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2006.09.30

「暴れ影法師 花の小十郎見参」(再録)

 幕藩体制が確立しつつあった元和年間、佐竹藩にも幕府の外様大名潰しの手が伸びようとしていた。その危機を打開すべく選ばれたのは、知略縦横、剣の腕前も柳生宗矩を凌ぐ傑物でありながら、その横紙破りな言動で周囲を悩ませるかぶき者戸沢小十郎。藩の命運など知ったことではないが、幕府を相手の大勝負は面白い…と立ち上がった小十郎は、土井大炊頭や大久保彦左衛門を味方につけての大博打に乗り出す。

 久々に痛快な作品を読みました。タイトルこそ古の明朗時代劇的なこの作品ですが、展開されるのはむしろ企業小説的なストーリー。外様潰しの奔流が止められないのならば、その流れる先を変えてしまえばよい…という小十郎の作戦は、諜略陰謀何でもありで、一歩間違えれば非常にじめじめした物語になりかねませんが、そこがむしろ野放図というか豪快というべき味わいになるのが小十郎のキャラクターといったところでしょうか。小十郎がいささかスーパーマンすぎる面もなくはないですが、それはまあご愛敬というべきものでしょう。
 そしてその小十郎の作戦の果てが、ある有名な伝奇的事件につながった結末には大いに驚かされた次第です。

 ちなみにこの小十郎、広げる風呂敷のあまりの大きさに、周囲からはしばしばホラ吹き呼ばわりされるのですが、むしろ自分の実力やその時々の局面を冷静に捉えて行動を起こすリアリストの印象を受けました(尤も、アドリブの天才でもあるのですが)。むしろ状況を把握できていないのはホラ吹き呼ばわりする周囲の方で、その辺りの皮肉さがなかなか面白く感じられたことでした。
 このキャラクターをこの一作で終わらせるのは何とも惜しい…と思っていたら続篇、続々篇もあるとのことで、大いに楽しみです。


「暴れ影法師 花の小十郎見参」(花家圭太郎 集英社文庫) Amazon bk1

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「黄泉の影郎」(再録)

 おそらくは江戸時代、平凡な青年影郎は、愛する妻を盗賊団に奪われ、自らも殺されてしまう。とある僧の反魂の術で復活した影郎だが、術は完全ではなく、体を維持するためには人の生き血を啜らなくてはならない。呪われた生を背負った影郎は、家出少女・幸子を道連れに、妻を探しだし、盗賊団に復讐するために彷徨う。

 週刊少年チャンピオンで連載された幻の時代伝奇コミックです。
 あらすじを見ていただければ感じていただけるかと思いますが、やたらとダークなストーリー。確かに、妻(恋人)を奪われた男の復讐行というのはバイオレンスものの常道ではありますが、この作品の主人公・影郎は人の生き血を啜らなければ体が崩れ落ちるゾンビとも吸血鬼ともつかぬ存在。さすがに罪科ない人を襲って血を吸うわけにはいかないので、世のためにならない賞金首を襲ってはその血を啜る影郎ほど、とてつもない業を背負ったキャラも(少なくとも少年誌の主人公では)珍しいのではないでしょうか。ある意味、さすがは秋田書店。
 さらにクライマックスに近づくに連れてダーク度はアップ。影郎と、偶然彼と出会い、惹かれるようになった幸子の間にも因縁があることが判明、因縁自体はそれほど珍しいものではないですが、そこに至るまでの描写の鬱っぷりたるや…。しかしながら、その果てに物語が辿り着いた結末は、意外にも暖かさ、爽やかさすら感じさせるもので、そのギャップがまた魅力的な作品でした。

 もちろん、わずか14回で連載が終了するには、内容の重さに加えて色々理由があるわけで、物語的にアクションものにも、人情話にも、ホラーにも徹しきれなかった中途半端さはありますし、半死人の影郎だけでなく、生きているキャラの目も死んでるようにしか見えないのは漫画としてさすがにどうかと思います。

 とはいえ、上に述べたように余所では滅多にお目にかかれないような個性的なキャラクターとストーリーは伝奇マニア的には楽しめましたし、何よりも、作品の持つ、いつまでも暮れない薄明の中を永遠に彷徨っているかのような雰囲気は、大いに魅力的でありました。到底万人にお勧めできるとも、漫画史上に残るとも言えない作品ですが、不思議と気になる作品でありました。

 いまだに単行本化されていない作品ではありますが(秋田書店は単行本化されない作品も結構多い)、大都社あたりで単行本化してくれないかなあ…


「黄泉の影郎」(堀口哲也 週刊少年チャンピオン2001年16~30号連載)

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「処刑御史」ノンストップアクションの快作、だけど…

 友達に貸すことになったので、その前にもう一度読み返してみましたのでその印象を。あらすじなどは以前の記事をご参照下さい。
 以前にも書きましたが、東北生まれで関東育ちの私としては(後者はあんまり関係ない)正直なところ伊藤博文が大嫌いなので、果たして冷静に最後まで読めるかしらんと思いましたが(正直、こちらの方の複雑な心境はよくわかります)、大丈夫、普通によくできたノンストップアクションの快作でした。

 まあ、別に伊藤博文が生きても死んでも、俺には関係ないし~とか、さんざん本の中で格好良いこと言っても史実では結局…じゃないのよ、とある意味伝奇時代劇ファン失格なツッコミをしたくもなりますが、そういうひねくれた見方を止めれば素直に面白く読める作品であります。明らかに「仮面の忍者赤影」リスペクトなシーンもありましたし、電気百足など一体脳髄のどこを絞ればこんなアイディアが生まれるのだ、というネタもあり、荒山ファンであれば問題なく楽しめるかと思います(同じく歴史上の人物が主人公であった「魔岩伝説」に比べると、物語中での主人公の成長・葛藤があまり明確でないのが気になるところではありますが、これは物語の構造が大きく異なる以上、言いがかりに近いものでありましょう)。

 個人的に印象に残ったのは、処刑御史最後の一人にして短銃の名手・応七が異常に格好良く描かれていること。この応七の「正体」は、少しでも近代史に(あるいは伊藤博文の生涯に)興味のある方であれば気づかれるかと思いますが、他の処刑御史のメンバーが人外の妖術師だったり傲岸な両班だったり(…あ、応七も両班の出だ)するのと異なり、ある種のリアリストにして義士として描かれており、物語の終盤、当時の――彼の生きた時代から五十一年前の――朝鮮に渡って彼が抱く感慨は、さほど文章を割かれているわけではないですが、重く残るものがあります。
 そして、ラスト近くで彼が取った行動を見れば、彼が物語の中で、主人公と等値のものとして描かれているのがわかります。(歴史的・政治的に微妙なネタで)滅茶苦茶やっているようでいて、こういったところでバランスを取ってくるあたり、やはり荒山先生は見事だと唸らざるを得ません。

 と、感心する一方で、個人的には、「歴史上の著名人を殺しちゃってもリセットすれば大丈夫!」というのはあまり連発しないで欲しいというのが心からの願いです。歴史の重みもへったくれもないですしね(もちろん、「実は○○○○は死んでいた!」というのは、「実は生きていた!」と同じくらい伝奇時代劇の定番ネタであることを理解した上で言っております。リセットが嫌いなだけ)。
 あと、どうせ殺るなら既に亡くなった方でなく、まだご存命の作家の方をネタにしましょうよ!(例えば対談したあの方とか)…と無責任なことを言いたくなりました。

 何だかまとまりがなくなりましたが、最後に一つ。冷静に考えてみると荒山作品って女性キャラにあんまり面白みがないのですが、今回のヒロイン・雪蓮には色々な意味でちょっと引いたなあ…正直、あんまりお近づきになりたくないタイプです(女性読者は彼女に対してどんな印象を抱くのか、ちょっと興味があります)。
 雪蓮は男たちに(ある意味朝鮮にも)ひどいことしたよね(´・ω・`)


「処刑御使」(荒山徹 幻冬舎) Amazon bk1


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 「処刑御使」速報 今度は朝鮮ターミネーター

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2006.09.29

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第九話 「はらわたに龍」

 柳生の里からの迎えに刃を向けられるしぐれ。幕府への保険としてしぐれを育てていた柳生家だが、今となって彼女の存在が邪魔になったのだ。そこにヒルコの剣士・臓腑が現れ、その剣と腹から飛び出す青黒い龍で瞬く間に柳生の剣士を全滅させる。そしてしぐれを連れ帰ろうとする臓腑だが…。その後、獣兵衛の前に一人現れる臓腑。しぐれを惨殺したという臓腑と獣兵衛が刃を交える中、臓腑は己に寄生する怪物の事を語る。強敵の前に危機に陥った際にしか現れない怪物を始末するため、嘘をついてまで彼は獣兵衛との戦いを望んでいたのだ。そして現れた怪物を斃した二人だが、喜んだのも束の間、臓腑が倒れる。実は自分こそが寄生していたのだと気付き、臓腑は逝くのだった。

 獣兵衛と互角の能力を持つ(剣先からカマイタチも放った? さらにオリジナル以来、久々に獣兵衛の頭突きを使用。戦いの流れと言ってしまえばそれまでですが、それくらいの強敵と思っております)ヒルコの剣士・臓腑との対決を描いたこのエピソード、おそらくは本シリーズ中一、二を争う名編かと思われます。
 臓腑対柳生の剣士、臓腑対獣兵衛の、緊迫感溢れるアクションシーンのクオリティもかなりのものでしたが、虚無的とも冷笑的とも言える特異なキャラクターの臓腑を演じた上田祐司氏の名演も光ります。全てに諦めきったような、あるいは悟りきったような、そしてまた実に薄っ気味悪い喋りの底に、哀しみを湛えた声音の見事さにはただただ感心するのみです。

 そして、臓腑があれほどまでに望んだ自由を掴んだと思った瞬間、全てが崩れ去っていく悲しくも皮肉なラストは、自分の宿命から自由に、普通の女の子として暮らしたいと願うしぐれの姿に重ねられるものがあるのでしょう。

 と、本編の出来の良さにうっかりスルーするところでしたが、冒頭であっさりと柳生としぐれの関わりが語られます。その内容からわかるのは、本作の時代背景。しぐれが幼い頃に柳生家が徳川幕府に不信感を抱いていたこと、この物語の時点で直参であること(そのような科白がありました)、また鬼門衆の黒幕たる闇公方が豊臣の残党ということを考えると、大坂の陣後、さほど時間が経っていない頃が舞台なのでしょう。

 と、柳生で思い出した。冒頭でしぐれを襲う柳生剣士のリーダー・安兵衛の声は小林清志。柳生で小林清志、しかも臓腑との戦いでは二刀を使用、というのを見て、「サムライスピリッツ」の柳生十兵衛を思い出してしまいましたよ。


「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第3巻(アミューズソフトエンタテイメント DVDソフト) Amazon

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 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第二話 「旅立ち」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第三話 「邪恋慟哭」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第四話 「割れた宝玉」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第五話 「金剛童子」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第六話 「雨宿り」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第七話 「蕾」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第八話 「煉獄昇天」

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2006.09.28

「少年忍者風よ」 社会変革者としての忍者

 あの横山光輝先生と、「流され者」の葉山伸(羽山信樹)がコンビを組んだという時代コミックファン垂涎の本作、長らく幻の作品となっておりましたが、この度めでたく単行本化(それも文庫として)の運びとなりました。ファンとしては嬉しいかぎりです。

 時は幕末、身が軽いことを除けばごく平凡な腕白小僧だった風太が、町で不思議な術を操る男――牙波羅と出会うところから物語は始まります。好奇心から牙波羅の課す試練を次々とクリアしていく風太は、己が自然を操る忍者・鈴鹿衆の血を引くことを知ります。が、その時両親が何者かに殺害され(実は覚悟の自決)、犯人が幕府の伊賀忍者と告げられた風太は、牙波羅と旅立ちます。
 そして牙波羅が風太を預けたのは、多摩の天然理心流道場。若き日の近藤勇らと修行する風太ですが、その中で土方歳三は、風太の持つ殺伐の気に惹かれ、いつか彼を斬る日を夢見て風太に苛烈な稽古をつけるのでした。
 が、道場に山崎烝が顔を見せたことで状況は一変。実は伊賀者であった山崎は、風太が鈴鹿衆の末裔と気づき、彼を抹殺すべく伊賀者たちが風太のもとに殺到することとなります。土方の助けもあり、かろうじて窮地を切り抜けた風太ですが、道場を離れて何処かへ姿を消すのでした。
 ――というのが第一部のあらすじ。その後、物語は京都を舞台とし、鈴鹿衆の一員として桂小五郎らを助ける風太が、土方と池田屋事件を背景に激突する第二部、そして両親の仇(と彼が信じ込んだ)・伊賀者たちとの決戦を描く第三部と続きます。

 横山作品としては非常に珍しい幕末を舞台とした本作は、ジャンルとしては上記のあらすじの通り、忍者ものという分類になりますが、他の横山作品の忍者ものとは一風変わった味付けとなっています。
 主人公・風太が属する忍者・鈴鹿衆の特徴は、自然と親しみ、そして自然を武器と――たとえば鳥獣を自在に操るなど――すること。その鈴鹿衆が幕府から厳しく弾圧され、伊賀者をはじめとする公儀隠密と死闘を繰り広げてきたのは、ひとえに彼らの理想が、万民が平等に暮らせる世の構築であったため。
 風太が伊賀者と戦う理由こそ復讐のためではありますが、しかしその背後にあるのは一種のイデオロギー、社会変革の意志であり、この点が本作の大きな特徴であると言えるでしょうか。そしてこれはやはり、原作者たる葉山氏のカラーが強いのではないかと思います。

 そのため、というわけでもないでしょうが――一応の区切りはついているものの――明らかに中途で終了してしまっている本作。
 ストーリーの点で考えると、復讐という目的を果たし、同時にそれが虚構のものであったことを知った風太が、真に鈴鹿衆として目覚め行動していく様と、土方と新撰組、そして幕府の落日の様が平行して描かれる構想ではなかったか、そしてラストはやはり五稜郭で風太が土方の死を看取るのではなかったか?
 ――と、勝手に予想するのですが、それは妄想としても、社会変革者としての忍者という、むしろ白土三平作品的存在を、この先連載が続いていれば、横山先生が如何に描いていたのか…中絶がかえすがえすも悔やまれます。


 などと論じた後に、真面目な横山ファンの方から怒られそうなお話でなんですが、本作の土方のキャラクターは、ちょっと危険人物。風太に寄せる執念が、客観的に見ても尋常でなく(他の登場人物幾人かからも指摘されているほど)、風太のことを考えた後に、いらだちをを静めるため頭から井戸水を被るシーンなど、どう見ても特殊な趣味の方です。
 しかも、ケガをした風太に「まったく心配かけさせおって」(ここでハッと気付いて)「いやだれもおまえのことなど心配しとらん(中略)おまえをきるのはおれだ だからだれにもてだしはさせん」とテンプレ通りのツンデレぶりを見せつけてくれるのには感動すら覚えました。
 第二部でも、成長した風太との再会に執着するあまり、それを邪魔した(土方ビジョン)山南と真剣勝負を始めてしまう土方さん。果たして連載が続いていれば土方さんはどこまで行ってしまったのか、もしかして風太のために新撰組が滅んだんじゃないかと不安になるほどですが、そういう意味からも、中絶が悔やまれることです。


「少年忍者風よ」全2巻(横山光輝&葉山伸 講談社漫画文庫) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1

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2006.09.27

「剣法奥儀」 宝石箱のような名品集

 世に剣豪小説家は数あれど、こと短編小説の切れ味については、五味康祐先生が、没後四半世紀を過ぎてなお、最高峰に位置するのではないかと時々思います。達人同士が己の命と矜恃をかけてぶつかり合う一瞬に向け、潮が満ちていくように静かに彼ら剣士の半生・境遇を描き、緊張が頂点に達したとき一気呵成にクライマックスを描ききる、その品格すら漂う業前には、読む度毎に唸らされます。

 本書も、そんな剣豪小説を集めた宝石箱のような短編集。作者が柳生の芳徳寺(柳生家の菩提寺であり、かの列堂が住持を務めたというあの寺)で、「旅不知」なる各流派の奥義の詳細・由縁を記した書物を発見し、それを元に小説化したというスタイルを取っています。
 収録された作品――すなわち流派と奥義――は以下の通り。

 心極流「鷹之羽」
 知心流「雪柳」
 天心獨明流「無拍子」
 一刀流「青眼崩し」
 先意流「浦波」
 風心流「畳返し」
 柳生流「八重垣」

 刀術の極みともいうべきものあり、はたまた化生の業としか思えぬものありと、一口に剣法奥義といっても実に様々、そしてその奥義を修めた者・振るう者も様々(それが主人公である時もあれば、敵である場合もあり)であり、単なる剣法の品評会には決してなっていないのは、流石としかいいようがありません。

 伝奇性という点においては、一連の柳生ものに譲るところもあるかもしれませんが、剣豪小説としての完成度としては、些かも劣るところのない本書。少しでも多くの――特に若年層の――方に、触れていただきたいと願う次第です(なお、本書のタイトルは「奥義」でなく「奥儀」なので、検索の際には要注意)。


 ちなみに、現在書店で手に入る新装版の解説は荒山徹氏が担当しており、氏らしい独特の切り口で五味作品の魅力が語られていますが、返す刀で他の作者・作品――なかんづく吉川英治の「宮本武蔵」をバッサリやっているのにはただただ慄然。また、フォーサイスの作品を「伝奇小説」と評しているのにはちょっと感心しました。


「剣法奥儀」(五味康祐 文春文庫) Amazon bk1

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2006.09.26

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第八話 「煉獄昇天」

 峠に出没するという化け物。それは以前、弟・邪視と共に獣兵衛らを襲った鬼門衆のくの一・煉獄だった。一人峠を行く獣兵衛を襲う煉獄は、本来の任務である宝玉奪取を忘れ、弟の仇である獣兵衛抹殺のみに逸る。が、それでも獣兵衛に敵わない煉獄は、ヒルコ忍者・蛇蝎との取引で、彼の能力である猛毒の尻尾を得る。用済みの蛇蝎を殺害した煉獄は三度獣兵衛を襲い、遂にその尻尾が獣兵衛を貫いたかに見えたが――皮肉にも尻尾は彼女が無視した宝玉に受け止められていた。獣兵衛に両腕を断たれ取り残された煉獄は、邪視への想いに酔いながら、鬼門衆頭領・闇泥の手で塵と還るのだった。

 とにかく煉獄の狂いっぷりが凄まじいエピソード。胸から出てくる無数のメスで、他者から切り取った手足を自在に移植するという能力の持ち主(自分以外にも使えるらしく、野良犬の背中に人間の男の首などという悪趣味なものも登場)で、獣兵衛に復讐するために強者の腕を次々と奪って取り付ける様はかなりうそ寒いものがありました。
 さらに一度獣兵衛を襲って敗れた後、傷ついた顔半分に蛇の皮を縫いつけるシーンや、邪視への想いに酔った状態で熊穴に入り、熊に抱きしめられるシーン、さらに熊にやられて壊れた腕を刀で自ら切り落とすシーンなど、鬼気迫るものがありました。人体改造にフリークスに近親相姦と、こりゃ地上波では放送できませんな。ここまで狂ったことをやられると、突き抜けすぎてもうギャグにしか見えなくなる部分も。

 が、そんな「悪趣味」の一言で片づけられないこのエピソードを救っていたのが、煉獄役の横尾まり氏の熱演。失礼ながら氏は、それほど演技に幅がある方とはこれまで思っていなかったのですが、煉獄という特異なキャラの持つ怖さ・狂気・哀しみ・切なさといったものを巧みに織り込んだ声の演技で、大いに感心、認識を改めました。
 と、煉獄のシルエットはほとんど蜘蛛だなーと思っていたら、大名作でありオリジナルと同じ川尻監督の「妖獣都市」の蜘蛛女役をやってらしたのか。これはちょっと面白いですね。

 なお、これは最終話の後に書こうと思っていたのですが、本作は毎回のゲスト忍者役の声優が非常に豪華。しかしそれが単に人気のある人を集めたというわけでなく、みな実力派揃いであって、基本的に一話限りで散っていくゲスト忍者たちのキャラクターに、一定の厚みを与えているのには感心させられます(その一方で、脚本や演出の方でのキャラ立てが今ひとつ、という面もあるわけですが)。
 …などと書いたものの、今回初登場の闇公方の声が広井王子で大いにびっくり。これはこれで似合っていたのですが、これは何かの暗喩なのだろうか、と思ったり。

 それにしても獣兵衛のカマイタチは相変わらず卑怯なほどの強さを発揮。タメは必要なようだけれども基本的にガード不能の必殺技なわけで、これが格ゲーなら大会での使用禁止令が出されそうな強さであります。今回煉獄は、蛇蝎から奪った腕で獣兵衛の斬撃を受け止め、腕に刀を食い込ませるという戦法でカマイタチを封じますが、これはなかなかの好判断だったかと思います。ベタなオチの前に敗れてしまいましたが、これは一種伏線もあったことなのでOKでしょう。


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2006.09.25

舞台「魔界転生」 死者の転生と生者の再生の物語

 新橋演舞場で上演されている「魔界転生」を観てきました。原作は言うまでもなく山田風太郎先生の名作長編ですが、その原作と、そして(原作とは相当異なるものの)深作欣二監督の劇場版のイメージがあまりにも大きいことから、新たな作品に求められるハードルが非常に高くなっているこの「魔界転生」という作品。行く前にネットで既にご覧になった方の感想を読んでもあまり芳しいものが無く――これは普段時代劇をご覧にならない、あるいは原作をご存じない方も多かったためもあるようですが――正直なところ、かなり不安だったのですが…結構、いやかなり面白く観ることができました。

 まず驚いたのは、原作をかなりの部分で再現していたところ。これまでこれまでをドラマ化した場合は、原作が長大なこともあって、かなりアレンジした、特にチャンバラ部分を強調したものがほとんどでしたが、この舞台では、原作にあった頭脳ゲーム的部分のかなりを残しており、また十兵衛の闘いも、紀州藩を潰すことなく(そして自分の父が魔界衆に加わっていることを表沙汰にすることなく)魔界衆を滅ぼし、頼宣公の暴挙を止める、という「ゲームのルール」を押さえたものとなっておりました。
 それと同時に、十兵衛のキャラクターも原作により近づいたものに。これまでの十兵衛は、深作版の千葉十兵衛の印象が余りに強いため、「神に会うては神を斬り、魔物に会うては魔物を斬る」阿修羅のようなキャラクターとしての印象が強かったように思いますが、こちらでは飄々として基本的に陽性の人物であり、また時にトリックや頭脳プレイで巨大な敵に立ち向かうキャラクターとして描かれています。
 中村橋之助が十兵衛を演じることに、違和感がないでもなかったですが、なるほど、このような人物造形であれば問題ないわいと感じました。

 もちろん、原作を再現といっても、三時間弱の舞台では当然限界があり、魔界衆からは田宮坊太郎・柳生如雲斎がオミットされ(ちなみにこの二人、オミットされることでは双璧。この辺り、現代における剣豪キャラクター像の確立や、物語上のキャラ演出の観点から非常に興味深いのですがこれはまたいずれ)、紀州三人娘は一人に、そして柳生十人衆は柳生七人衆になっていましたが、これは全くやむを得ないことでしょう。
 と、全くもって拾いものだったのが柳生七人衆。この舞台の陰の主役は彼らと言ってもいいのではないかと思います。原作では、ある意味山風作品定番の「命を的にヒロインを救い、主人公を助ける」である彼らですが、そのような位置づけはそのままに、原作以上のコメディリリーフとして大活躍。中盤まではコミカルなシーンがかなりの程度で入っているこの舞台ですが、そこではもう水を得た魚のような暴れっぷりで――しかしそれだからこそ彼らが散っていくシーンは実に哀しく響くものがあります(クララお品の髪に惹かれていた七人衆の一人が、そのお品の髪を使った天草四郎の忍法髪切丸に斃されるという演出には感心)。
 最高に面白かったのは、第三幕冒頭の地図解説。なんとそれまでに死んだ七人衆のうち二人が幽霊になって(!)紀伊半島の地図を見せながら物語の動きを解説するという、真面目な原作ファンが激怒するかもしれないようなシーンでしたが、これが実に面白かった。意外に地理的な移動が大きな要素となっている物語だけに、これからクライマックスに入ろうという時に大きく地図を見せながらのこれまでのまとめ&これからの前フリが入るのは実にありがたいのです。そしてこの舞台でそんな役を果たせるのは、確かに七人衆のみ。これは意表を突かれましたが良いアイディアだったと思います。

 そして、主役といえばこの舞台のもう一人の主役、天草四郎役の成宮寛貴。正直なところ、途中までは、あまりにも「狂気で歪んだ美形」という型にはめられすぎた人物造形で、ちょっともったいないな、もう少し演じようがあるのでは…という感じだったのですが、クライマックスで武蔵に裏切られ(この辺り、原作での森宗意軒の位置づけ)、事敗れて全てを失い狂乱するシーンで印象が一変。
 おそらくは彼の目だけに映る島原の乱で亡くなった死者たちの姿に、そして生前の彼らと過ごした記憶に苦しみ、もがき、泣き叫ぶ姿は、それまで天使の(あるいは悪魔の)仮面の下に押し隠していたものが一気に吹き出したといったところで、それまでの型にはめられたキャラクターは、ここから逆算してのものだったのか!? と驚かされました(ちなみに中盤、由比正雪に星占いで死の時期を告げた後、ではお前はいつ死ぬのだと正雪に聞かれて「何度占っても既に島原の乱の時に死んでおる…」というような言葉を返すシーンがあるのですが、それもこの辺りにつながってくるのでしょう)。
 そしてその彼の心を救い、真に死なしめることを可能としたのが、「俺が全てを背負う」という彼への十兵衛の言葉だったというのは、非常にベタではありますが、しかしこの狂乱の演技を観た上では、素直に受け容れることができます。

 そして、このような展開を受けて迎えたラストシーン、十兵衛が一人飄然と去っていく場面の、その表情がまた非常に印象に残ります。原作のラストが(少々ネタバレになりますが)虚無と死の影の色濃く十兵衛が去っていくのに対し、この舞台では十兵衛はどこか吹っ切れたような、むしろ晴れ晴れとした表情で天を仰いで去っていきます。
 原作を知っている人であれば、あるいは許せない改変ともとられかねないラストですが、しかしこの舞台で言えば、将軍家指南役を解任され(あー、考えてみれば十兵衛対武蔵は、共に将軍家指南役という権威から見放されたという共通点があるわけですね)、正木坂の道場で無為に過ごしていた十兵衛が、柳生七人衆やお品、そして父・宗矩と天草四郎の死と直面することで、彼らの命を背負い、せめて十兵衛自身が悔いの無きよう、胸を張って生きていくことを己に誓った、ということなのではなのでしょう。
 いわば、この舞台は十兵衛自身の再生の物語でもあったかと感じた次第。

 ――と色々とほめましたが、どうにも残念であったのが立ち回りの部分。十兵衛対根来忍者、七人衆対根来忍者といった(失礼な表現かもしれませんが)ザコ戦ではそれなりのものを見せてくれているのですが、これが十兵衛対魔界衆になると、俄然、動きが大人しくなってしまうのは、これは本当にどうにかしていただきたかったところ。
 まあ、達人対達人の勝負は紙一重で決まる、などと言えないこともないのですが、映画や漫画のように魔界衆の怪物ぶりをビジュアルでダイレクトに示しにくい、舞台という媒体にあっては、やはりチャンバラの中にあってこそ魔界衆のキャラクターがアピールできるはず。そこが薄味になってしまったのは、かなり痛い(魔界衆はベテランが演じていたためかなあと失礼なことも考えましたが、明らかに動ける方もいたのでこれはもう演出の方の問題でしょう)。物語の上では原作をかなり再現していただけに、特に残念に感じられたところです。

 不満点と言えばも一つ、これを書かないのはあまり不自然なのでやはり書きますが、新感線を意識しすぎというか、新感線っぽすぎやしないかなあ…というのは、これァもう新感線の芝居も観ている人ほぼ全員の共通認識ではないかと思います。イマ風に時代劇を舞台でやるとどうしてもああなってしまう、というのはある意味仕方のないお話ではあるのですが…(ちなみにメインテーマがどっかで聞いたことある曲なんですが、気のせいか私の知識不足か)

 ――などと、突っ込みどころや穴は色々あったのですが、先に述べたとおり、光る部分も多々あった、いや光る部分の方が遙かに多かったこの舞台。「魔界転生」という作品を、スタッフ・キャストが自分たちなりに咀嚼し、一つの形として構成してみせたというのは、賞賛すべきことではないかと思います。個人的には「……ようやった!」という気分です。

 最後に一つ。この舞台では、イヤホンガイドが用意されていたのが面白いところ。普段であれば歌舞伎等の古典芸能の際に使用されるイヤホンガイド、この舞台でどのように使われるのか話の種にと借りてみました。すると内容は、基本的には舞台の台詞で解説されていない歴史上の固有名詞や、登場人物の心理の「行間を読む」類の部分等の解説で、私個人にはあまり必要なかったな、というところでしたが、普段日本史や時代劇に親しみのない方も多く来るであろうこと、また「魔界転生」の原作自体が、実は相当のパロディで構成されており、その辺りを把握していればより一層楽しめることを考えると、それなりに意義のあるものだったと思います。
 また、このイヤホンガイドでは休憩時間に、キャストへのインタビューやコメント、キャストによる観劇上の注意事項等が流されて、こちらは非常に楽しい試みで大歓迎でありました。

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2006.09.24

「伊藤彦造追悼展」に行って参りました

 昨日は弥生美術館「伊藤彦造追悼展 天才絵師100年の軌跡」に行って参りました。伊藤彦造先生と言えば、凄絶妖美とも言うべき、殺気と妖気溢れる画風でファンも多い挿絵作家であり、鞍馬天狗の「角兵衛獅子」、「修羅八荒」、その他吉川英治の初期の伝奇もの等で、素晴らしい挿絵を描かれた巨匠であります。

 当然私も大ファンで、これまでも何度か弥生美術館で開催された彦造先生の展示会には足を運んでおり、今回も当然の如く行ってきた次第ですが、やはり何度見ても彦造先生の絵は素晴らしい。人物描写の確かさも当然ながら、登場人物が刀を振るう様、いや刀を差して歩く姿勢一つとっても、素晴らしいリアリティが感じ取れます。これは、彦造先生があの伊藤一刀斎の末裔であり、幼少の頃から父に真剣で鍛えられていたという素敵な逸話とは無縁ではないのでしょう。

 一緒に行った友達の一人(女性)も彦造ファンなのですが、彼女は実は以前弥生美術館の別の展示会に行った際、過去の彦造展のポスターを見て一目惚れ。現代の、別に特別時代劇ファンというわけでもない女性の心をも一瞬で掴んだその魔力たるや恐るべし。
 なお、彼女が見たのは「阿修羅天狗」という作品の挿絵の一枚(これ)なのですが、この「阿修羅天狗」の挿絵は、私から見ても確かに素晴らしいクオリティ。主人公二人の美青年ぶり・美少年ぶりを余すところなく描ききっていて、感嘆するほかありません(ていうかやっぱり美形はいつの時代も強いですわね)。

 展示されていた作品自体は、これまでの展示会のものとほぼ同様だったように思うのですが、新たに新聞記事から、実は彦造先生がデビュー前に片目を失明していたという事実が明らかにされており(それまでは戦争で負傷したものとされておりました)、いやはや、伊藤彦造伝説に、また新たな一ページが加わったか、という気持ちです。ちなみにその他の伝説は以下の通り。
・少年時代、父に真剣で薄皮一枚を斬られながら剣の修行を積んだ
・病弱だったのであまり長くないと思われ、父の計らいで芸者遊びをしたところ、長唄に夢中になって遂に名取に
・出世作「修羅八荒」の挿絵を描いていた時に、常に先祖伝来の短刀を帯び、失敗したら腹を切る積もりだった
・憂国の情を訴えるため、自分の血で神武東征図を描き、失血で何度も失神しながら完成
・透視・遠隔視能力を持ち、新聞記者時代にはその力で何度かスクープを取った(これも新ネタ)
いろんな意味で大好きです、彦造先生。彦造だけはガチ。

 なお、この展示会と時期を一にして、河出書房新社の「伊藤彦造イラストレーション」が、新装・増補版で出版されました。ファンを名乗りつつも誠にお恥ずかしいことに、以前の版は手に入れ損なっておりましたので、もちろん今回はしっかり手に入れました。家宝にします。


 ちなみに彦造展を見た後は、友達と別れてmixi経由で集まった時代小説オフ会へ。私以外ほぼ全員業界の方という恐ろしい会で、私はほとんど驚き役に徹していましたが大変に面白い会でした。ネットでは書けないような話ばかりで残念。


「伊藤彦造イラストレーション」(河出書房新社) Amazon bk1

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「柳生双剣士」 剣士として、嫡男として

 多田容子氏による、「二人の十兵衛」の対決を描いた本作。これまでも作品の中で柳生十兵衛を描き、そしてまた自らも柳生新陰流の剣を学ぶ作者らしい、個性的な、独自の観点が光る作品となっています。

 父・宗矩の下で隠密として活動する柳生十兵衛に命じられたのは、佐賀鍋島藩での任務。それは、佐賀で流れる、柳生が鍋島家に間者を送り込んだとの噂を打ち消すためのものでした。
 その噂の中の間者とは、藩主・鍋島元茂に仕える若侍・杜村十兵衛元厳。剣の達人であり、その容貌は十兵衛とうり二つである元厳には、なんと十兵衛と双子の兄弟との噂まで流れていたのでありました。が、その元厳は武者修行中に謎の失踪を遂げて行方不明。ようやく彼を捜し当てた十兵衛ですが、元厳は思わぬ変貌を遂げていて――

 という内容の本作、あらすじだけ見ると、派手な伝奇チャンバラ活劇を想像しますが、その予想はちょっと面白い方向に裏切られました。本作は、剣豪小説の形を取った柳生新陰流の解説書であり、そしてまた若き十兵衛が悩みながらも己の道を模索していく青春小説でもあると、言ってもいいのではないかと思います。

 若くして達人と呼べる業を持ち、命のやりとりの場であればほぼ敵無しである十兵衛でありますが、しかし、その剣は、果たして柳生新陰流の理念に叶ったものであるのか。そしてそれを揮う彼の振る舞いは、果たして課せられた任にふさわしいものであるのか。
 物語が始まった時点では、十兵衛自身――そして読者も――疑うことがなかった十兵衛の柳生の剣士、柳生の嫡男としてのアイデンティティは、己とうり二つの、もう一人の十兵衛との出会いを通じて、静かに、しかし大きく揺さぶられていくこととなります。
 隠密行の中で自らの脳裏に浮かぶ、あるいは他者から投げ掛けられた疑問に翻弄され、手探りで解答を求めていく十兵衛の姿が、本作では丹念に描かれているのです。

 実は、最初読んだときには、(これはネタバレですが)時代エンターテイメントとしての物語は、分量的に中程あたりで終わったように感じられましたし、また、書名に偽りありのようにも感じたというのが、偽りのない感想。
 しかしながら、十兵衛が上記の如き魂の遍歴の世界に本格的に踏み込むのは、事件がほぼ解決してからのこと。そしてその事件の中核であり――言い換えれば十兵衛のアイデンティティを直視させる契機となったのが、己の鏡像とも言えるもう一人の十兵衛であることを考えれば、この構成も、書名も作者の狙い通りということになるのでしょう。
(そして冒頭での宗矩の言葉の意味に気づいて慄然としたり…やっぱり黒いな、ここでもこのお方は)

 正直なところ、本作での悩める十兵衛の姿は、強い十兵衛を求める方には不満はあるかもしれませんし、個人的には十兵衛の想いの動きにもどかしさも感じました。
 しかし、十兵衛の悩みは、全く彼独自のものであるようでいて、実は「己はどうあるべきか」という青春期であれば誰もが一度は抱く普遍的な悩みと等しいものであり――これはこれでなかなかに魅力的であって、また共感することができる十兵衛像であるなと感じました。

 そして…こうした独自の十兵衛像、そして他流派との対決を通じて語られる柳生新陰流の剣理は、実に理解し易く、ストンとこちらの腑に落ちるものであり、ややもすれば(門外漢には)難渋で無味乾燥なものになりかねないものを巧みに語ってみせた作者の手腕にも――おそらくは作者自身の経験も大きいのだろうと思いますが――大いに感じ入った次第です。

「柳生双剣士」(多田容子 講談社) Amazon bk1

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2006.09.23

今日の小ネタ ゲーム二題

 今日の小ネタですよ。今日は東京ゲームショウ2006絡みのお話。

「サムライスピリッツ六番勝負」発表
 昨日から始まった東京ゲームショウ2006で、SNKプレイモアからPS2用ソフト「サムライスピリッツ六番勝負」なるタイトルが発表されたとのこと。おそらくは、「月華の剣士」のようにSNK格闘ゲームの旧作を何タイトルかワンセットで復刻しているNEOGEOオンラインコレクションの一つだと思いますが、これまでNEOGEOで発売されたシリーズ六作が収録されているということなのでしょう。
 とすると、初代斬紅郎無双剣天草降臨までで四作。となるとあと二作は…幻の(黒歴史ともいう)侍魂アスラ斬魔伝!? さすがにちょっと楽観的に考えすぎかもしれませんが、もしこのNEOGEOを含めた家庭用機に完全な形で移植されたことのない3Dサムスピ二作が収録されるのであれば、これはもの凄いことではないかと思います。「BURIKI ONE」移植の目も出てきたわけですから

 ちなみにサムスピ絡みでは「電子メイド手帖 恋のいろは(仮)」も発表。まさかこういう方向から攻めてくるとは思いませんでしたが(何か噂では「毎日5分間の”しつけタイム”でいろはを教育しよう」とかパンフに書いてあったそうで…ちょっと!)、その他「どきどき魔女裁判」とか、考えても普通やらないようなアイディアをゲームにしちゃうんだから、一体どうしちゃったんだろうと心配になるくらい凄いパワーです(後者は全然時代ゲーに関係ないですが)。
 これで「格闘ゲームのSNKが帰ってきた!」っていうのもどうかと思いますが…しかし新日本企画の頃からSNK見てる人間としては、往年の活気を少しずつ取り戻して来てくれているようで何よりです。

「GENJI 神威奏乱」PS3ロンチに
 これは数日前から情報が流れていましたが、「GENJI2」とこれまで呼ばれていた続編タイトルが、「GENJI 神威奏乱」としてPS3と同時発売のロンチソフトとなるとのこと。正直、E3での公開内容を見るとよく間に合ったものだと感心します。本当に大丈夫なのかしら

 PS3は1万円以上の値下げをしてユーザーからは拍手喝采された一方で、日経など経済関係はやたらシビアな見方をしていて非常に楽しいのですが、さてこの「GENJI」続編はいかが相成りますでしょうか。とりあえずCMに清原を使うことはもうないと思いますが。

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「狐官女 土御門家・陰陽事件簿」 もぐり易者、人の心の闇を照らす

 江戸時代の京を舞台に、土御門家に仕える十二人の譜代陰陽師の一人・笠松平九郎を通して町の人々の姿を描いた「土御門家・陰陽事件簿」シリーズの第三弾。今回は、長屋に暮らすもぐりの易者の牢人・小藤左兵衛を第二の主人公とした全七話から構成されています。

 左兵衛は、元は美濃大垣藩の京都藩邸勤めの武士ながら、万巻に通じた温厚な人物。学問に理解を示さない上役に嫌気がさして禄を離れ、父親の敵討ちの旅に出た親友の幼い娘・お妙を育てながら、扇屋の下請けと、時に易者の真似事で日銭を稼ぐ毎日、という設定です。江戸時代は、諸国の易者・陰陽師は、土御門家の職札を受けて活動を行っていましたが、左兵衛は職札を持たないもぐりの易者。その彼が、京の陰陽師たちを束ねる立場にある平九郎と出会い、親交を結ぶ様を描く第一話から始まり、全てのエピソードで、平九郎を抑えてほとんど主役級の活躍を見せます。

 これまで親しんできた主人公が後ろに下がっていくのには、違和感を感じないでもないですが(左兵衛が非常に良くできた人物として描かれているので尚更)、これまでのシリーズは、譜代陰陽師という、ある程度の地位と力を持つ平九郎を通して描かれていましたが、本書では、高い教養を持った武士とはいえ、長屋で日々の内職に追われる左兵衛を中心に据えることにより、より庶民の側に近い立場から人の心の闇を照らし出していこういう試みなのかな、と納得した次第です。

 そんな本書の中で特に残ったのは第四話で表題作でもある「狐官女」と、第六話の「畜生塚の女」。前者は、仙洞御所内で感じられた狐の霊気を手がかりに、色町で乱行に耽る淫蕩な官女を成敗する物語、後者は、平九郎が聞いたという鴉の会話をきっかけに、左兵衛が心の迷路に踏み込んだ平九郎のかつての恋人を救う物語。
 物語のディテールは、もちろん大きく異なりますが、共通するのは、女性の持つ一種の業――そしてそれは一見極端なもののように見えますが、冷静に考えてみれば現代でも生まれ得る、生まれているものであります――が招いた物語であるという点。この二話、結末こそ正反対ではありますが(個人的には、「狐官女」の身も蓋もない結末はどうかと思いますが…この辺り、女性読者の意見を伺ってみたいところです)、共にその業に陰陽師が一つの答えを示すという点では共通の物語と申せましょう。

 正直なところ、短編ゆえの食い足りなさというのがほとんどのエピソードにあるため(それは本書に限らず、シリーズ当初からある部分なのですが)、いずれこのシリーズは長篇で読んでみたいな、という気持ちは強くあります。


「狐官女 土御門家・陰陽事件簿」(澤田ふじ子 光文社) Amazon bk1

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2006.09.22

本日の小ネタ二題(「いろはにほへと」と「化け物の文化誌展」)

 今日の(正確には一昨日くらいの)小ネタですよ。アニメと展示会のお話。

「幕末機関説いろはにほへと」プロモーション映像公開
 Gyaoで10月6日から放送開始の「幕末機関説いろはにほへと」のプロモーション映像が公開されています。1分の映像ではなかなか内容の細かいところまではわかりませんが、とにかく面白そうなのはわかった! 「連続伝奇活劇!」という惹句だけで泣かせるではないですか。
 それにしても「天保異聞 妖奇士」も10月放送開始なわけで、この秋はただでさえ珍しい伝奇時代アニメの、それも大作が二本も始まるわけで、「我が世の春が来たぁ!」という気分です(大袈裟)。


「化け物の文化誌展」開催
 国立科学博物館で、10月17日より11月12日まで、「化け物の文化誌展」というイベントが開催されます。江戸時代から現代までの妖怪や化け物にかかわる史資料約100点を展示! ということで、好きな人にはたまらない展示になるのではないかと。
 丁度、昨日の朝のNHKニュースで、展示予定の人魚や天狗のミイラのエックス線撮影結果の話を放送していたのを見ましたが、ぶっちゃけた話これが完全に作り物。だからと言って「化け物は皆インチキ! 信じる奴ぁ皆バカ!」という話ではなく、何故そのような作り物が作られ、(信じるにせよ信じないにせよ)人々の間で受け容れられてきたのか? あるいはそのような存在が必要とされてきたのか? ということ、言い換えれば文化としての化け物の存在を考えていくというイベントになるのではないかと想像しています。

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満身創痍で柳生宗矩観の変遷を考えてみたメモ

 mixiの方で某氏から「柳生宗矩に黒いイメージがつきまとうようになったのはいつからなのか?」という疑問が提示されているのですが、これは「霧隠才蔵はいつからクールな美形になったのか」と並んで個人的にも大きな疑問だったもの。良い機会なので、これまであれこれと考えたりしたものをざっと挙げてみます。
 あくまでもまだまだメモ程度のものであり、材料も大いに不足しておりますので、あらかじめそのつもりでご覧くださいますよう…いや本当に穴だらけでごめんなさい。

1.史実
 「日本武術神妙記」等に引用されているような当時の随筆・武芸譚等をざっと見ましたが、特段の黒さは感じず。尤も、剣術や武術にまつわる逸話ばかりなので、「黒さ」はそもそも描かれにくいのかもしれません(一手指南と言ってきた相手にに飼ってた猿と試合させたり、煙草吸いすぎと言われたら長い長い煙管作って隣の部屋で煙出るようにしたり、能が超好きで周囲に進めまくってあんまり迷惑かけんなって沢庵に説教されたり、色々楽しいエピソードはあるのですが)。
 しかし、「剣禅一如」や「活人剣」など、「カッコイイ」言葉と、剣術指南役から大目付・大名までなったことに示されるような政治的な手腕にも優れていたことから、一種うさんくさい印象を感じている人も少なくはなかったのではないかな、という印象も個人的にはあります。

2.戦前
 個人的には一番手薄な時代なので何ともいい難く、お恥ずかしい限りなのですが、講談等でどう描かれているのかが気になります(「柳生三代記」くらいチェックせい、と思う)。個人的な、限定的な印象では、十兵衛や宗冬の厳父という印象が、彼ら息子たちの活躍譚の中で描かれていたのかなと思うのですがどうなんでしょう。

3.「柳生武芸帳」(1956)の宗矩
 こうして見てくると、「黒い」というより「陰謀家」としての宗矩を前面に、はっきりと打ち出してきたというのは、もしかするとメジャー作品では「柳生武芸帳」が初めてなのでは、という印象がやはりあります。陰謀家、という単純な言葉で評するのがためらわれるほど本作の宗矩像は複雑かつ印象的であって、今の一般的な(?)宗矩像を形作る源流の一つ、というのは間違いないと思います。

4.「柳生一族の陰謀」(1978)の宗矩
 3.からだいぶ間が空いてしまって恐縮ですが、少なくとも映像の面で「陰謀家」宗矩を描いた(=印象を決定づけた)のはやはりこの「柳生一族の陰謀」なのかな、と思います。この作品での宗矩の――というより萬屋錦之助のと言うべきかもしれませんが――存在感・インパクトはやはり絶大で、「宗矩=陰謀家」という印象を世間に与えたのはこの辺りなのかしら、という気がしないでもありません。

 …とはいえ、「武芸帳」も「陰謀」も、ここで描かれる宗矩は(その対象が天皇であれ将軍であれ)忠誠心のあまり陰謀に手を染めるという側面が非常に強く、「黒い」というのとは少々異なるのかな、という印象があります。

5.「影武者徳川家康」(1986)の宗矩
 そうなると次に頭に浮かぶのは隆慶先生の「影武者徳川家康」。こいつぁ文句なしに「黒い」。柳生家の方々に訴えられるのではないかと思うくらいダメで悪い(それだけに一部のファンにはたまらない)宗矩像がここにあります。尤も、彼が仕えている秀忠がこれまたどうしようもない悪人でクソ野郎に描かれているので、その煽りを食って、という気はしますが、個人的な印象としては、本作(そしてそれ以降)の秀忠・宗矩は、ロクに戦場で戦ったことのないくせにのさばっているという、隆慶先生の「戦後派批判(というか憎悪)」の象徴とも言える存在なのでしょう。


 と、まとまっているようで実は全くまとまっていない、スッカスカの宗矩像の変遷でしたが、とりあえず「五味先生超リスペクトで隆慶先生に複雑な感情を持つであろう荒山先生が、これで善人宗矩を書くわけないだろ」ということだけは言えるような気がしてきましたよ。

 というネタは置いておくとして、真面目な話、現在の(伝奇)時代劇界における五味康祐と隆慶一郎の存在感の大きさを考えれば、小説をはじめとする様々なメディアで宗矩が程度の差こそあれ、黒く描かれるのも無理はない話なのかな、という印象は受けました。もちろん、そこに至るまでの様々な積み重ねがあってのことであることは、言うまでもありませんが…

 最後に、私が個人的に最近の作品で好きな宗矩を挙げるとすれば、それは朝松健先生の真田三部作の宗矩であります。物語中の立ち位置としては(登場人物の多い本作では)むしろ脇役に近いのですが、「老練」という語を体現したかのような人物で、重厚かつしたたかに存在感をアピール。特に二作目・三作目のラストは、実質この方が締めたかのような印象があります。
 ふむ、そういえば一般的宗矩イメージの中には「陰謀家」「黒い」というほかに「現実的」という属性もあるのだな、と気づいたところで、精神的に満身創痍になりながら本稿とりあえずおしまい。

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2006.09.21

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第七話 「蕾」

 しぐれたちを突如襲う蝙蝠の群れ。と、そこに地中から木の根がしぐれを守るように現れる。駆けつけた獣兵衛により蝙蝠と木の根は撃退されるが、乱戦の中でつぶてが、木の根を操るヒルコのくノ一・あざみの姿を目撃していた。獣兵衛に宝玉を預けられた濁庵は持ち逃げしようとするが、あざみに奪われた上に獣兵衛に見つかり宝玉の秘密を吐かされる。一方、あざみは蝙蝠を操る鬼門の忍者・カワホリに襲われるが、その場に出くわした獣兵衛は、彼女を救って大滝に落下。意識を取り戻したあざみは、獣兵衛が光の御子たるしぐれを守って闘っていることを知る。再び襲いかかるカワホリを、獣兵衛とあざみは連携して倒すが、既に深手を負っていたあざみは、宝玉を獣兵衛に託し、満足げな笑みと共に木と化すのだった。

 第四話に登場、宝玉が二つに分ける原因となった樹妖のくノ一・あざみが登場。本作には珍しいほどの美人キャラなのが災いしたか第四話で鬼門の忍者に辱められた彼女ですが、今回も、宝玉を探すと称するカワホリの長い舌で股間をまさぐられた上に吸血される(しかもおそらくそれが直接の死因)という薄幸ぶり。

 そして薄幸のヒロインと縁が深い(?)獣兵衛が彼女と触れ合い、彼女も最終的には心を開くのですが、その辺りの描写がもう少し欲しかった…というのが正直なところ。さすがにオリジナルのヒロイン・陽炎さん並みにとは言わないまでも、あと五分時間があればだいぶ印象は異なったのではないかなあ…と思います(あるいは、ベタだけどしぐれかあざみを守って獣兵衛が深手を負うとかね)。
 しかし、彼女が遺した蕾が花開き、そこから宝玉が現れるラストシーンはなかなかに美しい。考えてみれば、トゲがあるものの、つつましやかで美しいあざみは、まさに彼女にふさわしい名前であったのかもしれません。

 …と、ここで終わると美しいのですが、蛇足を。
 この回まで見てハタと気付かされるのは、ここまでで恐ろしいほどにしぐれのキャラクターが描かれていないこと。初登場の時以来、ほとんど逃げてばかりで(また追いかけてくるのがとんでもなくインパクトはある連中だし)キャラ立てらしいキャラ立てが行われていないのは、本作のヒロインであり、キーとなるキャラクターとして、かなり不味いように思います。
 まあ、丁度半分を過ぎてから気付いた私も私ですが…(いや、それまで出番らしい出番が少なかったんだけど)


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 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第二話 「旅立ち」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第三話 「邪恋慟哭」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第四話 「割れた宝玉」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第五話 「金剛童子」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第六話 「雨宿り」

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2006.09.20

「世話焼き家老星合笑兵衛 悲願の硝煙」 ノーブレス・オブリージュとしての武士道

 以前紹介した際に、是非とも続編を! と希望した「世話焼き家老星合笑兵衛 竜虎の剣」の続編がとうとう登場しました。江戸に居を移した星合家の面々が、将軍吉宗暗殺の陰謀阻止をはじめとする難題の数々に、世話焼きスピリットで立ち向かいます。

 前作で幕府への藩政返納という一大事を成し遂げた元・倉立藩の家老である笑兵衛は、江戸に出て悠々自適の生活。しかし子供たちは、深川で女郎屋を営む長女・蛍を除いては、慣れぬ生活に焦る毎日。
 そんなある日、次女・桜が知り合ったのは、甲賀組の亀石又八という老人。吉宗による御庭番創設により、隠密としてリストラされてしまったこの老人に同情した桜は、父に彼らの身の立て方を相談することにします。
 一方、笑兵衛の方には、尾張藩が吉宗暗殺を企んでいるとの情報が。折しも山王天下祭を目前に控え、将軍の警護
に頭を悩ます大岡越前守も、一目置く笑兵衛に相談を持ちかけます。
 星合家の面々の奔走により、徐々に明らかになる将軍暗殺計画。が、そこには現在の境遇に不満を持つ、又八の息子・喜一郎が加わっていたのでした。さらに、尾張藩に協力する大盗賊・雲霧仁左衛門一味までも登場。複雑に状況が絡み合う中、果たして星合家は吉宗を、そして亀石家の人々を救うことができるのか!?

 というのが今回のあらすじですが、前作とはまたベクトルが異なるものの、一見不可能に見えるミッションに、笑兵衛を中心とした星合家の人々が立ち向かうというスタイルは本作も同様。
 単に吉宗暗殺計画を阻むだけならばまだ難しくないものの、不遇をかこち、血気のあまり将軍暗殺の実行犯に選ばれてしまった喜一郎を、罪におとさず救わなければならないのだからややこしい。さらにこれにリストラされた甲賀組の面々に活躍の場所を与える話もあって、何をどうすればよいのか、まったくもって難問としか言いようがありません。

 が、星合家の面々、そしてその仲間たちを見ていると、その難問も決して解けないものではないと思えてくるのが不思議。笑兵衛の引いた設計図の下、それぞれがそれぞれの持てる力を発揮して活躍し、陰謀を覆していく様は実に痛快です(にしてもクライマックスで描かれる暗殺阻止の秘策のあまりの豪快さには、はじめびっくり、次に爆笑してしまいましたが…)。

 しかし何よりも痛快で気持ちよいのは、笑兵衛の、そして星合家の人々の精神の気高さでしょう。
 世話焼きは道楽、と言い切る笑兵衛は、一見太平楽なお節介焼きに見えますが、しかしその世話焼きに命と、己の持てる知恵と業の全てをかけて悔い無しなのが彼の生きざま。そしてそしてまた――それが戦う力を持たぬ庶民のためであればあるほど、彼の世話焼きスピリットは奮い立ちます。
 そんな笑兵衛のユニークなメンタリティを生み出したのは、彼が家老を勤めていた倉立藩が、そもそもが家康に仕えた職人たちが祖となったものであり、身分の隔てなく、各人が己の持てる技術と、それを活かすことに誇りを持つ気風があるため。それゆえ、笑兵衛、そして倉立藩に生まれ育った彼の子供たちが、己の持てる力を、その力を持たぬ人々のために――世話焼きという名で――ためらいなく使えるのは、彼らにとっては当然の行いではあるのですが、しかし同時に、封建社会においては異端ながら、人間として賞賛すべき心の表れがそこにはあります。
 そしてそれは一方で、単なる支配者の理論としてでなく、ノーブレス・オブリージュとしての武士道――笑兵衛はそんな大上段に振りかぶった表現を笑い飛ばすかもしれませんが――というべきものであり、実に気持ちよく、そして現代人の我々にとって素直に共感できる気高い精神と言えます。

 もう一つ、これは物語上のテクニックとして感心したのは、星合家という一つの家族を中心に据えることにより、バランスよく様々な年代のキャラクターを登場させていること。この一人一人が、実に個性的・魅力的で、老若男女、様々な層の読者が手に取ったとしても、それぞれが魅力を感じ、共感できるようになっているのはうまい物語設計かと思います。
 また、キャラクターの立たせ方には、作者のもう一つの活躍分野であるライトノベルの骨法が働いているのではと感じますが、これは偏見かしら。

 正直なところ、上記の通り様々な難問を設定することにより――もちろんそれは最終的に一つの流れに収束するわけですが――物語の軸が少しぼやけたきらいはありますが、全体の魅力からすれば小さなものと言ってよいでしょう。まだまだ黒幕・強敵は健在のようですし、これからも星合家の痛快な世話焼きを期待したいと思います。


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 「世話焼き家老星合笑兵衛 竜虎の剣」 武士として、人として

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2006.09.19

今月の「コミック乱ツインズ」 黄金時代復活間近?

 リイド社の「コミック乱ツインズ」誌、ここしばらくはちょっと内容的に低調かな…と思っていたのですが、石川賢の新連載も好調で、私的な黄金時代(「丹下左膳」「慈恩」「たまゆら童子」「真田十勇士」「黒田・三十六計」が揃い踏みしてた頃。しかし前三作はまともに単行本化されていないのはどうしたわけか!)ほどではありませんが、ずいぶん面白くなってきました。

 さて、連載第三回の「戦国忍法秘録 五右衛門」は、ストーリーはほんのちょっと進めつつ、後はアクションでバンバン押していくというなかなか理想的なパターン。五右衛門の火術で木っ端微塵となったかに見えた雀丸ですが、無数の鳥を盾にして生存。さらに触れずして相手を斬る、いかるが忍法「斬撃剣」を操る蘭丸まで登場。凄まじい間合いの長さの攻撃をいかにして破るのか!? と思いきや、五右衛門の取った手段があまりにもプリミティブな上に石川賢らしくて爆笑。結局、折角の美形ぶりにもかかわらずあまりにも悲惨な扱いを受けた蘭丸の倒され方に、これまた大いに笑わせてもらいました。
 そしてラストは、信長が天下布武のイケニエとして伊賀者を殲滅させると聞いて、五右衛門が怒りを燃やすところで〆。
 前から思っていましたが、五右衛門はビジュアル的にもキャラクター的にも、ゲッターで言えば竜馬と武蔵を足して二で割ったような存在でなかなか良い感じだと思います(隼人は…ビジュアル的には服部半蔵だけど、この漫画では常識人すぎてイカン)。

 順番が後先になりましたが、巻頭カラー&表紙は「泣く侍」。一般人に化けた刺客たちに痺れ薬を盛られ、既に立つことすらままならない主人公・物辺の運命やいかに、というところでしたが、悲惨な運命の前に心を閉ざした姪を救うため、凄まじいまでの情念で立ち上がり、滂沱と涙を流しつつ血刀を振るうシーンには唸らされました。いやはやまさに「泣く侍」です(でもその後の暴走ぶりが恐ろしくて、却ってもっと心を閉ざしそうな)。
 物語的には、物部に意外な助っ人が現れて次回に続くですが、あんまり味方ができるとちょっと残念(ひどい)。
 ちなみに本作のある意味主役の狂刃・伊藤清之進(こちらを参照。どこのwikiかと思ったら…)は、本編には登場しませんでしたが、表紙にはしっかり姿を現していてちょっと嬉しかった。

 そしてセンターカラーは、完結間近の「真田十勇士」。いよいよ運命の慶長二十年五月六日、後藤又兵衛・薄田隼人・木村重成の三勇士が揃って壮絶死を遂げます。まさに血笑というべき表情を浮かべて死にゆく三人の最後の大暴れに、大坂城で夢と知りつつ、昏い瞳で勝った後の戦後処理を語る秀頼と、それを真に受けて無邪気に喜ぶ大野修理の姿を重ねて描くのには脱帽しました。「いや――……束の間の夢よ……!!」の言葉が重く残ります。
 一方、猿飛佐助と甲賀頭領・村雲天童の決戦は、一瞬の差が生んだ意外な幕切れに。そして既に死生を超越したかのような霧隠才蔵は、佐助に別れを告げ、一人自らの戦場へ――
 連載開始時は、正直なところ長大な原作のラストまで描ききれるのか、と思いましたが、きっちりと完結させてくれそうで楽しみです。

 もう一作印象に残ったのは、「天涯の武士」。小栗上野介の生涯を描くこの作品、連載開始の頃から読んでいますが、正直なところ結末が何となくわかってしまうので(いや、史実だから当たり前なのですが、どういう演出になるかという点で)あまり注目していなかったのですが、今月号のラストが素晴らしかった。
 上野介に心酔し、遂に藩を裏切ってまで彼の密かな護衛となった薩摩の人斬り・宮里が、あてどなく江戸の町を往く中、「ええじゃないか」の群衆の狂乱に出くわして…というシーンなのですが、宮里のみ通常のタッチの一方で、その周囲で踊り狂う群衆はラフな筆絵で描かれており、その狂乱の圧倒的なパワーと同時に、時代の流れから取り残された宮里の――そして同時に上野介の――姿もくっきりと浮き彫りにしているようで、絵の力、というものを感じさせられた次第です。

 次号は「黒田・三十六計」も掲載されるようなのでこちらも楽しみです。

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2006.09.18

10月の伝奇時代劇アイテム発売スケジュール

 もう9月も半ば、もうすっかり秋の気配。秋と言えば読書の秋、来月の新刊情報等が出てきました。ということで10月の伝奇時代劇関連アイテム発売スケジュールを更新。

 さて、ちょっと寂しかった9月に比べると、10月はなかなかの分量。小説では「織江緋之介見参」「巴の破剣」といったシリーズものの最新巻が登場。また、復刊では山岡荘八「風流奉行」、村上元三「松平長七郎西海日記」、えとう乱星「あばれ奉行」などが文庫化されます。
 このうち、徳間文庫の山岡荘八「風流奉行」は、桃源社から40年近く前に出版されていたものの復刊でしょうか(雑誌掲載時は「風流大岡政談」だったやつかな?)。何となくH氏のご尽力のような気がしますが、ありがたいお話です。しかし今気づきましたが、山岡荘八先生の本って、大半が絶版なんですね…
 そしても一つ、北方謙三の「水滸伝」がついに文庫にて刊行開始です。単行本19巻はさすがにちょっとヘビーですが、文庫であれば…という人も多いのではないでしょうか。

 一方、漫画の方では、「Y十M~柳生忍法帖~」「シグルイ」「バガボンド」「無限の住人」と、奇しくも現在の(伝奇)時代コミックを語る上で外せない作品四作が同じ月に登場することになります。また、「カムイ伝全集」「るろうに剣心」も順調に刊行。「カムイ伝全集」は、10月から「カムイ外伝」刊行開始です。

 ゲームも色々と発売されます。一番注目は、先日も紹介しましたが、「新鬼武者 DAWN OF DREAMS」Best化でしょうか。中古とほぼ同価格でオマケ要素がプラスされたいわば完全版が手に入るのは嬉しいことです。また、「天誅」はシリーズ最新作の「天誅 千乱」が発売されますが、その同日に「忍道 戒」のベスト版が発売されるのは偶然なのかしらん。

 最後に、日にちは不明ですが、下旬には星雲社からとみ新蔵の「無明逆流れ」が、また新紀元社から「図解 里見八犬伝」が発売されるとのこと。前者は、とみ氏の兄である平田弘史による漫画化であり、同じレーベルから先に復刊された「駿河城御前試合」で漫画化されていないエピソード…というより、上記「シグルイ」の原作の漫画化、と言った方が早いでしょうか。後者は、何だか不思議なラインナップなんだけど何だか楽しい「図解」シリーズの最新作として、どのように八犬伝が図解されるのか期待します。

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2006.09.17

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第六話 「雨宿り」

 雨の中、刺客・粘虫に襲撃された獣兵衛は、これを退けるも毒を受けてしまう。毒に苦しむ獣兵衛は辛うじて廃屋敷に辿り着き、そこで雨宿りをしていた旅の途中の少年・琢磨と、その母・せんに介抱される。と、そこに数人の雨宿りの男女が現れるが、その中の一人が突然獣兵衛に襲いかかる。粘虫は己の体を持たず、次々と他者に取り憑いて活動していたのだ。獣兵衛と粘虫の戦いの中、自分の夫の敵が獣兵衛と覚るせん。弱った獣兵衛を討たんとする母子だが、そこに粘虫が再び襲撃、せんに憑依してしまう。獣兵衛が放った火で屋敷が燃える中、獣兵衛と琢磨に襲いかかる粘虫。だが、失われたはずのせんの意識が体を動かして炎の中に歩みを進め、逃げ出した粘虫の本体たる眼球も獣兵衛に斬られる。雨が上がり、琢磨はこれからは一人強く生きますと告げて獣兵衛を見送るのだった。

 放送前にあらすじを見て、一番楽しみだったエピソードの一つ。ヒーローとして描かれながらも、結局は雇われ忍者であり、当然綺麗な仕事ばかりではないはずの獣兵衛の、陰の部分が描かれるかと楽しみにしていたのですが…ですが…
 結局、どうにも煮え切らない話になってしまったな、という印象。毒で弱った獣兵衛と、彼を仇と狙う母子、そして姿なき暗殺者という組み合わせ自体は良いのですが、それぞれの要素があっちこっちに行ってしまって、折角のシチュエーションを活かしきれなかったという印象があります。

 獣兵衛の稼業の非情さを描くのであれば、本気で獣兵衛が母子に刃を向けても良かったと思いますし、逆に母子が獣兵衛を本当に許すのであれば、それにつながるエピソードを入れるべきだったのでしょう。その辺りがはっきりと描かれなかったために(敢えて暈かしているというわけでもなく)、直接的・間接的に獣兵衛に両親を殺された少年が、獣兵衛を笑顔で見送るという、たぶん感動的な和解の姿にしたかったのであろうラストが何だか非常に釈然としないものに感じられてしまいました。

 例えば、少年が徹底的に獣兵衛を憎み、仇として追い続けることで、少年に生きる目標を与える(あの先の少年の人生が、決して明るいとは思えず…だからこそ「強く生きる」ということなのでしょうが)という、苦い結末でも良かったのではないかなあ…と思うのはひねくれているでしょうか。

 ちなみに放送時には、何で獣兵衛が単独行動しているねん! と視聴者から一斉に突っ込みがあったのですが、まあ、前回のラストから、つぶてがどっかに行ったと思えば…だめか。


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 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第四話 「割れた宝玉」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第五話 「金剛童子」

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2006.09.16

最近の伝奇時代劇関連ニュースですよ

 今日はここ最近の小ネタをまとめて紹介。ゲームネタが多いです。

「新鬼武者 DAWN OF DREAMS」Best化
 まいどお馴染み、SCEのベスト版(廉価版)商法ですが、10月19日には「新鬼武者 DAWN OF DREAMS」がベスト化。価格的には2,940円と、中古と同じくらいですが、追加要素で登場キャラによる「新鬼武者無頼伝」等の追加要素収録ということで、こちらの方が断然お得。
 実はつい最近、安くなってきたしそろそろ買うかなあ…と思っていたのですが、思い止まって良かった(しかし、消費者にとっては安くなる上におまけもついて嬉しいけれども、メーカや発売と同時に買った方の心境や如何に)。


サムスピ3D化再び
 14日から開催されているアミューズメントマシンショーに、「サムライスピリッツ」シリーズの最新作「サムライスピリッツ閃」が出展されたとのこと。この「サムライスピリッツ閃」、シリーズ最新作であると同時に、久しぶりの3D作品ということで、色々な意味で感慨深いものがあります。3Dサムスピと言えば、ナニな出来でシリーズでもほとんど黒歴史であり、ここで名誉挽回といって欲しいものです。「KOF マキシマムインパクト」のような2D格闘の3D化の成功例もあるので、期待したいところです。


Wiiで戦国無双 動画
 14日に発売日・価格が発表された任天堂の新ゲーム機Wiiで、コーエーの戦国無双が発売されるというお話。こちらにプレイ記事がありますが、一人称視点、半強制スクロールというシステムで、これまでのシリーズ作とはだいぶ異なった印象になるようです。もちろん、操作はリモコンを振り回す形ということなので、どれだけ気分良くチャンバラできるか、お手並み拝見といったところでしょう。


BASARAもWiiに登場
 それならこちらも、というわけではないでしょうが、カプコンの「戦国BASARA」もWiiで開発中とのこと。詳細は不明ですが、こちらもまず間違いなくリモコンを振り回すことになるでしょう。楽しみです。と、新作はPS2でも発売されるそうですが、あれ、PS3は…


来年の新春ワイド時代劇は「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」
 ここからはTVの話。一週間前の記事で恐縮ですが、毎年恒例のテレビ東京の新春ワイド時代劇、来年は稲森いずみさん主演で「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」。瑤泉院が実は討ち入りの首謀者ってどうよ、という感じですが、長丁場を保たすために無理矢理にでもチャンバラシーンも色々と盛り込まれるでしょうし、続報に期待。しかし脚本はジェームズ三木なのが何というか。


「ライオン丸G」見参
 雑誌などでは結構前から採り上げられていましたが、あの「ライオン丸」が復活。しかし舞台は2010年のネオ歌舞伎町、主人公・獅子丸はホスト、ヒロイン沙織はキャバ嬢ってうあぁぁぁぁぁぁあぁ
 それでもちゃんと「快傑ライオン丸」の続編になっているようなので、果たして一体どうなることやら。ともあれ、獅子丸役の波岡一喜さんはなかなか面白い役者ですし、スタッフはかなり超星神シリーズから流れているという噂なので、ライオン丸と思わないで期待することにします。しかし現代舞台にリメイクだったら「電人ザボーガー」の方が面白いと思いますが…ダメ?
 ちなみに「G」は「ゲットー」のGだとか。あと遠藤憲一の役名がジュニアってのでガシャドクロを思い出した。
 それとも一つ、コミック版が「ヤング・ガンガン」誌にて連載とのこと。作画はゴツボ☆マサル氏とのことで、あー…


「天保異聞 妖奇士」コミカライズ開始
 「ヤングガンガン」と言えば、10月からの期待の伝奇時代アニメ「天保異聞 妖奇士」のコミカライズが最新号からスタート。作画はおそらくはこれが初連載の蜷川ヤエコ氏ですが、なかなか達者な筆致で、お話の方も設定の説明を不自然でない程度に織り込んでいて、まず第一話としてはいい感じではないでしょうか。内容的には、どうやらアニメの第一、二話をベースにしているようですが、だとするとのっけからいきなりヘビーなお話になりそうです。
 それにしてもこの「妖奇士」、ホントにいいのかな、というくらい気合いの入った伝奇時代劇ぶりで、アニメもコミカライズも、是非とも成功していただきたいものです。


「幻の城 遠国御用」文庫化
 最後に小説の話。以前このblogでも紹介した「水妖伝 御庭番宰領」の前作に当たる「幻の城 遠国御用」(こちらも紹介済み)が、「水妖伝」と同じ二見時代小説文庫から、「孤剣、闇を翔ける 御庭番宰領」というタイトルで復刊されました。
 「幻の城」というのは作中で大きな意味を持つフレーズだけに、タイトルが変わってしまったのはちょっと残念ですが、ハードボイルドな時代小説の佳品が復活するのは嬉しいお話です。シリーズ三作目も期待したいところです。


 というわけで今日のニュースはおしまい。

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2006.09.15

「忍法剣士伝」 作者の自己評価とは裏腹の快作

 いきなりで恐縮ですが、山田風太郎先生の自己評価は少し辛すぎる(あるいは評価軸がちょっとずれている)のではないかというのは、ファンであれば一度は感じたことがあるのではないかと思うのですが、私個人がそれを一番感じたのがこの「忍法剣士伝」。戦国末期を舞台に、十二人の超一流の剣豪が一人の美姫を挟んで死闘を繰り広げる剣豪小説の白眉であります。

 舞台となるのは戦国の名門・北畠家。当主・北畠具教は自身が卜伝流を極め、秘剣“一の太刀”を修めたという剣豪大名でありますが、織田信長の猛攻の前に家の運命は風前の灯火、具教を慕う当代随一の武芸者十二人が集結するも、事態はいかんともし難く、心ならずも信長の愚鈍な次男を、北畠の姫君・旗姫の婿に迎えざるを得ない次第となります。
 が、そこに横槍を入れたのが北畠家に仕えていた忍者・飯綱七郎太。旗姫に邪恋を抱き、そして武芸者たちに怨みを持つ七郎太は、かの果心居士の下で会得した「びしゃるな如来」なる幻法を旗姫にかけたのでありました。その効果は――姫を見た男たちは皆色欲に狂い、しかして一定の距離に近づくと精を漏らしてしまうというもの。
 七郎太の執念たるやおそるべし、北畠家を護るはずの十二人の武芸者は、一転して旗姫を狙う餓狼と化す始末。七郎太の弟弟子であり、密かに姫を慕う忍者・木造京馬は、姫を連れて――もちろん彼も術の効果を受けるわけなのですが――十二人の武芸者の攻撃を交わしつつの逃避行に出ることになる、というのが基本的な設定であります。

 しかしいかに京馬が優れた忍者とて、基本的に十二人の武芸者>>>(超えられない壁)>>>忍者な本作、真っ向から立ち向かったのでは到底敵うはずもありません。そこで彼が採った策は…武芸者たちを互いに相争わせること。元より、姫を奪うことが目的の武芸者たちにとって、自分以外はライバルであり――そして何より、天下一を目指して腕を磨く彼らにとって、姫のこと抜きにしても他の武芸者との対決は、むしろ本望と言えます。
 そこで繰り広げられるのは以下の六組のスペシャルマッチ。最初に本作を「剣豪小説」と述べたのはまさにこの点に因ります。

林崎甚助  対 片山伯耆守
諸岡一羽  対 富田勢源
宮本無二斎 対 吉岡拳法
宝蔵院胤栄 対 柳生石舟斎
鐘巻自斎  対 伊藤弥五郎
上泉伊勢守 対 塚原卜伝

いずれも、時代小説ファン、剣豪小説ファンであれば、思わず天を仰いで嘆息したくなるような組み合わせ、元より山風作品には一種の「対決の美学」というか、要するに「これとこれを組み合わせると面白いよね」という点において凄まじい冴えがあるわけですが、本作でもそれは遺憾なく発揮されていると言えましょう。上記の六つの対決は、いずれも明確なテーマが設定されており、そのテーマを間に置いて対峙しあう二人の剣士の武術の――ひいては生き様のぶつかり合いは、見事という他ありません。

 が…山風先生の自己評価では相当低いのですね、本作。同工異曲を何よりも嫌う先生のこと、剣豪対決というシチュエーションにオリジナリティを感じなかったのかな、と思いますが、少なくともこれ単独で読んだ場合の面白さ、完成度という点では、他の作品におさおさひけを取るものではない、と私は思っております(ただ、オチ(○○○○の叛心の芽生えるきっかけ)はあまりにもベタかなあ、と感じてはいますが)。

 まあ、ぶっちゃけた話、角川文庫版の佐伯俊男先生の表紙イラストがあまりにも素晴らしいのが(いや、本当に格好良いんだこれが)、私の評価が甘くなる一因のような気がしないでもないですが、それはさておき、山風ファンはもちろんのこと、最近あれやこれやの作品の影響で剣豪というものに興味を持ち始めた方には特にお薦めしたい作品です。


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2006.09.14

「ライジングザン ザ・サムライガンマン」 バカカッコよさここに極まる

 今日に発売されるプレイステーション2の「ゴッドハンド」というゲームが、ちょっと気になっているのですが、西部(っぽい舞台)にバカカッコいいキャラクターとアクションというと、どうしても思い出すのはプレイステーションの伝説的作品「ライジングザン」。サンじゃなくてザン(斬)。神秘の国ジパングでの修業で無敵の武術を身につけたスーパーウルトラセクシィヒーローが大暴れする、刀と銃の大冒険西部劇バカアクションであります。

 時は大西部開拓時代。保安官見習いの青年ジョニーは、謎の悪人の一団と戦うも、敵の幹部の一撃に深手を負ってしまった! 瀕死の彼を救ったのは、ジパングから来たニンジャ・マスター「スズキ」であった! スズキと共にジパングに渡ったジョニーは、修業の果てに刀術+射撃術という流派「生涯無敵流」に勝手に開眼! ジョニーの名を捨てた彼は、自称「スーパーウルトラセクシィヒーロー」ザン(斬)として故郷に戻り、謎の敵――邪火龍団に一人敢然と戦いを挑むのであった!
 …と、春陽文庫のカバー折り込みのあらすじ調に書くとこんな感じのストーリーの本作。あらすじからも微妙に狂った部分が感じられるかもしれませんが、実際にゲームをやってみるともっと大変。

 何せ主人公「斬」は、テンガロンハットにジーンズ、ロングブーツ…まではいいんですが、上半身は鎖帷子に法被(袖はフリンジで)、右手に日本刀、左手に特注ライフルという奇ッ怪な出で立ち。なんとわかりやすい和洋折衷でしょう。
 彼と対峙する、ジパングからのカラクリ武闘集団・邪火龍団も、ニンジャ・スモーレスラー・ゲイシャと「アメリカから見た間違った日本」像を体現したような狂いぶりで、日本人として同じ民族と思われたくない気持ちで一杯になります(ちなみにこいつら、字幕では普通に話しているのですが、実際のゲーム中では適当な単語を連呼しているだけ(例えばスモーチャンプは「ドスコイ!」しか喋らないとか)という妙な凝り具合です)。
 ちょっとプロモーションムービーを貼っておきますね。

 しかし本作が素晴らしいのは、設定部分というある意味字面だけのバカさだけでなく、ゲームシステム全体がザンと彼が活躍する世界のバカカッコよさに全力で奉仕している点。
 以下に本作のウリであるシステムを挙げれば――
○発動すると倍速で活動可能となり、必殺技使いたい放題の「ハッスル・タイム」
○全てのボタン連打で危機的状況(巨大相撲ロボと張り手合戦とか火炎放射器に刀一本で立ち向かうとか)を回避する全ての男子待望「漢(おとこ)イベント」。
○ステージのボスを倒した後、コインを投げあげて落ちてくるまでにコンボ叩き込み放題の「トドメ・ファイナル」

 どれも、技術的に大したことをやっているわけでは全くないのですが、一つ一つがゲームのキャラクター、ステージの雰囲気というものにピタリピタリとはまりこんで、斬の痛快かつバカバカしい活劇を盛り上げる効果を上げています。
 ことに「トドメ・ファイナル」は、影山ヒロノブがセクシィにシャウトする主題歌のサビのリフレインをバックに、これまでさんざん苦しめられたボスキャラに斬る撃つ必殺技を決めるの連打を叩き込むのが実に気持ちよく、ヒーロー気分満点。これァもう、ゲーム史上最も痛快な瞬間の一つ…というのは言い過ぎにしても、例えば高橋英樹演じる時代劇ヒーローが悪の親玉を追いつめて、何もそこまで…というくらいにズバズバズバとブッた斬る時の、そんな味わいがあります。

 正直なところ、ゲームとしてちょっと粗い面はありますし、難易度も私のようなヘタレゲーマーにとっては少々高め。バカ演出も、あまり続くとくどくなってくるという短所もありますが、それでもなお、「バカカッコよさ」のためにこれでもか、これでもかと作品に詰め込まれたスタッフの心意気というものは、十分以上に伝わってきますし、何よりもプレイしていて楽しくてしかたない作品でした。
 ただ一つ残念なのは、開発元が倒産してしまったために、続編はおろか、本作自体になかなか出会えなくなってしまったことでしょうか…(続編があれば、おそらくは敵の本拠たるジパングに乗り込んだと思われるだけに尚更残念)

 というわけで、主人公の設定(のごく一部)を除けばどこが時代伝奇なんじゃという本作ですが、個人的に最もバカカッコいい流派名と信じているところの生涯無敵流の名にかけて勘弁して下さい。

 と――今頃気づきましたが、本作、「ゴッドハンド」よりむしろ「デビルメイクライ」の先駆と言うべきなのでしょうか。
 いや、それどころか生涯無敵流こそは伝説の「GUN道」の遠い祖先なのでは!? と妄説を吐いておしまい。


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2006.09.13

「密書「しのぶもじずり」」 荒山徹の単行本未収録短編その二

 荒山徹の未収録短編その二である本作は、日朝の文化交流を背景としたハングル文字誕生秘話が、一転してあの伝説の剣豪の決闘譚に繋がるという、色々な意味で荒山イズムに満ち満ちた作品です。

 前半で描かれるのは、室町時代中期に来日した朝鮮の優れた文臣であり文化人であった申叔舟の物語(「――実は、申叔舟は日本に来たことがある」という一文を目にしただけで吹きそうになりましたが、残念ながらこれは間違いなく史実)。通信使として京を訪れ、公卿・清原業忠と肝胆相照らす仲となった申叔舟が業忠の屋敷で目にしたのは、朝鮮の宮廷の蔵書も及ばぬほど大量の書物。
 しかし、それまで日本を文化的後進国とみなしていた認識を一転改めた申叔舟を、真に驚嘆させたのは、国民文字であるかな文字の存在。一般民衆の間に芳醇な文化を誕生させしめたかな文字に感動した彼は、朝鮮においても、特権階級だけのものではない、国民文字の成立を志すことになります。
 そして帰国した彼が、後に生み出したのは、訓民正音、すなわち後のハングル文字。日朝の美しい文化交流が生んだ(と、荒山先生は本作で言っているんですが、例によって眉に唾つけておくように)この国民文字は、残念ながら両班たちには受け入れられず、長きにわたって不遇をかこつことになります。これを嘆いた申叔舟は、業忠に一通の書を送るのでありました。
「からくにの しのぶもじずり 誰ゆゑに 生まれそめにし 我ならなくに」

 と、荒山ファンであれば何となく想像がつくと思いますが、この書簡が騒動の種。例によって例の如く、朝鮮のバカと日本のバカが火に油を注ぎまくって意外な方向に物語は展開していきます。

 というわけで時は流れて寛永二十年、朝鮮通信使が、業忠の子孫から件の書簡を見せられたのが騒動の始まり。日朝友好の証であったはずのその書簡は、しかし、朝鮮側にとってみれば、訓民正音が「文化的後進国」日本起源であるという証拠に等しい存在というわけ。そこでその書簡を奪うべく、朝鮮剣士を送り込むのですが、しかし書簡は既に何者かに奪われていたのでした。
 その犯人は、出雲松江藩主松平直政。配下の忍びに書簡を奪わせた直政が、朝鮮側に書簡を渡すのと引き替えに提示したのは――直政秘蔵の剣士と、宮本武蔵(以降、あまりにアレなので、重要フレーズは白色で書かせていただきます)の決闘。
 そう、既に二十年以上前に死んだはずの宮本武蔵は、実は死を装って朝鮮に渡っていた!

 …来た。来ましたよ。

 かつて、武術が存在しなかった国土に剣術を導入すべく、妖術師・柳三厳を送り込んだ朝鮮ですが(そう、本作は実は「十兵衛両断」の後日譚でもあったのです)、色々あってその陰謀は失敗。そして柳生新陰流の次に朝鮮が目を付けたのは、二天一流、宮本武蔵だったのでありました。
 折しも、思わずまかいに転び生まれかねないほど不遇をかこっていた武蔵は、朝鮮からの礼を尽くした招きに感激(さすがに今回は妖術使わなかったんですね)、我が剣を朝鮮の国剣とすべく、勇躍海を渡ったのでした!

 …もうね、朝鮮の人たちも、日本の剣士も、ロクなことにならないっていい加減学ぶべきだと思うんですが。

 が、極秘だったこの武蔵渡朝の事実に気づいた者が日本に一人。それが松平直政であります。熱狂的な武蔵マニアであった彼は、武蔵の「死」の間際の行動をストーカー的執念で追ううちに、この驚くべき事実にたどり着いたのでした。
 かくて、訓民正音の話はどこへやら、あれよあれよと言う間に、武蔵(ちなみにここでの武蔵は、非常に義に厚い人物として描かれています。どこぞの黒い人とは大違いですね)と、直政の秘蔵の剣士にして佐々木小次郎の孫・小四郎が「朝鮮と日本の国境の海上に浮かぶ島」で決闘することとなります。

 ちなみに決闘の一方の主役である小四郎は、上記の通り一方の祖父が佐々木小次郎、そしてもう一方は結城秀康という数奇な運命の人物ながら、春風駘蕩たる美青年。終盤の登場ながらやけにキャラが立っていて、もしかすると荒山先生、シリーズキャラにする予定だったのではないかしらん。

 と、それはともかく、遂に対決する両剣豪。その結末は伏せますが、作品の末尾の一文によれば、決闘が行われた島は、現在では武蔵の幼名タケゾーを取って竹島と呼ばれるようになったと――
 …
 …もういい大人なんだからもうちょっと考えようよ。

 真面目な話、前半では「慥かに文化は誇りでもあろうが、それを一国の、あるいは一民族の、他国、他民族に対する優位を確認せんがための具にしては断じてならないのだ」とか良いことを書いているのですが、それが気がつけばこんな大惨事に。素晴らしい。
 なにはともあれ、妖術こそ登場しないものの、それを除けば非常に荒山度の高い内容の本作。荒山ファンであれば是非読んでいただきたい逸品です。


「密書「しのぶもじずり」」(荒山徹 「小説新潮」2003年9月号掲載)


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 「服部半蔵秘録」 荒山徹の単行本未収録短編その一

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2006.09.12

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 七人坊主初見参

 さて、道中編(仮称)に突入の「Y十M 柳生忍法帖」、道中の般若面テロを警戒して四本槍は右往左往…いや東奔西走。普通の参勤交代の大名行列ですら、差配役は非常に神経を使ったようですが、急の出立の上に、いつどこから出てくるかわからぬ般若面の襲撃を警戒しての道中は、さぞやキツいものとなるでしょう。この辺り、スタートの時点でまず十兵衛先生の作戦勝ち、という印象があります。

 と、さらにゆさぶりをかけるように、明成が宿泊予定の本陣の屋根には、鬼瓦ならぬ般若瓦が。虹七郎に睨まれた本陣の人々こそいい面の皮ですが、このくらいの犠牲(?)で明成方を焦らせればまずは作戦成功。この辺り、描かれてはいませんが、十兵衛先生は大いにニヤニヤしながら仕込んだことでありましょう。

 一方、沢庵和尚は七人の雲水を連れて旅の途中。怪しい坊主、と見ての銀四郎の誰何に、にこやかな顔を見せたのは、沢庵と四人の坊さん、これは紛れもなく男。が、残る三人があからさまに怪しい…とさらに迫る銀四郎ですが、そこに般若瓦発見の急報が届き、慌てて本陣に向かうことに。これは思わぬ追加効果でありました。

 結局、残る三人はお千絵・お笛・さくらだったわけですが(銀四郎の場合、あれだ、さくらの存在を感じ取ったに違いあるまいよ(勝手に断言))、個人的にはそんなことよりも遂に遂に沢庵七人坊主(今回はまず四人)の登場が嬉しい。沢庵和尚のお弟子さんたちであるこのお坊様たち、ビジュアル的に本当にごく普通の人たちですが、中身も本当に普通の人たち。その普通人がこの先の物語で、如何なる役割を果たすか、請うご期待、というところです。

 しかし敵方が般若瓦トラップに過剰反応してくれたから運良く切り抜けられたようなものの、確かにここでお千絵たちの存在がバレたら全ては水の泡になりかねなかったわけで、この辺り些か計画が杜撰だったような気もしますが、しかし七人坊主の存在を考えると、意外とここで戦っても銀四郎討ち取れたかもしれないなあ(微妙にネタバレチックな妄想)。

 と先がますます楽しみになったところですが、なんと、作者急病につき来週から二週間連続で休載とな!? 本当にご病気なのか…。しかも来週は「喧嘩商売」まで休載とはなあ。

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2006.09.11

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第五話 「金剛童子」

 旅を続ける獣兵衛一行の前に現れる鬼門衆の巨漢・斬馬。獣兵衛と斬馬が激闘を繰り広げている間に、つぶては宝玉を奪って逃げてしまう。その前に現れたのは、大泥棒・金剛童子を自称する少年・辰之助。一緒に役人から逃げる羽目になった二人はいつしか意気投合するのだった。が、つぶてが去った後に現れた役人が辰之助の妹に手を上げ、怒りに燃えた辰之助は両手を金剛石に変えてこれを撃退する。そこに現れた鬼門衆・愛染は彼をスカウト、つぶてから宝玉を奪わせようとする。つぶてを襲う辰之助だが、とどめをさせず、愛染に見切りをつけられてつぶて共々殺されかかるが――そこに駆けつけた獣兵衛が愛染を倒し、折ってきた斬馬も、辰之助の特攻で刃を折られ、破れ去るのだった。

 全体のストーリーからするとあってもなくてもいいエピソードですが、個人的には結構好きな話。今まで単なるお調子者キャラだったつぶてにスポットを当て(と言ってもそれほどでもないですが)、同じくお調子者のゲストキャラと絡ませることによって、殺伐としがちな本作の中では楽しいエピソードになっているかと思います。
 一見名前倒れな金剛童子の名に恥じぬ辰之助の能力もビジュアル的に面白く、特に頭を金剛石に変えてのラストのやけくそ気味の突撃は、なかなか良かったと思います。

 ちょっと残念だったのは、その他のゲスト忍者の影が薄かったことで、特に愛染は、オリジナルでも美声を披露していた関俊彦が声を当てていたにも関わらず、ほとんどギャグのような出番のなさが実にもったいない。
 もう一人の斬馬も、ほとんど話をまとめる(終わらせる)ためだけに出てきたような存在でしたが、巨大な刀を抜くのに、火薬仕掛けで豪快に鞘から射出するギミックが面白く、またその正体もちょっと意外だったので、こちらはそれなりに悪くない印象でしょうか。

 ちなみに本作始まってから初めて普通の江戸時代の町並みが出てきた気がしますが、舞台が舞台だけに登場する忍者たちも普通の人間に近いビジュアルでちょっと安心(?)しました。


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 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第三話 「邪恋慟哭」
 「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第四話 「割れた宝玉」

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2006.09.10

「服部半蔵秘録」 荒山徹の単行本未収録短編その一

 荒山徹氏には何篇か単行本に収録されていない作品があるのですが、この短編もその一つ。「金髪くノ一絶頂作戦」という近年稀にみるダメタイトルがつけられていますが、これがその実、なかなかに良くできた作品でありました。

 主人公は長崎奉行に仕える忍者・筌堂塔太郎。実は五代目服部半蔵の名を継ぐ彼ですが、家は三代目の代にお取り潰しになって以来すっかり落ち目で、細々と暮らしている状態です。と、そこに、聖母マリアの告げで服部半蔵を探して来日したというオランダ人女性ミランダが現れたことで、彼の運命は大変転することに。
 話を聞いてみれば、船乗りである恋人が海で消息を絶って以来、欠かさず神に祈りを捧げてきた彼女のもとにある日聖母マリアが現れ(いや、現れちゃったんだからしょうがない)、恋人たちが朝鮮にいること、そして彼らを救い出すためには、服部半蔵なる者の助力が必要と告げたのこと。最初は厄介ごとを持ち込んだミランダ暗殺の命を受けた塔太郎ですが、彼女の美しさに目が眩んだか、彼女に助力して朝鮮に向かうことになります。

 と、その前に彼がミランダに使ったのは、服部忍法の奥義「魂すすり」。満月の晩に独自の技で高ぶらせた女人と交わることによりその魂魄を吸引し、その魂を己の体に携行すると共に、相手の姿に変身することを可能とするこの術により、ミランダの魂を宿し、また自由にその姿に変身可能となった塔太郎が、朝鮮に住む配下(沙也可は徳川の草だった!)から聞いたのは信じられないような事実。
 かつて船が難破した末、朝鮮に流れ着いたオランダ人たちは、朝鮮が鎖国体制を引いていたが故に帰国を許されず朝鮮に抑留され、非人間的な扱いの下、死の恐怖に怯えながら露命を繋いでいたのでありました。そしてミランダの恋人たちのグループと接触した塔太郎は、彼らが日本に向い、オランダ商館に助けを求めるための船を求めるために文字通り一肌脱ぐことになります。

 好色な高官に飛騨忍法「つつさらし」(魂すすりで女人に化身して交わった男の陰茎を奪ってしまう術)を仕掛けて船を脅し取り、これで何とかオランダ人たちの命が救われたかに見えた時、立ち塞がったのは二人の妖術剣士(やっぱりここでも妖術かい! と思いきや、うち一人は「太閤呪殺陣」に登場した妖術師の縁者でした。しかもさりげなく登場するプルガサリ)。救いを眼前にしつつも起きてしまった悲劇に、そして人を人とも思わぬ朝鮮政府の非道に、塔太郎は――

 といったお話で、終盤の展開は詳しくは書きませんが、この先の熱く、そして哀しい展開は、全くもっておバカなタイトルからは想像もつかないほどで、不覚にも感動させられました。
 特に、非道な妖術剣士との対決に臨んで、塔太郎が怒りと哀しみとともに「服部半蔵、推参!」と叫ぶシーンには、こちらも感情移入しまくりで大いにテンションが上がりました。なるほど、ここで服部半蔵の名乗りを上げることにより、犠牲となったオランダ人たちに、かつて権力者に弊履の如く捨てられた過去の半蔵の姿を重ねているのね、などとわかったようなことを書くまでもなく、名シーンと断言してよいかと思います。

 その一方で、ラストに描かれるミランダと半蔵が仕掛けた、朝鮮亡国の呪いのインパクトたるや、破壊力抜群。日本と朝鮮とオランダという、あまり縁のなさそうな三国の歴史を思い起こして、まさかまさかと思っていたネタがラストに炸裂、折角いい話書いてるんだからもうちょっと考えようよと思いつつも、ああやっぱりこの人はどこまで行ってもアレなんだ…とちょっと安心したようなそうでないような。

 も一つ蛇足を承知で書けば、本作、構成や展開に強く山田風太郎の短編忍法帖の香りを感じました。ごく普通の(?)忍者がある日一風変わったトラブルシュートを命じられ、珍忍法を操って行動するうちに己自身の意志と意地で動くようになり、やがてその行動が歴史上の事件となって結実する――そんな山風忍法帖の一つのパターンに、本作はぴたりとはまっていると、まあそんな風に感じられました。
 私は単にブッ飛んだ、常識外れな時代伝奇小説を書くというだけの理由でもって、荒山氏を山風先生や他の諸氏と並べることには強い違和感を覚えますが、本作を読むと――意図していたかしていないかは別として――やはり山風先生の影響は大きかったのかな、と今更ながらに感じた次第です。


「服部半蔵秘録 金髪くノ一絶頂作戦」(荒山徹 「小説新潮」2003年5月号掲載)

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2006.09.09

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第四話 「割れた宝玉」

 野宿するしぐれのもとから宝玉を奪ったつぶて。獣兵衛はすぐにつぶてを取り押さえて宝玉を取り返すが、そこにヒルコ忍群くノ一・あざみが操る、大蛇の如き木の根が襲いかかる。木の根に巻き付かれた宝玉は二つに割れ、片方は根に持ち去られてしまうのだった。仲間の蛇男・白蝋が獣兵衛の足止めをしているうちに宝玉を持って逃れるあざみだが、そこに鬼門衆の狐火が現れ、宝玉と彼女の体を奪うのだった。その場に駆けつけた獣兵衛は狐火と対決、狐火の操る奇怪な蛾の群に苦戦しつつも狐火を一刀両断。が、既に宝玉の片割れは鬼門衆の本拠に運ばれていたのだった。

 秘宝争奪戦を描いた物語での定番展開の一つは、宝へと導くキー・アイテム(一番多いのは地図)が、二つに分かれて敵味方に分かれてしまうというものですが、この第四話はまさにそういう展開。冒頭で宝玉が二つに割れ(というか二つの玉に変化し)、それぞれの争奪戦が行われることになります。
 が、ストーリーに絡むイベントはこれだけで、後はひたすら三つ巴のバトルバトル。もっとも、ストーリーは極力シンプルにして、後は忍法合戦を集中して描くというのは、これはこれで正しい選択かと思います。

 そして今回登場するのは三人の忍者ですが、その中でもとにかく鬼門衆の狐火のキャラクターが強烈。外見的には、「キャプテン・フューチャー」のアンドロイド・オットーと、「コブラ」のクリスタルボーイを足して二で割って体内で火を燃やしたというか…要するに無毛で肌が白っぽい感じだけど透けていて、腹の辺りで青白い火が燃えているという変態ぶり。さらに声を当てているのが若本規夫なのでもう大変。
 若本氏は、オリジナルでは盲目の剣士・現夢十郎の声を当てていましたが、あちらが渋くて格好良い若本とすれば、こちらは変態の若本。いちいち無駄にリキの入った声で怪忍法を操り、久川綾あざみを犯し、獣兵衛を追いつめるという暴れぶりで、なかなか楽しめました。

 が、肝心の狐火の忍法というか能力が今ひとつ…基本的には毒鱗粉を放つ無数の蛾と、人間大の巨大な蛾を操る能力、さらに腕から無数の縄状のものを放つ能力を持つのですが、これが上記の個性的な外見とどう結びつくのかが、映像からだけではさっぱりわからない。
 例えば、同じ回に登場したヒルコ側のあざみと白蝋は、デザインモチーフに能力を暗示するものが盛り込まれており(というか白蝋はまんま蛇なので暗示もへったくれもないのですが…ここまで来るともう赤影というより変身忍者嵐の世界だなあ)、それが一つのキャラクター性ともなっているのですが、狐火の場合はそれがどうにも結びついて見えない。
 もちろん、それはそれで一つのセンスなのですが、キャラクターを構成する要素それぞれが自己主張をしてしまっているようで、座りの悪さというものを感じたのが正直なところです。


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2006.09.08

「楓の剣! 3 かげろふ人形」 江戸を駆ける二つの心

 「楓の剣!」シリーズも順調に巻を重ねて早三巻。本年初頭に開始したことを思えば、かなりのハイペースの刊行ですが、今回は楓と弥比古の間の絆が試されるお話。

 今日も今日とて江戸の町を駆け巡るじゃじゃ馬・榊原楓と幼馴染みの筒井弥比古が出会ったのは、熊野から出てきたという美しい女性・帰蝶。実はこの女性、二人の幼なじみである菓子屋の若旦那・嘉一の祖母で、嘉一の花嫁探しに江戸に出てきたということですが、どうもその行動は怪しい。
 折しも江戸では、現場に犬張子が残された神隠しと、獣めいた傷跡の殺人事件が続発、この手の事件に目がない楓と弥比古はさっそく調査を開始しますが、それでも止まぬ怪事件。更に、江戸で話題の人形使い・陽炎座の絶世の美形・紫狼が楓に接近してきて…

 というわけで、奇怪な事件の謎解きと平行して描かれるのは、実にまあ微笑ましいというか可愛らしいというか憎たらしいというかなツンデレバカップルの行方。
 正直、武家の子女が町中でこんなことをしていていいんじゃろか…と、ちょっとだけ残っている私の中の真面目な時代小説ファンの部分が思わないでもないですが、例えば作者も愛好されているという「暴れん坊将軍」のような痛快娯楽時代劇として考えれば、こういうのもOKでしょう(そういう意味では、本シリーズはまさしく良い意味の「パラレルお江戸」を舞台としていると言えるのだな、と今頃気づいた次第)。

 が、本作の後半で描かれるのは、そんな二人の間に、そんな二人の間だからこそ生まれた気持ちの小さなすれ違いが呼ぶ悲劇。邪な術の媒介があったとはいえ、片方が片方の前から姿を消し、さらには互いに刃を向ける羽目にまでなるとは…
 この辺り、前半で、いやこれまでのシリーズで、これでもか! とばかりに二人のじゃれあいが描かれていることにより、より一層切なさ、やりきれなさが感じられるのは、うまい構成だな、と素直に思いました。

 また、終盤に描かれる神隠しの「犠牲者」の姿もいい具合にホラータッチで、なかなかに気持ち悪く恐ろしく書けていたと思いますが、それがまた同時に、あくまでも現実の中で、二人ぶつかったりひっついたりしながら生き抜いていこうという主人公カップルとの対比になっているのかなと、感心した次第(…と思ったけどよく見てみたら結構あきらめ早かったですね、この二人も)。

 まあ、この二人が真に結ばれる日は当分先だと思いますが、そんなことになったらそれはシリーズが終わるときでありましょう。私なりのこのシリーズの楽しみ方もわかってきたことですし、二人にゃ悪いですが、当分このまま、二人仲良く江戸の町を駆け巡って、仲良く事件に首を突っ込んでいて欲しいものです。


 しかし…本作の「敵」の正体がわかってからもう一度その登場シーンを読み返してみると、一体彼が何を考えて日常を暮らしていたのか、ちょっと考えさせられましたよ。


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2006.09.07

「コウヤの伝説 3 みちびきの玉」 心を合わせ、力を合わせ

 鎌倉幕府滅亡の動乱期を舞台とした時代ファンタジーの最新刊が刊行されました。今回は異世界コウヤの四神が一・朱雀を救うため、四人の少年少女が冒険行を繰り広げることとなります。

 前の巻で四神・白虎を助け出した一行。しかし帝の命の下、コウヤの、四神の力を狙う怪人バサラ一味の暗躍は続きます。強大な力を持つ四神ですが、バサラの妖力もまた強力、朱雀は地に墜ち、また、四神を封じる玉を持つ皇子・いぶきも、一行からはぐれた上にバサラに声を封じられ、窮地に陥ります。
 一方、いぶきと朱雀を探す吾郎・みさ可・きじゅ丸も、暴走する朱雀の力に翻弄されて悪戦苦闘。更に、北条宗家の生き残りという自らの立場を受け入れようとしないきじゅ丸に、みさ可のいらだちは募り、三人のチームワークも怪しい状態に…果たしてこの状況下で、少年少女たちは朱雀を救い、生き残ることができるか!? という趣向であります。

 これまでもその要素はありましたが、この第三巻で特に焦点となっているのは、人と人とのコミュニケーション(不全)ではないかと感じます。いぶきは声を封じられ、本来同じ側に立つはずのきじゅ丸とみさ可は、想いのすれ違いから険悪なムードとなり――
 それぞれに優れた力を持つものの、肉体的にはまだ幼い彼らが、持てる力をフルに発揮し、異世界で生きていくには、それぞれの思いを重ね、力を合わせていくしかありません(この辺り、きじゅ丸・みさ可・吾郎が、三人の力を思いを一つにすることによりコウヤを統べる金色の竜を呼び出すことができる点に最もよく表れていると申せましょう)。

 そんな彼らにとって、己の意志を伝えられない、互いの意志がすれ違いぶつかり合う状態は、一見ささいなことのようでいて、命にも関わりかねないピンチということになります。
 その状況を救うのが、吾郎のいかにも子供らしいおおらかさ、拘りのなさというのは、安直と言えば言えなくもないですが、大人たちでは難しいことも、子供の素直な心でもって乗り越えることができるというのは、それはそれで一つの真理でありますし、児童文学として全く正しい態度であるかと思います。

 もちろん、子供とはいえそれぞれに背負うものがあるわけで、本作で言えばきじゅ丸は北条高時の子で帝の一門を斬るための妖刀を持ち、みさ可は北条家に仕える武家の娘で一族を幕府滅亡の折りに失い、そしていぶきは彼らと対する立場にある後醍醐帝の皇子であり――唯一、農民の子である吾郎のみがそのようなしがらみと無縁に見えますが、彼もまた、幼い弟を抱えて、必死に生きようとしています。そんな、ある意味この時代の人々・勢力の縮図とも言える少年少女が、互いの立場の違いを乗り越えつつ、力と心を合わせて一つの目的に向かう姿は、見ていて気持ちの良いものであると同時に、異世界を舞台としつつも、本作を時代ものたらしめているように感じられます。

 残る四神は二体(ちなみに本作、四神の能力・性質といったものに他の作品とは異なるものを用意しているのには大いに感心しました)、果たして次には如何なる冒険が待ち受けておりますか、半年近く間隔が開いてしまうのだけは残念ですが、楽しみに待つこととしましょう。


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2006.09.06

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第三話 「邪恋慟哭」

 柳生の里に向かうこととなったしぐれ一行だが、濁庵は腕利きの用心棒として獣兵衛を探す。その獣兵衛もまた、厄介事ばかり引き寄せる宝玉を早く渡してしまおうとしぐれを探していた。と、しぐれ一行に襲いかかる鬼門衆・邪視。その場に駆けつけた獣兵衛は邪視と対決、しぐれたちを逃がすが、その前に、ヒルコ忍群の射千玉を退けた鬼門衆の女・煉獄が立ち塞がる。奇怪な幻覚を見せる邪視の技に苦戦する獣兵衛だが、術を見切って逆転。邪視の姉であった煉獄が動揺する間に、獣兵衛ら一行は先を急ぐのだった。

 早くも合流した獣兵衛としぐれ一行。宝玉もしぐれに渡して、はい獣兵衛お役御免、とは当然ならないわけですがそれはまあ先の話。
 今回登場した敵忍者・邪視はなかなかの強敵。これまで圧倒的な強さで一撃必殺だった獣兵衛と真っ正面からチャンチャンバラバラ演じ、一度は獣兵衛をダウンさせます。このチャンバラシーン、日本刀の描写がいまいちヤバい所もありましたが、シルエットで剣戟を見せるなどして、なかなかいい感じに仕上がっていたかと思います。
 が、一度は獣兵衛を破ったこの邪視の瞳術を、二度目の対決で獣兵衛がどうやって破ったのかがわかりにくかったのが残念――というかこれはマズい気が。トリッキーな技を操る相手を、正当派の(敵に比べれば)剣術体術で如何に倒すか、というのが醍醐味かと思うのですが…

 一方、濁庵はなかなか「らしい」活躍。前回も戦力的には反則クラスのカラクリ戦車をあっさりと罠にはめて倒しましたが、今回も空蝉の術&豪快な火術で、煉獄を爆破…とまではいきませんが、ヒルコ・鬼門はもちろんのこと、獣兵衛ともまた異なる忍者の戦い方を見せてくれていて好感が持てます。

 さて、大きなストーリーとして見ていてそろそろ気になってきたのは、ヒルコと鬼門の忍法の切り分けが今ひとつ不明確なこと。いや、例えば「甲賀忍法帖」で伊賀と甲賀の忍法が、人目でどちらかとわかるくらい区別されていたかと言えばもちろんNoなのですが、様々な勢力が入り乱れる本作においては、その辺りはきっちり色分けしておく必要はあったのではないかな、と今更ながらに感じます。
 もちろん、ここまでの描写だと鬼門はカラクリ系、ヒルコはミュータント・バイオ系と何となくわかるのですが、第一話に登場した鬼門のうぶめはどう見てもバイオ系でしたしね。
 まあ、区別があまりはっきりしていない理由はなくもないわけですが…


 …あ、どの辺りが「邪恋慟哭」だったんだろう。ラストの煉獄の慟哭のこと、なのでしょうけれども――


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2006.09.05

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 敵も味方も性格悪し?

 さて一週おいた今週の「Y十M 柳生忍法帖」、内容的にはほとんど江戸編のエピローグ&中編のプロローグという、中継ぎ状態のお話なのでなかなか感想を書きにくいものがあります。
 とりあえず展開としては、沢庵から十兵衛に対して、明成の国入りが語られ、十兵衛はこれを追撃することを決意。さらに、沢庵様まで同行すると言い出します。一方丈之進の猟奇惨殺死体に騒然となった加藤屋敷では、そのまま会津に向けて大名行列が出発することとなります。どちらにとっても命懸けの道中双六のはじまりはじまり――といったところでしょうか。

 基本的に会話のみで淡々とストーリーが展開していくので、上記の通り感想は書きにくいのですが、印象に残ったのは敵味方の(いい意味での)性格の悪さでした。会津に事実上逃走する明成一派を追いかけて追いつめてやろうとニヤニヤしている十兵衛。そして丈之進の生首を会津土産にするかと明成にタチの悪い嫌みを言う銀四郎。どちらもイジメられるのは明成で、自業自得とはいえ、ちょっとだけ同情…しないか、やっぱり。
 しかし十兵衛先生、この時点では、その後の会津での血で血を洗う一大攻防戦など流石に予想していなかったんだろうなあ…

 細かいところでは、明成方の口に上る形で久々に芦名銅伯が登場。本格登場はまだ先ですが、さて、どのような登場シーンとなりますか、今から期待。
 また、妙にインパクトがあったのは、丈之進の生首を前に、大仰なアクションで問いかける鷲ノ巣廉助さんの姿。いやもう大の男が暑苦しいことこの上ないのですが、(いい加減しつこくて申し訳ありませんが)、この辺りの動きと科白回し、橋本じゅんさんが演じている姿を思い浮かべると、もう…

 最後に一つ、今週で遂に忠犬天丸も天に召されました。主人が主人だったおかげで色々と大変だったかと思いますが、君が主人よりも役に立ったのは読者みんなが知っている。以て瞑すべし。

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2006.09.04

「秋霜の撃 勘定吟味役異聞」 貫く正義の意志

 勘定吟味役にして一放流の達人・水城聡四郎の活躍を描く経済伝奇時代剣豪小説シリーズの第三弾は、徳川六代将軍・家宣の死に始まる権力争いの闇を描いた内容となっています。

 家宣が亡くなり、後ろ盾を無くしたかに見えた新井白石は、七代将軍・家継の傅育係・間部越前守と手を結び保身を図りつつも、越前守の失脚を狙います。
 その手段として目を付けたのは、家宣の墓所決定の経緯。墓所が早々に増上寺と定められた経緯に疑念を抱いた白石は、聡四郎に調査を命令、困難な探索に手を焼く聡四郎ですが、更に彼を尾張藩士たちが執拗に襲撃します。
 白石、間部越前守、尾張藩、紀伊藩、そして失脚したはずのあの巨魁…次代の権力を巡る暗闘に巻き込まれた聡四郎の運命や如何に!?

 …という趣向の本書ですが、とにかく強く印象に残るのは聡四郎の苦闘ぶり。元々上田作品の主人公は、権力という名の虎の尾を踏みに行く男たちばかりですが、その中でも群を抜いて厳しい立場にあるように思えます。
 何せ上司である白石は、己の理想に燃える権力亡者というべき一番厄介なタイプの人物で、しかもその権力は落ち目という状態。ただでさえ同僚から白眼視されてきた聡四郎は、なお一層孤立する羽目となりますが、焦る白石からのプレッシャーも強まる一方。
 そして敵に回すのは紀国屋文左衛門や柳沢吉保といった大物揃い、そこに更に御三家筆頭の尾張藩まで加わり、四面楚歌という言葉も生ぬるいほどであります。

 そんな苦境にあっても、彼がまっすぐに立って闘い続けることができるのは、彼が、自分が信じる正義のために闘っているという強い信念を持ち、更にその彼の想いを諒として力を貸し、共に闘おうという仲間たちがあってこそ。
 このようなヒーロー設定も、上田作品には共通であるのですが、しかし、先に述べたとおり、主人公が苦境にあればあるほど、主人公の正義の意志と、それを支える仲間たちの心意気が、気高く、そしてまた痛快に感じられるのです。
 
 そしてその正義の意志は、遂に本作では、我欲に走り始めた上司である白石に対しても向けられることになります。それがこの先、さらなる苦境へと聡四郎を追い込むことは容易に想像がつきますが、しかし、世間知らずの部屋住みの若者だった主人公が、世間の裏表をつぶさに眺めることによりここまで成長したかと、シリーズの読者としてはハラハラしつつも、ニヤリとしたい気分です。

 内容的には、一つの疑惑を解き明かしつつも、まだ謎は多く、さらに聡四郎にとって師の代からの宿敵(これがまたなかなか通好みの流派)までもが登場、シリーズとしての興趣も満点な本作、次の巻が今から楽しみです。


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2006.09.03

「侘びの時空」 時空を超える「真理」

 つい先日短編集「東山殿御庭」が刊行された朝松健氏の室町伝奇「ぬばたま一休」シリーズですが、まだ単行本にまとめられていない名品も存在します。異形コレクション「教室」に収録された、この「侘びの時空」もその一つであります。

 物語は、一休が五十代の頃、世俗に染まった兄弟子らを大道で痛罵していた一休が、茂吉という若者と出会うところから始まります。都に知られた文化人である能阿弥の下で茶の道を学ぶ彼は、ある茶席で、不思議な茶碗に出会います。それに魅入られた者は、耐えようもない哀しみに襲われるというその高麗茶碗に強く惹かれた茂吉は、更にその中の茶に浮かぶ絶世の美女の姿を見たのでした。
 以来、その美女の俤が片時も忘れられなくなってしまったために、それを祓うことのできる者を探してさまよっていたという茂吉に、一休はもう一度茶碗で茶を点ててみることを提案します。かくて茂吉は、一休の「茶庵」であり「道場」であり「学校」である尸陀寺を訪れた茂吉がそこで見たものは…というのがあらすじであります。

 茶碗の中に浮かぶ者の顔ごと飲み干した男が、その顔に憑かれるというのは、小泉八雲の「茶碗の中」(の原話)をモチーフとしているかと思いますが、もちろんその前後の物語は実に独創的で、印象的なもの。

 茶碗の中の顔に憑かれた茂吉が、一休の導きで出会ったもの、手にしたものは、まさしく時空を超えた一瞬の中の永遠の恋。それは儚い幻のようなものでありながらも、しかし、いやそれだからこそ深くいつまでも心の中に存在し続けるものであり、決して形や状態に縛られたものではないと茂吉が悟るシーンは、何とも清々しく、爽やかに心に残ります。
 そして、その経験を経た茂吉が後に遺したある偉大な美の概念の名を聞けば、その概念の神髄が奈辺にあるのか、些かなりとも理解できた気持ちになりました。
 それと同時に、本編をもう一度読み返してみれば、冒頭の一休の皮肉・憤りからして、全てがこの「真理」につながるものと感じられ、その隙のない構成に感心した次第。

 正直なところ、「教室」というテーマで語るには少々苦しい(より適切なテーマがある)ようにも感じられましたが、そんな表面的なところに拘っている限りは、「真理」に達することはできないのでありましょう。
 単行本に収録されるのが待ち遠しい佳品であります。

 なお、本作の一休は、これまでの作品で描かれたのとはまた異なる年代。いい意味で困ったオヤジ状態全開で、若い頃の青臭さは抜け、かといって老成して落ち着いたわけでもなく、徹底的にひねくれながらも実に熱く頼りになる存在として描かれており、なるほど、これもまた朝松一休の姿だわいと感心いたしました。


「侘びの時空」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 教室」所収) Amazon bk1

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「朝松健作家デビュー20周年記念」オフ怪に行ってきました

 昨晩は朝松健先生のデビュー二十周年記念のオフ怪でした。オフ怪もしばらくご無沙汰していたのすが、終始楽しいムードの会でありました。
 何気に業界の方も多い会で、えとう乱星先生、ひかわ玲子先生、松殿理央先生、立原透耶先生、笹川吉晴先生などもいらしておりました。えとう先生には数年前にお宅に遊びに行って以来、久しぶりにお会いしましたが、大変元気そうで何よりでありました。「禁裏御みあし帖」に登場した西郷機関のアイディア元などうかがうことができてラッキーでした。
 朝松先生は、最初は「作家生活はあと五年頑張ればもういいです」などとおっしゃってましたが、最後には「あと十二年は頑張ります」とのこと。十二年と言わず、まだまだこれからも伝奇時代小説に、ホラーに、ジュヴナイルに頑張っていただきたいと心から思います。
 ちなみに今回はmixiを中心に集まったのですが、mixiでの名前が表(?)の名前と違う方もいて、驚かされることもありました。一次会で斜め前に座った方が、どこかで見た方だなあ…と思っていたら笹川先生だったりとか。これはこれで愉快でしたが。

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2006.09.02

「獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇」第二話 「旅立ち」

 狼牙の首にかけた術により、宝玉が獣兵衛に託されたことを知った鬼門衆の頭領・無風は、猫目ら三人の忍者を獣兵衛に向かわせる。その獣兵衛は宝玉を渡すべく、光の巫女、実はしぐれを探していたが、彼女は里の壊滅のショックから一人あてどもなく彷徨っていた。山中で出会った小狡い若者・つぶて共々野武士の群れに襲われたしぐれは、謎の雲水・濁庵に救われるが、そこに里を襲ったカラクリ戦車が再び襲いかかる。その頃、獣兵衛は廃墟と化した宿場町で猫目らの襲撃を受けるがこれを一蹴。濁庵たちも地形を活かした策でカラクリ戦車を自滅させる。そして、里に何かあった際には柳生に行けという言葉を思い出したしぐれは、濁庵らと共に旅に出るのだった。

 「獣兵衛忍風帖<龍宝玉篇>」の不定期紹介・第二話。第一話と合わせてキャラクター・基本設定の紹介篇と言うべきエピソードであり、ここでレギュラーキャラクターがほぼ出揃うことになります。
 宝玉を渡すために光の巫女を探す獣兵衛(口では色々言いつつも、死に行く男から託された物を無碍に出来ないというのが、お約束とはいえ良い感じ)に、柳生の里に向かうこととなるしぐれと、その同行者としてつぶてと、数少ないオリジナルからの登場人物である濁庵。宝玉を奪還し、光の巫女を守ろうとするヒルコ忍群に、その両者が合わさることにより判明するヒルコの財宝を狙う鬼門衆。
 これから先、三つ巴、四つ巴になりつつ冒険の旅を繰り広げていくこととなる各勢力の登場と、そのそれぞれの目的の提示が、第二話の段階で比較的分かり易い形で描き出されるのは、登場人物が多様に、そして物語が複雑に展開していくことの多い伝奇ものとしては、全十三回という比較的短期のシリーズとしてある意味当然とはいえ、ありがたいことではあります。

 と、わかったようなことを書いてみたものの、ストーリー的には相当シンプルなので、あとはあんまり語ることもなくて――
 基本的には毎回登場する、非っ常に個性的なビジュアルと能力を持った怪忍者について触れようかと思ったのですが、この第二話ではかなりあっさりと獣兵衛が倒してしまうのでちょっと印象が薄かったですしねえ(ヒルコ側の三人のうちの一人、シビトのビジュアルはあり得ないくらい気持ち悪くてインパクトあるのですが、飛ばしすぎてちょっとなあ…ですし、あり得ないくらい弱かったのが困る)。第一話での、ほとんどTV版の「仮面の忍者赤影」的な暴れぶりが印象的だったカラクリ戦車も、チョコチョコとしたカラクリギミックは面白かったものの、これまたあっさりと倒されてしまったのが残念でありました。

 しかし、番組放映時の公式サイトを保存していなかったのが悔やまれる…


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2006.09.01

「白狐魔記 蒙古の波」 狐が見つめる人間の、武士の姿

 人に変化する術を身につけた狐・白狐魔丸から見た人間の歴史を描く「白狐魔記」の第二巻は、源平合戦の時代を描いた前作からだいぶ時は流れて文永・弘安期――すなわち元寇を背景としています。

 人間の力で活動したためか、深い眠りに襲われた白狐魔丸が目覚めてみれば時は文永の頃。京に出た白狐魔丸は、そこで六波羅探題南方の北条時輔の郎党・小平太と知り合い、時輔の食客となります。が、時輔は弟・時宗に攻められて小平太も戦死。彼の死を看取った白狐魔丸は、絵を好んだ小平太の友人である竹崎季長という武士を探す旅に出ることとなります。
 ようやく九州で季長を探し当てた白狐魔丸ですが、時はまさに元の来襲寸前。白狐魔丸は、不思議な人間味を見せる季長を守って力を発揮し、白狐魔丸の師である仙人が起こした神風により元も撃退されます。
 それから月日は流れ、白駒山に戻って修行に励む白狐魔丸の前に現れたのは、モンゴルからやって来た妖狼ブルテ・チョノ。白狐魔丸同様人に変じる力を持つ彼は、何故か白狐魔丸のことを昔から知っており、白狐魔丸に見せるものがあると告げます。彼の言葉に興味を覚えた白狐魔丸が、博多に侵攻してきた元の船で見たものは、元の日本侵略の真の目的…

 というストーリーの本作、白狐魔丸から見た人間の、なかんづく武士の姿を描くと同時に、謎の妖狼ブルテ・チョノという、白狐魔丸とある意味同様の存在との出会いと対決、そしてその中で明かされる元の――国祖チンギス・ハンの頃から企図されていたという日本侵略の目的といった、伝奇エンターテイメントとしての要素も色濃くあって、本作の対象年齢からだいぶ上の私でも楽しむことができました。

 正直なところ、眠りについて目覚めてみたら85年後、という展開は工エエェェ(;´Д` )ェェエエ工という印象ですし、白狐魔丸の武士に対する思いも非常に一方的に見えてしまうのですが、前者は長いタイムスパンの長編連作シリーズとして成立させるために仕方ない措置かと思いますし、後者は、まあ文字通り人間経験の浅い狐君のことだからまあいいか、と勝手に納得。

 そんな細かい(?)ところよりも、本作で楽しむべきは上記の伝奇的趣向と、もう一つ、白狐魔丸の友人となる人間の武士・竹崎季長のキャラクターでしょう。歴史に興味のある方であればニヤリとするであろうこの人物、史実では二度に渡る元寇に対し最前線で活躍した武士であり、また歴史の教科書にも載っている「蒙古襲来絵詞」を遺した方でありますが、本作での描かれ方はそれを踏まえたユニークなものとなっています。
 絵を描くことを愛し、その絵を通じて知り合った友・小平太の非業の死には涙を流して悲しむ。その一方で、元の侵攻に対しては、自分の領地獲得のために戦い、目立ちまくって手柄をあげてみせると息巻く、喜怒哀楽の豊かな、まさしく人間くさいキャラクターとして描かれており、白狐魔丸ならずとも好感を覚えます。
 彼のあまり武士らしくないメンタリティーは、己の主義主張で人を殺し、殺される武士嫌いの白狐魔丸にとっては非常に不思議なものであり、白狐魔丸の人間観・武士観に――すなわち「白狐魔記」という物語のテーマに――影響を与える存在であると同時に、そんな人間くさい動機とは正反対の、冷徹で一種機械的とすら言えるブルテ・チョノ(とその背後にいた人物)の行動原理と対比して描かれたものと言えるのでしょう。

 何はともあれ、再び深い眠りについた白狐魔丸。シリーズ第三巻は南北朝時代、そしてつい最近刊行された第四巻では織田信長の時代と、次々と戦乱の時代を目撃していくようですが、その中で白狐魔丸が、人間という存在、人間の作る歴史をどのように見つめていくのか、私も引き続き目撃させてもらおうと思います。


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