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2006.08.26

「鏡花夢幻」 境界越えへの畏れと憧れ

 私は泉鏡花のあまり良い読者とは言い難いのですが(一番好きなのが「眉かくしの霊」というのはどうなんでしょう)、そんな私が(私でも)非常に気に入っているのが、鏡花の三つの戯曲を漫画化したこの「鏡花夢幻」。「雨柳堂夢咄」の波津彬子先生ならではの佳品揃いです。

 本書に収録されているのは、「天守物語」「夜叉ヶ池」「海神別荘」の三編。いずれも鏡花戯曲の代表作と呼んでよいかと思いますが、それに波津氏の筆が加わると――そこに生まれるのはより一層美しい妖異の世界でありました。
 鏡花の作品が持つ独特の美については、ここで今更述べるまでもありませんが、もとより波津氏も、舞台の古今東西を問わず、時に妖しく時に哀しい男女の姿を、幻想的に描きあげることにかけては屈指の腕の持ち主。
 この組み合わせで外れるわけがない、という予感は、勿論裏切られることはなかったわけですが、意外だったのは波津氏がさほど熱心な鏡花ファンというわけではない――いやむしろクールな視線で見ている――という点。なるほど、冷静に考えてみれば共に耽美的な世界ながら、男と女それぞれの視線・ファンタジーというものが――非常に即物的な表現で全く恐縮ではありますが――それぞれの作品から感じられる気がしないでもありません。

 にもかかわらず、本書に収められた作品が、いずれも齟齬や違和感なく、原作と絵が見事に結びついて感じられるのは、波津氏の客観的なスタンスが良い方向に働いたという点はあるにせよ、それ以上に、原作者と作画者が、方法論・方向性は一でないにせよ、共に「男と女」「人と妖」「現世と異界」という境界に浮かんでは消えることどもを愛し、それを越えようとする者たちの姿を描き出しているという共通点によるのではないかと感じました。

 そういった意味からも、個人的に最も印象に残ったのは「天守物語」。無邪気な妖魅たちの女王と、謹厳な若侍の出会いと愛の道行きは、そのまま、上に述べた境界線上で描かれるドラマであり、波津氏の絵からは、その境界を越えることの畏れと憧れが、蠱惑的な、そして不思議なことにそれと同時に清冽な空気でもって描かれているように感じられました。


 鏡花のあまり良い読者ではないといいつつ、色々と生意気にも語ってしまいましたが、鏡花ファンの方はもちろんのこと、鏡花に興味があるがまだ触れたことがないという方にも、本書は一度手にとっていただきたい存在であることは間違いと感じている次第です。


「鏡花夢幻」(波津彬子 白泉社文庫)Amazon bk1

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