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2006.02.26

「悲願千人斬」 明日なき復讐劇


 戦国時代の美濃を舞台に、斎藤道三に滅ぼされた土岐頼芸の遺児・土岐太郎頼秀を巡り、双子の豪傑が繰り広げる壮絶な復讐劇。かの白井喬二先生をして「古今絶無」と言わしめた題名があまりに印象的な名作であります。

 主人公となるのは、美濃稲葉山城下で名僧と讃えられた白雲上人と、その双子の弟の郷士・土佐青九郎。土岐家の臣・稲葉家の血を引く上人が、天狗の面を被って、今まさに処刑されんとする頼秀を奪還するところから物語は始まります。頼秀を追う斎藤家の老臣・日根野備中守に対し、弟・青九郎と共に戦う上人ですが、備中守の追求はあくまでも執拗。替え玉となった甥・多聞の犠牲により、一度は追求を逃れたかに見えた頼秀ですが、運命のいたずらの前に遂に…
 そして主家復興の望みが時、上人と青九郎の怒りが爆発、かくて斎藤家の侍千人斬りを悲願とする般若面と天狗面の二人の怪剣士が出現、稲葉山城下に血風が吹き荒れる、という物語。

 タイトルになった千人斬りが始まるのは、物語も終盤に近づいた頃からとだいぶ遅いのですが、しかしそれまでに丹念に登場人物たちの心の動き、生き様が活き活きと描かれるため、そこに辿り着くまでに飽きることがありません。
 そしてまた、本書を印象的なものとしているのが、その千人斬りの復讐劇が、全く未来に繋がらず、得るものもない、極端な言い方をすれば、単なる腹癒せ以上のものではない点。たとえ千人の侍を斬り捨てようとも、死んだ者が戻ってくるわけでもなく、主家が甦るわけでもない。ましてや名誉や金、あるいは平穏な暮らしが待っているわけでもない。そこにあるのは、命が消費されていく虚しい剣戟のみであります。
 もちろん復讐劇とはそういったもの、と言えばそれまでかもしれませんが、しかしその復讐者が、前身は武辺者とはいえ、今は名僧と讃えられる人物である点、さらにまた、二人の復讐者が、その般若と天狗の面を奪った能楽師の子からまた、復讐の刃を向けられるという設定は、例えばその約十年後に描かれた、時代小説における復讐劇という点では共通である「雪之丞変化」が、復讐の虚しさを描きつつも、あくまでも優美華麗な空気を持っていたのとは全く異なる、乾いた味が読後に残ります(どっちかというと同年の「敵打日月双紙」と比べるべきだって? いやそれはそうなんですが…)。

 実は、純文学出身であった作者自身はあまり気に入っていなかったという本作、確かに各章のタイトルの付け方など、如何にも昔の大衆小説的な空気が濃厚で、その気持ちもわからないではないですが、しかしその「文学的」素養が、本書を単なる大衆小説に終わらせず、一味も二味も違う(もちろん限界はありながらも)生きた人間を描いた名品と化さしめた、というのは興味深いことであります。


「悲願千人斬」全2巻(下村悦夫 講談社大衆文学館) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1

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