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2006.07.01

「武蔵伝 異説剣豪伝奇」第2巻 石川賢の力量を再確認

 「何だかものすごく綺麗に終わっちゃったよ、おい!」と、私を含む世の石川賢ファンを(冷静に考えたら随分失礼な感じに)驚かせた「武蔵伝」の第二巻(最終巻)が発売されました。
 箱根の関所での柳生羅刹衆との死闘から、江戸に入ってはまさかの佐々木小次郎の登場、天海一党の陰謀に、「宮本武蔵」の正体と、短いながらも猛烈に密度の濃い作品世界を味あわせてくれた本作。最近は虚無るかゲッター線暴走で終わることが多かった(暴言)石川作品ですが、本作では超伝奇系統に暴走することもなく、純粋な(?)伝奇時代作品として見事に走り抜けた感があります。

 何よりも圧巻なのは、やはり終盤で遂に語られる「宮本武蔵」の真実。どこまでここでネタバレしてよいものか、大いに悩むところではありますが、幾人もの「宮本武蔵」を登場させた末に描かれるその真実は、内容はもちろんのこと、その明かされるタイミングとその後の展開も相まって素晴らしいインパクトでありました。
 既存の宮本武蔵譚からすれば、まことに意外でありながら、しかし、「武蔵ならばこれくらいやるだろう」と思わせるその内容には、伝奇ものとして感心しましたが、そこに留まらず、ラストで武蔵が見せた生き様の苛烈さと覚悟でもって、その印象を更に一転させてみせる様には、剣豪ものとしても大いに唸らされた次第です。

 そしてまた、ストーリー面の充実と同時に、ド派手な剣戟アクションが堪能できたのも、実に嬉しいところ。武蔵が、武蔵たちが、コマの中を所狭しと駆け回り跳び回り、文字通り屍山血河の大殺陣を繰り広げる様は、アクションの名手としての石川賢の面目躍如たるものがあったかと思います。
 これは全く個人的な印象なのですが――「真説魔獣戦線」や「ゲッターロボアーク」は、ストーリーや世界を語ろうとするあまり、野放図に暴れ回るキャラクターの魅力がちょっと後退した感があったのですが、この「武蔵伝」ではその辺りのバランスがうまく取れていたように感じました。

 何はともあれ、武蔵複数説や天海僧正××××説といった、時代ものではメジャーな題材を扱いつつも――いや、虚無や魔界を出さずとも――きっちりと石川賢ならではの波瀾万丈の伝奇時代活劇を作り上げて見せた本作、作者の力量というものを再確認させられました。

 そして…物語をラストまで読み終えて、正しく本作が「武蔵伝」であったことに、改めて感じ入った次第です。


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コメント

 当方も、ようやく買えましたよ。
いや、重畳重畳。

 噂では聞いてましたが、今回は
本当にスッキリ綺麗に終わりましたのう。
いつもなら、小次郎は蟲の力で復活した再生怪人、
天海はサイバー化、木製蒸気が大暴れした挙句、
最後の勝負で次元を超えて、
「そうか、そうだったのか!」から
「俺たちの戦いはこれからだ!」になるのに。

 でも、こういうのも悪くありませんなあ。

 あと、柳生が敵に回ったイシカワ作品ってのも
割と珍しかったですが、宗矩くんはきっちり黒くて
そこら辺のツボははずさないのもいい感じでしたのう。

 とりあえず、次は石川五右衛門ですし、
またグルグル目なので、これまた楽しみで砂。

投稿: 神無月久音 | 2006.07.01 23:17

いやいや、おめでとうございます。

どうもケン・イシカワ作品については、もしかして我々読者の方が「かくあるべし」と固定観念を抱いてしまっていたのかな、と感じさせられた次第です。

あの豪快ブッ放しENDも本作のラストも、つまりは賢先生が好きなように描きまくった末に辿り着いた結末ということで、等価値なのです、たぶん。

そういえば今回の宗矩くんは脇に回っていましたがちゃんとした人間でよかったです。
前に出てきた時は精神的ブラクラだったからなあ…

投稿: 三田主水 | 2006.07.03 00:54

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