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2006.10.16

「陰の絵図」 儚く浮かぶ幻の絵図

 大久保長安の遺金を巡る壮烈な争奪戦を描いたこの「陰の絵図」、スタイルはオールドファッションながらも、その味わいにはいささかも古びたところのない、時代伝奇活劇の佳品であります。

 大久保長安と言えば、猿楽師から身を起こして武田家、徳川家に仕え、金山銀山経営で異才を発揮し、莫大な富を幕府にもたらしながらも、その死後に謀反の疑いありとして、一族郎党撫で斬りにされたという人物。山田風太郎の「銀河忍法帖」や朝松健の「真田三妖伝」など、伝奇時代小説にもしばしば顔を見せています。
 本作の舞台となるのは、長安が没して後の時代。長安が遺したという、五百万両は下らないという莫大な財宝の在処の鍵が、長安がその子供たちに授けた青龍・朱雀・白虎・玄武の四本の太刀に隠されていたことが判明したことから、三つ巴、四つ巴の争奪戦が繰り広げられることになります。

 善悪入り乱れての秘宝争奪戦は伝奇小説の華というべきものですが、本作でこれに参加するメンバーはまさに多士済済。
 本作の主人公とも言える位置づけにあるのは、北条ゆかりの忍びの集団「風の党」(いわゆる風魔のことでしょう)。ただ一人難を逃れた長安の遺児を通じて太刀の存在を知った彼らは、その名を襲名したばかりの由比正雪や、紀伊大納言頼宣の庶子の陰守で銛の名手・源太らを仲間に加え、探索に乗り出すことになります。
 彼らに対するは、公儀隠密を操る幕閣たち。知恵伊豆こと松平伊豆守に、幕府隠密の元締めというべき中根正盛。更にこれに同じ新宮作品の「将軍要撃」で主人公を務めた石川丈山がブレーンとして加わり、これはもう幕府の裏の顔そのものと言うべき布陣で、相手にとって不足なしというところ。が、幕府側は決して一枚岩ではなく、中根正盛は、長安事件に連座して失脚した甥の服部小半蔵(三代目半蔵)と手を組み、伊豆守とはまた別の思惑で動き、石川丈山も漁夫の利を得るべく、虎視眈々と機会を狙います。

 そして、このような複雑な勢力分布を更にややこしくするのが、大久保長安に深い恨みを持つ超人的老忍者・ましらの仙蔵の存在です。かつて愛娘が長安に迫られて自害して以来長安に恨みを持ち、少しずつ罠を仕掛けて長安とその一族を地獄に引きずり込んだ(前述の長安謀反も彼が単独で仕掛けた陰謀との設定!)彼にとって、風の党に庇護された長安の遺児は、許すべからざる仇の一人。
かくてこの仙蔵もまた己の思惑を秘めて争奪戦に参加、風の党の最強の敵として立ちふさがることに相成ります。

 このような千両役者たちが入り乱れて、チャンバラ、秘術合戦、暗号解読の知恵比べに諜報戦を繰り広げる様は、これはもう古き良き伝奇時代小説の醍醐味と言うべきもので、それだけでも大いに楽しいのですが、終盤、物語は三代将軍家光の出生の秘密という意外な方向に展開。正雪がふとしたことから掴んだ家光の出生の秘密は、徳川幕府の正当性を揺らがせかねない大秘事。この秘密と長安の遺金が結びつけば、家光政権を覆すことも難しくはない…と、秘宝争奪戦が、遂には天下争奪戦にもなりかねぬ雲行きとなっていくのでした。

 そして、幾多の犠牲を払った末に、遂に発見されたのは、財宝の在処を示した隠れたる絵図、すなわち「陰の絵図」。その陰の絵図によって長安遺金を手にした者が誰で、そしてそれがどのように使われたのか、それは勿論ここでは伏せますが、しかしその結末で浮かび上がってくるのは、もう一つの「陰の絵図」――すなわち蜃気楼の如き儚く脆い権力の在りよう。
 財宝を巡る幕府内部の暗闘も、家光の出生の秘密も、全ては権力というものを巡るものであり――そしてその果てに得られた権力も、すぐ次の者の下へと移ろっていく儚い幻のようなもの。
 もともと新宮正春氏の作品は、権力というものへのクールな眼差しが一つの特徴となっておりますが、本作においても、この二重の意味を持つタイトルの中に、それは明確に込められていると言えるでしょう。

 …と、ついつい内容を書きすぎてしまったかと些か冷や汗ものですが、しかしこれしきで底が見えてしまうほど浅い作品では、本作はもちろんありません。文庫で上下巻と、決して少なくない分量もあっという間に読み終えること請け合いの本作、今は亡き時代小説の名手の快作を少しでも多くの方に楽しんでいただけたらと考える次第です。


「陰の絵図」全2巻(新宮正春 集英社文庫) 上巻 Amazon bk1/下巻 Amazon bk1

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