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2007.03.05

今週の「Y十M 柳生忍法帖」 魔人の弱点は何処に

 今週は一眼坊の裸の戦闘シーンがあるって聞いていたのにヽ(`Д´)ノ<某スレのウソバレにダマされた
 そ、それはともかく一週おいての今週の「Y十M 柳生忍法帖」のサブタイトルは、「銅伯夜がたり」。
 「つまり! 儂は天海と双子の兄弟だったんだよ!」
 「な なんだってー!!」(AA略)
という展開だった前回ですが、引き続いて銅伯が語るのは、さらにとんでもないお話。銅伯の命と天海の命は二つで一つ、銅伯が傷つけば天海も傷つき、天海が命を落とせば銅伯も命を落とすという…

 しかしこれは、裏を返せばどちらか一方が生き続ける限り、もう一方も生き残るということ。わかり易く言えば魔王サイコとサイコラーみたいなもんですな<全然わかりません
 なるほどいかに忍法とはいえ、銅伯があれほどの不死身性を発揮しているのは、この不可思議な命のつながりあってのことでしたか、と思わず納得…してよいものかわかりませんが、世の中には双子になるはずの兄弟と一体になって生まれたお陰で不老不死になったドジっ子もいるので、これもアリなのでしょう。
 しかし、自分の娘よりも長く生きることになるとは、これはもう一種の呪いと言うべきもののようにも思えますが…

 それはともかく、もちろんこれは、不死身の銅伯の唯一の弱み。いかに強大な忍法・武術があろうとも、天海の方を相手にされたら一方的にダメージを受けてしまうわけで…さしもの銅伯も、明成や三本槍に口止めしています。
 が、これは幾ら何でも銅伯の気の回しすぎ。自分たちのような横紙破りの無道者ならば格別、徳川将軍家三代の帰依厚く、また政治面でも徳川幕府を支える僧正は、言ってみれば士道・仏法両面にわたって徳川家にとって守護神のごとき大柱石。如何に江戸の耳目をうばった大悪業に天誅を加えるためとはいえ所詮は私事、私闘…銅伯の命と引き替えに天海の命を――天下の仏法、徳川家の士道を引き替えにしようという人間が、この時代、この場合にいるとは思えません。

 そんな厄介な状況になっているとは露知らず、十兵衛先生は城の大手門に般若面を打ち付けるという陰湿ないやがらせをしてよろこんでいるありさま。天海と坊さんズ+おとねさんと、ほりにょたちは別行動となった様子ですし、果たしてこんな調子で一国そのものに立ち向かうことはできるのでしょうか、というところで以下次号。

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