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2006.11.16

「天駆け地徂く」 三蔵と正純、巨人に挑む

 孤高の天才忍者・服部三蔵と、徳川家康配下の謀臣・本多正純の友情を描いた作品。本多正純と言えば、父・正信の跡を継いで家康の懐刀として辣腕を振るうも、晩年に失脚(いわゆる巷説の宇都宮釣り天井事件)した人物で、どちらかと言えば悪役のイメージのある人物ですが、本作では、架空の存在である三蔵と敵味方に別れつつも交誼を結び、自分なりのやり方で家康越えを目指す人物として描かれています。

 三蔵と正純の友情は、若き日の正純が、文臣たる自分を侮辱した大久保一門と事を構えた時に始まります。偶然そのことを知った三蔵は正純に興味を抱き、彼の貢献として決闘に参加し、結果として正純の命を救うことになります。三蔵は服部半蔵に拾われて忍者として育てられた孤児、正純は言うまでもなく家康麾下の俊英と、生まれも育ちも異なる二人ですが、不思議とうまがあい、その後数十年にも及ぶ交誼を結ぶこととなります。

 この二人に共通するのは、実は、家康に対する敵愾心であります。三蔵は、剣と忍術の腕では服部半蔵をも上回る腕を持ちながらも、自由を愛し、己を縛るものを嫌う男。そんな彼にとっては、様々な法度や制度で陰険に人々を縛り、支配しようとする家康は不倶戴天の相手であり、抜け忍となってまで家康に抗する道を選びます。実は三蔵自身、朝比奈泰朝(本作では家康の手の者に暗殺されたという設定)の遺児であったこともあり、彼が家康と対決する道を選ぶのは、むしろ当然ではあるのですが、意外なのは正純の方でしょう。
 冒頭に書いたとおり、史実では家康の懐刀として活躍した正純ですが、本作では、同様に家康第一の側近として振る舞いつつも、心中では家康に激しい敵愾心を燃やすという人物造形がなされています。父・正信がかつて三河の一向一揆に加わって出奔した後、残されたのは正純とその母(つまり正信の妻)。しかし家康は正純の母に目を付け、彼女を夜伽に召し出します。結果として家康の元に帰参叶った正信と正純ですが、しかし正純にとって家康は母を奪った憎い相手。しかし武人ではない彼は、真っ向から家康に抗してこれを討つのではなく、彼の懐に飛び込んで一体のものとして活動し、やがては家康の先手を取り、彼を操ってやろうと心に誓ったのでありました。

 かくて、江戸幕府成立、豊臣家滅亡という戦国最後の動乱期に、ある時は手を組んで、またある時は敵同士として対峙して、生き抜いていくこととなります。共に家康を敵としつつも、これを討とうとする三蔵と、生かして利用しようという正純の複雑な関係が本作の一番の特徴であり、また魅力と言ってよいでしょう。
 そしてまた、本作の第三の主役と言うべき存在が、彼らの人生に巨大な影を落とす徳川家康その人。冷酷非情で猜疑心が強く、人を人とも思わぬ家康は、確かに全く共感できない人物ではあるのですが、しかし三蔵の武も正純の智も及ばない巨大な壁として、厳然と立ち塞がる様は圧倒で、むしろ主人公二人を用いて戦国の巨人・家康の姿を描き出した作品という性格も、本作にはあります。

 秀吉存命の頃から大坂夏の陣までと、かなり長いタイムスパンを扱っているためか、個々のエピソードに食い足りない部分も個人的にはあるのですが、しかしキャラクター設定と配置の妙はやはり魅力であり、最後まで一気に読むことができました。


 ちなみに本作には、正純と三蔵の双方から愛された甲賀のお藍というくノ一がヒロイン格で登場するのですが、本作の後、同じ作者の「甲賀忍者お藍」という作品が刊行されています。未読なのですが、果たして本作のスピンオフなのか、同名異人なのか、こちらも読んでみようと思っています。


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