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2006.08.09

「東山殿御庭」 一休、ぬばたまの闇を往く(その2)

 さて、「東山殿御庭」紹介の続きです。

「応仁黄泉圖」(「魔地図」)
 時代はぐっと下って舞台は応仁の乱の最中の京。一休は、地獄と化した京から逃れるため、愛する森侍女を連れて阿鼻叫喚の巷を逃げまどうのですが…
 まず圧倒されるのは、その舞台設定でしょう。一休ら二人が駆け抜ける「世界」は、京の都に防御坑として掘られた巨大な空堀「構」。そして構を逃げまどう人々に火矢を射かけ、地獄を現出させるのは、巨人の骸骨とも見える稼働式の巨大な兵櫓で――これまで応仁の乱を描いた作品は少なくありませんが、このような「世界」からの視点で乱の戦場を浮かび上がらせてみせたのは、本作のみでしょう。
 そして二人の前に現れたのは、この悪夢めいた世界の地図たる「構遷図」を手にした怪しげな男。奈良時代の高僧・行基上人が描いたという触れ込みながら、室町の世に造られた構の構造が描かれた――いや、あるはずのない非在の通路までもが描かれた――構遷図はまさに魔地図とも言うべき存在であります。
 実はこの構遷図のモデルとなった行基の地図は実在するのですが(詳しくは 「龍の棲む日本」という本をご覧下さい)、それに、世界を描いた地図なのか、はたまた地図の通りに世界が生まれるのか、奇怪な呪物としての性格を与えたのは、作者一流の工夫でしょう。
 オチが先に収められたある作品に似てしまっているのが残念ですが、この構遷図という魅力的な存在に出会えただけで満足です。

「東山殿御庭」(「黒い遊園地」)
 そして本書のトリであり、表題作である本作。実は異形コレクション掲載時に一度読んでいるのですが、その際に味わった感動は、こうして単行本で再び読んでも変わりません。
 実はその初読時の感想を既に掲載しており、本作に対して語るべきことはほとんど書いてしまっているので、詳しくはそちらをご覧いただきたいのですが(手抜きちゃうぞ)、怪異の描写といい、登場人物の心理描写といい、そして何よりも哀しく切ない怪異の正体といい、作者の――いや、数ある時代ホラー小説の中においても――屈指の名品であることは間違いないと感じている次第。

 以前にも書いたことですが、真に優れた時代ホラーは、その舞台となる時代ならではの必然性を、言い換えれば時代性を持ちながら、同時に、読者の暮らす現代にも通じ、読者が己のものとして感じ取ることができる、いわば超時代性を備えた恐怖を描いたものと考えています。
 当然、そのような一種矛盾したものを兼ね備えた作品の数は非常に少ないのですが、その少ないうちの一つがここにあることは、本作を読んだ方であれば頷いてくれることと思います。
 時代ホラーの名手たる宮部みゆき氏が絶賛するのもむべなるかな、です。 

 そしてまた――一種反則とも言える本作の結末からは、しかし、人の世の怪奇と哀しみと悦びを見つめ、苦闘の旅を続けてきた朝松一休像の、ある意味の完成型・理想像を読み取ることができます。
 そしてその印象は、本書に収録された作品が、一休の青年期から晩年(そして…)に至るまでの順に配置された、すなわち一休の魂の遍歴を描いたものであることにより、より一層強まっていると言えるのであり、構成の勝利と言えるかもしれません。


 以上全五作、その恐怖の質・姿はそれぞれながら、いずれも怪奇ファン・伝奇ファンを満足させてくれることは間違いない粒よりの作品ぞろいであります。

 なお、作者のブログによれば、本書より一休の短編シリーズは「ぬばたま一休」と称される由。
 「闇」の枕詞であり、また「闇」そのものを指す「ぬばたま」を冠するとは、まことにふさわしい呼び名ではありますまいか。
 もちろん、本書をはじめとするこれまで作品の中で、いまだ語られざる朝松一休の冒険行は存在しているはず。ぬばたまの闇を往く一休の姿を、この先も見つめ続けていきたいと思います。


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