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2006.07.02

「深雪の剣」 過去を超えることと現在を生きること

 既にシリーズ第四巻「碧燕の剣」が発売されているのに、今頃第お恥ずかしいのですが、何ごとも順番ということでシリーズ第三巻の「深雪の剣」の紹介を。根津の辻番所に集う裏稼業の面々を描く牧秀彦先生の剣豪アクションです。

 記憶喪失の好漢・辻風弥十郎、彼の親代わりとなった老辻番・留蔵、辻謡曲の浪人・田部伊織の三人のチームの活躍を描くこのシリーズ、この巻では、隠居所の女中を次々と毒牙にかける外道の仕置に弥十郎の意外な過去の一端が絡む「夏越の一閃」、加熱する万年青ブームが悲劇を招く「茂れや青葉」、そして弥十郎の通う道場主の過去が血で血を洗う死闘を呼ぶ「寒稽古」の全三編が収録されています。既に三巻目ということもあって、レギュラーキャラクターの描写の安定感はかなりのもの。安心して(?)許せぬ悪を闇で裁く弥十郎たちの活躍を楽しむことができました。

 個人的に唸らされたのは、「夏越の一閃」で描かれた弥十郎関連の描写。剣を取らせれば無敵の弥十郎の思わぬ弱点、それは彼がまったくのカナヅチだった…というエピソードが、物語の一方の極として描かれるのですが、これが単なる彼のキャラクター立てに終わらないのが素晴らしいところ。
 実はこの話では、弥十郎の過去を知る者が登場。弥十郎がかつて自分の知る男ではないかと探りを入れてくるわけですが、そこで上記の弥十郎のカナヅチが意外な意味を持ってきます。つまり、カナヅチは、彼が彼であることを示す、重要な過去の手がかりとしての意味を持つのです。
 が、面白いのはここから。今回の仕置のチャンスは船上と知った弥十郎は、ライバルであり戦友でもある岡っ引き・滝夜叉の佐吉の特訓を受けて、見事水練に開眼。仕置を成功させると共に、本人はそうと意識せぬまま、彼の過去を知る者の目を眩ませることとなるのでした。
 つまり、カナヅチの克服という、本人は真剣だが端から見ると結構可笑しいイベントが、現在の関門の突破と同時に、過去の相克という二重の意味を持たされている(更に言えば、謎であった弥十郎の過去の一端をも示している)わけであって、この辺りは構成の妙と言うべきではないかと感心した次第です。

 もちろんこれで弥十郎が過去と完全に訣別したわけではなく、過去と直面することが先送りになった、ということではあるのですが、しかしそれはそれだけこの物語を長く楽しむことができるということでもあり、そしてまた弥十郎が何者なのかということ以上に、彼がどこに向かうのか、ということが本作の魅力であるということを再確認できたようにも思えたことです。


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