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2005.12.11

「大盗の夜 土御門家・陰陽事件簿」 陰陽師、江戸の世をゆく


 京を舞台に市井の人々の姿を描く作品等、数多くの時代小説を発表されている澤田ふじ子先生が、江戸時代の京の陰陽師を主人公に描く全七話収録の連作短編集です。
 サブタイトルに「土御門家・陰陽事件簿」とあるので一見派手な展開を想像してしまいますが、さにあらず、あとがきの「おどろおどろしい陰陽師の活躍を期待するのは無理。奇怪な現象も超能力者も登場しない。市井に生きる庶民の姿を主にして、事件簿として書いているからである」という言葉が示す通りの、「おどろおどろしい陰陽師の活躍」を読み慣れた身にはちょっと意外な、しかしなかなかに味わい作品となっています。

 主人公は、陰陽師(江戸時代の易者、人相見等の占い師とほぼイコールの意味)を束ねる土御門家譜代の触頭(土御門家配下の占い師たちの統括役)・笠松平九郎。ちょっと堅物なところもありますが、文武に優れ、役目柄世情に通じた青年であります。
 その、触頭のお役目とは、京の街で活動する陰陽師たちと、彼らに救いを求める市井の人々の在りように目を光らせること。そしてそれは裏を返せば、市井の人々の心を悩ます不安・苦しみの存在を察知することであり、そしてそれを解決するために、平九郎は様々な事件と対峙することとなる、というのが物語の基本設定となっています。

 ここでつくづくと感心させられるのは、この作品が、これまでほとんど顧みられることのなかった江戸時代の陰陽師たちの存在と、彼らが果たしてきた社会的安定機能に注目していること。
 これは全く私も不勉強で初耳だったのですが、江戸時代の社会の安定、治安の維持に重要な機能を果たしてきたものが三つあるというのが本作の、澤田先生のスタンスです。
 三つ――一つは、町奉行所の与力・同心、二つ目は、長屋の大家、そして三つ目、それが市井の陰陽師たち、ということになります。本書によれば、江戸の町にいた陰陽師の数は約千人、割合からすれば各長屋に一人はいたことになるというのだから、これは結構な割合。そしてその彼らが、占いを通じて市井の人々の人生相談に乗り、様々な悩みを受け止めることが、犯罪の抑止につながっていたというのは実に興味深いお話です。

 なるほど、犯罪というものは、専業の(?)犯罪者が起こすものは勿論ありますが、おそらくはそれを遙かに上回る割合で、突発的な犯罪者によるもの、ごく普通の人間が何かの拍子に心惑い、法を犯してしまうものがあるであろうことは想像に難くありません。そのような人の心が惑っている時に占いという形で一種のカウンセリングを行った彼ら陰陽師は、当時の庶民にとって実に心強い存在であったのだろうと想像できます。

 江戸時代の陰陽師がそうした人の心を(決してオカルティックな意味(ばかり)ではなく)守る存在であったとするならば、平九郎が出会う事件もまた、皆、人の心に帰因するものであることはむしろ当然な話。冒頭に述べたとおり、「陰陽師」の語から我々が連想するような派手な存在とは全く異なりますが、しかしむしろそれ以上に尊く、また親しみやすい陰陽師の姿がここにはあります。

 それにしても、つい最近「公家侍秘録」を読んだためもあり、また何よりも舞台が重なることもあり、読みながら高瀬理恵先生の絵がずっと浮かんでいたのですが、高瀬先生、澤田先生の「花篝 江戸女流画人伝」をコミック化しているとのこと。そ、それは読みたい…!


「大盗の夜 土御門家・陰陽事件簿」(澤田ふじ子 光文社文庫) Amazon bk1

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