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2006.07.25

山風と隆慶とあと一人に関する論考(戯言)

 今回のお話は、タイトルにある作家の作風に対して個人の偏った視点で針小棒大に採り上げながら語りますので、不快に思われた方はごめんなさい。既知外に目を付けられた不幸だと思ってあきらめてください。まあそれだけネタがないのです。

 荒山徹の「柳生雨月抄」の帯には、氏を指して「隆慶一郎のスケールと山田風太郎の奔放さを併せ持った超新鋭」という表現があるんですが、これには前から違和感があったのです。いえ、表現の内容というより、隆慶と山風を並び称するというか、荒山徹を語るのに隆慶をもってする、ということに。
 隆慶一郎と山田風太郎が、どちらも時代伝奇界の巨峰であることにまったく疑いはないのですが、そのベクトル、というか作品への思想――というと大変に大袈裟ですが、とにかくスタート地点から正反対のように思えるのですね。非常に簡単に言えば、「目的のために手段がある」か、「手段のために目的があるか」。

 隆慶先生においては、手段(題材、キャラクター、ガジェットetc.)というのはあくまでも目的(テーマ、ストーリーetc.)のためにあります(いや、それが当たり前なんですけどね)。まずテーマやストーリーありきで、それに合ったネタが仕込まれていくという…時々手段が行き過ぎてしまうことがありますが(ほとんど公開処刑な味わいの秀忠描写とか)、それはまあご愛敬ということで。

 対して山風先生においては、目的が手段に先行・優先することが多々あります。例えば「アレが二本あったらどうなるのかナ?」という疑問というか無責任な面白がりをそのまま作品にしてしまった「怪異二丁根銃」など、忍法帖短編に多い「一発ネタ」的忍法・体質を中心に据えた作品などまさにそれかと。

 要するに「目的のために手段は選ばん」な方と、「手段のために目的は選ばん」な方の違いというわけですが――いや、あくまでも個人の偏った視点なんですが。

 そして…荒山徹氏がどちら側の人間かは今さら言うまでもないですね?
 例えて言うなら、料理を作るときに、まず自分の好きな材料を集めて鍋にブチ込んで、味付けと盛り合わせはそれに合わせて後から決めているというか――もちろんその味付けと盛り合わせが絶妙なのでみんなだまされる納得するわけですが――その手段に対する目的の奉仕ぶりたるや、「ヘルシング」の少佐並みのアレっぷりなわけですよ。…とか言っていたら、神無月さんが既にこういうものを作られていました(ネタバレ注意)。さすがです。

 色々と失礼なことを書きましたが、とにかく、やはり荒山徹は隆慶よりはあきらかに山風寄りの方なんではないかな――とつくづく思う次第です。その辺りを念頭に置くと、「柳生雨月抄」でのRK先生の扱いに何となく納得がいくような…と最後にもの凄く失礼なことを書いておしまい――にしようと思っていたら「処刑御使」ではもっと大変なことになっていて、もう何が何だか…

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コメント

 ええと、山風先生の方が
「手段のために目的を選ばない」方ですよね?
なんか逆になってるようなので、その辺をば一応。

 さて、話を本筋に戻しますと、
当方は逆に「目的のために手段を選ばない」方が
荒山先生なんじゃないかと思ってるですよ。

 つまり「(朝鮮or日朝の関わりを)書きてェ…!」
というなんだか物凄い情熱があって、
それを面白くするためなら
手段(柳生・妖術・時間など)は選ばないヨ、
というトコではなかろうかと。

 ただ、目的達成のために手段は選ばないけど、
その手段として「戦闘は火力」「兵は奇道なり」に
激しく執着するタイプでもあるので、
そこら辺がややこしいトコではありま砂。
あと、実際に一発ネタがやりたかっただけでしょコレ、
というシロモノもありますしのう。
(典型例:八岐大蛇の大逆襲、燕と柳)

 アンタは目的を達成したいのか、
単にそれがやりたかっただけなのかどっちだ、
と問い詰めたら、満面の笑みで「両方!」とか
言いそうな塩梅で砂。

投稿: 神無月久音 | 2006.07.25 21:24

…あ、ほんとだ!>山風が逆

これは単純なミスですが、しかし今回の文章は勢いで書きすぎましたな。
自分でいま読み返してみて、どっちがどっちだか混乱してきました<人事みたいに言うな

とりあえず「朝鮮のためには手段も目的も選ばん」ということで一つ。

投稿: 三田主水 | 2006.07.25 23:18

とりあえず神無月さんのを職場で見てヤバいことになりました。

神無月さんの「両方!」ってあたりに同意。
もはや目的=手段で、首尾一貫と化してる気が。

そして今amazonで新刊を見つけたんですが「処刑御使」
レビューですでにどうにかなりそうだった。
期待は裏切らない予感。

投稿: 目あり | 2006.07.28 11:40

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