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2007.01.30

「白狐魔記 洛中の火」 混沌の中の忠義と復讐

 時を超えて生き続ける神通力をもった狐、白狐魔丸の目を通して人の争い合う姿を描く「白狐魔記」の第三巻の舞台となるのは、鎌倉末期から室町初期の混乱の時代。そう、あの混沌たる「太平記」の世界であります。

 久々に都に出て、宮方の隠密である十蔵という男と知り合った白狐魔丸。その縁で彼は、千早城に籠もる楠木正成という不思議な武士と知り合います。
 それからややあって吉野を訪れた白狐魔丸は、十蔵の主君である村上義光が、大塔宮の身代わりとなって死ぬ姿を見取ることに。敬愛する主君を失った十蔵は、義光を置いて逃れた大塔宮に復讐を決意します。
 そして復讐に燃える者がもう一人――それは白狐魔丸と同じく神通力を持つ女狐の雅姫。かつて愛した北条時輔とよく似た北条仲時が宮方に破れ、自決するのを止められなかった彼女は、後醍醐天皇と大塔宮を深く恨み、策略を巡らせます。二人の復讐を止めるべく奔走する白狐魔丸ですが、力及ばず討たれる大塔宮。それでも人間たちの争いは終わらず、ついに正成にも最期の日が…

 これまでも、巨大な歴史のうねりの中で生き、戦い、死ぬ人々の姿を描いてきた本シリーズですが、本作はこれまでになく敵味方が変転し、戦いが戦いを生んだ時代が舞台。人間は好きだけれども、武士と人殺しが大嫌いな白狐魔丸にとっては、何ともやるせなく、悲しい時代であります。
 そして今回、彼を更に悩ませるのは、「復讐」という人の想いの強さ。大義・忠義の名の下に命を捧げる者がいること、そのこと自体は良いとして、残された者は、その命を捧げられた者に怨みを抱いてはいけないのか。大義・忠義の名の下に、愛する者を「敵」として討たれた者は、その大義を奉じる者に怨みを抱いてはいけないのか…これはもちろん難しい問題であり、基本的に傍観者の立場にある白狐魔丸にとっては未知の領域と言っても良いかも知れません。

 さらに面白いのは、その復讐の、怨みのターゲットとなるのが、これまで悪役(という言い方は本作においても正しくないのですが)として描かれることの少ない…というよりおそらく滅多にない後醍醐帝と大塔宮であること。このような本作の視点が全く唯一正しいと言うつもりは毛頭ありませんし、それは作者も同様かと思いますが、十蔵や雅姫の立場からすれば、なるほど、こうした視点も当然ありうべきでしょう。
 題材的に扱いにくい、特に歴史的経緯を考えると、触らぬ神に…的な対象ではありますが、それに対して、比較的抵抗感の少ない形で、「あったかもしれないもう一つの道」を提示できるのは伝奇ものならではの機能ではないかと個人的には思います。

 もちろん、大所高所からではなく、狐の視点という一風変わった角度から歴史の流れを見るという本作の物語としての楽しさは健在ですし、大塔宮を付け狙う十蔵の後身があの人物であったり、後醍醐天皇と大塔宮の仲を裂くため雅姫が取り憑いて操る人物が阿野廉子だったりと、伝奇ものとしても面白い作品となっています。

 また、キャラクター的に見ると非常に面白いのが雅姫の存在で、前作ではちょい役に近いキャラクターだったのが、本作では実質主役級の活躍。何よりも、一応児童文学である本作ながら、その言動から強い女性としての業が伝わってくるのが強く印象に残りました。たぶん、これからもちょくちょく顔を出すことでしょう…
 そしてもう一人印象に残ったのが、楠木正成その人。戦前の「忠義の臣」という属性から解放されて、今では様々なアプローチで描かれるようになった人物ですが、本作での、「本当は戦いが嫌いでありながらついつい戦場に出て活躍してしまった人物」というアプローチは、ありがちではありますがなかなか面白いと思いますし、あの湊川の戦での悲劇的な出撃に秘められた本作ならではの正成の想いには、なるほどこれもアリかもしれないと思わされたことです。

 そして次の第四巻では、時は流れて舞台は戦国。白狐魔丸があの信長と出会うようですが…さて、狐の目に映る信長の姿はどのようなものでしょうか。こちらも楽しみです。


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