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2007.05.02

「包丁浪人」 武士が生んだペーソスの味

 伝奇ものではありませんが、たまにはこういう作品もよいでしょう。帯の「まあ食いねえ、事件はそれからだ」という惹句もユニークな、芦川淳一先生のユーモア時代小説です。

 本作は文庫書き下ろし時代小説の定番の一つである浪人もの(っていう表現でよいのかしらん)でありますが、実に楽しいのは主人公・刀根新三郎のキャラクター造形です。
 故あって生家を捨て、日本橋小舟町の棟割長屋で気ままに暮らす新三郎は、自他ともに認める料理マニアで腕前はプロはだし。まさにタイトル通りの「包丁浪人」であります。
 しかもこの新三郎、凛々しい顔立ちで大柄な体格、見るからに頼もしい好男子で、時代小説のヒーローにはピッタリの人物…と言いたいところですが、実は新三郎さん、腕っ節の方はからっきしで、喧嘩荒事は大の苦手。普通こういう時は「弱そうに見えても実は…」となるものですが、いや本当に弱い(笑)。それでもその外見と、そしてお人好しでお節介焼きの性格が災いして、次々と持ち込まれる難題に、新三郎は刀ならぬ包丁でもって――すなわち料理でもって挑むことになります。

 もちろん、料理で人助けをしたりもめ事を収めたりするのは、料理ものの定番中の定番ではありますが、本作は江戸時代を舞台とした時代小説。仇討ち騒動や用心棒稼業など、その舞台にふさわしい題材、その時代に即した事件が描かれていくことになり、そこに本作ならではの味わいが生まれています。個々の素材自体はそれほど珍しいものでなくとも、取り合わせの妙、味付けの技によって、個性的で、もちろん美味しい作品が生まれていると言えるでしょう。
 そして、そんな本作の隠し味となっているのが、武士という存在から生まれる、何とも言えぬペーソス。本作に描かれる事件の幾つかは、新三郎と同様の浪人、あるいは武士が絡んだものですが、そこには江戸時代もだいぶを過ぎて、かつての姿からは相当に変質してしまった武士像、過去と現在の在りようの差に(自覚的にせよ、無意識のうちにせよ)戸惑い迷う姿が透けて見えます。
 そもそも主人公の新三郎にしてからが、ある意味武士にはあるまじきキャラクターでありながら、しばしば彼が武士であるということをもって、事件に巻き込まれていくのですから…家を、身分を捨てたつもりでも追いかけてくる武士という存在は、なるほど江戸時代特殊なものかもしれませんが、しかし己の属する集団・立場によって、本人の意図せざる状態に置かれるというのは、いついかなる時代でも普遍的に存在すること。
 新三郎の姿は、そんな遠くて近い人の姿として、不思議な親しみを感じさせられます。

 親しみやすい味付けながら、それでいて奥の深さも感じさせるこの物語を、もっと味わってみたいというのが正直な気分。おかわりを期待したいところですね。


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