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2006.05.18

「柳生薔薇剣」 美しき剣の物語

 荒山徹先生の最新長篇は、お得意の「日本と朝鮮」「柳生新陰流」を扱った時代活劇。表面上は、良くも悪くもさほど重たくない作風に見えて実は…という、相変わらずの曲者ぶりが発揮されています。
 なんと言ってもこの作品、主人公はうら若き美女にして柳生新陰流の達人・柳生矩香。柳生宗矩の娘にして、弟・十兵衛以上の剣才を誇るスーパーヒロイン。その矩香が、鎌倉東慶寺に逃げ込もうとする女性・うねを救ったのが、全ての始まりであります。

 かつて秀吉の朝鮮出兵の際に、日本軍に「拉致」された朝鮮の人々。徳川幕府と朝鮮の国交正常化に伴い、彼ら「拉致被害者」を帰国させるべし、ということになったものの、これは全く政治的動きであり、過酷な朝鮮の身分制度を逃れ日本にやってきた者もいる、彼ら個々人の思惑を全く無視したものでした。
 そして矩香が救ったうねも、そんな強制的に帰国させられようとしていた朝鮮女性。朝鮮の身分制度を逃れ、肥前加藤家の武士と結ばれた彼女は、妻を、母を朝鮮に送り返させてなるものかと主家に逆らった夫と子の犠牲により、縁切り寺である東慶寺に逃れてきたのでした(それにしても拉致被害者の帰国をこのような形でパロディしてみせるあたり、荒山先生もなかなかお人が悪い。荒山徹が山田風太郎の衣鉢を継ぐ由縁は、秘術合戦などよりもこのシニカルなパロディセンスにあるのではないかと思った次第であります)。

 東慶寺に逃れた女性は、現世の悪縁から逃れる決まり、しかし事は日朝の外交に関わる問題であり、加藤家を離れて幕府を二分しかねない問題に。そしてそれに輪をかけてややこしいことに、時の将軍家光は、実は東慶寺庵主たる天秀尼(豊臣秀頼の娘)への秘めたる恋心から、大っぴらにはできないものの東慶寺を支持。その家光の相談を受けた柳生宗矩が、ガードのために東慶寺に送り込むことになったのが美しい中に無双の棘を秘めた女剣士・矩香…というお話であります。

 物語の基本構成を書いただけで随分長くなってしまいましたが、正直、荒山節は比較的薄めな本作。「柳生」も「朝鮮妖術」も登場しますし、何よりもバトルヒロインが次々と登場する強敵と対決するという展開も悪くありませんが、いつものやりすぎ感は、それほど強烈ではないという印象です。
 いや、そんな感想を抱いてしまうのは、当方が、拉致被害者帰国のために朝鮮が妖術師送り込んでくる展開を平然と受け容れてしまう荒山ジャンキーだからであって、普通に考えれば十分インパクトのある展開であるとは思います(宗矩くんは相変わらず黒いしな)。

 もちろん、上記のように、庶民のささやかな幸せを踏みにじって顧みることのない権力者の暴威と、それに対する人々のささやかなしかし強靱な意地という、荒山作品の派手で強烈な外見の下で脈々と波打つテーマは健在でありますし、何よりも、ラストに至って護る者と護られる者が逆転し、それが一つの魂の解放をもたらすという構図は、うまくまとめたな、という感がなきにしもあらずですが、やはり実に感動的でありました。

 チャンバラアクションに見せかけて、実は純愛ものという曲者の逸品。帯の「柳生武芸帳」に比肩しうるというのはどうかと個人的には思いますが(それはむしろ「十兵衛両断」の方だと思う)、荒山ビギナーにも自信を持って薦められる快作であります。
 最近発売された「柳生雨月抄」で大活躍の柳生友景さんも登場しますので、「雨月抄」を読まれた方はこちらも、逆にこちらを先に読んだ方は「雨月抄」の方もどうぞ。


 と、これからはマニアの話。
 既に多くの人に指摘されていますが、本作、山田風太郎先生の「柳生忍法帖」へのオマージュが強烈であります。時代こそ少々遡るものの、舞台は鎌倉東慶寺、うねを追ってくるのは肥前と会津の違いこそあれ加藤家と、意識しているのは明々白々。しかし、東慶寺の「門を蹴破り、力ずくにても」うねを引き立てて行こうと言う人物の名が「鷹ノ巣康祐」というのには吹きましたよ(しかも名前も微妙にまずい気がする)。

 …やっぱり荒山作品は油断できない。


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コメント

 何気に初の日本人ヒロイン(降倭除く)登場、
という側面もありますね>柳生薔薇剣
とりあえず、当方としては僕らの宗矩くんが
あまりにも光り輝いてるので感涙に耐えません。
それだけでもう、なんというか満足です。

 あと、”あの黄門様”が出た時は、
「これはもしかして南條範夫ルートへの…いや、
 山口貴由ルートへの分岐点!?」と思ったで砂。
荒山先生ならやりかねない、という気持ちが沸々と。

”掛川において朝鮮の使者を護衛せしは、
当地に於いて音に聞こえた虎眼流の剣士たちであった”

 とか書きかねない。
まあ、多分に当方の願望が篭り過ぎではありますが。

投稿: 神無月久音 | 2006.05.18 02:15

山風、五味康祐、隆慶先生に続いて南條先生までなんて勘弁して下さい! たぶん被害者はまた宗矩くんなんですから!

しかし、冷静に読み返してみると本作、朝鮮ネタを中心にするのであれば何も柳生を出す必然性はなく、柳生ネタを中心にするのであれば朝鮮を出す必然性はなく、ましてや朝鮮妖術を出す必然性はどこにもないのに…
もはやここまで来ると「業」という言葉すら浮かびます。

投稿: 三田主水 | 2006.05.19 01:16

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