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2007.05.04

「狼人同心」 えどげん、生と滅びの端境を行く

 「天保異聞 妖奇士」放映中に取り上げるつもりが、勿体ぶっているうちに放映が終わってしまって残念無念の本作、徳川幕府開府前の江戸を舞台に、“えどげん”が活躍する時代アクションコミックです。

 時は1590年、小田原攻め直後の江戸。秀吉より家康に対し与えられたこの江戸の代官として赴任してきた家康の腹心・天野康景の前に、風変わりな武士が現れます。自らの刀を封印し、武張ったところのまるでない彼の名は江戸玄蕃、人呼んでえどげん。
 当時の江戸は他の土地にいられなくなった者たちが吹き溜まった、主のいない無法の地…一筋縄ではいかぬ者ばかりが集まったこの江戸の顔役として慕われるえどげんは、江戸の町を守るため、片腕である元忍びの松之丞とともに、天野の下で同心として手を貸すこととなります。

 本作を初めて読んだのは相当前のことですが、その時に――そしていま読み返してみても――感心するのは、その舞台設定の妙であります。家康が入城する前の江戸…いわばえどげんならぬ「原江戸」は、我々が知っているようでまるで知らない未知の世界。私の知る限りでは、この原江戸を扱った作品は、漫画はもちろんのこと、時代小説や時代劇においてもほとんどないように思えます。
 未知の世界であるということは、フィクションを自在に展開する余地があるということ。本作では、この江戸を上記のような一種の聖域かつ魔都として描くことにより、アクションエンターテイメントとして、時代ものとして、斬新かつ自由度の高い舞台を構築することに成功しています。

 自由であるということは、襲われ、奪われることからも自由であるといこと。そんなわけで、江戸の地を狙って襲い来る勢力も実に様々…ということはえどげんの敵にも事欠かないということ。
 そしてまた、家康にとって、秀吉より与えられた地の経営を失敗することは、すなわち秀吉の意に背いたことであり、秀吉の徳川家取り潰しの口実となる(これ、よく考えたら後に徳川が諸大名に対してやったことですね)わけで、この点からも、えどげんたちは負けられない戦いを強いられることとなります。

 そんな徳川と豊臣の危うい均衡の上にある江戸、生と滅びの端境で揺れる江戸を舞台とした本作、設定的には非常に面白いし、登場するガジェットも、風魔の残党、北条氏直と家康の娘・督姫の間の子、二代目半蔵に音羽の城戸、生きていた堀秀政に根岸兎角…と、伝奇もの、というよりこの当時を扱った時代ものとして、硬軟取り混ぜてうまく取り込んであって、なかなかうまいな、と感じさせられます。

 が――これだけ持ち上げておいて何ですが、その物語を描く絵柄の方がなんとも…であって、結局、いかにもヤンジャン系のアクションバイオレンスといった体の作品に留まっている、というのが正直なところであり、その設定を十分に活かしきっていないのが誠に残念です。
 これは好みの問題もあるかとは思いますが、もう少し時代劇に慣れた人が描けば、また全く異なる魅力の作品になったのではないかと、強く感じる次第です(特に終盤の展開など、微妙に隆慶チックでなかなか面白かっただけに…)。

 と、最後に蛇足を承知で「妖奇士」との関連性に触れれば、本作のえどげんが、代々江戸の町を守ることを使命とする家の出身と語られているのが目を引きます。
 もちろん(?)こちらには前島聖天の設定はありませんし、えどげんも立派に男のなりをしていますが(その代わりと言っては何ですが松之丞が女装キャラ)、どちらのえどげんも、代々江戸を守ってきた、「江戸」を姓とする血筋という点ではイコール。だとすれば、玄蕃と元閥の違いはあれど、何かしらの繋がりがあると考えた方が楽しいでしょう。

 「ヒヲウ」と「妖奇士」が地続きなんですから、本作と「妖奇士」が地続きでもいいじゃない…と言ったら怒られるかもしれませんが、まあ時代伝奇マニアの戯言ということでご勘弁を。


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