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2006.07.28

「罰当て侍」 己の生き様と死に様の間に

 最近は人情もの…それもペーソスの強い作品を多くものされている風野真知雄先生の新作は、最後の四十七士・寺坂吉右衛門を主人公に据えた作品。既に七十歳を越えた吉右衛門が、ふとしたことから老骨に鞭打って許せぬ悪に向かいます。

 寺坂吉右衛門と言えば、四十七士の中で唯一討ち入り後も生き残り、天寿を全うした人物。何故死を免れたかについては諸説ありますが、時代小説の題材として面白い人物であることは間違いありません。
 ただし本作の吉右衛門は、上記の通り既に老人、今は麻布で寺男として静かに暮らす彼ですが、そろそろ自分の人生の終わりを感じるようになっています。
 が、そんな彼の元に、上杉家のバカ殿が、今頃になって討ち入りの恥を漱ぐために刺客を送り込んだという知らせが。更に、馴染みのうどん屋の店主が死に、娘は身売りすることに…と、にわかに周囲が慌ただしくなります。

 そして、その店主が死の直前、隣の長屋の庭木に逆さ吊りにされた死体を目撃したと周囲に語っていたことを知った吉右衛門は、事件を探るうちに、背後に思わぬ悪の影があることを知ります。最後に死に花咲かせてくれんと、親友の神主の神社の境内に祀られた「バチ当て様」に成り代わって、悪人を討とうとする吉右衛門の運命やいかに…

 というわけで、一種の「必殺もの」としても読むことのできる本作ですが、しかし、やはり主人公の設定の特異性が強く目を惹きます。老いてなお盛んな老剣士が活躍する作品はあまたありますが、本作の吉右衛門は、単なる老剣士ではなく、その歳まで「生き残ってしまった」人物。仲間たちの間でただ一人生き残ってしまったことに引け目と無念さを感じたのは過去の話、今は己に生あることを感謝して暮らしつつも(この辺りの心理描写がリアル)、しかしそれでも己の死に場所をと、つい考えてしまう彼だからこそ、端から見ると無謀にすら見える冒険に、一定のリアリティと共感を感じてしまうのです。

 そしてまた、作品のもう一つの流れとして、彼の孫の、若き力を持て余すモラトリアムな悩みが平行して描かれるのも、吉右衛門の生き様をより一層際だたせていて――もちろん、こちらの悩みにも大いに共感できますし――この辺りはベテランの筆運びだな、と感心いたしました。
 私の歳で読んで面白いのですから、読者が吉右衛門の年齢に近いほど、より一層楽しめるのではないかと思います。

 と、このように書くと何やら非常に重たい作品のようですが、基本は吉右衛門の日々の暮らし同様、どこかのんびりした、肩の力を抜いて読める作品であり、もちろん悪人退治の痛快さも味わうことができます(個人的には、ラストの対決で吉右衛門が見せる歴戦の勇士としての心構えに感心)。
 実はまだまだ片づいていない事件もある本作、史実では吉右衛門もまだまだ生きることでありますし、ぜひシリーズ化していただきたいものです。


「罰当て侍 最後の赤穂浪士寺坂吉右衛門」(風野真知雄 祥伝社文庫) Amazon bk1

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