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2007.02.09

「殺しはエレキテル 曇斎先生事件帳」 美しき幻の大坂

 東北生まれで関東育ちの私にとって、関西、なかんずく大阪は、大げさに言えば異界に等しい世界。ましてや、江戸時代の大坂においてをや…といったところなのですが、そんな無知極まりない私に、フィクションながら大坂の町人の心意気と豊かな文化の姿を教えてくれたのが本書であります。

 本書の探偵役となるのは、曇斎先生こと橋本宗吉。傘屋の職人から身を起こしてかの大槻玄沢に蘭学を学び、語学、医学、それに電気学で知られた、大坂における本格的蘭学の祖と呼ばれた方であります(もちろん、実在の人物)。
 エレキテルと聞くと、やはり真っ先に浮かぶのは平賀源内先生ではありますが、あちらがエレキテルを見せ物的に扱ったのに比して、曇斎先生は科学的な研究対象として扱ったとのことで、本書のタイトルも、その辺りに絡んでおります。

 物語の基本的なパターンは、曇斎先生の蘭学塾「絲漢堂」の隣の寺子屋の師匠・平田箕四郎青年、あるいは箕四郎憧れの唐高麗物屋の一人娘・真知が持ち込んできた怪事件を、曇斎先生がその蘭学の知識を活かして快刀乱麻の名推理で解決するというもの。
 作者自らあとがきで「NHK金曜時代劇」のノリと言っているだけあって、軽い気持ちで楽しめる、肩の凝らない読み物となっています。
 毎回、事件を蘭学に絡めるという縛りがあるせいか、推理ものとしてはちょっとライトなテイストではありますが、あたかもミイラが動き出して被害者を一角獣の角で突き殺したかのような不可解な状況下の殺人事件を描いた「木乃伊とウニコール」のような、密室ものとしてなかなか面白い作品もあり、この辺りはさすが芦辺先生と思わされます。

 が――本書で何よりも目を引くのは、そして魅力となっているのは、江戸後期の大坂に暮らす人々の、明るくおおらかな姿でしょう。
 本書でも繰り返し述べられているとおり、当時、江戸城を中心に数多くの武士が居住し、大きな力を持っていた江戸に比して、大坂は人口に武士が占める割合も相当小さく、まさに町人の町、商人の町という状態。自然、武士に頭を押さえられることなく自由闊達に市民文化を生み出してきた当時の大坂の姿が、随所に描かれています。

 上で書かなかった、本書で描かれる事件の基本パターンとして、見当違いばかりするふんぞり返った奉行所の役人に無実の人が囚われ、彼らを救うために曇斎先生が乗り出すというものがあります。
 無能で事件をややこしくする権威主義の官憲というのは、探偵ものの――なかんずく素人探偵ものでは――定番ではありますが、本書ではそうした定番としての意味以上に、町人の武士に対する勝利の象徴として、描かれている感があります。

 これはもちろん、あまり露骨にやられるとかえって引いてしまいかねないスタイルではありますが、もちろんその辺りの匙加減は心得たもの。
 何はともあれ、どんな時でも自由で明るい精神を失わず、自分たちの文化と暮らしを誇りに思う姿には、町人の町・大坂の善き姿が現れていて、もちろんそれはあくまでも架空の、理想の姿ではあるのですが、本書の言葉を借りるならば「それは必ずしも幻想とばかりはいえなかった」という印象を受けました。

 さて、最後に触れておかなければならないのは、本書のもう一人のレギュラーである、東町奉行所の与力見習いのこと。上記の、見当違いばかりするふんぞり返った奉行所の役人というのはこの人物のことですが、これが実は歴史上有名な人物の若き日の姿であります。
 後に大坂の町で大事件を起こしたこの人物ですが(ってバレバレですな)、本書においては相当「黒い」人物。武士による支配を当然のものとして疑わず、蛮夷の学問である蘭学を軽んじる姿は、何だか鳥居耀蔵を思い出すほどですが、事件で失敗する度に、町人が幅を利かせる大坂に憎悪の念を募らせていくという、かなりの危険人物として描かれています。

 正直なところ、この人物の晩年の行動については、多くの書物において義挙と呼ばれ、悲劇の人物的扱いされることが多いのですが、本書の視点は非常に斬新で、衝撃を受けました。
 しかし、冷静に考えてみたら、大義名分をかざしたとはいえ、この人物が大坂の町を滅茶苦茶にしたのは間違いない話。もしかして大坂ではこの人物、かなり人気がないのかしら…と、今更ながらに思わされました(この辺りは地元の方に意見をうかがいたいところです)。

 こうした点も含めて、一冊で終わらせるにはもったいなさ過ぎる曇斎先生の活躍記。いずれまた、曇斎先生の名推理と気持ちよい大坂の姿に出会えることを楽しみにしております。


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コメント

こんにちは。
黒い人物とは、弓削という悪徳与力のことですよね。
大塩平八郎は、関西では人気のある歴史上の人物です。
大飢饉の際、町民へ米を回さず、価格を吊り上げる悪徳豪商たちと、それを許す奉行に立ち向かった英雄とされています。

弓削は、与力でありながら、犯罪まで犯す真っ黒の人物で、お教え平八郎に告発され、自害しています。
この小説に登場する与力とは、この弓削のことではないでしょうか。

投稿: かえる | 2007.08.24 01:17

かえる様こんにちは。
感想ではぼかして書きましたが、本作の黒い人物は大塩さんのことです…

かえる様のおっしゃるような評価がやはり一般的かと思いますが、ここではあえてその逆をいったということなのでしょう。

投稿: 三田主水 | 2007.08.24 23:35

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