« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 いろんな意味でサルでした | トップページ | 「大剣豪」 パロディーという現実認識 »

2006.08.02

「外法師 髭切異聞」 鬼と人と名刀と

 見かけは幼女・中身は凄腕の術使いという外法師・玉穂の活躍を描くシリーズの第四弾は、鬼と人間と名刀の関わりを描く中編二編を収録しています。

 まず「戻橋奇談」は、渡辺綱が一条戻橋の上で美女に化けた鬼に襲われるも片腕を切り落としたという伝説を下敷きに、本当に幼女だった頃の玉穂と綱の出会いを描いた作品。
 単純な善玉も単純な悪玉もいないこのシリーズらしく、鬼女・茨木が綱を襲ったのにもユニークな理由があるのが面白いところ。さらに玉穂が茨木の娘に腕の奪還を依頼されたことで事態はややこしくなり、そこに綱の能天気ぶりが重なって、重い話が多いこのシリーズの中ではコミカルな作品となっています。
 しかし、綱を守るために現れた安倍晴明と玉穂の対決(共に達人ながら、片や老人、片や幼女という体力的ハンディキャップを背負った二人の対決というのが面白い)を通じて、人と人とがわかりあうことの難しさを描くところは、いかにもこのシリーズらしいと思わされました。

 一方、酒呑童子伝説を下敷きにした「髭切異聞」は、ぐっとシリアスな内容の作品。大鬼・千尋王(酒呑童子)の配下にさらわれた源頼光の三女・有花里を救い出すため、玉穂と坂田金時が乗り出すのですが、そこに人間と鬼それぞれの思惑が絡み合って状況は混沌としていきます。
 実は金時は、有花里の兄・頼国から、ただ刀に箔を付けるためだけのために、千尋王を斬れと命じられ、己の正義感――そして自らも妖の血を引くという出生――との板挟みになって苦しむことになります。
 一方、鬼の側でも、人間と共存する王に不満を持つ野心家の鬼が陰謀を巡らし、それに千尋王の想いを確かめたいと思う気持ちを利用された王の妻(人間)が巻き込まれることとなります。

 酒呑童子が実は悪党ではなかった、というのは、ある意味伝奇ものの定番の一つではありますが、本作では、酒呑童子を人間と共存しようとしつつも、鬼と人との違い(そしてそれと同時に共通点)を冷静に認識している、一種のリアリストとして描いているのが目を引きます。
 そして、上記のように人間の側にも鬼の側にもそれぞれに思惑があり、善玉もいれば悪玉もいるということを描くことにより、どちらか一方が被害者というわけでなく、対等な存在であることを浮かび上がらせているのが、印象に残りました。


 …さて、本書に収録された二作で共通して描かれるのは、人間と鬼との間の関係の様々な在り方ですが、それは見方を変えれば人間と他者との関係であり、さらに言えば、人間と人間との間の関係と、変わるものではありません。
 そしてまた、本書に登場する二つの名刀――綱の髭切と金時の童子切り――は、その関係を時に断ち切り、時にはつなげる力であり、コミュニケーション/ディスコミュニケーションの象徴と言うべき存在なのでしょう。

 人や鬼たちが生き、死んでいった後に、この刀たちの伝説が残るというしみじみとしたエピローグが、何とも象徴的に感じられた次第です。

 なお、本書は巻末にイラストの紗月輪氏による短編コミック「迷夢」が収録されていますが、本文中で普段は美男子なのに「アマガエルに似た」と描写される綱の笑顔をうまくビジュアライズしてあって感心しましたよ。


「外法師 髭切異聞」(毛利志生子 集英社コバルト文庫) Amazon bk1

関連記事
 外法師 鵺の夜
 想う心が呼ぶ悲劇 「外法師 冥路の月」
 「外法師 レイ鬼の塚」 たとえ鬼と化してでも

|

« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 いろんな意味でサルでした | トップページ | 「大剣豪」 パロディーという現実認識 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/11196520

この記事へのトラックバック一覧です: 「外法師 髭切異聞」 鬼と人と名刀と:

« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 いろんな意味でサルでした | トップページ | 「大剣豪」 パロディーという現実認識 »