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2006.07.29

「小坂部姫」 伝奇小説家としての綺堂を見よ

 ここのところ綺堂づいているので、まだきちんと紹介していなかったこの作品を。姫路城天守閣に住まうという伝説の小坂部姫(刑部姫)を題材とした伝奇物語です。

 本作は、小坂部姫が人ならざる存在となるまでの物語。時は南北朝の頃、高師直の娘として生まれた小坂部姫を襲う悲劇の物語でもあります。
 高師直と言えば、塩谷判官の美しい妻に懸想して、遂には判官を滅ぼしたことで知られ、「仮名手本忠臣蔵」では悪役として登場する人物。本作では、まさにその事件を背景にしつつ、父の所業に悩みつつも、自らも悲恋に苦しむ可憐な女性として小坂部姫は描かれます。
 ここまでは、綺堂一流の、物静かながら、情に訴えてくる文章で描かれて、歴史ロマンス(ロマンスも伝奇じゃ、とか言わない)としての色彩が強くでています。

 が…異人の導きで遂に家を捨てた彼女を襲うのはあまりに過酷な運命。そして絶望に沈んだ彼女が、異人の囁きに耳を傾けた時、物語は一気に壮大なスケールの伝奇物語へと変貌を遂げます。
 何となれば、その異人こそはまさしく悪魔の使徒。長きにわたり人類の歴史の陰にうごめき、この世を悪しき方向へと傾けんとするものたちの本朝に対する先鋒であり、小坂部姫はその女王たるべき存在なのでありました。

 …初読の際には、この辺りで、あまりの物語の変容、スケールアップぶりに愕然としてしまったのですが、いやはや、何とも凄まじい伝奇ぶり。上記の如く、綺堂には物静かな、抑え目の物語展開の印象があり、また、本作を読むまで、
伝奇よりも怪奇の文脈で捉えていたのですが、その思いが一気に覆されました。
 本作のこうした感覚の根源には、江戸時代の伝奇文学のみならず、西洋的な伝奇ロマンの香りも感じるのですが、西洋の怪奇小説にも通暁していた綺堂のこと、それもあながち考えすぎではないように思えます(そして、同じ題材でも鏡花が書けば「天守物語」になり、綺堂が書けばこの作品となるというのが実に興味深い)。

 いずれにせよ、伝奇小説家としての綺堂の凄みを見せつけてくれる本作、知名度の点では他の作品に一歩譲るものの、伝奇ファンであればぜひ手に取っていただきたい名品です。


「小坂部姫」(岡本綺堂 学研M文庫「岡本綺堂妖術伝奇集」所収) Amazon bk1

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