« 八犬伝特集その一 山田風太郎「八犬伝」 | トップページ | 八犬伝特集その二 「新八犬伝」(小説版) »

2005.12.27

「神変麝香猫」 古き良き伝奇時代小説の名品


 吉川英治先生というと、どうしても「宮本武蔵」「新・平家物語」「私本太平記」などの大作が浮かびますが、デビュー当初は伝奇エンターテイメントの妙手であったことは紛れもない事実。そこで吉川先生の伝奇ものというと「鳴門秘帖」「神州天馬侠」あたりがまず浮かぶのですが、もちろんそれ以外にも面白い作品はたくさんあって、この「神変麝香猫」はまずその筆頭と言ってよいかと思います。

 時代設定は島原の乱の直後、天草四郎を討った男・陣佐左衛門(実在の人物)に近づく妖しげな美女・お林。彼女がただ者でないと見破ったのは、柳生兵庫助の一子・夢想小天治ですが、あにはからんや、佐左衛門は無惨な生首に。
 そしてそれは切支丹の残党・麝香猫のお林の復讐の幕開け。次々と怪事件を引き起こし、江戸城の抜け道の秘密を記した黒縄巻を狙うお林一党に立ち向かう夢想小天治、松平伊豆守らですが、幕府転覆を狙う由井正雪一門までが黒縄巻争奪戦に加わり、三つ巴の大乱戦に…というお話。

 侠気に溢れた正義の剣士、跳梁する怪人たちの一団、秘宝を巡る争奪戦…と、時代伝奇のお手本のような本作ですが、目を引くのは、何と言っても、ヒロインが敵の首魁という麝香猫のお林のキャラクター。
 時として冷酷な顔を見せることもありますが、お林本人とその配下は、単なるテロリストではなく、幕府によりいわれなき弾圧を受けた、一面から見れば悲劇の人々という設定がある意味現代的で、単なる憎むべき敵としていない点がさすが吉川先生、という感があります。

 もっとも、小天治とお林のロミオとジュリエット的ロオマンスが、ラストになってほとんど唐突に現れるのが残念なところで、その辺りをもう少し前面に出せば、また違った印象の作品になったのではないかな…という印象はありますが、それでも本作が古き良き伝奇時代小説の名品であるのは間違いのないところ。
 冒頭に書いたように少々(だいぶ?)マイナーなのが残念なこの作品、機会があれば是非手にとっていただきたいところです。

 あ、大事なことを忘れていました。時代伝奇データベース「異形列伝」本作の人物・用語を掲載しています。ネタバレも含んでいますが、ご覧いただけると嬉しいです。


「神変麝香猫」全2巻(吉川英治 講談社吉川英治文庫) Amazon bk1

|

« 八犬伝特集その一 山田風太郎「八犬伝」 | トップページ | 八犬伝特集その二 「新八犬伝」(小説版) »

コメント

今、神変麝香猫を呼んでいる最中です。吉川英治の作品は大体読んだが初期の作品はなかなか手に入りづらくて読めなかったのを最近、通っている病院のデイケアルームにあったのを見つけて読んでいる。文章が少し古くて読みにくいがそれでも読者をひきつける魅力はあると思います。最終的にお林と夢想小天治がどうなるのかが楽しみです。吉川英治の初期の作品、例えば『鳴門秘帖』とか『江戸三国志』とか『万花地獄』とかはもっと読まれてもいいと思います。

投稿: ふじもっちゃん | 2012.02.03 20:48

ふじもっちゃん様:
そろそろ読み終わられた頃でしょうか?
吉川英治というと、やはり後期の作品の印象が皆さん強いようですが、この初期の頃の作品も魅力的な作品揃いだと思います。今では大半の作品が新刊で読めないのが本当に残念ですね。

特に「神変麝香猫」は、今風にリメイクしても面白いのではないかなあ、と思います

投稿: 三田主水 | 2012.02.08 23:58

三田主水様

今日、「神変麝香猫」を読み終えたばかりです。お林と夢想小天治と由井小雪との三つ巴は面白かったですね。
吉川英治初期の作品で今でも手に入るのは「鳴門秘帖」「江戸三国志」「牢獄の花嫁」ぐらいですね。他の作品は図書館か古本屋に行かないと手に入りませんね。今回の「神変麝香猫」もたまたま病院のデイケアにあった吉川英治全集に収録されてあったのを私が興味を持って読み始めたのがきっかけでした。今は同じ巻に収録されている「女来也」を読み始めたところです。ただ残念なのはうちの病院のデイケアにある吉川英治全集は全部揃っていないんですよ。でも吉川作品で未読の初期の伝奇時代小説はどんどん読みたいと思います。

投稿: ふじもっちゃん | 2012.02.20 22:02

ふじもっちゃん様:
楽しまれたようで何よりです。
吉川作品は同時期の他の作家に比べれば遥かに手に入れやすいはずなのですが、やはり初期作品はなかなか難しいですね。
古い方の文庫版の吉川英治全集は、古本屋ではかなり手に入れやすいので、機会があれば探されてはいかがでしょう。

投稿: 三田主水 | 2012.02.27 23:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/7856695

この記事へのトラックバック一覧です: 「神変麝香猫」 古き良き伝奇時代小説の名品:

« 八犬伝特集その一 山田風太郎「八犬伝」 | トップページ | 八犬伝特集その二 「新八犬伝」(小説版) »