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2006.09.25

舞台「魔界転生」 死者の転生と生者の再生の物語

 新橋演舞場で上演されている「魔界転生」を観てきました。原作は言うまでもなく山田風太郎先生の名作長編ですが、その原作と、そして(原作とは相当異なるものの)深作欣二監督の劇場版のイメージがあまりにも大きいことから、新たな作品に求められるハードルが非常に高くなっているこの「魔界転生」という作品。行く前にネットで既にご覧になった方の感想を読んでもあまり芳しいものが無く――これは普段時代劇をご覧にならない、あるいは原作をご存じない方も多かったためもあるようですが――正直なところ、かなり不安だったのですが…結構、いやかなり面白く観ることができました。

 まず驚いたのは、原作をかなりの部分で再現していたところ。これまでこれまでをドラマ化した場合は、原作が長大なこともあって、かなりアレンジした、特にチャンバラ部分を強調したものがほとんどでしたが、この舞台では、原作にあった頭脳ゲーム的部分のかなりを残しており、また十兵衛の闘いも、紀州藩を潰すことなく(そして自分の父が魔界衆に加わっていることを表沙汰にすることなく)魔界衆を滅ぼし、頼宣公の暴挙を止める、という「ゲームのルール」を押さえたものとなっておりました。
 それと同時に、十兵衛のキャラクターも原作により近づいたものに。これまでの十兵衛は、深作版の千葉十兵衛の印象が余りに強いため、「神に会うては神を斬り、魔物に会うては魔物を斬る」阿修羅のようなキャラクターとしての印象が強かったように思いますが、こちらでは飄々として基本的に陽性の人物であり、また時にトリックや頭脳プレイで巨大な敵に立ち向かうキャラクターとして描かれています。
 中村橋之助が十兵衛を演じることに、違和感がないでもなかったですが、なるほど、このような人物造形であれば問題ないわいと感じました。

 もちろん、原作を再現といっても、三時間弱の舞台では当然限界があり、魔界衆からは田宮坊太郎・柳生如雲斎がオミットされ(ちなみにこの二人、オミットされることでは双璧。この辺り、現代における剣豪キャラクター像の確立や、物語上のキャラ演出の観点から非常に興味深いのですがこれはまたいずれ)、紀州三人娘は一人に、そして柳生十人衆は柳生七人衆になっていましたが、これは全くやむを得ないことでしょう。
 と、全くもって拾いものだったのが柳生七人衆。この舞台の陰の主役は彼らと言ってもいいのではないかと思います。原作では、ある意味山風作品定番の「命を的にヒロインを救い、主人公を助ける」である彼らですが、そのような位置づけはそのままに、原作以上のコメディリリーフとして大活躍。中盤まではコミカルなシーンがかなりの程度で入っているこの舞台ですが、そこではもう水を得た魚のような暴れっぷりで――しかしそれだからこそ彼らが散っていくシーンは実に哀しく響くものがあります(クララお品の髪に惹かれていた七人衆の一人が、そのお品の髪を使った天草四郎の忍法髪切丸に斃されるという演出には感心)。
 最高に面白かったのは、第三幕冒頭の地図解説。なんとそれまでに死んだ七人衆のうち二人が幽霊になって(!)紀伊半島の地図を見せながら物語の動きを解説するという、真面目な原作ファンが激怒するかもしれないようなシーンでしたが、これが実に面白かった。意外に地理的な移動が大きな要素となっている物語だけに、これからクライマックスに入ろうという時に大きく地図を見せながらのこれまでのまとめ&これからの前フリが入るのは実にありがたいのです。そしてこの舞台でそんな役を果たせるのは、確かに七人衆のみ。これは意表を突かれましたが良いアイディアだったと思います。

 そして、主役といえばこの舞台のもう一人の主役、天草四郎役の成宮寛貴。正直なところ、途中までは、あまりにも「狂気で歪んだ美形」という型にはめられすぎた人物造形で、ちょっともったいないな、もう少し演じようがあるのでは…という感じだったのですが、クライマックスで武蔵に裏切られ(この辺り、原作での森宗意軒の位置づけ)、事敗れて全てを失い狂乱するシーンで印象が一変。
 おそらくは彼の目だけに映る島原の乱で亡くなった死者たちの姿に、そして生前の彼らと過ごした記憶に苦しみ、もがき、泣き叫ぶ姿は、それまで天使の(あるいは悪魔の)仮面の下に押し隠していたものが一気に吹き出したといったところで、それまでの型にはめられたキャラクターは、ここから逆算してのものだったのか!? と驚かされました(ちなみに中盤、由比正雪に星占いで死の時期を告げた後、ではお前はいつ死ぬのだと正雪に聞かれて「何度占っても既に島原の乱の時に死んでおる…」というような言葉を返すシーンがあるのですが、それもこの辺りにつながってくるのでしょう)。
 そしてその彼の心を救い、真に死なしめることを可能としたのが、「俺が全てを背負う」という彼への十兵衛の言葉だったというのは、非常にベタではありますが、しかしこの狂乱の演技を観た上では、素直に受け容れることができます。

 そして、このような展開を受けて迎えたラストシーン、十兵衛が一人飄然と去っていく場面の、その表情がまた非常に印象に残ります。原作のラストが(少々ネタバレになりますが)虚無と死の影の色濃く十兵衛が去っていくのに対し、この舞台では十兵衛はどこか吹っ切れたような、むしろ晴れ晴れとした表情で天を仰いで去っていきます。
 原作を知っている人であれば、あるいは許せない改変ともとられかねないラストですが、しかしこの舞台で言えば、将軍家指南役を解任され(あー、考えてみれば十兵衛対武蔵は、共に将軍家指南役という権威から見放されたという共通点があるわけですね)、正木坂の道場で無為に過ごしていた十兵衛が、柳生七人衆やお品、そして父・宗矩と天草四郎の死と直面することで、彼らの命を背負い、せめて十兵衛自身が悔いの無きよう、胸を張って生きていくことを己に誓った、ということなのではなのでしょう。
 いわば、この舞台は十兵衛自身の再生の物語でもあったかと感じた次第。

 ――と色々とほめましたが、どうにも残念であったのが立ち回りの部分。十兵衛対根来忍者、七人衆対根来忍者といった(失礼な表現かもしれませんが)ザコ戦ではそれなりのものを見せてくれているのですが、これが十兵衛対魔界衆になると、俄然、動きが大人しくなってしまうのは、これは本当にどうにかしていただきたかったところ。
 まあ、達人対達人の勝負は紙一重で決まる、などと言えないこともないのですが、映画や漫画のように魔界衆の怪物ぶりをビジュアルでダイレクトに示しにくい、舞台という媒体にあっては、やはりチャンバラの中にあってこそ魔界衆のキャラクターがアピールできるはず。そこが薄味になってしまったのは、かなり痛い(魔界衆はベテランが演じていたためかなあと失礼なことも考えましたが、明らかに動ける方もいたのでこれはもう演出の方の問題でしょう)。物語の上では原作をかなり再現していただけに、特に残念に感じられたところです。

 不満点と言えばも一つ、これを書かないのはあまり不自然なのでやはり書きますが、新感線を意識しすぎというか、新感線っぽすぎやしないかなあ…というのは、これァもう新感線の芝居も観ている人ほぼ全員の共通認識ではないかと思います。イマ風に時代劇を舞台でやるとどうしてもああなってしまう、というのはある意味仕方のないお話ではあるのですが…(ちなみにメインテーマがどっかで聞いたことある曲なんですが、気のせいか私の知識不足か)

 ――などと、突っ込みどころや穴は色々あったのですが、先に述べたとおり、光る部分も多々あった、いや光る部分の方が遙かに多かったこの舞台。「魔界転生」という作品を、スタッフ・キャストが自分たちなりに咀嚼し、一つの形として構成してみせたというのは、賞賛すべきことではないかと思います。個人的には「……ようやった!」という気分です。

 最後に一つ。この舞台では、イヤホンガイドが用意されていたのが面白いところ。普段であれば歌舞伎等の古典芸能の際に使用されるイヤホンガイド、この舞台でどのように使われるのか話の種にと借りてみました。すると内容は、基本的には舞台の台詞で解説されていない歴史上の固有名詞や、登場人物の心理の「行間を読む」類の部分等の解説で、私個人にはあまり必要なかったな、というところでしたが、普段日本史や時代劇に親しみのない方も多く来るであろうこと、また「魔界転生」の原作自体が、実は相当のパロディで構成されており、その辺りを把握していればより一層楽しめることを考えると、それなりに意義のあるものだったと思います。
 また、このイヤホンガイドでは休憩時間に、キャストへのインタビューやコメント、キャストによる観劇上の注意事項等が流されて、こちらは非常に楽しい試みで大歓迎でありました。

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コメント

坊太郎おもしろいキャラクターなんですけど、100%に近い確率でなかったことにされますよねえ(´・ω・`)

投稿: 伯爵 | 2006.09.29 19:19

坊太郎は本当に現代人には馴染みがないですからね…

が、まだ若くして亡くなった美青年という属性があるのでよいです(主役の漫画もありますし)。
一番悲惨なのは如雲斎ですね。登場する方が限りなく珍しいという(´・ω・`)

投稿: 三田主水 | 2006.09.30 19:26

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