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2006.08.10

「比叡山炎上」 クトゥルフと時代伝奇の見事なる習合

 戦国時代の日本でクトゥルフ神話の世界を展開するテーブルトークRPGのルールブック&シナリオです。これまで時代伝奇とつけば小説でも漫画でもゲームでも舞台でも採り上げてきたこのblogですが、テーブルトークRPGは初めてではないかと思います。
 残念ながら周囲にTRPGをプレイする人がいないので、一通り目を通しただけの感想になってしまい、果たしてTRPGというメディアの紹介としてふさわしいかはわかりませんが、こういう見方もあるということで。

 冒頭に述べたとおり、クトゥルフ神話を題材とした本書、基本的にはアメリカで発売された「クトゥルフ神話TRPG」をベースとしています。ご存じない方のために簡単に説明しますと、「クトゥルフ神話TRPG」は、他のRPGに比べると一風変わった作品で、「正気度」というパラメータを設定することにより、プレイヤーキャラクターたちが冒険を続ければ続けるほどその精神が危険にさらされていくという(体力がゼロになれば肉体の死を迎えるのと同様、正気度がゼロになれば精神が死ぬ=発狂することになります)ルールを採用して、ホラーならではの「おっかなびっくり感」を再現しています。

 その「クトゥルフ神話TRPG」in 戦国時代である本書ですが、単純に原典のルールをそのまま使用するのではなく、色々とマイナーチェンジがほどこされているのが面白いところ。一番目立つ点を挙げれば、原典では基本的にプレイヤーキャラクターはごく普通の人間(せいぜい禁断の知識を持っている、幾つか呪文を使うことができるくらい)なのですが、本書では、キャラクターに山風忍者的な術の習得や肉体の変容(「甲賀忍法帖」に登場した忍者たちを想起されたし)といった時代伝奇ならではの要素を追加することにより、派手なアクション活劇をも許容するルールとなっています(まあ、真っ正面から邪神に挑めば勿論プチッといきますが)。
 また、戦国時代という、生きるか死ぬかの極限状況に遭遇しやすい舞台背景を反映して、正気度の低下にも一定の軽減措置が加えられているのも、なかなか面白いアイディアだと思います。

 さて、個人的に、本書を含めたクトゥルフ神話TRPGのルールブック(あ、書き忘れましたが私二つほど前の版の原典のルールブックは持ってます。英語版)やサプリメントを読んでいて面白いと感じるのは、作品の背景世界の構成要素を、巧みにルール化・数値化している点です。架空のファンタジー世界を舞台としたRPGと違い、基本的に古今東西の違いこそあれ、現実世界を舞台としたこのTRPGでは、当然のことながら、登場する職業や技能、アイテム、はたまた貨幣なども現実にある(あった)ものが使用されることになります。
 もちろん、ゲームである以上、現実を再現するにも限度というものがあるわけですが、その限度の中で如何に構成要素の数々を、リアリティを持たせて再現する(=ルール化・数値化する)か、というのがゲームデザイナーの腕の見せ所であります。
 その点では本書は、なまじ史料が多い&比較的知名度が高い時代を扱っているだけに細かくしようと思えば幾らでも細かくなりかねない戦国日本の再現を、適度にシェイプアップしつつ成功していると思いますし、また、当時の年表や著名人の略歴、文化風俗等も手際よくまとめて掲載されているので、日本史に詳しくない方でもそれなりに楽しむことができるのではないかな、と思います。

 一方、クトゥルフ神話としての視点から見ても、本書はなかなかに刺激的で面白い内容となっています。
 ここで個人的なスタンスを述べさせていただけば、実のところ日本にクトゥルフ神話を持ち込む際には、慎重の上に慎重を重ねて行うべし、と思っています。他の神話伝説がそうであるように、クトゥルフ神話もまた、その生まれた・育った世界(この場合は現代アメリカ)の文化風俗に大きな影響を受けているのであり、それを何のひねりもなくそのまま日本に――ましてや戦国時代の日本に――持ち込んだところで、違和感の固まりになることは目に見えています。
 その点、本書においては十分に考慮した上で神話体系の導入が行なわれており、神話体系の邪神や怪物について、異次元の妖物としての存在感を発揮させつつも、本朝に存在するものとして違和感を感じさせない、節度を持ったジャパナイズが行われており好感が持てます。
 これはもちろん、デザイナーの朱鷺田祐介氏の力量によるところ大であることは間違いありませんが、同時に日本文化お得意の「習合」がここでうまく効果しているように感じられるのが興味深いところです(例えば、本書の設定では、大黒天が神話体系上のある神格と習合されているのですが、もともと大黒天自体がインドと日本の神仏が習合された存在であり、なるほどこのような習合の形はアリだろうな、とスムーズに受け止められた次第)。まあ、原典そのままの設定で登場してくる邪神もいますが、地面は世界中でつながってるから仕方ないか…

 さて、既にクトゥルフ神話が紹介されて久しく、ある意味世界でも有数のクトゥルフ大国とも言える我が国ですが、まだまだ時代ものの世界にクトゥルフ神話を絡めてみせた作品はさほど多くないのが事実。
 そんな中で、ゲームのルールという一定の客観性を備えたものとして戦国日本にクトゥルフ神話を、上記の通り違和感なく導入してみせた本書は、全くもって賞賛に値する成果であります。
 また、単純に時代劇ファンの立場からも、時代劇世界を如何に表現するかという一つの試みとして、大いに評価すべきものと感じた次第です。

 その媒体の性質ゆえに万人にお勧めとは言い難いものではありますが、ゲームをプレイすることを抜きにしたとしても、我が国へのクトゥルフ神話の導入(?)を考えている方には、一度手に取ってみていただきたい作品です。


「クトゥルフ神話TRPG 比叡山炎上」(朱鷺田祐介 エンターブレイン) Amazon bk1

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