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2007.05.17

「飯綱颪 十六夜長屋日月抄」 人情ものと伝奇ものの不思議な融合

 「僕僕先生」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞した仁木英之氏が、メジャーデビュー後に時代小説にチャレンジした第一作目が、この「飯綱颪」。長屋を舞台とした人情ものと、信州松代を舞台とした伝奇ものが融合した、不思議な魅力を持った作品です。

 深川の十六夜長屋に住み、男手一人、泥鰌捕りで愛娘を育てる甚六は、ある日、深手を負って倒れていた巨漢を助けます。困った者を捨てておけない甚六は、記憶喪失だったその巨漢を自分の長屋に連れ帰り、「山さん」と呼んで共に暮らし始めます。
 この山さん、巨漢ながら尋常でなく身が軽く、そして素手で刀を持った相手数人を簡単に捻るほどの力を持っていながら、異常なまでに戦いを恐れる心の持ち主。どこをどう考えてもワケありの山さんですが、しかし、甚六をはじめとする長屋の一同は、過去を詮索することなく優しく受け入れます。
 が…これで終わるわけがないのは言うまでもない話。山さんの周囲には、彼の行方を追う者たちの姿が見え隠れし始めます。そして、大家の代参で信濃善光寺に向かった甚六は、その旅の中で、山さんの意外な正体を知らされ、彼を巡る暗闘の中に巻き込まれていくことになります。

 記憶を失った、あるいは過去を隠した凄腕の男が、市井の人々の中で暮らすうちにその優しさに触れ、再び立ち上がる力を得るというのは、時代ものに限らずエンターテイメントでしばしば目にする定番パターンでありますが、本作もまさにその系列に属する作品であります。
 が、本作のユニークな点は、冒頭に記したとおり、人情ものと伝奇ものという、ある意味最も距離のある二つのジャンルをまたがる形で物語を構成していることでしょう。この二つのジャンルの距離は、そのまま、物語中で描かれる二つの世界の距離であり――その距離が大きければ大きいほど、その二つを往復する物語はダイナミックなものとなり、そしてその二つが結びついた時の感動・驚きも大きくなります(まあ、人情もので始まった物語がラストには「北斗の拳」チックな死闘で終わるとは誰も思わないわけで…)

 この取り合わせの妙により、シチュエーション的にはベタではあるストーリーが、なかなかに面白くエキサイティングな物語として成立しているのは、大いに評価すべき点でしょう。
 そして、それに一定のリアリティと、適度な複雑さを与えているのが、多彩な登場人物それぞれの視点から、それぞれの主観で物語が紡がれていくというスタイルでしょう。
 荒っぽいが気のいい江戸っ子の甚六に、しっかりもののその娘、夫と子を失って以来心を閉ざした女に、喧嘩ばかりしている長屋の三人兄弟、何やらワケありの寺子屋の先生。快活な仮面の下に仇への憎悪を秘めた青年武士、山さんを執拗に追う異貌の怪人…しっかりキャラの立った人物が善悪入り乱れて登場し、そのそれぞれの想いがやがて一点に集約されていく様は、本書の見所の一つかと思います。

 もちろん、結構な点ばかりではありません。目まぐるしくキャラクターを変え、その主観で物語を進めていく本作のスタイルは、正直なところ、視点変更が多すぎて感情移入がしにくい部分や、個々の人物の心情描写が過剰でくどいとすら思える部分もあり、物語のテンポを削いでいることも少なくありません。
 また、時代小説を初めて書いた人にありがちな(と、私には思える)、時代もの特有の用語に対する説明過多のような不慣れさも、若干ひっかかる点ではあります。

 もっとも、こういった点はこれから経験を積んでいくことで解消できる点ではあり、作者のキャリアを考えれば、仕方のない面もあるのでしょう。
 それは裏を返せばまだまだ伸びしろがあるということであり、それだけこの先が楽しみということでもあります。この先、本作のようなユニークな作品が次々と生み出されることを楽しみにしたいと思います。


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