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2006.06.07

「幻の城 遠国御用」 過去と現在を繋ぐ幻の城

 賭場の用心棒と御庭番の宰領という二つの顔を持つ男・鵜飼兵馬の孤独な戦いを描く本作。タイトルや設定を見て、忍者もの・隠密ものなのかな、と思って手に取りましたが、読んでみればその実、陰を背負った主人公が江戸のアンダーグラウンドで現在を生き抜きつつ、重い過去と対峙するという、時代ハードボイルドの佳品で、嬉しい誤算でした。

 山中の小藩・弓月藩の剣術指南役だった兵馬は、御前試合の不始末で心と顔に深い傷を追い、妻を離縁して藩を出奔。流浪の末、江戸にたどり着き、そこで賭場の用心棒として無頼の生活を送ることに。そんなある日、その剣の腕を御庭番・倉地文左衛門に見出された兵馬は、彼を支える宰領として、もう一つの顔を持つことになります。
 宰領とは取締りの役、監督役という意味ですが、ここでいう宰領とは、御庭番に雇われた、私的な配下のこと。同心と岡っ引きの関係に似ていますが、陰の存在である御庭番のさらにまた陰であって、日の当たらない世界の住人であることは間違いありません。

 本作は、兵馬の江戸での生活を描く前半と、倉地に従って遠国御用として弓月藩に向かう後半に大きく分かれます、
 正直なところ、前半は、兵馬をはじめとする登場人物ほとんどが屈託を抱えて生きているという独特の重さ、ギスギス感が良いのですが、各回が約半年に一回ペースで雑誌掲載されていたためか、単発エピソードの連続という形で、ちょっとブツ切り感があるのが残念なところ。決して格好良くもなく、泥の中を這いずるようにして生きていく登場人物たちの姿は魅力的なのですが…

 対して後半は、舞台とストーリーが一本に集約されて、物語が一気にドライヴしていく印象。弓月藩に隠されるという何事かを探るという御用は、裏を返せば、半ば追われたように捨てたとはいえかつての主家を窮地に陥れる行為であり、さらにそこにはかつての妻とその現在の夫、そして子供(その子供が実は…という鬼展開)が居ます。現在を取るか過去を取るか…あまりに重い選択です。
 そしてそんな人間ドラマに加え、弓月藩に眠る秘密の意外性と、その秘密と兵馬の過去の悲劇との結びつき、そしてそれら全てを清算するかのような強敵との決闘など、時代小説としても面白さは一流。ドラマチックなラストまで、月並みな表現ですが手に汗握って読むことができました。

 個人的には、クライマックスの決闘を前にして兵馬が江戸で出会った人々を思い起こすシーン(上記のようにやや雑駁に感じられた前半の展開が、一気に重みを増して感じられるのは驚き)と、ラストに至り本書のタイトルがダブルミーニングが明かされるのには、大いに感心させられたことです。

 なお、本書の続刊は、「水妖伝」のタイトルでつい先頃刊行されております。こちらもなかなか面白い作品でしたので、近いうちに紹介する予定です。


「幻の城 遠国御用」(大久保智弘 実業之日本社) Amazon bk1

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コメント

運良くこの「幻の城」から順を追って読むことができました。
私には“独特の重さ、ギスギス感”が逆に痛々しく読むのが辛かったです。元妻の幸せな姿なんて見たくなかったな、と。お艶といる今の方が落ち着いて読める気がします。ギスギス感が楽しめるなんて羨ましいかぎりです。

投稿: Alex | 2007.11.25 18:41

Alex様こんにちは。

そうですね、少し誤解を招く書き方だったかもしれません。
ギスギス感が楽しいというよりは、ギスギス感が物語のエッジを立てる効果を上げていることを評価している、と考えていただければと思います。

本書の描写がAlexさんに痛々しさ、辛さを感じさせたのであれば、それはむしろ作者の狙った通りの効果を上げていた、ということではないでしょうか。

確かに悪趣味かもしれませんが…

投稿: 三田主水 | 2007.11.25 22:35

私の書き方もギスギスしてましたね。すみませんでした。主水さん批判ではなくて単純に羨ましいなぁと思っただけなんですよ。悲しいものを読むとテンション下がるので。それを冷静に読める主水さんはやはり羨ましい(笑)

投稿: Alex | 2007.11.26 12:42

Alex様:
いえいえお気になさらずに。
というか私も悲しいもの、ついでに暗いものや辛いものは苦手です。感情が必要以上にシンクロしてどっときます。

ちなみに本作の場合はダメな中年に共感したから結構平気だったのかも知れません(爆)

投稿: 三田主水 | 2007.11.26 23:59

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