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2006.06.25

壬生狂言を観てまいりました

 昨日、国立劇場壬生狂言を観てきました。今回が初見――というより恥ずかしながらつい先日まで存在も知らなかったのですが――だったのですが、なかなか面白いものでありました。

 壬生狂言は、狂言という語こそ付いていますが、狂言とは全く別物(演目の一部は狂言からも採っていますが)。演者は全員面をつけ、一切台詞は無しで、所作と鉦・太鼓・笛のお囃子のみで物語が表現されます。元来は鎌倉時代の円覚上人が民衆を教化するために始めた宗教劇で、これが14世紀初めから現在に至るまで絶えることなく、壬生寺の本尊である延命地蔵菩薩に奉納されているとのことです。

 この回の演目は、閻魔に裁かれ責め苦を受ける餓鬼が地蔵尊に救われる「賽の河原」、壬生寺に詣でた美女が大尽に見初められるもそこに妻が現れて…という「桶取」、そして鳥羽院に仕える女御玉藻前、実は九尾の狐と、その正体を見破った安倍泰成らが対決する「玉藻前」の三本。当然(?)、伝奇者として私の目当ては「玉藻前」でした。

 が…この三本の中で一番面白かったのは、実は一番期待していなかった「桶取」だったというのが面白い話。
 確かに「玉藻前」は、玉藻前が九尾の狐と知った際の泰成の驚きの描写や、御幣でもってチャンバラを行う泰成と玉藻前(途中で九尾の狐に変化…というか入れ替わり)、さらに劣勢とみた九尾の狐が逃れる際に、舞台の「飛び込み」(歌舞伎でいう「奈落」)に豪快にダイブするなど、面白い場面も色々とあったのですが、それ以外の場面は以外と淡々としていたというか…演劇的に面白いと思える部分が少なかったというところでしょうか。

 対して「桶取」は、他の二本に比べれば、あくまでも日常の範疇の物語。美女・照子が壬生寺に参拝して閼伽水を汲んでいるところに大尽が現れ、彼女を見初めて戯れかかり、初めは素っ気なくあしらっていた照子もやがてほだされ、大尽に踊りを教えて二人で楽しげに踊るように。が、そこに大尽の身重の妻が現れ、不実を責めるも、照子は大尽に逃がされ、そして大尽も照子を追って消える。そして一人残された妻は、己の容姿を嘆き、化粧をするも…という内容です。
 物語が起伏に富んでいるわけでも、特段派手な演出があるわけでもありませんが、しかし、台詞なしで所作とお囃子のみで内容を見せるという、壬生狂言の特長と魅力が一番はっきりと出ていたと感じられたのは、間違いなくこの演目だったかと思います。
 大尽にぴったりと身を付けて踊りを教える照子の姿には、甘ったるい恋のときめきと、その先のもっと生々しい悦びの息吹きが確かに感じ取れましたし、また、一人残され、閼伽水に己が顔を映して化粧をしながら一喜一憂する妻の姿には、女性の持つ可愛らしさと哀しさ、更に言えば業のようなものが強く感じられたことであって――つまりは、省略と記号化が、より深く強く現実感を与えることになっているように思えるのです。

 演劇という非日常的空間においては、同じく非日常的な物語よりも、時としてごく日常的な描写、ごく自然な人間の感情の発露方がより印象的に、先鋭的に観客の目に映るということは、これまで人形浄瑠璃などを観た際にも感じていたのですが、はからずもそれを再確認させられた気がします。

 そして同時に、この「桶取」が直面で演じられた場合、内容的にも描写的にも、地蔵菩薩に奉納するのに適しているとはちょっと考えがたいようにも感じられます。すなわち、その意味では仮面は(つまりは壬生狂言というスタイルは)、現実性を記号化することによって和らげ――極端に言えば神仏の世界に近づける効果を持っていると言えるかもしれません。
 言い換えれば、壬生狂言の中の記号化は、舞台上を現実に近づける効果と、現実から遠ざける効果という、矛盾する二つの効果を生んでいるように感じられるのですが…それはあるいは、この壬生狂言が、民衆教化という目的と、地蔵菩薩への奉納という目的の、二つの(それぞれ対象がある意味正反対の)目的を持っているからなのかもしれません。

 と、わかったようなわからないようなことを書いているうちに自分でも混乱してきたのでこの稿おしまい。

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