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2006.09.03

「侘びの時空」 時空を超える「真理」

 つい先日短編集「東山殿御庭」が刊行された朝松健氏の室町伝奇「ぬばたま一休」シリーズですが、まだ単行本にまとめられていない名品も存在します。異形コレクション「教室」に収録された、この「侘びの時空」もその一つであります。

 物語は、一休が五十代の頃、世俗に染まった兄弟子らを大道で痛罵していた一休が、茂吉という若者と出会うところから始まります。都に知られた文化人である能阿弥の下で茶の道を学ぶ彼は、ある茶席で、不思議な茶碗に出会います。それに魅入られた者は、耐えようもない哀しみに襲われるというその高麗茶碗に強く惹かれた茂吉は、更にその中の茶に浮かぶ絶世の美女の姿を見たのでした。
 以来、その美女の俤が片時も忘れられなくなってしまったために、それを祓うことのできる者を探してさまよっていたという茂吉に、一休はもう一度茶碗で茶を点ててみることを提案します。かくて茂吉は、一休の「茶庵」であり「道場」であり「学校」である尸陀寺を訪れた茂吉がそこで見たものは…というのがあらすじであります。

 茶碗の中に浮かぶ者の顔ごと飲み干した男が、その顔に憑かれるというのは、小泉八雲の「茶碗の中」(の原話)をモチーフとしているかと思いますが、もちろんその前後の物語は実に独創的で、印象的なもの。

 茶碗の中の顔に憑かれた茂吉が、一休の導きで出会ったもの、手にしたものは、まさしく時空を超えた一瞬の中の永遠の恋。それは儚い幻のようなものでありながらも、しかし、いやそれだからこそ深くいつまでも心の中に存在し続けるものであり、決して形や状態に縛られたものではないと茂吉が悟るシーンは、何とも清々しく、爽やかに心に残ります。
 そして、その経験を経た茂吉が後に遺したある偉大な美の概念の名を聞けば、その概念の神髄が奈辺にあるのか、些かなりとも理解できた気持ちになりました。
 それと同時に、本編をもう一度読み返してみれば、冒頭の一休の皮肉・憤りからして、全てがこの「真理」につながるものと感じられ、その隙のない構成に感心した次第。

 正直なところ、「教室」というテーマで語るには少々苦しい(より適切なテーマがある)ようにも感じられましたが、そんな表面的なところに拘っている限りは、「真理」に達することはできないのでありましょう。
 単行本に収録されるのが待ち遠しい佳品であります。

 なお、本作の一休は、これまでの作品で描かれたのとはまた異なる年代。いい意味で困ったオヤジ状態全開で、若い頃の青臭さは抜け、かといって老成して落ち着いたわけでもなく、徹底的にひねくれながらも実に熱く頼りになる存在として描かれており、なるほど、これもまた朝松一休の姿だわいと感心いたしました。


「侘びの時空」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 教室」所収) Amazon bk1

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