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2006.12.13

「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界

 大妖の孫ながら虚弱体質で心優しい若旦那と、彼を取り巻く妖たちが難事件に挑むシリーズ第三弾が文庫化されました。シリーズ第三段ということで基本設定はほとんど完全に固まり、登場するのも既にお馴染みの顔ぶれ。ファンタジックな要素を内包しながらも世界観が安定しているため、全く違和感なく安心して物語を楽しむことができます。
 以下、収録作品について簡単に紹介と感想を。

「茶巾たまご」
 何故か元気一杯、食欲一杯の一太郎。その頃、彼の兄に縁談話が持ち上がっていたが、その相手が変死したという知らせが入って…

 一見何も関係のなさそうな一太郎の健啖ぶりと、商家の娘の死が意外なところで結びつくお話。何と言っても、ゲストである謎の男のキャラクターが秀逸で、何とも微笑ましい気持ちになります。事件の動機(というか引き金となったもの)も、この時代を背景としたユニークなもので感心しましたが、犯人像については「本当に怖いのは人間」というのを出そうとする気持ちが強すぎてちょっと違和感がありました。


「花かんざし」
 鳴家を抱いて離さない迷子の少女・於りん。家に帰ると殺される、という彼女の言葉が気になった一太郎は、彼女の家の様子を密かに探りますが。

 コミカルなようでいて実は非常にヘビーな展開も多いこのシリーズですが、本作もそんな一編。家に帰されるのを怯える少女、というと、昨今流行りの厭な厭な事件を連想しましたが、その背後の真実は、ある意味それ以上に重く哀しいもの。しかし、そんな重い事件もそっと包み込んでくれる優しさもこのシリーズにはあると再確認させてくれました。ゲストキャラのお雛さんのキャラクターも印象に残ります。


「ねこのばば」
 広徳寺に捕まったなりかけの猫又を請け出しに行く一太郎たちですが、折しも寺ではたくさんの美しい袋が木にぶら下がるという怪事が。さらには寺僧が殺害される事件まで発生、一連の事件の背後には…

 ミステリとして見た場合、本書の中で一番完成度が高い作品と言ってまず間違いのない本作。物語を構成する、それぞれ一見無関係に見える要素が実は陰で密接につながりあって一つの事件を作り出している、というだけでも面白いですが、それがこのシリーズならではの、このシリーズでなければ成立し得ない必然性を持っていることに大いに感心いたしました。師弟関係ということで、都筑道夫先生の「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズと比較する方もいらっしゃいますが、それもむべなるかな、です。
 そしてまた、本作で示される犯人像も、物語の時代背景を押さえたものであると同時に、極めて現代的な――現代に通じる――ものであって(いるいる、こういう人間! と思いました)、唸らされました。
 ある意味、本シリーズの一つの完成型かもしれません。

「産土」
 ふとした縁で、若旦那の父の店で働くこととなった犬神の佐助。折からの不況で経営難に陥る店が増える中、佐助は自分の店の中で出所不明の金を見つけますが、それには思わぬ裏が――

 ミステリとしての完成型が「ねこのばば」とすれば、ホラーとしての極は本作、という印象のある作品。一太郎の兄やの一人である佐助の出生や一太郎の祖母との出会いも描かれますが、本筋は、商人たちを次々と毒牙にかける恐るべき妖魔と佐助との対決であります。物語の内容と密接に関わるのであまり詳しくは書けませんが、人の心の透き間に忍び込み、人の命を、魂を蝕んでいくその魔物の存在は、決して派手なものではないのですが、しかしそれだけにある意味身近で、そして極めて危険で恐ろしいもの(そしてそれは、人間の弱さ愚かしさと表裏一体のものなのですが…)。魔物の正体が描かれる場面の不気味さ、おぞましさはシリーズでも白眉かと思います。
 それだけにオチは工エエェェ(;´Д` )ェェエエ工という気がしないでもないですが、これはこれでスタイル的にミステリということでアリかな。

「たまやたまや」
 一太郎の幼馴染・栄吉の妹・お光に持ち上がった縁談。栄吉に代わって、一人相手の素性を確かめに行く一太郎ですが、その相手ともども思わぬ事件に巻き込まれることに。

 内容的にはキャラクターもの、人情ものとしての色彩が強い本作、これまでも物語の端々に顔を出していたお光の存在を遠景に、献上品を巡るどたばたが描かれます。
 お話的にはそれほど凝ったものではないのですが、しかし、幼なじみである異性の結婚という、甘酸っぱくてどこか切ない出来事に触れた一太郎の心の揺れが、細やかに描かれていて印象に残りました。


 というわけで、以上五篇のバラエティに富んだ物語、ご覧の通り時代ものファンもミステリファンも妖怪ファンもそれぞれに楽しめる作品ばかり。間口が広いだけでなく奥も深い、まこと理想的な物語世界として、いよいよ脂が乗りきってきた印象があります。続巻も非常に楽しみですね。


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