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2006.08.29

「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮

 時代小説にも様々なタイトルがありますが、その中でも随一と評してよいインパクトを持つものと言えば、まずこの「美男狩」をおいて他にはありますまい。何せ「美男」を「狩」ってしまうわけで、健全な男子としては果たして読んでよいものか一瞬ためらうものがないでもないですが、もちろん大丈夫。名手・野村胡堂先生の手になる、まるで時代伝奇小説のお手本のような大名作であります。

 舞台は幕末も間近な頃の江戸。密貿易の咎で捕らえられ獄死した銭屋五兵衛が残したという莫大な財宝を求めて、五兵衛の孫・お京が現れるところから物語は始まります。
 品川台場沖に船を出したお京たちですが、それを見咎めたのは幕末三剣客の一人斉藤弥九郎と桂小五郎。彼らに捕らわれたお京を救うために立ち上がった北辰一刀流の美剣士・篠原求馬の前には彼の宿命のライバルで同じく美剣士、斎藤門下の横山新太郎らが立ち塞がります。窮地に陥った求馬らを救ったのは、伊皿子の怪屋敷に住まう謎の女主人と、彼女に仕える女道士・笹野雪江で…

 と、冒頭から目まぐるしく物語が展開する本作、以後も一読巻を置くあたわざるという言葉がぴったりのジェットコースターぶり。内容の方も、宝探しあり剣戟あり、恋の鞘当てあり妖術合戦ありと、時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮したような盛り沢山の内容であります。
 そして、個性豊かな登場人物が巻き起こす事件や戦いの数々の中心に――すなわち本作の中心にあるのが、伊皿子の怪屋敷とその住人たち。奇しき因縁の糸に操られるかのようにこの屋敷に登場人物と物語は収斂していくわけですが、そここそがタイトルである「美男狩」の場。

 妖艶な女主人は、実は大の美男好き、吉田御殿よろしく屋敷に美男を次々と引きずり込んでは…というわけですが、更にこの女主人、美男(同士)が己の命を賭して闘うのを見て悦びを覚えるという、まことに結構な…あ、いや悪趣味な嗜好の持ち主。
 かくて共に美剣士にして剣の道でも恋の道でも不倶戴天のライバルである求馬と新太郎は、怪屋敷で死闘を繰り広げることになるのでありました。
 と、これが他の作家、例えば怪建築と妖しの女性大好きの国枝史郎が書くと妙にEROくてその一方で妙に求道的な内容になりそうですが(もちろん褒めているのですよ)、そこはさすがに胡堂先生、「ですます」調の爽やかな文体もあって、全体のテンションを保ちつつも、題材から来る陰惨さや淫靡さを巧みに緩和して物語を構成しており、感心させられます。
 ちなみに、感心を通り越しして愕然とするのは、本作が胡堂先生の時代小説第一作ということ。もちろん、既に新聞記者として、音楽評論家として、SF作家として(!)筆名を成していた方ではありますが、いやはや、その後の大活躍もむべなるかなと痛感した次第です。


 しかし――胡堂先生の時代伝奇小説のファンであるところの私が常々不満なのは、「銭形平次」以外の作品が、本作をはじめとして現在ほとんど幻と化してしまっているということ。せめて、本作と「三万両五十三次」くらいは普通に読める状態にしてくれてもいいではないか……と長い間思っているのですが。


「美男狩」(野村胡堂 講談社大衆文学館 全2巻) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1

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