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2006.09.13

「密書「しのぶもじずり」」 荒山徹の単行本未収録短編その二

 荒山徹の未収録短編その二である本作は、日朝の文化交流を背景としたハングル文字誕生秘話が、一転してあの伝説の剣豪の決闘譚に繋がるという、色々な意味で荒山イズムに満ち満ちた作品です。

 前半で描かれるのは、室町時代中期に来日した朝鮮の優れた文臣であり文化人であった申叔舟の物語(「――実は、申叔舟は日本に来たことがある」という一文を目にしただけで吹きそうになりましたが、残念ながらこれは間違いなく史実)。通信使として京を訪れ、公卿・清原業忠と肝胆相照らす仲となった申叔舟が業忠の屋敷で目にしたのは、朝鮮の宮廷の蔵書も及ばぬほど大量の書物。
 しかし、それまで日本を文化的後進国とみなしていた認識を一転改めた申叔舟を、真に驚嘆させたのは、国民文字であるかな文字の存在。一般民衆の間に芳醇な文化を誕生させしめたかな文字に感動した彼は、朝鮮においても、特権階級だけのものではない、国民文字の成立を志すことになります。
 そして帰国した彼が、後に生み出したのは、訓民正音、すなわち後のハングル文字。日朝の美しい文化交流が生んだ(と、荒山先生は本作で言っているんですが、例によって眉に唾つけておくように)この国民文字は、残念ながら両班たちには受け入れられず、長きにわたって不遇をかこつことになります。これを嘆いた申叔舟は、業忠に一通の書を送るのでありました。
「からくにの しのぶもじずり 誰ゆゑに 生まれそめにし 我ならなくに」

 と、荒山ファンであれば何となく想像がつくと思いますが、この書簡が騒動の種。例によって例の如く、朝鮮のバカと日本のバカが火に油を注ぎまくって意外な方向に物語は展開していきます。

 というわけで時は流れて寛永二十年、朝鮮通信使が、業忠の子孫から件の書簡を見せられたのが騒動の始まり。日朝友好の証であったはずのその書簡は、しかし、朝鮮側にとってみれば、訓民正音が「文化的後進国」日本起源であるという証拠に等しい存在というわけ。そこでその書簡を奪うべく、朝鮮剣士を送り込むのですが、しかし書簡は既に何者かに奪われていたのでした。
 その犯人は、出雲松江藩主松平直政。配下の忍びに書簡を奪わせた直政が、朝鮮側に書簡を渡すのと引き替えに提示したのは――直政秘蔵の剣士と、宮本武蔵(以降、あまりにアレなので、重要フレーズは白色で書かせていただきます)の決闘。
 そう、既に二十年以上前に死んだはずの宮本武蔵は、実は死を装って朝鮮に渡っていた!

 …来た。来ましたよ。

 かつて、武術が存在しなかった国土に剣術を導入すべく、妖術師・柳三厳を送り込んだ朝鮮ですが(そう、本作は実は「十兵衛両断」の後日譚でもあったのです)、色々あってその陰謀は失敗。そして柳生新陰流の次に朝鮮が目を付けたのは、二天一流、宮本武蔵だったのでありました。
 折しも、思わずまかいに転び生まれかねないほど不遇をかこっていた武蔵は、朝鮮からの礼を尽くした招きに感激(さすがに今回は妖術使わなかったんですね)、我が剣を朝鮮の国剣とすべく、勇躍海を渡ったのでした!

 …もうね、朝鮮の人たちも、日本の剣士も、ロクなことにならないっていい加減学ぶべきだと思うんですが。

 が、極秘だったこの武蔵渡朝の事実に気づいた者が日本に一人。それが松平直政であります。熱狂的な武蔵マニアであった彼は、武蔵の「死」の間際の行動をストーカー的執念で追ううちに、この驚くべき事実にたどり着いたのでした。
 かくて、訓民正音の話はどこへやら、あれよあれよと言う間に、武蔵(ちなみにここでの武蔵は、非常に義に厚い人物として描かれています。どこぞの黒い人とは大違いですね)と、直政の秘蔵の剣士にして佐々木小次郎の孫・小四郎が「朝鮮と日本の国境の海上に浮かぶ島」で決闘することとなります。

 ちなみに決闘の一方の主役である小四郎は、上記の通り一方の祖父が佐々木小次郎、そしてもう一方は結城秀康という数奇な運命の人物ながら、春風駘蕩たる美青年。終盤の登場ながらやけにキャラが立っていて、もしかすると荒山先生、シリーズキャラにする予定だったのではないかしらん。

 と、それはともかく、遂に対決する両剣豪。その結末は伏せますが、作品の末尾の一文によれば、決闘が行われた島は、現在では武蔵の幼名タケゾーを取って竹島と呼ばれるようになったと――
 …
 …もういい大人なんだからもうちょっと考えようよ。

 真面目な話、前半では「慥かに文化は誇りでもあろうが、それを一国の、あるいは一民族の、他国、他民族に対する優位を確認せんがための具にしては断じてならないのだ」とか良いことを書いているのですが、それが気がつけばこんな大惨事に。素晴らしい。
 なにはともあれ、妖術こそ登場しないものの、それを除けば非常に荒山度の高い内容の本作。荒山ファンであれば是非読んでいただきたい逸品です。


「密書「しのぶもじずり」」(荒山徹 「小説新潮」2003年9月号掲載)


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コメント

 ああ、いつかはネタにするだろうと
思っていたかの人物が遂に出ましたか。
こうなると、歴代剣豪全ファックの偉業に
チャレンジして頂きたく思う所存で砂。

 それにしても、今回のオチは
「伝奇城」の3つ目の短編で
散々批判してたネタじゃないですか荒山先生!
とか突っ込むのは野暮天なんでしょうかのう。
まあ、ちゃんと読まないで言うのもナンなので
早いトコ書籍化を希望したく思うところで砂。

投稿: 神無月久音 | 2006.09.13 01:51

こないだ某所に書いた、吉川英治先生への宣戦布告は、これの伏線だったのかなあと思ったり思わなかったり。

あと、もう「あんたが言うな」は荒山作品全体に対するツッコミワードですな。「魔岩伝説」読んだときもつくづくそう思いました。

投稿: 三田主水 | 2006.09.14 01:05

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