展開するか、そして彼を取り巻く多彩な人物がどのように描かれるか、期待したいと思います。
 そして本巻ラスト一コマでは犬飼現八が登場。髭面で登場して少々驚きましたが、なるほど、このおかげでああなってこうなるのかな…と、次巻の冒頭で展開されるであろう芳流閣の決闘が早くも楽しみです。

「八犬士」第2巻(岡村賢二 ニチブンコミックス) Amazon bk1


関連記事
 八犬伝特集インデックス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.20

「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔


 荒山徹先生の第四作は、全五編からなる連作短編集。全編通じて描かれるのは、朝鮮妖術と柳生剣法の対峙であり、これだけで伝奇時代小説ファンにはもうたまらないのですが、しかし、読後感はこれまでとは些か異なる作品として仕上がっています。
 それにしても収録された全五編は、いずれも一本一本が長編となってもよいほどのアイディアとパワーに満ち満ちた作品。こちらもいちどきにこれほどの作品群の感想を書くのは、正直なところかなりパワーが必要なため、何回かに分けて感想を綴っていきたいと思います。

「十兵衛両断」
 短編集全体のタイトルともなっているこの作品、この朝鮮と柳生を巡る奇怪な一連の物語の語り起こしとして、まことに相応しい驚天動地の作品であります。
 家光に仕えていた柳生十兵衛が、勘気を被って一時期表舞台から姿を消していたのは有名な話で、その理由・その期間の行動などは、様々な作品の中で描かれてきましたが、その中でも最も奇怪なものとしてこの作品は挙げられるでしょう。なにせ、朝鮮妖術ノッカラノウムによって、かの剣豪柳生十兵衛の肉体が奪われてしまうのですから!
 伝統的に文を尊び武を蔑む朝鮮が、権力のための「力」として目を付けたのが日本の、柳生の剣法。その奥義と最強の剣士を奪うための秘策がこの精神交換の妖術であり、一度奪われれば二度とは元の体に戻れぬという絶望的な状況から、いかに十兵衛が復活するかがこの作品の眼目の一つ。
 そして、朝鮮妖術を上回るかのような奇怪な人間の魂と肉体の作用から、遂にこの世に二人存在するに至った二人の十兵衛の対決が、この作品のクライマックスとなっています。

 と、そのような伝奇ものとして非常に「たまらない」シチュエーションの一方で、際だって描かれるのが十兵衛の父、宗矩の、ひいては権力というものの非情。
 己の役に立たぬ存在、己の行く道を阻む存在と思えば、血を分けた実の息子ですら冷然と処分しようとし、一方、己の益になると知れば、たとい我と我が息子を苦しめた宿敵であっても平然と手を結ぶ…権力亡者、という言い方が悪ければ権力の魔に取りつかれたかのような人物としての柳生宗矩というのは、これもしばしば見られるシチュエーションではありますが、人外の魔というべき妖術の脅威が描かれる今作だけにより一層、それにも負けぬ、言ってみれば人中の魔というべき精神の恐ろしさが際だちます。

 ちなみにこの作品、十兵衛対十兵衛という点では山田風太郎先生の「柳生十兵衛死す」を想起させますが、もう一つ、登場人物の顔ぶれを見ると、五味康祐先生の「柳生武芸帖」をも思い起こします(というか、作中で朝鮮十兵衛が設置した武術機関が「柳生武芸庁」と呼ばれるというそのものズバリなお遊びもあるのですが)。
 いわば短編一作品で、時代小説史上に残る二つの柳生ものへオマージュを捧げるという離れ業には驚きますが、そこに止まらず、「新陰流」という名前・流派に秘められた意味を描き出し、そしてそれが神秘的なまでに美しいラストの一シーンに結晶する辺り、剣豪小説としても第一級の作品だと感心させられました。


 冒頭に書いたとおり、何回かに分けて感想を記したいと思います。以下続く(いつになるか不明ですが…)。


「十兵衛両断」(荒山徹 新潮文庫) Amazon bk1


関連記事
 「十兵衛両断」(2) 剣法、地獄。
 「十兵衛両断」(3) 剣と権の蜜と毒

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.19

「真田の狼忍」 戦国忍者はトコトンやる!


 既に忍者アクションにおいては当代随一の書き手という感すらある沢田黒蔵先生の最新作は、戦国後期~末期を舞台としたこれまでの作品よりも少し時代を遡った、忍びがまだいくさ人として誇りを持っていた時代の物語です。
 主人公は甲賀の傭忍・頓宮衆の頭領・九天羽一郎。どこか心に鬱屈したものを抱え、世をすねたような言動を見せるも本質はロマンチストの熱い男であります。「トコトンやる!」が合い言葉の彼ら頓宮衆が、傭忍でありながら心酔したのが、かの真田昌幸。武田家に仕えて、大信玄亡き後勝頼公を盛り立てようとするも、奸臣ばらに阻まれて、信州に帰ることとなった昌幸に半ば強引に羽一郎たちは同行することになります。

 元より真田家に仕えていた祢津飛雲丸を頭領とする忍び・真田スッパと力を合わせ、羽一郎らが昌幸の夢を叶えんと活動を始めるというのが物語前半の物語。昌幸の夢というのがまた凄まじく、織田信長の大軍を真田領までおびき寄せ、複雑な信州・上州の地形を生かして一挙殲滅せんとするもの。そのために、勝頼を甲州から迎え入れ、また、西国を支配する信長に対抗するために北条・上杉と連合して一大勢力を作り出そうという希有壮大なもの。リアリストにしてロマンチストという不思議なキャラクターの昌幸ならではの大望であり、確かに聴く者の胸を震わせる痛快な野望であります。

 が…その夢が叶うことはなかったのは歴史が示す通り。真田譜代衆との溝、信長の調略…様々な現実の壁により昌幸の夢が破れ、そして忍び同士が血で血を洗う争闘に突入していくのが後半の物語であります。
 後ろ盾を失い孤立無援となったばかりか、周囲全てを敵とすることとなった頓宮衆。が、そんな頓宮衆の姿に、これまでの沢田作品にあったような重苦しさや悲痛さよりも、痛快さを感じるのは、冒頭に書いたように、彼らが単に使い捨ての存在ではなく、一個の自立した誇り高きいくさ人として胸を張って生きているからでしょう。
 裏切られようと切り捨てられようと、胸を張って「トコトンやる!」彼らの大反撃がいかなる結末を迎えるか、それはここでは語りませんが、一つの夢やぶれても、爽快さと希望を感じさせる気持ちの良い結末でありました。昌幸が最後に感じた予感が予感で終わらぬよう、続編を心から希望します。


「真田の狼忍」(沢田黒蔵 学研M文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.18

「どろろ」実写映画化 主演は…

手塚漫画「どろろ」が実写映画化
 全方位突っ込みどころだらけの企画が来ましたよ。あの手塚治虫先生の妖怪時代劇漫画「どろろ」が実写映画化というお話です。
 …妻夫木聡と柴咲コウが主演で。

 あれ、百鬼丸は妻夫木聡でいいとして(あんまりよくない)、どろろは…やっぱり柴咲コウですか。
 …
 …
 …(言葉を探している)
 …あー、本当に男装(しかも乞食チックな汚ったねえ格好)するんだったら感心します。金庸作品みたいで。

 ところで百鬼丸の体はちゃんと原作通りの設定なんでしょうね。五体満足な百鬼丸は単なる覇王丸ですよ?

 ちなみに監督は、最近のカジシン作品を手がけていらっしゃる塩田明彦氏で、特殊映画に無縁な方ではない(というか結構手がけていらっしゃる)方ですが、やっぱりあれですか、百鬼丸とどろろが純愛するのでしょうか。

 期待できそうなのは、舞台を再現するために、ニュージーランドのオープンセットを使うというところ。応仁の乱前後の混沌とした雰囲気を再現してくれれば大変嬉しいのですが…
 って、もう一つの記事見たら時代は原作から変更、特に定めないって!? orz

 と、色々と心乱されることばかりですが、第一報を聞いただけで皮肉ばかり書くのは、いかがなものかと流石に自分でも思いますので、今日はこんなところで。後は出演者とスタッフの方々のプロ根性に期待いたします。あとはアクション監督がワイヤーアクションの鬼・程小東なのが吉と出るか否か。

 などと書きつつ色々と検索かけていたところ、「どろろ」がゲーム化された際の手塚プロダクションの清水義裕氏のインタビュー記事を見つけました。
 「どろろ」、というよりも手塚作品のリメイクについて、非常に面白いコメントをされています。このコメントを踏まえて考えると、今回の映画化に対する見方もちょっと変わってくる…かな?

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.11.17

「妖異博物館」 全ての怪談を愛する人に


 俳人にして随筆家の柴田宵曲先生による、古典怪談の玉手箱というべき楽しい一冊。各回「大入道」や「人魂」といったテーマの下に、古今の怪異談を採り上げた、古典怪談ファンにとっては垂涎の一冊であります。

 中世から近世にかけての本朝の怪談、さらには海を越えた中国の奇譚(さらには岡本綺堂先生の諸怪談や「半七捕物帖」がしばしば採り上げられているのは、初版が青蛙房によることもあるかしら)まで、宵曲先生の止まるところを知らぬ怪談語りの前には、博覧強記とはこの人のためにある言葉かと痛感させられるばかり。
 そして、各テーマ毎に、これら古今の様々な怪談・怪異談が語られていく様は、プチ・アンソロジーの詰め合わせを見ているかのような味わいがあり、読んでいて飽きることがありません。
 特に、テーマについても、「一つ目小僧」「化け猫」といったある意味定番のテーマから、ある時突然見慣れた世界が輝き始める「光明世界」、喩えでなく本当に手が持っていかれてしまう「手を貸す」といった、ある種意表をついたテーマまで実に様々で、このテーマ設定の妙には何度も唸らされました。

 そしてまた、膨大な量のデータ・エピソードを語りながらも、決して鼻につくことがないのは、宵曲先生の、決して大上段に構えるのではない、静かな、そして愉しげな語り口によるところが大きいでしょう。ちと大袈裟かもしれませんが、本当の「知識人」とはこういう方をいうのではないか…とすら感じさせられた次第です。

 ヘビィな怪談マニアから最近怪談に興味を持ち始めた方まで、およそ怪談というものに興味と愛を感じる方であれば、是非手に取っていただきたい、そんな逸品であります。


「妖異博物館」(柴田宵曲 ちくま文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.16

携帯電話で時代小説を読もう

 何を今更話してやがる、と笑われそうですが、携帯電話で時代小説を読む話。
 今の携帯電話は、唖然とするほど色々な機能が搭載されていますが、テキストビューアという機能が搭載された機種も多いのではないかと思います。一定の形式の電子ブックや、テキストファイルを閲覧可能なこのテキストビューア、私が使っているSH901iCにも入ってるので試しにちょこちょこいじってみたのですが…これ、青空文庫のルビ付きテキストに対応してるんですね。

 青空文庫はご存じの方も多いと思いますが、著作権切れとなった文学作品等をボランティアの方が電子化し、無料で(ここ重要)公開しているサイト。そして、青空文庫のルビ付きテキストというのは、普通のテキストファイルの中に一定の書式でルビを入れ込んだものです(詳しくはこの辺りをご覧下さい)。元がテキストファイルですから、普通のエディタ等で見てもルビ付きには見えませんが、それ用のビューアで見ると、ルビ付きで見えるというものです。
 というわけで、つまりは青空文庫で公開されている作品を、携帯電話でルビ付きで読める、という誠に有り難い話であります。

 ここで青空文庫の公開作品を見てみると、実は時代小説・怪談の類が相当多いのです。中里介山「大菩薩峠」佐々木味津三「右門捕物帖」「旗本退屈男」岡本綺堂「半七捕物帖」「玉藻の前」…綺堂と言えば「青蛙堂鬼談」「世界怪談名作集」等の怪談も相当数含まれていますし、綺堂とならぶ怪談の巨人・田中貢太郎の作品も多数公開されています。
 最近は林不忘の「丹下左膳」も公開されましたし(「こけ猿の巻」だけまだのようですが)、国枝史郎の短編も集中的にリリースされています。
 当たり前の話ながら時代小説・怪談でも相当の古典に属する作品ばかりではありますが、いずれも折り紙つきの名作ばかり。しかも無料(ここ重要)。これを携帯電話に入れてちょっとした空き時間に読めるというのは、なかなかに魅力的な話だと思います。

 もちろん、他の機種のビューアもルビ付きテキストに対応しているかどうかはよくわからないのですが、結構多いのではないかと思いますし、対応の携帯をお持ちの方は、一度試してみては、と思う次第。
 ちょっと探してみたら、Docomoであればこういうiアプリがありました。PCであればここに対応ビューアーがまとめてありますね。


 とはいえ、これ、無料のテキストだからこそいいのであって、お金払って買ってね、ということになるとまた事情は変わってくるかな…とは思います。
 別にケチだから言うわけではなく(それもありますが)、お金を払うのであれば、素直に本の方を買うものなあ…と思うわけです。やっぱりなんだかんだ言って、携帯の画面は小さいですしね。
 これは電子ブック・電子テキスト全般に該当する話だと思いますが、たとえば非常に大量のデータが収録されているとか、音声等のプラスアルファが魅力的とか、紙ベースでは採算とれないようなマイナー絶版作品が読めるとか、そういう利点がないと、少なくとも小説を電子ベースで読もうという方はなかなか増えないのではないかと思います(ただでさえ時代小説の読者層はこの手の機器に縁遠い方も多いと思われるわけで…)。まあこれは蛇足であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.15

今週の「Y十M」 十兵衛先生大人気?

 今回は前回に引き続き、十兵衛先生の授業風景Part2。前回とは別のベクトルで、堀の女たち(ところで何かいい呼び名ないものかな。敵側には「会津七本槍」というひとくくりの呼び名があるのに、「堀の女たち」というのは何か失礼な気がします)の「女性らしさ」「女の子らしさ」が描かれていて、相変わらずの展開の遅さも、あっさりと許せる気になります。

 いや、本当にお笛とお鳥があれほど可愛らしく描かれるとは正直思いませんでした。素晴らしい。パチパチパチ。
 原作で唯一不満だった、堀の女たちの描き分けも、この「Y十M」では心配無用のようです。せがわ先生画による上泉伊勢守という有り難いものも見ることができましたし、満足です。

 …というか、今回の蜂のエピソード、あまりにベタな展開に、「何この萌え漫画展開」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、何十年も前に書かれた原作からしてそうなんですから山風先生恐るべし、であります。
 などと馬鹿な読者が浮かれている一方で、事態は密かに動き、会津七本槍の魔手が千姫さまのもとに…? というところで以下次号(原作よりも少しは頭が良いみたいです、会津七本槍)。


 …しかしつくづく見るに司馬一眼房のビジュアルは凄まじすぎる。「悪のオバQ」という形容がこれほど似合うキャラクターがこれまであったでありましょうか。
 そして、「柳生忍法帖」がドマイナーで漫画化など夢のまた夢という時期に、アイテムとして「一眼房の鞭」なぞというものを出していた「東京魔人學園剣風帖」はガチ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「陰流・闇仕置 隠密狩り 松平蒼二郎始末帳」(再録)


 タイトルからもわかるとおり、松平の血を引く主人公が、陰流の剣を振るって悪人を闇で仕置きしたり隠密を狩ったりする作品(身も蓋もない)…というわけで、剣豪小説だった学研M文庫での前2作とはうって変わって大衆娯楽時代小説路線まっしぐらなのですが、これがつまらないかといえばとんでもない。
 これまでの作品でも冴え渡っていた剣戟描写は、リアルさとけれん味を兼ね備えた絶妙の味わいで、登場する様々な流派、様々な武器の特徴・特性を生かしたアクション描写には唸らされます。

 登場キャラクターたちも、主人公のほか、伝説と恐れられながらも今は引退して船頭をしている腕利きの渡世人(天明の打ち壊しでの大暴れを買われて裏の世界に入ったという設定がうまい)、茶器を利用した戦闘術である武家手前を操る美女、武士にコンプレックスを持つ農民出身の青年医師、勤番フェチの売れっ子芸者など、どこかで見たようでいて、どこでも見たことのない一癖ある連中で、キャラ配置(キャラの相互関係)も物語を面白くするのに一役買っています。
 もちろんほめるべき点ばかりではなく、序盤の展開がいささかぎこちないことや、江戸時代の事物等についての説明が些か過剰なことなど(特に後者は物語のテンポというものをかなり削いでしまっているのが問題)、残念な部分もあるのですが、そうした部分も小説家としてのスキルの積み重ねによって解決していくことでしょう。まだまだ物語は開幕篇、解決されていない謎も多く、これからのシリーズ展開に大いに期待します。


「陰流・闇仕置 隠密狩り 松平蒼二郎始末帳」(牧秀彦 学研M文庫) Amazon bk1


関連記事
 陰流・闇仕置 悪党狩り
 陰流・闇仕置 夜叉狩り
 いよいよ佳境? 「陰流・闇仕置 悪淫狩り」
 そして怨讐の果てに 「陰流・闇仕置 怨讐狩り」
 松平蒼二郎再び 「陰流・闇始末 悪人斬り」
 今日も二本立て 「大江戸火盗改・荒神仕置帳」&「破斬 勘定吟味役異聞」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.14

以前の日記の記事再録します

 これから不定期に、毎日の更新とは別に、blog化以前に書いていた日記のうち、本などの感想に関するものを再録していこうと考えています。
 やっぱりトラックバック機能など、blogの形の方が便利なことが色々ありますので――
 これは少し前から考えていたことではあったのですが、これをやると容量も食うしなあ…と思っていたところ、この11月になってココログの容量が50MB→2GBと、えらく増量されたため、やってみる気になりました。
 昔からこのサイトをご覧いただいている方にとっては、何をやってやがると思われるかもしれませんが、ご寛恕を請う次第です。
 …その前に、夜間のココログ投稿時の激重さをどうにかしてもらわないと、複数記事投稿する気も失せるわけですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「太閤と曾呂利 立川文庫傑作選」 お互いがいるからこその物語


 立川文庫第八巻の本編は、タイトルの通り太閤秀吉と、彼に仕える御伽衆・曾呂利新左衛門のお話。文庫本一冊の分量ですが、内容的にはショートストーリーの連続という形態で、とある縁から天下人秀吉に仕えることとなった新左衛門が、その機知に富んだ言動で、ある時は秀吉を笑わせ、ある時は秀吉を諫めるというのが基本パターンです。

 秀吉びいきの大坂原産の立川文庫だけあって、内容的には秀吉賛美、(個人的には秀吉嫌いの人間の)今の目で見ると苦笑するしかないマンセーぶりではありますが、そこに絶妙の茶々を入れる新左衛門がいて緩衝剤となっている印象があります。
 その逆に、あまりにもやることなすこと図に当たりすぎる(とんち物の主人公にはよくあることですが)新左衛門の存在も、そもそも無邪気に無理難題をふっかけてくる秀吉あってのことであって、一歩間違えると嫌みなキャラクターになりかねないところを救っているといえます。

 いわばお互いがいるからこそお互いのキャラと物語が成り立つという、なかなか面白い関係の二人であります。

 ちなみに物語中では、新左衛門に対比するように千利休が鼻持ちならない悪役として描かれているのですが、史実上秀吉と折り合いが悪くなって切腹させられたとはいえ、フィクションの世界で利休がこうしてあからさまにイヤな奴として描かれているのを見るのは初めてで、なんだか不思議な気分になったことです。


「太閤と曾呂利 立川文庫傑作選」(野花散人 角川文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.13

12月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュール

 12月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュールを更新しました。右のサイドバーからも見ることができます。いやあ、もう今年も終わりなんですなあ…

 正直言って、今わかっているところでは書籍の方はそれほどでも…という印象。一番気になるのは、26日発売の石川賢最新作の「武蔵伝」第1巻と、22日に発売の、秋に上映された映画のコミカライズ「仮面ライダーヒビキと7人の戦鬼」でしょうか。
 個人的には、12日に村上元三の「松平長七郎江戸日記」「松平長七郎浪花日記」が学陽書房の人物文庫から出るのに大受けしました。非常にお堅い印象を受けるレーベル名ですが、同じ村上先生の「真田十勇士」や早乙女貢の「風魔忍法帖」など、意表をついたラインナップが目につく人物文庫。松平長七郎シリーズの続編も文庫化に期待します。

 そしてDVDは…異様に目につくのが7日一挙発売の「くノ一忍法帖」シリーズ。いやはや、これだけの数がリリースされていたのですね。サブタイトルを見ると、どれがどの作品か何となくわかってくるのもなかなか愉快。
 ちなみに「柳生外伝」は、「Y十M」と同じく「柳生忍法帖」を原作とした作品ですが…映像は別物、むしろ別物の方が面白いと普段は思っている私でも(原作の大大ファンなだけに)、何と言いますか、非常にもの申したくなった作品であります(でもこのシリーズの中では評価高い方なのよね)。

 ゲームは、1日に「義経紀」が発売となりますが…さて、正直かなり不発感のあった(ゲームに限らずね)義経ものですが、大河ドラマもほとんど終わりのこの時期のリリースはいかがなりますでしょうか。忍之閻魔帳さんには小畑健のキャラクターが全てと書かれていますが…

 と、いうように、今年も最後の最後まで伝奇時代劇アイテムを買いまくるわけですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.12

「骨董屋征次郎手控」 骨董という魔性


 火坂雅志先生による幕末を舞台とした連作短編集。主人公の征次郎は、タイトルにある通り骨董屋を営む男。元は武家の出ですが、ある事件が元で故郷を追われ、流浪の果てに若年ながらも目利きの骨董屋として京で活躍する人物であります。

 その征次郎が出会うのは、いずれも骨董の名器名品に関わる事件。いわくありげな出物、目利きの目をも欺く贋作、数奇な運命を辿った美術品…自身もまた骨董の美に淫するものである征次郎は、ある時は同情と共感を、ある時は怒りと悲しみをもって、様々な事件・人々に相対することとなります。

 作品としては、続き物の色彩が強くなった後半は、裏で進行する陰謀がすぐ読めてしまうのでいささか興が薄れてしまった部分も正直なところありますが、しかしわずか三十年で歴史上から姿を消した古九谷の謎を中心に据えた展開はなかなか興味深く読めました。

 何よりも、幕末の混沌とした世相が背景としてあるだけに、時を越えて存在し人を魅了しつづける骨董品と、その骨董品に、あるいは己の欲望に翻弄され道を踏み外していく(この作品の表現を借りれば、魔道に堕ちた)人間たちの対比が、印象深く感じられたことです。
 この作品には、明治を舞台とした続編も出版されているとのこと。未だ混沌が続く明治の世を背景とした征次郎の活躍も読んでみたいと思います。


「骨董屋征次郎手控」(火坂雅志 講談社文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.11

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 その血の涙の理由

 深手を負いつつもサスケの一撃を耐えた鎭明。鎭明の目的――それは、かつて愛し、先代紅の王から救わんとして自ら手にかけた未来視の巫女を甦らせることだった。が、悠久の時は鎭明から彼女の記憶を薄れさせ、彼は徐々に精神を蝕まれていた。そして完全に狂気に陥りサスケに襲いかかる鎭明を断つ幸村の一撃。幸村の小太刀――それはゆやが持っていた村正作の守り刀だった。一方、かつての約束通り先代の前に現れた四方堂。その刃は先代の左胸を貫くが、そこには心臓が存在しなかった。そして先代の刃が彼女を襲う――

 鎭明ついに退場。結構長いつきあいでしたが、吹雪やひしぎとは違った意味で、印象的な退場でした。
 何せ口から出る言葉のどこからどこまでが真実かわからない人物だっただけに、血の涙のことや甦らせようとしていた人物のことはすっかりフェイクだと思っていましたが、(微妙に後付け臭い部分はあるにせよ)きちんと伏線を消化したのには感心しました(というか、ラストムラマサ登場といい、なんだかんだいってこれまで展開された伏線を一つ一つ回収していっているのは大したものだと思います)
 その行動は到底許されるべきものではないにせよ、単なる悪のための悪ではなく、その悪に、狂気にきちんと納得できる理由を持った人物としてきちんと描き出されたのですから、鎭明も以て瞑すべしでしょう。

 …てえか、黒くなったのは最近のことじゃなかったんだな、先代。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.10

「秘剣乱舞 悪松・百人斬り」 感じ取れた主人公の成長


 荒ぶる示現流の豪剣士・大安寺一松の死闘も三作目。前巻ラストで暗雲が感じられたとおり、最愛の恋人が薩摩の手の者に人質に取られ、ただ一人薩摩藩邸に突入、百人もの敵を前に奮闘する一松ではありますが、衆寡敵せず、絶体絶命の危機に陥る、といういきなりクライマックス状態であります。

 結局罠にかかって捕らえられ、凄絶な私刑の前に生死の境をさまよう彼に救いの手を差し伸べたのは、前巻で関わり合いのできた水戸光圀配下の助さん角さん。常人であれば必殺の罠をかろうじてくぐり抜けた一松は、水戸の庇護の元、傷を癒しつつ再び剣を磨くというのが今回の基本的なストーリー。
 残念ながら、薩摩への逆襲は次巻以降という形になっていますが、一松が水戸徳川家と関わり合いになるきっかけとなった事件の背後に、柳沢吉保の暗躍があることも示され、一松の闘いが、単なる私闘に留まらないものとなることが予感されます。

 しかし何よりも今回の収穫は、一松の人間としての成長が、確かに感じ取れたこと。シリーズ第一巻の感想でも触れましたが、弱肉強食を地で行くような一松の生き方は、時代小説の主人公としても、一人の人間としても、どうにも共感しにくかったのが正直なところ。
 ところが――苛烈な死闘の数々を経験してきたゆえか、はたまた流浪のうちに様々な人々に触れてきたゆえか、この巻で一松が見せた言動には、これまでとは違うものが感じられました。
 例えば、旅の道連れとなった老いた女衒と、彼が連れるこれから売られていく娘たちに向ける優しい眼差し。例えば、行動を共にすることになった水戸の若侍に人を斬る覚悟を問うた言葉。そこには、単なるアウトロー、単なる無頼漢にはない、人間の深みというものが感じられました。

 ストーリーだけでなく、一松が人間としてどこに向かっていくのか。先がいよいよ楽しみになってきました。

「秘剣乱舞 悪松・百人斬り」(佐伯泰英 祥伝社文庫) Amazon bk1


関連記事
 孤独な豪剣の血闘行 「秘剣雪割り 悪松・棄郷編」
 「秘剣瀑流返し 悪松・対決「鎌鼬」」 劇画チックな奥義が唸る大血闘

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.09

「柴錬水滸伝 われら梁山泊の好漢」 柴錬と水滸伝の化学反応は


 少し前に集英社文庫から再刊されたこの作品、以前は講談社から文庫化されていたかと思いましたが、今回は水滸伝絵師としては当代随一の正子公也先生のイラスト(といっても旧作のコラージュですが)で飾られています。
 柴錬作品も、水滸伝も大好物の私ですが、恥ずかしながらこの作品を読んだのは今回が初めて。期待に胸膨らませて手に取りましたが…

 正直に言って、「あれ?」という印象でありました。共に「無頼」を旨とする柴錬作品と水滸伝、これは噛み合えば素晴らしく胸躍る作品になるに違いない! と思ったのですが…何だか噛み合わなかったみたい。
 もちろん柴錬先生の手になるものだけに、つまらないか、と言われれば違うのですが、良くも悪くも原典に忠実に、淡々と物語が描かれていくといいますか…きつい言い方をすれば本筋を追っているだけ、という印象が強いのです。

 まあ、一見取っつき易そうに見えて、書き手にとってはそうでもないらしい「水滸伝」、本筋だけで――というのは、別にこの作品に限らず、相当の大家も含まれる他の作家による「水滸伝」にもしばしば見かける、というかぶっちゃけほとんどの「水滸伝」がそうなわけで、柴錬先生が特別というわけではないのですが、上記の通り両者のファンとしては、この両者ならではの化学反応に期待していたわけで…いや何とも勿体ない、としかいいようがありません。

 これは質の悪い読者の勝手な想像なのですが、その作品の中で、そして実生活の中でもやくざ者の言う「任侠」というものを嘲笑って憚るところのなかった柴錬先生、まさにやくざ連中が「任侠」はおろか「忠義」まで持ち出しちゃう「水滸伝」に、どうにも乗れなかったのでは…とも思ってしまったのでした。

 と、そんな中で、一カ所、もンのすごく柴錬臭を感じたシーンがありました。それは梁山泊随一の美女・一丈青扈三娘が、宋江の仲立ちで、短足ブ男の矮脚虎王英と結婚するシーン。
 このシーン、現代の日本人の感覚からすると相当違和感があるシーンで、日本人の手になる各「水滸伝」の中では、皆それぞれに納得いくようにアレンジされているシーンなのですが…この作品で扈三娘が王英に向かって言うセリフが凄かった。
 柴錬だ! 柴錬キャラならこう言うよ! と言いたくなってしまう強烈な印象で、他の「水滸伝」に比して、このシーンに限って言えば説得力はこの作品がナンバルワンと言える気がします。北方水滸伝も目じゃねえぜ。


「柴錬水滸伝 われら梁山泊の好漢」(柴田錬三郎 集英社文庫) 風雲篇 Amazon bk1 / 疾風篇 Amazon bk1 / 激闘篇 Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.08

「SAMURAI SPIRITS」 石川賢+サムライスピリッツ=?


 部屋を片づけていたら出てきた一冊。そういえばまだ紹介していなかったな、と今日採り上げることにしました。あの石川賢先生が、SNKのドル箱時代劇格闘ゲーム「サムライスピリッツ」を漫画化した作品なのですが…

 邪神アンブロジァの力を得た天草四郎を倒すため、善神アニスレイザに選ばれた七人の侍=聖剣士(覇王丸、ナコルル、ガルフォード…と列挙しようとして気づきました。この漫画、味方側のキャラが10人います。アニメ版の設定が中途半端に混入したか?)が、魔界と化した島原に向かう、というのがストーリー。
 このアニスレイザと七人の聖剣士という設定、ゲームオフィシャルでは見ることができず、1994年に放映されたTVスペシャル「サムライスピリッツ 破天降魔の章」のみに見られる設定(これもSNKチェックを通ってるんだからオフィシャルと言えなくもないですが、その伝でいくと藤堂竜白は刑事というのもオフィシャルになってしまうので、やはりこれはアニメオリジナルでしょう)。アニスレイザとは、大地に宿る善の精神集合体で、暗黒神アンブロジァ(これはゲームにも登場しますが)をかつて封印したという存在ですが、この遙かな過去より時空を超えて続く善と悪との死闘というモチーフ、「魔界転生」「魔空八犬伝」etc.と石川先生の作品ではしばしば見られるもの。
 そして何よりも、その「魔界転生」で天草四郎を壮絶にビジュアル化してみせた石川賢だけに、この漫画が始まったときはかなり期待した記憶があるのですが…

 まあ、あんまり面白くなかったんですね、実際のところ。原作に登場するキャラクターを全員登場させようとしたためか、脇に回った連中が本当にほんのわずかしか出番がなく、これだったらキャラを絞った方が良いのに…というのが正直な印象でした(まあ、色々と難しい事情があったのでしょう)。
 また、原作(この場合はアニメ)の設定を遵守したのも、むしろ枷になったのでは…という気もします。キャラ取捨選択しまくり、原作設定にほとんど関係なしのある意味伝説の「餓狼伝説 戦慄の魔王街」を見ると余計にそう思います。

 とはいえ、この作品も立派な石川賢作品。覇王丸はいつもの石川賢主人公な言動だし、ガルフォードは石川作品に時々出てくるキザでクールキャラの言動だし(おまけにオリジナル忍法で「忍法羅王爆裂」なんて虚無りそうな技を使うし)、天草妖法なる術を操る魔道忍群というオリジナル敵キャラは出るし、や島原城はアンブロジァと一体化して内臓ウネウネになるしと、いつものケン・イシカワ節も濃厚なので、

 …と、今頃になって気づきました。この作品の舞台、1637年でした(原作の舞台は1788年)。ううむ、何というかやはりすごい。


「SAMURAI SPIRITS」(石川賢 覇王KCデラックス) Amazon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.07

「里見八犬伝公式ガイド」その1 とりあえず四犬士登場

 来年の1月2日・3日に放映予定のTBSテレビ五十周年2006年新春スペシャルドラマ(長っ)「里見八犬伝」の、「公式ガイド」なる帯番組が、昨日6日の夕方に放送されていました。1回2分間、毎週日曜日に全8回放送されるということで、情報量としてはごくわずかですが、何せネット上では犬塚信乃役の滝沢秀明さんの姿を見ることはできないわけで(苦笑)、こういう形で期待を煽って盛り上げようとしてくれるのは嬉しいことです。

 今日は八犬士のうち、四犬士、すなわち以下の四人が登場。
犬塚信乃(滝沢秀明)
 まあ、いつもの滝沢君でした。さすがに殺陣はスピーディーですね。
犬川荘助(佐藤隆太)
 いかにも人が良さそうでなかなかはまっていると思います。アクションも頑張っていました。
犬山道節(小澤征悦)
 うーん、こういう姿になるのか…火定シーンのイメージが強いせいか、道節にはもっとしたたかなイメージがありました。
犬飼現八(押尾学)…可もなく不可もなく、かな。信乃との芳流閣の決闘のシーンがちらっと流れましたが、ああいう建物だったのかなあ。

 というところ。ちなみに次回登場するであろう残る四犬士は、
 犬田小文吾(照英)/犬坂毛野(山田優)/犬村大角(勝地涼)/犬江親兵衛(山下翔央)
という顔ぶれ。思わず笑ってしまうくらいはまり役もいれば、な、なんだってー(AA略)な感じの人、誰?って人もいたりとなかなかバラエティに富んでいる印象です。

 その他のキャラクターも、キャスティングを見ると、ゝ大法師が赤マフラー渡部篤郎だったり網乾左母二郎 が田辺誠一だったりと、色々な意味で楽しみな顔ぶれですね(しかし、やっぱり微妙にTBS臭いキャスティング…特に中高年齢層キャラ)。
 船虫がともさかりえ、ってのだけはどうにも納得いかないものがありますが…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.06

「Y十M 柳生忍法帖」第1,2巻 同時発売!

Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖 1 (1) Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖 2 (2)
 はい、待ちに待っていた「Y十M 柳生忍法帖」の単行本の発売です。それも1,2巻同時発売。第1巻は「蛇の目は七つ」まで、第2巻は「蛇の目は六つ」までと、もしかしてこの先一巻一殺体制かしら? と思わなくもないですが、「バジリスク」で全5巻ですから、原作でその約三倍の分量がある「Y十M」は単純計算でもまだまだ序盤戦と言ったところでしょうか。

 連載中はあれこれブチブチと言ったこの作品ですが、まとめて読むとやはり面白い、の一言。原作に忠実な部分、原作をアレンジした部分――せがわ先生の絵は、数十年前に書かれた原作でありながら古びたところを全く感じさせない(そしてそれは勿論それだけ原作が優れているということでもあるのですが)見事なエンターテイメント作品として、2005年の現在に「柳生忍法帖」を再生させていると言えるでしょう。
 また、掲載誌の紙質では滲んでしまったようになって非常に読みづらかった、第2巻のクライマックスであるナイトシーンなども、きちんとした紙質の単行本で読むとクリアに情報が読みとれるのも有り難い話です。

 しかし…まとめて読むと、庄司甚右衛門の登場するシーンだけ異常に台詞が多くて笑った。


「Y十M 柳生忍法帖」(せがわまさき&山田風太郎 ヤングマガジンKC) 第1巻 Amazon bk1 / 第2巻 Amazon bk1


関連記事
 今週のY十M

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.05

「シュヴァリエ」第1巻 たまには洋風伝奇活劇を


 「マガジンZ」誌で連載中の血みどろゴシック伝奇ヒーロー活劇の第1巻であります。
 お恥ずかしいことに、作品の存在は知りながら特に今までチェックしていなかったのですが、Death and The Maidenの伯爵様が紹介されているのを拝見して読みたくなり、読んでみたらこれがまた実に私好みの作品でした。

 舞台は1753年のパリ――次々と乙女を殺害し、その血で詩を書き記す「詩人」たち。奇怪な能力に目覚め、怪物にすら変化する彼ら詩人を討ち、詩を封印していくのは、トートの秘力を操る女騎士(シュヴァリエ)・スフィンクス。そしてその正体は、表の顔はパリ市警の昼行灯、裏の顔はルイ15世直属の<王の機密局>の騎士たる青年デオン・ド・ボーモン…
 いい、実にいい設定です。そしてそこに詩人が現場に残す「PALMSS」の文字の謎が加わり、さらに詩人たちの詩が示すものが――「革命」と来れば、もうたまりません(ちなみにフランス革命は1789年)。

 詩に則り現体制を崩壊させんとする魔と、それを狩る異能者との戦いというシチュエーションは、同じ原作者で現在進行中の「ピルグリム・イェーガー」も、時代こそ違え共通ですが(物語中、「かつて予言によって崩壊寸前にまで陥ったのがローマ・カトリック教会」という台詞があってニヤリとさせられました)、あちらが群像劇、大河伝奇の色彩が強いのに比べて、こちらはヒーロー活劇のフォーマットで展開している印象が強く、その辺りの差別化はなかなかうまいものだと感じます。
 というよりも、二つの顔を持つ青年騎士、王のために活躍する謎の騎士というモチーフ自体、洋風伝奇活劇を感じさせるもので、衒学的ヴェールと血みどろのデコレーションの下から覗くのは、大デュマやウォルター・スコット等々(一括りにするのは乱暴かもしれませんが)、古き良き大ロマンス作家たちへのリスペクトのようにも思えます。

 時間がなくて和風の方にしか手が回っていませんが、洋風伝奇も大好物の小生としては、非常に先が楽しみな作品であります。
 なおこの作品、誌で前史にあたる小説版が掲載されているとのことで…うわ、こちらも楽しみです。


 …ちなみに、フランス革命と言えばいやでも思い出すのは「ナポレオン 獅子の時代」ですが、今月号を読んだらクートンの有り得ないほどの益荒男っぷりに吹きました。ある意味男の夢です。


「シュヴァリエ」第1巻(夢路キリコ&冲方丁 マガジンZKC) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.11.04

今週の「SAMURAI DEEPER KYO」 十勇士(-1)集結!

 真の紅眼の力で圧倒する鎭明。さらにサスケは紅眼の力がオーバーロードして戦闘不能となってしまう。代わって立つ幸村も劣勢となるが、幸村の言葉に奮起したサスケが再び立ち上がる。そしてついに集結した十勇士(-1)の魂を結集した奥義が、これまで死んでいったできそこないたちの魂が、そして紫微垣がサスケに力を貸し、ついに鎭明の重力壁を打ち砕くのだった。

 真田チームファンにはたまらなかったんじゃないかと思われる今回。サスケが、幸村が、才蔵が(こいつはダメ方向で)、そしてあの人が、みんなしていいところ総取り。

 何よりも盛り上がったのは、やはり、

アイツらが来ればアレが使えるのに!という才蔵のわかり易い前フリ
⇒サスケと幸村の絆とピンチ――サスケ、猿飛佐助を正式襲名
⇒遂に駆けつけた二人の勇士、筧十蔵(メガネ君)と海野六郎(ビジュアル系)
⇒十人の魂を合わせた最強奥義!?
⇒九度山で幸村の影武者やってるもっちゃん(望月六郎)がいない! という才蔵のボケ炸裂
⇒最後の一人として力を貸したのは…先代猿飛佐助・シンダラの魂!
⇒そして更にサスケに力を貸すできそこないたちの魂。先頭には小太郎が
⇒鎭明の重力壁を破って一撃!

 という一連のシチュエーション。実に正しい少年漫画の合体攻撃シーンだったと思います。特にシンダラと小太郎の魂が登場するシーンは反則級でした。

 も一つ、ぶっちゃけ連載終了までに十勇士が全員勢揃いする可能性は低いと思っていたのですが、ごめんなさい。謝ります。

 流石に鎭明がこのくらいで死ぬとは思えないのですが(次回一ページ目でピンピンした姿見せそうだ)、これだけいいシーンもらったんだから真田チームも以て瞑すべし。まあ、ダメージを受けた鎭明が朔夜だけ攫って撤退、勝負は水入りというのが妥当なところかと思いますが…幸村がいるからなあ。
 いや、本当に一番油断できないのは幸村だと思います。今回もさりげに新技出してきたし。万が一十勇士に死人が出たら、どさくさに紛れて紅眼になりかねん怖さがこの人にはあります<ないない

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.11.03

今日は小ネタ集で

 今日はゲーム関係の小ネタ連発で。
 まずは今月下旬発売、元気の「戦神」プロモーション動画が公開。何だかナレーションの大仰さがファミコン時代のゲーム広告を思い起こさせて微笑ましいものがあります。
 こうして観てみると無双系というよりは、「地球防衛軍」的なノリなのかなあ…違うか。大味になるんじゃないかという危惧もありますが、99種類あるという武器集めはなかなか面白そうではあります。
 しかし途中に舞台となると思われる合戦の名前と年代が列挙されるのですが、天文18(1549)年から天正10(1582)年って、タイムスパンさすがに長すぎじゃないかしら。主人公は神様だからいいとして、ヒロインはどうするんでしょう。タイムスリップでもするのかな。
 ちなみにパッケージ絵、似てる似てると思ったら本当に高橋ツトム先生の絵だったんですね…個人的に、「SIDOOH 士道」はちょっと様子見状態です。

 続いて、SNKプレイモアの時代格闘ゲームの発売日決定の話。「幕末浪漫 月華の剣士1・2」が来年の1月12日、「サムライスピリッツ天下一剣客伝」が1月26日とのことです。
 以前から天下一剣客伝の1月発売の噂は流れていましたが、11月発売予定だった月華の剣士も1月発売になってしまったのはちょっと残念。
 同じ会社の時代格闘ゲームがかなり近い時期に二本リリースされるのは大丈夫なのかな、という気がしますが、購買層はあまり被らない…かな?

 そして「新鬼武者 DAWN OF DREAMS」の序盤ストーリーと新キャラ情報
 今更このシリーズに言うだけヤボですが、歴史上の人物悪役にされまくりですネ…しかし塙団右衛門が悪役というのが悲しい。きょうび、ゲーム以外のメディアにもなかなか出てこないのに…

 今日のラストは、個人的に大笑いしたblog記事。新感線で武侠 粟根まことで東邪こと黄薬師
 超最高。いつも密かに楽しみにしている武侠実録さんですが今回の記事は素晴らしすぎます。あの素直になれないツンデレ親父が陰険眼鏡さんに! ラストの台詞、粟根さんがどんな顔して言ってるか容易に目に浮かびます。
 丁度原作のラスト近くを読んでいたので、もう粟根さんの声で台詞が聞こえてきて困りました。
 自分でもやってみたくなったけどネタが浮かばない自分の頭がもどかしい。


 そういえば…ファンの人には今更言うまでもないことですが、キング・オブ・ファイターズシリーズで、伊達者マッチョダンディという珍しいキャラ・七枷社(うわ、このイラストひどいな)の声を当てている粟根さん。
 確かに粟根さん以外の何者でもない声ですが、ご本人とは(ビジュアル的に)全く違うキャラでも、この声以外考えられないというのは凄いことだと思います。
 …それ言ったら月華でクールな美形キャラやってる橋本じゅんさんも凄いけどな(あ、粟根さんなんてボスの声だった)、と無理矢理時代劇に話を戻しておしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.02

「妖かし斬り 四十郎化け物始末」 心に闇、人が化け物


 最近は人情ものの方に力を入れているかのように感じられる風野先生ですが、新作は、一風変わった用心棒もの。
 浪人剣士が糊口をしのぐために雇われた先で事件に巻き込まれて…というのは用心棒もの・○○稼業ものの定番パターンですが、この作品が異彩を放つのは、タイトルにある通り、化け物専門の始末屋稼業という点であります。

 と書くと、何だかもの凄く伝奇テイストバリバリのアクションものを想像してしまいますが、そういう方向には行かないのが面白いところ。
 何せ、主人公からして何とも言えない味わいが漂う人物造形です。剣の腕はひとかどのものですが、使う技はフェイント主体のちょっとセコい剣、三匹のからすを常に連れているためにからす四十郎と渾名されていますが、要はいつも烏に執念深くつきまとわれているという状態。
 家庭の方を見れば、書物マニアの妻は病弱で薬代がかさみ、蘭学医志望の息子は長崎留学のために学費がかかり、嫁に出した娘は先の家との折り合いが心配…と、読者であるお父さん方には心当たりありまくるんじゃないか、という強烈なまでにペーソス漂う主人公であります。

 そんな四十郎が、ある日辻占から死相が現れていると告げられ、半ば自棄になって始めたのが、普通の仕事よりも実入りの良い化け物退治、というのが本作の基本設定となっています。
 人並み(以上)に怖がりの彼がおっかなびっくりに対峙する事件の数々は、しかし真相を知ってみれば、化け物よりも始末に悪く、恐ろしくももの悲しい人間の心の諸相の現れ。四十郎が毎回のように口ずさむ「心に闇、人が化け物」という言葉が、――なまじ彼がスーパーヒーローでないだけに――一層実感をもって迫ってきます。

 そうした「化け物」退治の一方で、変死を遂げた友人から預かった謎の書状を巡るサスペンスもあり、連作短編集でありながらも、一本筋の通った本作。
 ラストで書状の謎も解け(ここで登場する人物に思わずニヤリ)、辻占の理由もわかるのですが、まだまだ四十郎さんには、ブツブツ言いながらも人の世の「化け物」退治にいそしんでいただきたいものです。


「妖かし斬り 四十郎化け物始末」(風野真知雄 ベスト時代文庫) Amazon bk1

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.11.01

今週の「Y十M」 良くも悪くも…

 新章突入ということでセンターカラーの今回ですが、ある意味、良くも悪くもこの作品というものがくっきりと表れた回となりました。
 今回描かれるのは、十兵衛先生による堀の女の特訓コース。いつものようにどこか飄々としつつも、いつもよりも幾分――場面によっては相当に――厳しい表情を見せる十兵衛先生、か弱くも美しい七人の女性を前に、全く手加減なしの訓練を課しています。…それも、相手を倒すためでなく、相手から逃げるための特訓を。
 当然のことながら激しく反発する女たち、それに対して十兵衛先生が謎の言葉を口にしたところで以下次号。

 …うーん、話が進まない。以前から話が進まないのに無駄にハラハラしていましたが、今回もハラハラしてしまいました。話がとっちらかったり、横道に逸れているわけでもないのに話が進まないのは、一にも二にも、これでもか、と言わんばかりに丁寧に丁寧に描写が積み重ねられているからであって…別に悪いことではないのがかえって困ってしまうところ。
 必ずしも原作に100%忠実に描いているわけではないにもかかわらず、絵から受ける印象は原作から受けるそれそのまま、時として原作以上に原作らしいのでは、とすら感じさせられるせがわ先生の絵の魔力が、人物や物事の動静を的確に描ききるその描写力から来ているのは間違いないことであり、いつもながら感心させられることなのですが、連載漫画の一回として切り取って見たとき面白いかと言えば、それはまた別の話では…と失礼ながら思ってしまったのでした。


 と、偉そうに書いたすぐ後にこんなことを書くのは何なのですが、今回最初っから最後まで画面所狭しと飛び回る堀の女たちの姿が実に美しく…というかぶっちゃけ素敵に艶めかしいのにはつくづく感心してしまいました。
 肌の露出はほとんど全くないにもかかわらずあれだけアレなのは、「黒い襦袢に黒いたっつけ袴」という原作の表現をこれほどナニに昇華してみせたのは、これはもう一種の忍法と言っていいんじゃないでしょうか。しかもとどめとばかりに水濡れまで!
 これでこの後の蜂のシーンまで今回分に含まれていたら、大変なことになっていたと思うのでやっぱり今回はこのくらいの切り方でよかったのやも知れず。

 やはりせがわ先生は素晴らしい、丁寧な丁寧な描写万歳! と台無しなことを書いてこの稿おしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »