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2007.02.17

「SAMON 柳生非情剣」 美しき死人の生きざま

 「コミックマスターJ」「アクメツ」など、常に刺激的なエンターテイメントを発表してきた田畑由秋・余湖祐輝コンビが、あの隆慶一郎作品、それも「柳生非情剣」のうち「柳枝の剣」を漫画化するというのは、私にとって青天の霹靂にも等しい報でした。
 時代漫画経験はないはずの作者が、果たしてあの原作をどのように漫画化するのか。当然ただの漫画化ではあるまいと思っていましたが、誕生した作品を読んでみれば、原作の精神を巧みに換骨奪胎した、実に「美しい」作品でありました。

 原作未読の方のために簡単に説明すれば、この漫画版のタイトル「SAMON」というのは柳生宗矩の第二子・左門友矩(柳生刑部)のこと。友矩はその美貌で知られ、男色家であった将軍家光の寵愛を受けながら、若くして不慮の死を遂げた人物であります。一説では兄・十兵衛三厳に勝るとも劣らぬ剣の腕を持っていたと言われ、その突然の死とも相まって、しばしば伝奇時代小説の題材となって来ました(ここでは多くを挙げませんが、例えば菊地秀行先生の伝奇時代小説ではほとんど常連として登場しています)。

 原作「柳枝の剣」は、その友矩の少年時代から二十七歳で命を落とすまでを、兄・十兵衛との相克や家光との愛を絡めて描いた作品。タイトルは、打たれても打たれても決して折れることなく、かえって跳ね返って相手を打つ、そんな柳の枝の如き友矩の剣――そしてそれは友矩自身の生きざまでもあるのですが――を指しますが、さてその原作をこの「SAMON」ではどのように描いたか。

 一言で言えば、本作で試みられているのは視点の逆転。原作では友矩視点であった物語を、本作ではほぼ一貫して家光視点から描いているのです。
 己の存在自体に強いコンプレックスを抱き、それ故に自らの死を極端に懼れる家光。そんな心中を見透かしたように不遜に振る舞う十兵衛を罷免した彼は、新たに稽古役として現れた左門を狂ったように打ち据えます。しかし、平然と打たれるがままの左門に恐れと疑念を抱いた家光は、左門からその真意を聞かされて…
 この先の展開は本作のキモですので伏せますが、原作の内容・魅力を巧みに取り込み残しつつも、上記の視点の逆転を活かして、より大きな感動を生むことに成功していると感じました。

 隆慶一郎の作品に通底するモチーフの一つとして「死人」への憧れ・賛美があることは、ファンの方であれば良くご存知かと思います。
 ここで言う「死人」とはもちろん実際に死んだ人間でもゾンビでもなく、死と常に相対し、己自身と共に当然にあるものと思い定めた――言い換えれば己の意志で生死を乗り越えた――人間のことを指しますが、原作の、本作の左門もまた紛れもなく「死人」の一人。

 しかし――左門に限らず、この隆慶流「死人」の概念は、あまりにも覚悟完了しすぎていて、現代人から見ると強烈な違和感を感じてしまうことがなきにしもあらずなのです。そこを本作では彼に対する者として死を強く懼れるいわば常人の家光を配置し、その家光の目を通して描くことにより、左門の「死人」としての「生きざま」という一種矛盾した概念の放つ美しさを、より鮮烈に見せると同時に、現代に生きる我々にもストレートに伝わるものとして描き上げているのです。

 そこに隆慶一郎という巨人に対する本作の作者たちの姿を重ねてみるのは失礼に過ぎるかもしれませんが、本作に篭められた原作への、原作者への愛は、そのまま左門に対する家光の眼差しに重なるものをやはり感じたことです。

 なお、実はこの「SAMON」は原作のほぼ前半部分までを漫画化しており、友矩と家光の愛と別れを描いた後半部分はオミットされているのですが、常人の目を通して「死人」の「生きざま」を描くという本作の狙いからすれば、この形態でまず問題はないと思います。

 もう一つ付け加えれば、ストーリー構成のみならず、本作のビジュアル面もまた見事の一言。原作そのままのイメージで描き上げた左門、そして十兵衛(特に十兵衛は、奔放不羈な隆慶十兵衛のイメージそのまま!)は言うに及ばず、本作のもう一人の主人公たる家光の、刻一刻と変わっていく表情が実に印象的でした。
 私の記憶では作画の余湖氏は時代ものを描くのは初めてではないかと思うのですが、そんなことを全く感じさせぬ達者な画には、感心させられましたし、何よりもこの他の隆慶一郎作品を漫画化したものも読んでみたいと強く感じた次第です。


「SAMON 柳生非情剣」(余湖裕輝&田畑由秋&隆慶一郎 「コミックバンチ」2007年第12号掲載)

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