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2006.10.27

「シグルイ」第七巻 在りし日の…

 単行本派の私にとって待ちに待った「シグルイ」第七巻、この巻では虎眼先生壮絶死の後始末から始まり、藤木と虎眼先生の出会いと初陣、伊良子と藤木の(一方的な)因縁、そして虎眼の跡目を継ぐこととなった藤木と三重による伊良子への仇討ち試合が始まる直前までが描かれます。
 言ってみれば一山去ってもう一山が来るまでの、谷の部分なのかもしれませんが、しかし剣豪ものの魅力の一つが、決闘前の両剣士の個人エピソードによる盛り上げ合戦にあるのは五味康祐先生の昔から変わらぬ真理。特にこの巻では、これまで伊良子に押されて今ひとつキャラが薄かった(?)藤木の過去エピソードや、それに絡んで曖昧になる前の虎眼先生の、いい意味で人間味溢れるお姿も拝見できるという充実ぶりで、これまでの物語に比べても全くひけを取らない面白さとなっています。

 これまで、農民の出でありながら門弟となった、と簡単に説明されたのみで、過去を掘り下げられたことのなかった藤木ですが、その過去は伊良子にも負けぬ凄まじさ。そしてその藤木の運命を変えた虎眼先生が、少年時代の藤木に向けた眼差しの暖かさたるや、いかに藤木ビジョンのバイアスがかかっていたとはいえ、魔神に続く第四のモードを目にした気分にさせられたことです。もしかしてこれまでの言動がアレだったのは曖昧になってたせいで、元々はいい人だったのでは!? と危うく錯覚させられるところでした。

 そしてまた、藤木の少年時代・修業時代のエピソードに絡んで描かれるのは、在りし日の虎眼道場の門弟たちの結びつきの強さ・暖かさ。これまでにも、このような惨劇となる前の彼ら門弟たちの姿が描かれたことはありましたが、ある時は道場破りに対する藤木の初陣・初勝利に躍り上がらんばかりに喜び、またある時は、浜辺でウミガメの産卵する姿の荘厳さに皆で感動し――と、こと流派の敵に対してははっきり言って異常者としかいえない態度を見せる彼らも、普段は仲間たちと切磋琢磨しつつ剣の道に邁進する青年たちであったか、と感心させられたことです。
 そして…その彼らの結束の淵源には、彼らがみな通常の武士よりも一段も二段も劣る身分の出身だったことがあり、それが、あの伊良子をして一度は彼らに友情とも言うべき感情を生まれさせることとなったのですが――そこで生じたささいな行き違いが後々の惨劇につながるとは、いやはや何とも哀しくも切ないことです。

 言ってみれば師に対する忠誠心(=武士道)と、生の人間としての感情の間の軋みが広がっていった果てに、誠に無惨な仕儀となった彼ら虎眼流でありますが、そのようなことさえなければ、ちょっと怖いけど剣の道にひたむきな地元の剣術流派として、尊敬と畏怖の念を集めつつ、平穏に代を重ねていったことでしょう。極端なことを言えば、田舎の郷士や薬売り出身が中核メンバーだった天然理心流のような存在となっていたかもしれないと思うと(…その場合は伊良子は土方になるというのか。我ながら妄想にも程がある)、物語が始まってからここまでの彼らが歩んできた道程を、暗い気分で振り返らざるを得ません。

 …と、無理矢理真面目な文章を書きましたが、ネタ度ももちろん高いこの巻。思いつくだけでも
・珍妙な拷問(というかプレイ)にしか見えない牛股師範の特訓姿(しかも裏表紙カラー)
・放っておくと中から再生して出てきそうな虎眼フェイスの浮き出た血染めの打ち掛け
・三重の寝室に忍んで、貝殻一つ置いて何もせず出てくる藤木(ただし格好はふんどし一丁)
などと、地味に狂っているシーンが多く、そういう意味でも印象的でした。
 個人的には、自分の後ろに座った次期武芸師範役が虎眼の腕を辱める言葉を吐いたのに対し、全盛期の岡元次郎さんでもできないような「正座の姿勢からその場でジャンプ一番空中回転して斬ってまた着地」という絶技を藤木が見せるシーンが、剣豪ものとしてもネタとしても非常にハイレベルで感動いたしました。

 何はともあれ、いよいよ過去篇もラストに近づいて参りました。単行本派であることをやめて「チャンピオンRED」誌を買い始めるべきか、半分真剣に検討しているところです。


 と、これは蛇足なのですが――この巻の表紙や作中特に後半の藤木の顔。どうにもこれまでと違った顔つきに見えて気になりました。これは単に私の気のせいか、それとも画風が変わったのか、はたまた内面の変化を表すものなのか。

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