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2007.07.10

入門者向け時代伝奇小説五十選 8.江戸もの

 やはり時代劇といえば、江戸時代。江戸時代を舞台とした時代小説の数の多さは今更言うまでもありませんが、それに比例して江戸時代を舞台とした伝奇時代小説の数もまた相当なものです。今回の時代伝奇小説五十選は、その中からできるだけバラエティに富んだ作品を選んでみました。
36.暴れ影法師 花の小十郎見参
37.かぶき奉行
38.闇の傀儡師
39.山彦乙女
40.写楽百面相

36.「暴れ影法師 花の小十郎見参」(花家圭太郎 集英社文庫)
暴れ影法師―花の小十郎見参 (集英社文庫) 江戸時代、諸大名が最も恐れたことはといえば、それは幕府の手によるお取り潰しでしょう。本作は、お取り潰しの危機に瀕した佐竹藩を救うために立ち上がったホラ吹き…いや有言実行の男・戸沢小十郎の活躍を描いた痛快作です。
 主人公たる小十郎は、戦国時代の遺風を残す傾き者で、剣では柳生宗矩にも勝る痛快男児。しかしそんな彼とて一人の力では、一度幕府の陰謀のターゲットとされた藩を救うのは至難の技であります。その不可能ミッションを如何にして達成してみせるか、かの土井大炊頭や大久保彦左衛門を味方につけての小十郎の作戦は、むしろ経済小説的な味わいを持ったもの。緻密さと野放図さと…小十郎自身と同様の味わいを持つ物語が、最後にあっと驚く伝奇的結末にたどり着くまで、一気読み間違いなしの快作です。
 この小十郎の活躍は、もちろんこの一作で終わるものではなく、「荒舞」「乱舞」そしてつい先頃上梓された「鬼しぐれ」と、天下を相手にした彼の大暴れは、今も続いています。


37.「かぶき奉行」(えとう乱星 ベスト時代文庫)
かぶき奉行―織部多聞殺生方控 (ベスト時代文庫) 江戸時代前期を舞台とした時代伝奇ものでの定番イベントといえば由比正雪の慶安の変ですが、本作は、これを背景に置いた時代伝奇エンターテイメントのお手本のような作品です。
 殺生方控シリーズの第一弾であるこの「かぶき奉行」は、将軍家の狩りを司る殺生奉行の養子となったかぶき者の青年・多聞の活躍と、由比正雪一党との対決を描いたもの。必要とあらば将軍を相手にしても一歩もひかない快男児・多聞の横紙破りな活躍の楽しさはもちろんのこと、彼が殺生奉行としての激務をこなしつつ、人間的に成長していく姿が何とも爽快で魅力的に描かれています。その一方で、伝奇的展開の中でも青春の切なさを描くことを得意とする作者らしく、多聞と対照的に、父の道具とされ、やがて狂気に堕ちていく正雪の息子のキャラクターが強く印象に残ります。
 本シリーズはその後、それぞれ綱吉の時代を舞台とした「ほうけ奉行」、吉宗の時代を舞台とした「あばれ奉行」と描き継がれ、全三部の年代記となっています。


38.「闇の傀儡師」(藤沢周平 文春文庫)
 続いては、幕府転覆を狙う謎の集団・八嶽党の跳梁と、それに立ち向かう人々の姿を描いた藤沢周平唯一の伝奇ものを。
 市井に暮らす浪人が、ふとしたことから瀕死の男に密書を託され、それがもとで幕府の命運を左右する暗闘の渦中に巻き込まれるという本作のスタイルは、驚くほど伝奇時代もののフォーマットに則った構成であり、それだけ藤沢作品の中では異彩を放つ作品ではあります。しかし、主人公と亡き妻の妹との恋模様などに見られるように、細やかな人物周りの描写は、やはり藤沢作品ならではのものであり、こうした地に足が着いた丹念な描写が、史実の裏側で展開する伝奇物語にリアリティを与えていると言えるでしょう。
 そしてまた、権力に取り憑かれた者と、それに立ち向かい正そうとする者の対決という、藤沢作品でしばしば登場するモチーフは本作でも健在であり、それが伝奇ものとこれほど相性がよかったのか、と驚かされます。伝奇ものファンのみならず、藤沢ファンにも目を通していただきたい作品です。


39.「山彦乙女」(山本周五郎 新潮文庫)
 時代小説の大御所の、これまた実に珍しい伝奇ものをもう一編。山本周五郎の郷里である甲州を舞台に、武田家再興の悲願に燃えるみどう一族と、武田家の莫大な遺産が眠る「かんば沢」の秘密を巡る暗闘を描いた、作者には珍しい怪奇・伝奇風味が濃厚な作品です。
 ことに、平凡な青年武士であった主人公が事件の渦中に巻き込まれるきっかけとなる、彼の失踪した叔父の言動とその遺品を描いた冒頭部分は、ほとんどそのまま怪奇小説の導入部のような内容で、それだけでも一読の価値があります。
 が、それでももちろん本作は山本作品。様々な人物が欲に動かされて入り乱れ、世の裏側で繰り広げられる戦いを描きながらも、人間が生きていく上で本当に大切なことは何か、人としてあるべき生き方とは何なのかという問いかけと、その答えの一つが、本作には描かれています。スリリングな伝奇ものでありながらも――いやむしろそんな物語であるからこそ――そんな小さな灯火のような暖かみが心に響く名品です。


40.「写楽百面相」(泡坂妻夫 文春文庫ほか)
写楽百面相 (文春文庫) 最後に取り上げるのは、スマートかつモダンな推理小説を描く一方で、江戸情緒を濃厚に湛えた時代小説をも得意とする泡坂妻夫の、初の長編時代小説です。今なお謎多き存在である東洲斎写楽の謎を追ううちに、次々と起きる怪事件。一見無関係に見えるそれらが結びついたときに、江戸と京を結ぶあっと驚く大秘事が浮かび上がるというその本筋もさることながら、それと平行して描かれる、江戸後期のアートシーンの姿がまた実に魅力的な作品であります。
 後世まで名を残す芸術家を多数輩出しながら、同時に空前の文化統制期にあった寛政期を活写することにより、「写楽とは誰なのか」を超えた「写楽とは何なのか」を、時代伝奇推理的内容に絡めて描いてみせた業前には、ただ感服です。
 作者の伝奇ものとしては、この他に、尾張藩江戸屋敷に隠された黄金の謎が次々と意外な方向に展開していく「からくり東海道」があり、これもまた実に作者らしい人を食ったユニークな作品で、一読の価値ありです。


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