« 「天保異聞 妖奇士」 説二十二「帰ってこないヨッパライ」 | トップページ | 「柳生百合剣」第二回 柳生新陰流! 最期の刻! »

2007.03.15

「耳袋秘帖 赤鬼奉行根岸肥前」 赤鬼奉行、怪異に挑む

 その作家の新刊が出たらとりあえず買う、といういわば「作家買い」は、本好きの方であれば大抵の方がしているのではないかと思うのですが、私にとって風野真知雄先生はその対象の一人。この風野先生の最近の作品に多いのは、ご隠居もの――いや、引退していない主人公もいるので老境ものと言うべきでしょうか、すでに五十代六十代となった老武士を主人公とした内容のものです。
 そして本作「耳袋秘帖 赤鬼奉行根岸肥前」もそんな老境ものの一つに挙げても良いかも知れません。数え六十二歳にして南町奉行に就任した根岸肥前守鎮衛の活躍を描いた連作集です。

 さて根岸鎮衛と言えば、時代もの好き、いやむしろ奇談怪談好きであればお馴染みの人物。世間の様々な噂話などを記録し、その内容のユニークさから今なお語り継がれる巷説集「耳袋」を著したのが、この御仁です。宮部みゆき先生の「霊験お初」シリーズのお奉行様と言えばわかる方もいるでしょう。
 この物語は、その根岸肥前が南町奉行に就任するところから始まります。すでに隠居を考えてもよい年齢ながら、激務で知られる江戸町奉行職に任ぜられた根岸肥前は、自分なりの試みとして、叩き上げの同心で世知に長けた栗田と自らの家臣で堅物の坂巻を、世情を探るためのいわばお耳役として派遣、その二人が集めてきた市井の奇怪な五つの事件――しゃべる猫の怪、人を祟り殺す古井戸、幽霊となった小侍、八十三歳の新妻、死霊の言葉を語る巫女――に、根岸肥前は挑むことになります。

 根岸肥前が「耳袋」を著したのは上で述べたとおりですが、本作ではその「耳袋」に故あって記すことができなかったこれらの事件を、「秘帖耳袋」と題して根岸肥前が記していた…という趣向となっています。
 これら「秘帖耳袋」に記された物語に共通するのは、いずれも事件の陰に、程度の差こそあれ、人の心の暗部がわだかまっている点。その暗闇を、若い頃に無頼の暮らしを送り、それだけに人情の機微を知り尽くした根岸肥前が時にシリアスに、時にコミカルに裁いていく様が、本作の魅力の一つといえるでしょう。

 物語的には飛び抜けて斬新というわけではないですが、登場するキャラクターたち一人一人の個性がきちんと描かれており(それもわずか一、二行でキャラを立ててしまうのが見事)や、また「怪異」というユニークな味付けが効いて、実に良くできた、素直に面白い作品となっています。
 レーベルが実用文庫であるため、正直なところ本作の知名度はあまり高くないだろうな…と残念かつ心配に思いますが、この「耳袋秘帖」はシリーズとして何と三ヶ月連続刊行される由(すでに第二巻「八丁堀同心殺人事件」が発売されています)。まずはこれからも続刊を楽しみにして、紹介していきたいと思います。

 ちなみに――ネタバレを避けるためここでは伏せますが、本作第一話のラストは、物語の傾向が傾向だけに、ちょっとしたどんでん返しで驚かされたことで(最終話に入れた方がよりショッキングだったのではないか、という気がしないでもないですが…)。


赤鬼奉行根岸肥前(風野真知雄 大和書房だいわ文庫) Amazon bk1

|

« 「天保異聞 妖奇士」 説二十二「帰ってこないヨッパライ」 | トップページ | 「柳生百合剣」第二回 柳生新陰流! 最期の刻! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/14266516

この記事へのトラックバック一覧です: 「耳袋秘帖 赤鬼奉行根岸肥前」 赤鬼奉行、怪異に挑む:

« 「天保異聞 妖奇士」 説二十二「帰ってこないヨッパライ」 | トップページ | 「柳生百合剣」第二回 柳生新陰流! 最期の刻! »