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2006.02.19

「暁けの蛍」 禅道と芸道と、現実と幽玄と


 ここ数年、一貫して室町伝奇小説を書き続けてきた朝松健が、世阿弥と一休宗純を中心に据えて描きあげた室町幻想小説。
 一休の方は、いわば氏の室町もののレギュラーであり、そのキャラクターはこれまでの室町伝奇ものでお馴染みのものでありますが、世阿弥の方は、私の記憶が正しければ、名品「「俊寛」抄 ――あるいは世阿弥という名の獄――」で――物語の中心でありつつも――遠景として描かれたくらいであり、直接的に描かれるのは初めてではないかと思います。
 そしてこの日本人であれば誰もが知るであろう二人の不思議な一夜を描いたこの作品は、今までの朝松室町伝奇の世界を踏襲しつつも、それを超えた新しい世界を予感させるような物語となっておりました。

 物語のストーリーは、いたってシンプルで、とある渡し場で偶然出逢った一休と世阿弥が、船を待つ一晩、互いの半生を語り合ううちに、不思議な舟のおとないをうけ、48年に一度、二十三夜にのみ現れるという幻の遊郭・暁蛍楼へと誘われるというもの。
 しかしその構成は複雑かつ趣向が凝らされており、一休の半生と世阿弥の半生、それぞれが少しずつ語られるうちに、それが次第に交錯し溶け合い、暁蛍楼で一つのクライマックスを迎えることになります。
 世阿弥により極められた能の世界では、一つの物語の中で現在と過去が絡み合い、生者と死者が交錯することは珍しくないことではありますが、まさに本作の物語自体が能の世界の中で描かれることどものように感じられたことでありました(そしてまた、終盤で二人の人生が根深いところで交わっていた――それが本当に現か幻かはわかりませんが――と明かされる件には、唸らされた次第です)。

 しかし本作で何よりも目を引くのは、作中で描かれる世阿弥像。幼い頃から、現実を超えた幽遠で玄妙な世界と交感する能力を持った世阿弥は、かつて天空を舞うのを見た美しく奔放な「風の乙女」の姿に取り憑かれ、能を通じて美なるものに近づき、そして一体化しようとする、一種狂熱的な人物として描かれます。そして、室町三代将軍義満や、幾多の女たちとの間に愛を交わし、美と芸の至高を求めつつも、過酷な運命の前に落魄し、どこまで行っても極め切れぬ幽玄の世界の追求に疲れ果てた時に出逢ったのが、一休であり暁蛍楼であった、ということになります。

 本作は、一言で言えば「愛と救済」という側面を一方に持つ物語。「さまよえるオランダ人」の如き暁蛍楼の遊君は、48年に一度、現世に現れた際にのみ魂の救済を受けられるという運命を背負わされた者ども。そしてその救済にあたるべき一休と世阿弥が作中で語る半生もまた、言い換えれば愛の記憶であり、そしてその記憶ゆえに苦しみ、自らも救済を待つ存在として描かれます。
 が、物語のクライマックスにおいて、己のファム・ファタル(一休の前に現れた彼女の名前にはニヤリ)に出逢った一休と世阿弥の、それぞれの救済の姿、魂の行方はあまりにも対照的。
 未読の方のために詳細を書かずにこの辺りを語るのは非常に難しいのですが――一休が現実の中でどこまでも真っ直ぐに相手を見つめ、その中に愛と救済を見出していくのに対し、世阿弥は現実を遙かに超えた永遠の世界の中に己の美を求め、そしてそれを愛した者、とでも言えばよいでしょうか。朝松健の読者であれば、終盤に世阿弥が己の本質を語るシーンに、(本作同様、朝松作品の新たな世界を予感させた)「荒墟」のある人物の姿を見て取るのではないでしょうか。
 そして、現実の中でどこまでも厳しく己を見つめ、鍛え上げる禅道を行く一休がロマンチストに描かれる一方で、幽玄の中に己を遊ばせ、美を求める芸道を行く世阿弥が、峻厳たるリアリスト――例えば岡本綺堂の「修善寺物語」を想起させる――に描かれるのは、単に二人のキャラクターの違いに留まらず、二人の往く「道」の本質の違いに思えるのが興味深いところです。

 朝松健の室町伝奇は、いわば室町時代という狂熱に浮かされたような時代の諸相を、怪奇や伝奇といった刃で切り取って提示し、その極端な姿の中に、現実の真相を見る、描き出すもの、と言えるかと思いますが、本作はその基本姿勢は変えることなく、時代の狂熱の奥の、より本質的な、現代にまでつながる部分にまで深く刃を進め、切り取っているかのように感じられます。
 そのアプローチは、以前にも、上に名をあげた「荒墟」で試みられていましたが、本作は、それをより深め、かつまろやかな形に仕上げたものと言えるかと思います。

 朝松作品世界の新しい方向性・手法が、本作において完全に自家薬籠中のものとなっているかと言えば、それはよくわかりませんが、しかし、その行く末が非常に楽しみであることは、間違いありません。


「暁けの蛍」(朝松健 講談社) Amazon bk1


 なお、本作については、本文中でも名をあげた以下の二作品をご覧になると、更に楽しめるかと思います。
「「俊寛」抄 ――あるいは世阿弥という名の獄――」(光文社文庫「百怪祭」所収) Amazon bk1
「荒墟」(光文社文庫「闇絢爛」所収) Amazon bk1

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