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2007.01.20

「火ノ児の剣」 新井伝蔵斬奸の剣

 若き日の新井白石が剣術の達人として活躍する剣豪アクション小説という本作、新刊情報で知っていらい大いに気になっていたのですが、いざ手に取ってみれば、これが実に私好みの快作でありました。

 大体、新井白石といえば正徳の治の立役者であってバリバリの文人・政治家、時代小説に登場する際も当然そのスタンスであって、いかに若き日のこととはいえ、自ら剣を取って大暴れとは一体どういうことか…と思いましたが、こんなお話です。
 いまだに謎の多い、稲葉正休による大老・堀田正俊殺害事件。しかし堀田に止めを刺したのは、御駕籠之者(将軍家の駕籠の担ぎ手兼護衛役)でありました。堀田家に仕えていた新井伝蔵(後の白石)は、仇を討つため、その頭である轅半左衛門を襲撃し、その片腕を奪いますが、額に毒吹き矢を受けて、取り逃がしてしまいます。命は取り留めた伝蔵ですが、額に「火」の字に似た傷が残り、「火ノ児」の異名をとることになります。
 それから九年、浪々の身となった伝蔵は私塾を開きつつも仕官運動を続けますが、「火ノ児」の名がかえって邪魔をして、うまくいかない毎日。そんな時、彼は、かつての将軍綱吉の側用人・牧野成貞に、将軍警護を依頼されます。柳沢吉保の屋敷に来駕する綱吉を、あの半左衛門が狙っていると聞かされ、不承不承任に就く伝蔵ですが、それが思いも寄らぬ暗闘の始まり。あれよあれよという間に次々巻き起こる事件に巻き込まれ、ついには綱吉誘拐犯にまで仕立てあげられて…

 いやはや、とにかく中盤以降、怒濤の如き勢いで展開する物語にただただ圧倒されるのですが、何よりも面白いのは伝蔵のキャラクター。謹厳実直な後世のイメージはどこへやら、伝蔵先生、結構…いや相当人間ができていない。火ノ児の名にふさわしい気短で一本気な性格で、べらんめえ口調がピッタリはまる人物像にまずびっくりしました。
 そしてまた、理想に燃えつつも、そのためには権門にすりよるもやむなしという計算高さや(まあ、上記の気短っぷりで台無しになるんですが)、若い美女に迫られて思わず…なところなど、相当人間くさいキャラクターです。

 そんな伝蔵が巻き込まれるのは、他人を犠牲にして顧みない冷徹な権力者たちの暗闘の世界。理想と現実の違いは認識しつつも、そんな次元を遙かに超えた邪な意志の存在に直面した伝蔵が、いかに苦難を乗り越え、己の正義を貫くかが、本作の見所の一つでしょう。
 そして、そんな政治の世界の醜さ・虚しさを知った伝蔵がラストに選ぶ道は、それが困難であることが物語を通して嫌というほど知らされたからこそ、一層感動的であり、清々しさすら感じさせられました。

 本作は作者のデビュー作とのことですが、ストーリーは伝奇色も入っていてなかなか良くできていましたし、チャンバラ描写も達者。キャラクターも、上記の伝蔵のほか、脇の人々もなかなかユニークで、特に女性陣のキャラクターがなかなか面白く描けておりましたし(特に伝蔵の奥さんの素晴らしいツンデレっぷりには感動いたしました)、全般的にクオリティの高い作品であったかと思います。
 作者の今後の作品が大いに楽しみですね。伝蔵の活躍も、この一冊で終わらせてしまうのはもったいない気がします。


「火ノ児の剣」(中路啓太 講談社) Amazon bk1

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