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2006.09.24

「柳生双剣士」 剣士として、嫡男として

 多田容子氏による、「二人の十兵衛」の対決を描いた本作。これまでも作品の中で柳生十兵衛を描き、そしてまた自らも柳生新陰流の剣を学ぶ作者らしい、個性的な、独自の観点が光る作品となっています。

 父・宗矩の下で隠密として活動する柳生十兵衛に命じられたのは、佐賀鍋島藩での任務。それは、佐賀で流れる、柳生が鍋島家に間者を送り込んだとの噂を打ち消すためのものでした。
 その噂の中の間者とは、藩主・鍋島元茂に仕える若侍・杜村十兵衛元厳。剣の達人であり、その容貌は十兵衛とうり二つである元厳には、なんと十兵衛と双子の兄弟との噂まで流れていたのでありました。が、その元厳は武者修行中に謎の失踪を遂げて行方不明。ようやく彼を捜し当てた十兵衛ですが、元厳は思わぬ変貌を遂げていて――

 という内容の本作、あらすじだけ見ると、派手な伝奇チャンバラ活劇を想像しますが、その予想はちょっと面白い方向に裏切られました。本作は、剣豪小説の形を取った柳生新陰流の解説書であり、そしてまた若き十兵衛が悩みながらも己の道を模索していく青春小説でもあると、言ってもいいのではないかと思います。

 若くして達人と呼べる業を持ち、命のやりとりの場であればほぼ敵無しである十兵衛でありますが、しかし、その剣は、果たして柳生新陰流の理念に叶ったものであるのか。そしてそれを揮う彼の振る舞いは、果たして課せられた任にふさわしいものであるのか。
 物語が始まった時点では、十兵衛自身――そして読者も――疑うことがなかった十兵衛の柳生の剣士、柳生の嫡男としてのアイデンティティは、己とうり二つの、もう一人の十兵衛との出会いを通じて、静かに、しかし大きく揺さぶられていくこととなります。
 隠密行の中で自らの脳裏に浮かぶ、あるいは他者から投げ掛けられた疑問に翻弄され、手探りで解答を求めていく十兵衛の姿が、本作では丹念に描かれているのです。

 実は、最初読んだときには、(これはネタバレですが)時代エンターテイメントとしての物語は、分量的に中程あたりで終わったように感じられましたし、また、書名に偽りありのようにも感じたというのが、偽りのない感想。
 しかしながら、十兵衛が上記の如き魂の遍歴の世界に本格的に踏み込むのは、事件がほぼ解決してからのこと。そしてその事件の中核であり――言い換えれば十兵衛のアイデンティティを直視させる契機となったのが、己の鏡像とも言えるもう一人の十兵衛であることを考えれば、この構成も、書名も作者の狙い通りということになるのでしょう。
(そして冒頭での宗矩の言葉の意味に気づいて慄然としたり…やっぱり黒いな、ここでもこのお方は)

 正直なところ、本作での悩める十兵衛の姿は、強い十兵衛を求める方には不満はあるかもしれませんし、個人的には十兵衛の想いの動きにもどかしさも感じました。
 しかし、十兵衛の悩みは、全く彼独自のものであるようでいて、実は「己はどうあるべきか」という青春期であれば誰もが一度は抱く普遍的な悩みと等しいものであり――これはこれでなかなかに魅力的であって、また共感することができる十兵衛像であるなと感じました。

 そして…こうした独自の十兵衛像、そして他流派との対決を通じて語られる柳生新陰流の剣理は、実に理解し易く、ストンとこちらの腑に落ちるものであり、ややもすれば(門外漢には)難渋で無味乾燥なものになりかねないものを巧みに語ってみせた作者の手腕にも――おそらくは作者自身の経験も大きいのだろうと思いますが――大いに感じ入った次第です。

「柳生双剣士」(多田容子 講談社) Amazon bk1

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コメント

うーん、勝茂や元茂は柳生門下で、鍋島藩のお手元は柳生流じゃなかったっけ?
それとも私は隆慶一郎の影響が強すぎるだけ?

投稿: よしだT | 2006.09.25 00:37

よしだTさんこんにちは。

そのご理解で間違いないかと思います。
(もしかすると私の「他流派との対決」という表現で誤解されたかもしれません)

十兵衛対十兵衛というのが一つのテーマですので、当然内容も柳生流対柳生流ということになります。

投稿: 三田主水 | 2006.09.25 01:15

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