« 「手習重兵衛 天狗変」 これまさに大団円 | トップページ | 妖異聚成はじめました »

2006.04.16

「伊庭征西日記 徳川直参の生き様と明治維新」 剣士、幕末を生きる


 「コミック乱ツインズ」誌に半年強連載されていた森田信吾のコミックの単行本化。幕末史に名を残した白皙の美剣士・伊庭八郎の壮絶な一生を描いた作品ですが、さすがは森田信吾、伊庭のキャラクターが実に生き生きと描かれており、客観的に見れば悲劇的なはずの物語が、実に清々しい味わいの作品となっておりました。

 伊庭八郎と言えば、名門・心形刀流の天才剣士にして、その美貌で知られた存在。官軍との戦いの中で片腕を失いながらも箱館まで奮戦を続け、遂に壮烈な死を遂げた、最後の剣客の一人と言ってよい人物であります。
 もとより剣戟アクションを描かせたら当代五本の指に入る作者、この伊庭八郎を果たしていかように描くのか――と期待しつつ蓋を開けてみれば、そこで描かれていたのは、単なる剣客としてだけではなく、一人の青年として幕末を颯爽と生きた等身大の伊庭八郎の姿でした。

 幕末を舞台とした物語というと、どうしても思想的な――勤王あるいは佐幕――要素が入ってきますが、本作の伊庭は、立場は旗本として幕軍で戦ったものの、そこに思想的なものが感じられないのが興味深いところ。
 江戸で生まれ育ち、幕府の禄を食んだものとして、ごく自然に、それが当然の生き方として己の生を生きた観があります。

 こう書くと、それはごく普通にあることのようにも思えますが、幕末に限らず、果たしてどれだけの人間が、己の生を真っ正面から受け容れ、一途に生き抜くことができるかと思えば、伊庭の生き様の素晴らしさがわかろうというものです。
 この辺り、名作「栄光なき天才たち」で、様々な偉人たちの生き様を描いてきた森田信吾ならではの味わいなのではないかな、と思った次第。

 惜しむらくは、前半の物語展開と後半のそれの雰囲気と物語の進行速度が明らかに異なることで、この辺り少し勘ぐりたくなるものもありますし、画の荒れ様もかなり厳しいものがありますが、それは今言っても仕方ありますまい。

 迫力ある剣戟アクションと、哀しくも気持ちの良い人物描写と――本作が、森田作品の二つの魅力が融合した魅力的な作品であることは間違いありません。


 …あ、カステラや鰻を食べて喜ぶ伊庭の姿に、名作「駅前の歩き方」の花房先生の姿を感じたのは私だけでありましょうか。そうすると三つ目の魅力もありますね、と蛇足バリバリなことを書いておしまい。


「伊庭征西日記 徳川直参の生き様と明治維新」(森田信吾 リイド社SPコミックス) Amazon bk1

|

« 「手習重兵衛 天狗変」 これまさに大団円 | トップページ | 妖異聚成はじめました »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/9613530

この記事へのトラックバック一覧です: 「伊庭征西日記 徳川直参の生き様と明治維新」 剣士、幕末を生きる:

« 「手習重兵衛 天狗変」 これまさに大団円 | トップページ | 妖異聚成はじめました »