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2006.12.01

「泣く侍」第一巻 侍と人間の狭間で

 最近すっかりおとなしくなってしまった感のある「コミック乱ツインズ」誌で、エッジの効いた描写で読ませてくれる数少ない作品、「泣く侍」。連載開始以来待ちに待っていたこの作品の単行本第一巻がようやく発売されました。

 主人公・物辺総次郎は、姪の沙絵を連れて江戸へ旅する青年武士。しかし、彼の身には、藩の跡目相続の妨害を図った上、実の姉夫婦と甥を斬り、沙絵を連れ去った嫌疑がかけられていたのでありました。その嫌疑を晴らし、亡き義兄の無念を晴らすため、旅を続ける総次郎ですが、藩からの追っ手は次々と二人を襲うことになります。さらに、最強の敵として総次郎を追うのは、かつての彼の親友であり、今は狂気に陥った剣鬼・伊藤清之進。
 四面楚歌の状況の中、一縷の希望を込めて江戸に向かう総次郎は、たとえ相手が追っ手でも悪人であっても斬ろうとはしませんが、しかしそんな彼の気持ちが踏みにじられ、罪なき者たちの命が奪われたとき――怒りと悲しみが頂点に達した総次郎の涙ながらの剛剣が、相手の命を容赦なく奪うことと相成ります。

 と、ストーリー自体はさほど珍しくない、むしろ正統派の物語の本作。しかしながら、画からほとばしる情念においては、当代で五本の指に入るのではないかという凄まじさで、読んでいる間、重く大きな鉛の玉を、ズドンと腹に飲み込んでしまったような気分になります。

 そんな本作の情念と重さを体現するのは、もう一人の主人公と言うべき伊藤のキャラクター。総次郎の姉夫婦を斬った犯人であり、その際に総次郎の木刀に両目を潰された彼は、経文が隈無く書かれた覆面で顔を覆い、藩を捨てて一人総次郎を斬るために追います。そしてその異形の姿同様、精神も異形と化した伊藤は、行く先々で関係のない人々を次々と刃にかけていくのですが――しかし、彼が総次郎を追うのは復讐のためなどではなく、また彼が狂気に陥ることとなったのも理由あってのもの。
 その彼の狂気の淵源を描いた、単行本第一巻のラストに収録された第六話は、彼もまた総次郎同様の犠牲者であり、そしてまた一個の血の通った人間なのだと強く感じさせます。

 侍は人前で涙を流さぬ者。そうであるならば、泣きながら侍の証である刀を振るう総次郎は、矛盾した存在であり、また異端者と呼ばれるべきなのかもしれません。
 しかし同時に、それは、侍の世界の権謀術数に巻き込まれながらも、せめて正しい道を守り、進みたいとあがく、哀しくも尊い、人間の姿でもあります。
 侍と人間の狭間でもがき苦しみながらも歩み続ける――そしてその意味では、伊藤もまた「泣く侍」であります――総次郎の行方を見つめていきたいと思います。


 …当代、スゴい時代コミックというとまず「シグルイ」の名が上がるかと思いますが、なかなかどうして、この「泣く侍」も、そのスゴさではおさおさ引けを取るものではありませんぞ。


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泣く侍 1 中山 昌亮 殿に毒を盛り、若君を亡きものにせんとし、 義兄である大老を殺しその遺児を連れ去った、 として追われる侍。幼いその姪と共に目指すのは東京、 訴状を胸に、実際の所を留守居役に届けようとしているが、 果たして聞いてくれるかどうかとの疑念は常にわき起こる。 そんな彼を追うのは、当然ながらその藩士。しかし一方で、 騒動に巻き込まれたかつての友も、盲目となった身体で 、彼を楽にしようと後を追う。この友人ふたりは 剣の腕は確かで、しかも暴れ出したら止められな... [続きを読む]

受信: 2006.12.01 10:06

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